第4話

雨は嫌いだ。


授業中、奏多はいつものように窓から空を眺めていた。


なぜ、空を眺めるのかって?

空の表情が変わる様子を見るのが好きだからだ。


雲が流れていく様子、雲の形。

水色から橙色、紫のグラデーションから濃い青色。

夜には星が輝いている。

冬には雪が舞い降りてくる。

空を見ていて飽きることはない。

だが、雨だけは嫌いだ。

雨が降っていたら、グラウンドで練習ができない。


奏多はサッカー部に所属している。


奏多は思った。

自分がサッカーを今も続けているなんて知ったら、昔の自分は驚くだろうと。

幼い頃は大人しく、外で遊ぶこともない。

友だちと言える存在も片手に収まる程で、本を読んでいることが多かった。


そんな俺が変わり始めたのは、小学5年生の時だ。

きっかけは、一冊の本。

『ゴール』

父親の仕事の都合で引っ越しばかりしていた少年・海堂学かいどうまなぶ

学は度重なる転校から友だちなど作っても意味がないと思っていた。

だが、転校先のある小学校でサッカー部に入ったことから仲間を作ることの大切さを知り、成長していくという物語だ。


この本を読んでから、サッカーに興味が出た。

それまでの俺は友だちから遊びに誘われても断ることが少なくなかった。

友だちと遊ぶよりも本を読むほうが楽しいと思っていた。

サッカーをしたら仲間の大切さが分かるかも知れない。

そんな思いから地元のサッカークラブに入部した。


はじめは長く続ける気などなかった。

いや、続けられる自信がなかっただけだ。

インドア派の俺には、サッカーはきつかった。

サッカーをしたことはある。

しかし、学校の授業とは比べものにならない。

周りは本気で練習をしている。

入りたての頃は全く練習についていくことができなかった。

1ヶ月経ちもう無理だと思った頃に、声をかけてくれる人がいた。

2歳年上の田中賢哉たなかけんや先輩だった。

「よう、新入り!頑張ってるか?

最初はきついかも知れないが、続けていたら良いこともあるぞ」

「良いことって何ですか?」

「それは頑張ったら分かるようになるさ」

「おーい!賢哉。ちょっと来てくれ」

「はーい。行きます」

賢哉先輩は監督に呼ばれて行ってしまった。

地元のサッカークラブで賢哉先輩と話したのはその一回だけだった。


良いことを知りたくて、俺は続けることにした。

頑張ってるうちにサッカーが好きになってきたし、仲の良いやつもできた。

遊ぶことも増えたし、何より遊んでいて楽しかった。

サッカーを始める前は、友だちの事を深く知ろうとはしていなかった。

というよりも、遠慮していたのだ。

仲良くなるためには、少しぐらい踏み込んだほうがいいのかも知れない。

サッカーはチームワークが大切だ。

コミュニケーションをとらなければ、良い関係を築くことはできない。

サッカーのおかげで大切なことに気付けた。

サッカーを続けられたのは、賢哉先輩のおかげである。

今通っている高校に入った理由も、賢哉先輩がいると聞いたからである。

残念ながら、賢哉先輩はこの間卒業してしまったが、一年間だけでも一緒に部活ができたのは嬉かった。


サッカーを始めるきっかけをくれ、賢哉先輩や仲間に出会わせてくれた『ゴール』は、今も本棚の一番取りやすい位置に置いている。


「倉科、この問題の答えはなんだ?」

数学担当の萩原が奏多を当てている。

だが、奏多は気づいていない。


ポカン。

「倉科!お前はいつも外を見ているな。

授業を聞いてくれ。いやっ、聞け!」

倉科は萩原に丸めた教科書で叩かれて、懐かしい思い出から現実に戻ってきた。


「すみません」

「おまえってやつは」


教室には、萩原のため息とクラスメイトのクスクスっという笑い声が広がっていた。














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