■ 29 あたしは魔人
再度の爆発、吹き上がる炎と響く悲鳴。
あたしの後ろでは平山さんと上月さんが逃げ遅れて振るえている。
そこに防火シャッターが閉まり始めた。
「速く逃げて!」
やっとのことで動く二人、しかしその速度では間に合わない。
「シャルルリラー、その扉の動きよ止まれ!」
呪文だけだから精度は今ひとつ、しかしシャッターは何とか動きを止めている。でも完全に止めた訳ではないからあまり保たない。
魔法効率をぎりぎりまで上げるためにあたしはシャッターの真下に移動する。両手を掲げてまるでそれを持ち上げるように。
「速く、にげてぇ!」
その隙間を這うように二人が外に出た。あとはあるじ様だけ、そう思った瞬間背後でさらに大きな爆発が起こった。
その衝撃で魔法が解除される、いままで止まっていたシャッターが弾かれるようにあたしの真上から落ちてくる。
あたしの頭、あれに潰されるのかな。
そのとき、背中にどんっと何かがぶつかってあたしはシャッターの外に弾き出された。
咄嗟に振り向いて見えたのはうずくまるあるじ様、あたしを突き飛ばしたの!
そして轟音を上げて目の前で閉じる鉄製の門。
「あるじ様!」
あたしはそれを叩いた。しかしびくともしない、しないから防火シャッターなのだと思っても叩く。
「このシャッター開けられないんですか!」
「シャッターの右側に手動開閉装置があります」
あたしはすぐさまそれを見つけて「緊急用」と書かれたフタを開いた。「開」と書かれたスイッチをカバーごと押し込む。
しかし動かない。何度も押しても結果は同じ。
「別のスイッチは無いんですか」
「あとは内部の熱が下がれば自動で開きます。しかし……とんでもない手抜きですね。あとで理事長に文句を言わないと」
「そんなのあとにしてください。マハリタ、炎は何とかできないの?」
『やっていますわ、でも熱量が高すぎて沈静化は無理ですの』
「あんたホントに催眠以外は役立たずね」
あたしも他魔人のことは言えないけどさ!
こうなったらシャッターを壊すしか手が無い。精霊力足りるかな。
「あるじ様、少し離れてください。壁を粉砕します」
「ダメです。完全に密閉されていますからどこかに風穴を開けた瞬間にバックドラフトを起こします」
「何ですかそれは」
「内部は燃焼が続いて酸素濃度が落ちています。そこに新鮮な空気が入ってくると過剰に反応して大爆発を起こすのです」
穴を開けると大爆発、しかし燃え尽きるのを待っていると熱にやられるか酸素が無くなって窒息する。
「マハリタ、あんた転移使えるでしょう、食堂の中に入れないの!」
『指標化座標がありませんわ。わたくし食堂は使用しませんもの』
つくづく使えねー!
この邪魔なシャッターが無ければ。あるじ様の瞳さえ見られれば。
あたしは呪文を唱える。
「シャルルリラー、食堂の全ての壁を透過せよ!」
目の前にあった食堂の壁が全て取り払われる。透けるだけで壁そのものは存在するが内部の炎が周りに照り返す。
遠巻きに見ていた生徒や職員からざわめきが起こる。
食堂の中にはあるじ様以外にも数人が取り残されている。
「ミナ、茜!」
あたしの真後ろからさっきのクラスの女の子の叫び声。さっさと逃げたと思ったのに取り残されていたのね。
「あるじ様、こっちを見てください!」
あたしは熱くなったシャッターを叩いた。すぐ側に倒れているあるじ様に向かって叫んだ。この魔法の特性上内部から透けて見えない。
「こっちを見て、あたしと瞳を合わせてください!」
しかしあるじ様はぐったりとして動かない。さっき言っていた酸素の濃度が落ちているの?
こうなったら爆発覚悟でこのシャッターを破壊するしかない!
「シャルルリラー、このシャッターを爆裂……」
【警告! 魔法に対する精霊容量が不足しています。魔法が中断されました】
そこで全身が痙攣し目眩が起きた。ダメだ精霊力が足りない。
「マハリタ! あんたこの壁を壊して!」
『無理を言わないでくださいまし、わたくし爆裂だの消失だのの魔法は持っていませんわ』
「胸ばかりでかくて主任補佐のくせにホントに役立たず!」
あたしは見つめる。目の前の炎とそれに包まれようとしているあるじ様。
何だったかな、起きないから奇跡って言うんですよって有名な言葉。
人間にとって魔法は奇跡に思えるのだろう。しかしあたしは魔人。魔法は奇跡でも何でも無い。
だから当たり前を行使してあるじ様を助ける!
「何を……するつもりです」
「覚えているか判りませんが事象を精霊力に変換できるって言いませんでしたっけ。あれなら精霊力はほとんど使いませんし、ここで起きている燃焼と爆発という事象を精霊力に変換してあたしの中に取り込みます」
「しかし、それには副作用が」
「大丈夫、こう見えてもあたし、六〇〇〇人分の精霊力を吸い尽くしたことのある魔性の女ですよ、楽勝ですよ」
「魔性の女ならもう少し胸が」
結局そこかー!
その怒りに力を込めて、あたしの記憶の中に隠している魔法式展開!
「シャルルリラー! 炎よ熱よ、精霊力となってあたしに集まれ!」
【警告! 実行魔法式は非公式のものである。有効性と安全性に問題あり、ただちに中止せよ】
判ってる、そんな警告聞くまでも無い。この原型はルーノル村の事件を元にあたしの記憶から作り出されたものなのだから。
それを思い出した今、あたしは悪魔になろう、あのとき村人全てから忌み嫌われた力を発動してバケモノになろう。
かかってこいや!
炎が荒れ狂う、熱が押し寄せる、対流が目の前の風景を歪ませる。その事象を精霊力へとねじ曲げてそれを全部吸い尽くす。
うわっ、予想はしていたけど混沌が酷い、何て言うの全く整斉されていない力があたしの中で暴れている。いやな言い方だけど身体の中にGが走り回っているような感じ。思い浮かべたら吐き気がする。
もしかして取り込んだ精霊力を再利用できるかと思ったけどこれはダメだ、全然統制がとれない、あたしの中をかき回す、揺さぶる。
それでもまだ火は収まらない、まだまだ変換が足りない。あたしは腕を振り回す、指先を開いて空気をかき回す。
全ての熱をこの手に収めるように。
目の前が赤い、身体が熱い、息が切れる。
「やめるんだシャランラ、もう……」
うるさいうるさいあるじ様は黙ってて、いまあたしクライマックス!
あたしはひときわ大きな声を上げた。女だけど雄叫びを上げた。全ての自然現象にケンカ売るように声を張り上げた。
「あ、あんた、何者よ、何をしてるのよ!」
あたしを責めていた女の子が泣き叫ぶ。問われればこう答える。
あたしは魔人、魔人シャランラ!、
見てあるじ様、これがあたしの魔法なのよ。
抵抗していた炎が収まる、温度が下がる。
辺り一面真っ赤だった風景が原色を取り戻す。
収まった。
火事も何もかも収まった。目の前には静かになった食堂の風景。イスも机も床も焦げているけど大丈夫、けがしている人は居るけどみんな生きている。
もちろん、あるじ様も。
内部の熱が無くなって防火シャッターがゆっくりと上がる。あたしは目の前に倒れているあるじ様に近づこうと……
口から何かの固まりが吹き出て床に飛び散った。なんだろうこの赤黒いの。
指先が震えている。それを見ると爪の先から血がにじみ出していた。
顔を流れるのも鼻から流れるのも血液、目の前が赤い風景に侵食されてあるじ様も赤く見える。
なんだか視界が急に低くなってあたしは足に力が入らなくて背中に何かがあたって呼吸ができなくて。
「シャランラ!」
やっぱりあるじ様はお父さんに似ている。その声、その瞳。
だから答えようと思ったのに声が出ない。何となく涙が出たのにあるじ様今回は何もしてくれない。
でもいいや。
あたしきっとあるじ様を助けられたんだもん。今度気がついたらもっとあたしに優しく……
「シャランラ!」
全身が痙攣している、見える範囲に血を吹き出して眼球も高速移動している。
「ご主人様、シャランラさん!」
ぼくの間近にマハリタが現れた。
「ここに居ては危険です、このままグレートハイツに転移します」
「やってください」
ぼくの返事を待たずに辺りの風景が歪んだ。
それがはっきりしたと思ったらぼくとシャランラ、そしてマハリタはぼくの部屋の居間に居た。
シャランラの痙攣は酷くなるばかり、ぼくは彼女の腹に触れて触診する。
何てことだ。魔人の身体の構造が人間と変わらないとしたら。
「内臓がずたずたになっている」
ほかに腕に触れた足に触れた、もはや呼吸すらしていない胸にも触れた。あらゆる筋肉が歪み骨に日々が入り折れ、血流は乱れて動脈ですら逆流している。
心臓はかろうじて動いているがその心拍パルスも乱れている。AEDで何とかなる状態ではない。
「……お父さん」
シャランラの声が漏れた。手をぼくに伸ばしてくる。爪が砕けて血まみれになったそれにぼくの手を重ねる。
「マハリタさん、彼女を魔法で救えますか」
もはや科学や医学でどうにかなる状態では無かった。だからと言って魔法にすがるのは卑怯だ。
しかしマハリタは首を振る。
「体内の精霊力が異常ですわ」
助けられないのか、彼女を。
また、またぼくの前から居なくなるのか大切な人が。
ぼくはまたしても無力なのか!
ぼくはあのときと同じように吠えていた。
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