■ 28 友だちでいいから

 病院の廊下で見つめるあたしたち。

 あーでもロマンチックな雰囲気はぜんぜん無いわ。

「ぼくがシャランラさんのお父さんと似ているのですか」

「うーんと、その顔は似ていないかも、性格もあんまり、体格はもっと立派だし、そもそもそんな丁寧な言い方はしませんし」

「つまりちっとも似ていないということですね」

「だからなんていうのか、その……雰囲気!」

「フインキでは変換できないあれですか。まあずいぶんとアバウトではありますけど……ぼくはシャランラさんのお父さんではありませんよ」

「もちろん知っています。あたしも沙羅さんではありませんから」

「それも知っています。沙羅はもっと可愛くて素直で賢くて優しくて」

「いや、もうそれ以上言わないでください。何だかこう胸がえぐられるような」

「胸は沙羅の方が大きかったですね」

 泣いていいかなあたし。享年一四歳くらいの女の子より小さいのねあたしの胸。

「ただあなたには一言謝っておきます。けっしてあなたの仕事を愚弄するつもりは無かったのです。あの言葉があなたの誇りを傷つけてしまったようですね」

 あるじ様は目の前で深々と頭を下げた。

「あ、あの判っていただければそれでいいですから。あたしもあるじ様に暴力を振るってしまったんですし」

「ぼくはシャランラさんがうらやましい。自分の行いに自信を持って進んでいる人は特に」

「あるじ様だって進めますよ。少なくともあたしと平山さんと上月さんを助けてくれたでしょう。普通ならあんな場面で不良四人に立ち向かうのは無謀ですから」

「ぼくはバカですかね」

「そういうところはお父さんに似ているのかもしれません」

 その瞳はあたしを助けてくれたときのお父さんとよく似ていた。

 あたしたちは二人でグレートハイツまで無言で帰宅した。

 その日の夕食は冷や麦と天ぷら。ピンクの麺はあたし、緑の麺はマハリタが食べた。

 翌日教室に入るとあたしに対しての雰囲気はさらに酷いものになっていた。同じようにあるじ様に対するのも最悪に近いと思うのだけど、例によって全然感じていない。

 何と言うのか周囲にものすごく強固な魔法障壁があるくらいに普通だ。

 その障壁の半分くらいにあたしも入っているのでなんとなくやりすごせる。座席が教室最後尾というのも救われた一因かもしれない。

 上月さんは来ているけど平山さんは居ない。マハリタがホームルームを開いたときには何も連絡が無かった。

 そのまま四時間目が終了。

 あるじ様はどこかに出かけたけど、昼休みになって上月さんだけがあたしに近づいて来た。

「昨日ね、ユミに聞いたんだ」

「何を?」

「バームクーヘン二つにしたの。わたしもそういうの見てみたい」

「……信じるの?」

「この目で見ればね」

「おまたせ」

 その声は平山さんだった。彼女は上月さんに並んであたしを見た。

「退院に手間取っちゃって」

「動いて大丈夫なの?」

「うん。約束だもん。食堂に行こう」

 あたしは大きくうなずき三人で食堂に向かった。

 食堂に入るとさっそく食券を買って――今日はがんばってカニクリームコロッケ定食にした。これにはカニ、入っているよね。

 それにしても今日は一段とタマネギ臭がするなあ。調理場を見るとみなさん大忙しで働いているし、これだけの料理を作るのも大変なのだろう。

 あたしと平山さん、上月さんは四人がけテーブルに着いたのだが、

「何しているの田中くん」

 上月さんがあるじ様に声をかける。食堂に居るのに何ももっておらず、どこか腕組みしながら考えていた。

「みなさんお食事ですか」

「うん。田中くんは食べないの」

「そうですね……ではぼくも食べるとしましょう」

 そのままチケット売り場・配食カウンター・あたしたちの机に来たときにはおぼんの上にカレーライスのお皿を乗っけていた。そしてあたしの隣に座る。

「田中くんカレーライスなんだ」

「この学生食堂ではこのメニューがカロリー辺りの価格で一番コストパフォーマンスが優れるように設定されていますからね」

 それって簡単に言うと安くてお腹がいっぱいになるってことだよね。あの巨大な液晶テレビをぽんと買ってくる人の言い分では無いと思う。

「ところで田中くん。何かしていたみたいだけど」

 平山さんは月見うどんを手元に寄せてそうたずねる。もちろん月は入っていない。タマゴの君は太陽みたいだけど。

「少し調べものです。ここのところ食堂利用者から苦情がいくつか来ていまして」

「ええと、それをなぜ田中くんが調べるの?」

「ここの食堂を運営している別会社に知り合いが居るんですよ。生徒の立場から調べてくれないかと頼まれているんです」

 あるじ様、変な知り合いが多い。一番変なのはうちの係長かもしれないけど。

「調べてみたのですがどうも食堂の建物に手抜き部分が多いですね。きちんと報告しないといけません」

 そう言いつつお皿と口の間に繰り返されるスプーンを見ながら、平山さんと上月さんはどこか呆れるように見ていた。

「なんだかお仕事みたい。大変そう」

「でも意外。田中くんって今まで放したことなかったけど、けっこうおしゃべりなのね」

「そうですか。だとするとシャランラさんのおかげで放せるようになったのでしょうね」

「え、あたし、あたしは別に何にもしてないけど」

「今度の席替えが楽しみ。二人とももっと真ん中の席にくればもっと仲良くなれるよ」

「あたしたちはお断りよ!」

 その声は真後ろのテーブルから聞こえてきた。そこに居たのは同じクラスの女の子。

「ユミ、迷惑なら迷惑ってちゃんと言った方がいいよ。こんなガイジンとむっつり、図に乗るばっかりだし」

「そうそう、こいつらのせいでユミも沙織も酷い目にあったんだからさ!」

 口々にそう言い続ける女の子たち。どうしようかとあるじ様に目配せしていると平山さんがすくっと立って女の子の前に出た。

「酷いこと言わないで。シャランラさんはわたしの友だちだし、田中くんはわたしを助けてくれたの!」

「ユ、ユミ」

 そこに上月さんも加勢した。

「そうよ、ユミもわたしも田中くんに助けて貰った。そのときシャランラさんだって助けようとしてくれた。わたしたちはそれをきちんと判っているからいい加減なことは言わないで!」

「あんた、そんなこと言ってこれからどうなると思ってんの!」

 どうしよう、何だか言い合いが酷くなっていく。あたしも止めようと腰を浮かしたのだが。

 あれ……タマネギの刺激臭がどんどん濃くなっているような。

 あるじ様もそれに気がついたのか、目の前で繰り広げられている女の子の言い合いから目を反らして何か探している。

 そこに、調理場から男性の声が聞こえてきた。

「おーい、コンロの火が消えてんぞ。ちゃんと点けとけ!」

「みんな、伏せろ!」

 あるじ様の大声、それと同時にあたしの頭がアンテナごとあるじ様に押さえつけられた。

 何すんの! と言おうとした瞬間、背中でものすごい爆発音がした。

 悲鳴、熱、風圧。あたしの背中も震えた。

 爆風と一緒に周りが真っ赤になる。調理場からお皿とか食材がものすごい勢いで飛んできて生徒に当たる、壁に跳ねる。直撃を受けた生徒はそこにうずくまり、炎を避けてみんな逃げようと慌てふためく。

「あるじ様!」

「ガスに引火しましたね、すぐにスプリンクラーが動くはずです」

 しかし天井に設置された散水器は何の反応も示さない。動きを見せたのは背面の防火シャッター。生徒が逃げ出しているのにあたしたちに一番近いそれが閉じた。

 さらに爆発。今度は食器の返品カウンターが吹き飛んだ。お皿とかスプーンが飛んでくる。

 平山さんも上月さんも、言い争いをしていた女の子も腰を抜かしている

 残った生徒は燃え上がる机やイスを避けてもう一つの出入り口に向かって走っている。しかしそこが渋滞を起こして思うように出られない。

 床に飛び散った食用油に火が回り天井まで駆け上がる。

 あたしたちの目の前が火の壁になった。

 あるじ様は設置されてあった消火器をとってピンを引き抜くとレバーを引いた。白い粉が噴霧されたが火の勢いが強い。

 それでも人が抜けられるだけのスペースを作った。

「みなさん、そこから速く逃げてください!」

「あるじ様は」

「ぼくはどうにでもなります、まずは女子を逃がしてください!」

 そこでまた爆発。どうやら非常用に設置しているプロパンガスにも引火したらしい。

 みんなは這いつくばってあるじ様の作った隙間をすり抜けていく。残ったのはあたし、平山さん、上月さん。

 あたしはポケットの精霊電話に触れてマハリタを呼び出した。

「聞こえるマハリタ、学生食堂で火事よ!」

『確認しましたわ、職員室でも消防署に連絡しました。シャランラさんはどこにいらっしゃるのです』

「その爆発現場のど真ん中。まだ逃げ遅れた生徒が居るわ」

 あるじ様の消化器がつきた。炎がぶり返す。こうなったら仕方ない。

「シャルルリラー、風よ我が楯となれ!」

 あたしの手から巻き上がる風が炎に風穴を開ける。しかし空気の流れが余計に炎を強くする。ダメだ、これでは余計酷くなる。

「シャランラさん、いま散水してはいけません、油に引火していますから逆効果です!」

 こんな曲面で何だけど、ようやくあるじ様に魔法を見せられたと思ったらこれか!

 それでも何とか炎の壁をすり抜けて四人の目の前に出口が。

 だが背後でさらに大きな爆発が起こった。

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