■ 27 お父さんと呼んでくれ

 ルーノル村は首都カンデーラからそれなりに離れていたが、総人口は一五〇〇〇とそこそこの規模があった。

 あたしはこの村のごく普通の家に生まれた。あたしが物心つく頃には父親はおらず母親が一人であたしを育てていた。

 カンデーラではそれは珍しく無いことであり、母親が居なくても父親が居なくてもこどもは国民皆で育てるものという風習があったため、あたしは村の他のこどもたちと同じように自由に育った。

 五歳になると男子も女子も魔法の適正試験を受けることになる。精霊容量がどれくらいか術式への対応能力が高いか、魔法のどの系列に得意不得意があるか。

 ここで何らかの高成績を示すと国費で上級の魔法学校への進学が認められる。さしたる才能がなければ普通のこどもとして育つ。

 国民の五〇パーセントは何らかの魔法を行使できるが、魔人と呼ばれる人々はその中の一パーセント弱。全国民からすればコンマ五パーセント程度だそうだ。

 つまり魔人は国のエリートだ。辺境の村であれば年に一人魔人候補が現れれば珍しいと言われる。

 その年、ルーノル村では魔人クラスのこどもが三名現れた。

 一人は村長の娘であるオドルア、もう一人は地主の息子であるノルノン、そしてあたし。

 個々の成績詳細は発表されなかったが血筋からオドルアがトップではないかと言われた。

 国費で魔法学校に入学できるのは一名のみ、その他は希望があれば自費で入学が許される。あたしは母親とともに入学は諦めていた。

 しかし三人の中での国費入学者はあたしだった。

 試験結果の詳細では計測不能となった精霊容量が選抜の第一理由らしい。当時のあたしには判らなかったことだけど。

 ただ「おめでとう」を言ってくれる人物は少なかった。

 魔法学校への入学はステータスなのだ。その村を代表すると言って良い。

 過去何人もの魔人候補を輩出しているオドルアとノルノンの家としては、名も無いあたしが候補となったことよりも自分たちが選ばれなかったことが許せなかったのだろう。

 村ぐるみのいやがらせが始まったのはすぐだった。

 母親は織物工場で働いていたが何かにつけて魔人の母親と言われた。羨ましがられたのではなくただの皮肉で有り、どんな小さなミスでも過剰に叱責された。

 その工場を運営していたのがオドルアの家だったのである。工場の管理職にとってオドルアは大切なお嬢様であり、そのお嬢様の顔に泥を塗ったあたしの母親と言うことで何かしらの指示があったのだろう。

 近隣の人々もどこか疎遠になった。村人の生活レベルは低い。低くてもそれなりに生活できるのは隣人が蜜に協力してお互いを助けるからだ。その中で孤立することは生活水準をどん底に落とすことになる。

 これはノルノンの家が小作人に対して指令したものだ。大人はごまかしてもこどもは正直に言う。

 村の学校でもあたしはひとりぼっちになった。友人はみな離れた。建前は魔人様は恐れ多いとのことだがオドルアとノルノンが手を引いていたのは明らかだった。

「お母さん、あたし魔人になんかならなくていい」

 あたしは母親に何回も訴えた。そうすることが一番だと小さなあたしでも判っていた。

 だがそれは国の政策に反することになる。入学に際して費用はかからない。親族には定期的に金銭が送られる。一種の名誉を破棄することは許されないのだ。

 もはやどっちにも転べない。あたしは立ち尽くしたまま愚かな踊りを舞い続けるしかなかった。

 それが起きたのは疲れ切った母親の代わりに市場に買い物に出かけたとき。あたしはそこでノルノンとそのとりまきに出逢った。

「魔人さま、どこにおでかけだよ」

 ノルノンはあたしより小柄な男の子だ。そのくせ自らの家とその力を幼くして理解している嫌なこどもだった。

 あたしは取り巻きに囲まれて怯えていた。周りの大人もノルノンが誰だか判っているから助けもしてくれない。

「魔人様、魔法を見せて見ろよ、魔法学校に入学するんだろ、お得意の魔法をぼくたちに見せて見ろ」

 こどもたちははしゃぎ建てる。無理な話だった。いくら保有精霊量が多いと言われても基礎教育もろくに受けていないあたしが魔法を行使できるはずがなかった。

 あたしは泣きたくなった。だれも助けてくれない。こどもたちの声が響く。

 だれかがあたしの持っていた手提げカバンを取り上げた。母親から預かった大切なものだ。中には生活資金が入ったサイフもある。

「返して」

 そう言ってもムダだ。あたしにとって大切なものだと判った瞬間にこどもたちはより幼児的な残虐性を示す。

 中からサイフを取りだして中身をぶちまけた。硬貨が落ちて跳ねた。あたしは慌ててそれを拾う、それを邪魔するこどもたち。

 やっとのことで硬貨を掴んだあたしの手の甲をノルノンが踏みつけた。痛かった。痛かったと言うより悔しかった。あたしが何をしたというのだろう。

「魔人様だからってえばるな。おまえなんて母ちゃんと一緒にごみでも食べてろ」

 あたしが覚えているのはそこまでだった。

 次に気がついたとき、あたしの目の前に大きなクレーターがあった。大人が一〇人がかりでないと惚れそうにない巨大なお椀が出現していた。その奥底にノルノンが倒れていた。

 しかし彼の右足は膝から下が無くなっていた。

 それをあたしが消滅させたと判ったのは、訳も判らず大人に連行されてからだった。

 魔法の暴発……年端もいかないこどもには良くある現象だ。魔法適正が高いこどもなどは寝ているときに自然と魔法を行使することがある。ただそれは魔人が扱うような洗練され効率化されたものではないため、事象改変が起きても小さな炎を作る程度。夜中にボヤ騒ぎが起きても「うちのこどもは魔法の才能があるかもしれない」と笑い話で済ませる程度だ。

 ノルノンを含む重傷者三名、軽傷者は一五名。こどもだけでなく騒動を見学していた大人たちの中にも被害者がでた。特にノルノンは身体の損壊よりも精神に深いダメージを与えられ廃人同様だった。

 状況からあたしは役場預かりとなった。笑い話に済まない魔法の暴発に村人は恐怖した。あたしだって何をしたのかよく判らない。

 ともかく都市部の事故調査魔人が来るまであたしは幽閉された。母親も面会に来なかった。

 検証の結果、あたしには明確な非が無いことが証明された。幾人もの魔人があたしの頭の中を覗いたがそこに故意は認められず、むしろこの年齢と基礎知識の無い状況で爆裂クラスの魔法を暴発させた才能に興味を覚えたらしい。

 ノルノンや被害者の家族には国から賠償金が代わりに支給された。けが人は魔神が治療を施した。

 死者が出なかったのが幸いした。カンデーラの魔法技術でも四散した魂を元に戻す術は確立していなかった。

 あたしは一旦自分の家に戻った。役人に連れられて久しぶりに自分の家に着くとそこには無数のラクガキで埋め尽くされていた。

『悪魔』『出て行け』『糞でも食らってろ』『恥知らずが』

 あたしは幼かったこともありその意味はほとんど判らなかった。しかし母親には全部理解できていた。

 母親は酒を飲んで虚ろな表情をあたしに向けていた。食事の支度どころか家事も全く行わず家の中は荒れ放題だった。

 むしろ一番荒れていたのは母親だった。

『何であんたみたいな子がわたしから産まれたのさ!』

 あたしの顔を見てはそう吐き捨てる。暴力は振るわない。また魔法を暴発させたらたまらないと理解していたのだろう。

 数日後には魔法学校の職員がやってくる。彼らと一緒に魔法学校に向かえばこの状況が何とかなるのだろうか。

 だがそうはさせてくれなかった。

 オドルアの家の者があたしたちの家の周りを取り囲んだ。そして口々に罵声を浴びせる、投石する、さらにラクガキする。

 昼間だけでは無い、夕方も夜中も。寝ることも出来ず何も食べることができない。

 追い詰められた中、家の周りに生えている草を集めて何とかしようと思い夜中にこっそりと家を出ると、そこにもオドルアの家の者が居た。

 夜の闇に光る目を見てあたしは不穏な何かを感じた。あたしに向けられているのは過剰な怒り、しかしそれはどこかおかしい。

 当時のあたしはその詳細を知るよしも無かったのだが、村人は自らが先導した感情に振り回され、集団催眠状態に陥っていた。

 もはや誰が悪いとかそういう問題ではない。あたしの家を取り囲む全ての人々がある一点に感情を集約している。

 悪魔の娘を殺せ!

 号令がかかったかのように村人が手を伸ばしてあたしに迫る。口々に罵声を浴びせながら駆け寄って来る。

 あたしは家に舞い戻った。扉を閉めた。鍵を落とした、閂もかけた。

 背後に母親が立っていた。涙を流して救いを求めた。

「か、お母さん助けて」

「何であんたみたいな子がわたしから産まれたのさ!」

 いつものセリフ。しかしその瞳はこの家を取り巻く全ての人々と同じ輝きを持っていた。

 あたしは絶望すると同時に大きな声で何かを叫んでいた。

 次に目を覚ましたとき、あたしは変な部屋の中で寝かされていた。

 周りは真っ白な壁。床も天井も白、目に痛くない程度の照明が全ての方向からあたしを照らしている。窓はない。ただどこからか見られているような気がした。

 身体を起こすことができない。疲れていたり痛かったのではない。どう表現したらよいのかあたしの身体が内側からふくれてそれが手足の自由を奪っているようだった。

 定期的に魔法機械が食事を運んでくる。内容はスープだけだ。それを管越しに喉の奥に流し込まれる。

 声を出せるようになるには七回の睡眠が必要だった。七日では無いと思う。

『聞こえるかシャランラ。ここはカンデーラの魔法アカデミーにある特別施設だ。君は魔法的な病でここに収容されている』

 部屋の中に響くその声にゆっくりとうなづいた。

『一四日前、君はルーノル村の集団昏倒事件の中心に居た。こちらの計測結果では君の体内には常任の六〇〇〇倍の精霊力が蓄積されている。そのまま外界に出るのは非常に危険なため、この施設で治療を施している』

「あたしを……殺すの?」

『そんなことはない。これから治療を行う魔人を入室させる。彼の指示に従って欲しい』

 その直後、壁の一部に亀裂が入ると一人の男性の姿が見えた。

 その人が部屋の中に入るとすぐさま壁が閉じる。

「君がシャランラか。わたしはテクニカ。魔法アカデミーの研究員だ」

 年齢はずっと上。今まで逢ってきたどの大人より落ち着いた声だった。

「これから君の中の精霊力を少しずつわたしに映す。時間がかかるがそうやって君が外にでられるようにする」

「あたしを治してくれるの」

「そうだ。だから怖がらずに従って欲しい」

 そして微笑むとゆっくり近づいてあたしのベットの横に立った。

 それから大きな右手があたしの額にのびて……

『バケモノ!』

 咄嗟に思い出したあの声、あたしに襲いかかる村人の手とテクニカさんの手が重なり金切り声を上げた。

 テクニカさんのうめき声が漏れた。

 彼の手から血が流れている。大きな手にいくつもの傷跡が出来ていた。あたしは魔法を暴発させたのだと判った。

「……ご、ごめんなさい。あの、痛いですか」

「痛く無いわけがない」

「本当に……ごめんなさい、ごめんなさい」

「わたしは君をこのように傷つけるつもりは無いのだ。だからもっとわたしを信用してくれないか」

 あたしはうなづいた。彼は無傷の左手をあたしの額の上に置いた。

 少ししてその手のひらが温かく感じる。力が抜けて額に集まりそれが彼の手のひらに吸い取られていくような。

 眠気を感じた。身体が強制的に求める眠りでは無く、心から安らぐ何かが。

「似ている。君は本当に」

 薄れいく頭の中で彼の声が響いた。

「あたし……眠いです」

「存分に寝るがいい。その間にわたしが君を治してあげる」

 その言葉にウソは無かった。

 あたしが次に目覚めると身体の不調はウソのように無くなっていた。あたしの身体はあたしのものに戻っている。スープでない食事を自らの手で食べた。

 そのときもテクニカさんは一緒だった。あたしがパンを食べる姿を笑顔で見ていた。

「君の魔法力はだいぶ減ってしまった。無くなったと言うより頭のどこかに隠してしまったのだろう」

「よく判りません」

「今はそれでいい。それで君の今後なのだが、あと一〇日もすればここから外に出られるだろう。カンデーラとしては魔法学校への進学を勧めるがそれは君が選択すればよい。村に帰ることもできるが」

「あたし……帰りません」

「まあそうだろう。ただ魔法学校に入るのにもそれなりの身元が必要になる。難しいことは判らないだろうが君と一緒に生活してくれる大人が必要になるのだ」

 あたしには母親が居た。まだ生きていると思うけどもうあたしの母親では無くなっているのだろう。

 うつむくあたしに大きな右手が伸びる。あたしが傷つけてしまったケガはすっかりと治っている。

 その手であたしの頭をなでるとこう言った。

「君がよければわたしの娘にならないか。わたしは妻帯していないが君の身元引受人として養子にできないかと思っている」

「あたしを?」

 テクニカさんは大きく頷いた。

「あたしまた魔法を暴発させて、テクニカさんをケガさせるかもしれないのに?」

「魔法の暴発ならこどもの頃に良くある事故だ。幸いわたしはその手の事故には慣れている。こう見えてもランプの魔人として働いていたのだ」

 ランプの魔人。魔人として別世界の力を獲得するための過酷な職業。

 カンデーラのこどもが一番なりたい職業だ。

「ゆっくり考えると良い。答えがでたらわたしに教えてくれ。一言答えてくれればよいから」

「どう答えれば良いのですか」

「お父さんとわたしを呼べばいい」

 一〇日後。あたしはその部屋を出て久しぶりに外に出た。そして都市の風景を見る。

 隣に立つお父さんと一緒に。

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