■ 25 いつから友だちと思われていると錯覚していた

 そして現在三号室の居間で絶賛自己嫌悪中。

 ランプの魔神として誇りを持っているとしたらやったら絶対にダメなあるじ様への反発アンド暴力。

 どっちも確実に始末書ものだし確実にあたしの額が二センチは隆起する。

 とは言ってもどうしても我慢ならなかったのも事実なのよね。あたし悪く無いもん。

 お風呂に入って布団敷いて照明消して、常夜灯の下で横になるとため息しか出て来ない。

 どうしよう明日から。普通の会社なら解雇って感じだよね。

 あたしは精霊電話の中の業務確認アプリを開いてみた。

【シャランラ:田中一郎様に対して願望受付中(達成度〇件)】

【現在願望受付業務継続中。出張扱い一七日目】

 これを見る限りあたしはまだあるじ様と主従関係が継続していることになる。でももうあなたのお願い聞きたくありません、なんてタンカを切ってしまったし。

 助けてくれた恩人なのに。それだけはお礼言って謝っておこうかな。

 ともかく今日は寝よう。寝れないかもしれないけど努力しよう。あたしはすっぽりと布団を被った。

 

 

 ……寝れませんでした。

 現在朝の七時。いつもなら朝食の時間。

 結局布団の中で寝返りを打ち続け、柔道という格闘技の受け身を練習しているようなありさま。目が腫れぼったい、頭がぼんやりする。

 どうしよう朝食。とか思っていると精霊電話がチロチロリーンと軽やかな音を奏でる。精霊通知だ。

“マハリタ@朝ご飯の時間ですわ”

 だから判っているってば。

“シャランラ@いらないとあるじ様に伝えておいて”

“マハリタ@そういう大切なことはご自分で伝えてくださいませ”

“シャランラ@いいじゃんあんたとあたしの仲でしょ”

“マハリタ@どんな仲でしたっけ。一応明確なのは上司と部下という関係ですわ”

“シャランラ@たかが主任補佐が何言ってんのよ。魔法学校での悪行あるじ様にバラされたくなかったら伝えといて”

“マハリタ@そちらこそ魔法学校のときの醜態、ご主人様に知られたくなかったら速くいらっしゃい”

 ちくしょー。付き合いが長いだけに情報戦では勝てないか。

「情報戦はどうでもいいので、朝食が冷めないうちに二号室に来ていただけますか」

「うわっ!」 

 思わずのけぞった。いつの間にかあたしの真後ろにあるじ様登場。マハリタとのやりとりで気がつかなかった。

 結局それに反発できなくて寝間着のまま二号室に。コタツを囲んでいただきますした。

 本日の献立はごはんとトウフのお味噌汁、おかずは鰯の丸干しとお漬け物。京都在住の大富豪を感動させる素朴な日本食という感じ。もちろんおいしいけどアトモスフィアが最悪。

 マハリタがこれ見よがしにあるじ様と会話している。まああるじ様はいつも通りの撃辛塩対応だけど。あたしそれ見ながらぼそぼそと丸干しかじってた。

「ところでシャランラさん。本日はどうされますか」

 質問の意図が判らずにタクアンの咀嚼を忘れていると、

「昨日の今日ですし学校はお休みしますか」

「いえ……平山さんと上月さんが心配なので行きます」

「お二人もお休みだと思いますが、学校に行くのでしたらきちんと身支度をお願いします」

 この言い方も以前と同じだと思うのに、体感温度が五度くらい下がったように思える。

 でも部屋にこもっていたらさらにいろいろと考えて悪い方向にループしそうなので外に出ることにした。

 部屋に帰って急いで身支度して、二号室の玄関前に集合。でもマハリタが居ない。

「職員会議があるとかで先に行かれました。ぼくたちも行きましょうか」

 そして歩き出すあたしたち。いつもの無言がどこかきつい。

「あの……昨日のあれなんですけど、その痛かったですか」

「あれだけの音を響かせておいて痛く無いとでも思いましたか」

「それはその……」

「なんでも謝るのはあなたの悪い癖です。ここで謝ってしまうと、あの行為を思い抱いた気持ちを否定してしまいますよ」

 こういうときにドヤ顔してくれるとありがたく頂戴するのにいつもの無表情。昨日の写真はやっぱり作り物に見えるわ。

「ただ昨日は言い忘れていました。あたしを助けてくれてありがとうございます」

 あたしが頭を下げるとあるじ様もそれに応えた。それだけであとは無言のまま学校に着いた。

「おはよう」

 教室に入ってみんなにあいさつする。普段のこの時間に来ている平山さんと上月さんの机は空いている。やっぱりお休みなのかな。

 それは別としてなんだか教室の雰囲気がいつもと違うような。またあるじ様に視線が集中しているのかと思ったけどそうでもなかった。

 どこか引っかかるけどあたしは自分の席に着いた。

 マハリタが来て朝のホームルーム。やっぱり二人はお休みみたい。それだけが簡潔に告げられたけど、その直後クラスのみんなの視線がこちらに向いたように見えた。

 それは時間が立つごとに実感する。昨日までなら休み時間ごとに女の子と適当な会話があったはずなのに今日はとても動きが少ない。

 昼休みになってそれが一番良く判った。きょうあたしは学生食堂で一人きつねうどんを食べている。たぬきに続いてきつねも入っていないみたいだけどそれはどうでもいいや。

 いつもならあたしの所に誰か来て食堂に行こうって感じなのにそれが無かった。主に平山さんが誘ってくれたから、彼女がお休みなのでそんななのかなと思いつつ一人教室に戻るために廊下を歩く。

 渡り廊下で校舎裏から何か声が聞こえてきた。こそっと覗いて見るとあるじ様と華子さんが何やら話しているみたい。

 身体隠して聞き耳を立てる。

「沙羅のことシャランラに話したの」

 初めて聞いた。あるじ様が普通の話し方している。しかもあたしのこと呼び捨て。

 ……なんだかこの言い方とか声の響き、親近感があるのはなぜだろう。

「うん。どうしても確かめておきたくて」

「何を確かめるの。沙羅は三年前に死んだ。それは動かぬ事実だよ」

「それ以来、一郎くんも変わってしまったの?」

「ハナから見て変わったように思えるのならそうなのかな」

「シャランラさんは沙羅ちゃんではないのよ」

「判ってる。シャランラはシャランラであって沙羅では無いし沙羅にはなれない」

「そう。それならいいわ。今度シャランラさんと遊びに来て。ママも心配しているしパパはオセロの腕が上がったって言っているわ」

「けじめがついたらハナの家にも行けるようになるのかな。あの家もどこかに沙羅の思い出があるから」

「そうね。ずっと看病していたのだものね」

 そこで声が聞こえなくなる。あたしが身を乗り出すと、

「盗み聞きはあまり良い趣味とは言えませんよ」

 うわっ、驚いた。目の前にあるじ様参上。華子さんの姿は見えなくなっていた。

「あ、その……華子さんには普通にしゃべるんですね」

「しばらく大人に囲まれて生活したことがあったのです。そのときの習慣からあまり面識が無い人にはこのような話し方になるんですよ」

 あたしはまだ面識無いのかな。

「別にシャランラさんに普通に話しかけても良いですけど違和感が強いと思いますよ」

「ええ、ええ。きっとそうでしょうけどあたしの心に言葉で答えられるのにはだんだん慣れてきました」

 あるじ様はあたしの存在なんて無かったかのように歩き出す。あたしはその背中が見えなくなってから校舎に戻ろうとしたのだが、渡り廊下を歩いてくるのはクラスの女の子たち。

 声をかけようと右手を上げ駆けて、

「ユミも沙織も大変だったみたいよ。結局シャランラのせいで乱暴されたみたいなものだものね」

 もう一度あたしは隠れていた。沙織は上月さんの名前。つまり平山さんたちのことだ。

「転校してきたときから変だったよね。田中と話したりしてさ。ユミもクラス委員で先生に言われたから仕方なく誘ってたみたいよ」

「ユミって頼まれるとイヤって言えないもんね。昨日ヤンキーに襲われたのだってシャランラをカラオケに誘ってたってどこからか聞かれてたって話よ。そこでゲーセンで待ち伏せされたんだって」

「ホント迷惑よね。インドだかどこだか知らないけど、さっさと帰っちゃえばいいのに」

『せっかく友だちになったのにそれだとサミシイね、ねー』

 ……そっか。

「食堂がタマネギくさいって言うけど余計なお世話よ。あの子の方がよっぽど鈍くさいわ」

「いえてるー。貧乳のくせに顔はある程度見られるから男子受けしてさ」

「いまどきガングロも無いだろうにね。瞳が青ければ何でもいいのかな男子」

 そういうことだったんだ。

 あのときのさびしいってウソだったんだ。

 あたしはその声が通り過ぎたあと、絶対に涙を見せないようにして教室に戻った。

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