■ 23 男だったら一つに賭ける

 気がついたときは後ろ手に拘束されていた。

 場所はよく判らない。どこかの倉庫だと思うけど何かのケースが積み重なってその間に出来た空間にあたしは座らされていた。

「目が覚めたかガイジン」

 その声は金髪。奴はドヤ顔をこちらに向けてご満悦の様子だ。

 ついでに周りを見る。

 少し離れて平山さんと上月さんも両手を後ろ手に拘束されているらしい。彼女らの前に男が一人ずつ、あたしの背後にあたしを殴った男が一人立っていた。

 そして正面に金髪。

 目を合わせると拳であたしの頬を殴りつけた。

「スカして見てんじゃねえよ、洗濯板のガイジンが!」

 あんた潰す! この際係長のデコピン我慢しても二つとも確実に潰す!

 口の中の血を飲み込んで奴をにらむ。

「この腐れヤンキー、何するつもりよ!」

「女ひっ捕まえて何をするとはふざけた質問だな、何ブリッこしてやがる」

「判らないから聞いているんでしょ!」

「まあお楽しみはいろいろあるが、まずは撮影会といこうか」

 奴が取りだしたのはスマートホン、しかも安っぽい奴。確実に型落ちの上に在庫処分で本体ゼロ円だろそれ。

「おっとおまえみたいな貧乳撮ってもおもしろくねえ、こっちのネエチャンたちはずいぶんとでかそうだからな!」

 金髪が顎をしゃくると平山さんと上月さんの前に居た男が、彼女らの上着に手をかけてめくりあげる。

「いやあ!」

「きゃあ」

 その叫びと共に下着と目立つ胸が見えた。

「ほほう、やっぱこれくらいねえと撮影って感じになれねえなあ」

 金髪はスマートホンを平山さんに向けた。彼女は瞳を固く閉じて涙を流す。

 上月さんは逃げようともがいているが男が髪の毛を掴んで押しとどめた。

「あんたいい加減に……」

「うるせえぞ貧乳!」

 あたしの口の中にタオルがねじ込まれる。それが喉の奥に引っかかって嘔吐しそうになった。せっかく華子さんのところで食べた料理が喉を駆け上がる。

 ダメ、声が出ない。手も動かせない、呪文さえ唱えられれば、あたしの目に涙がにじむ。

 そのとき、あたしのすぐ横でどさりと人の倒れる音がした。

 そちらを見るとあたしの口にタオルを突っ込んだ男が気絶してる。どういうこと?

「それくらいにしておいた方がよいですよ」

 聞き慣れた落ち着いた声。目の前に差し出されるハンカチ。

 見上げるとそこに無表情のメガネ男子。

 あるじ様!

「……なんだてめえは!」

「ここに居る女子三名のクラスメイトですよ」

 あるじ様はあたしの口の中にねじこまれたタオルを抜き取った。近づいたその顔に小声で質問する。

「どうしてここが?」

「マハリタさんの精霊電話で調べてもらったんですよ。あの人も来たがっていましたがいろいろと問題を起こしそうなのでお留守番です」

「クラスメイトだあ、てめえは何かの王子様のつもりか!」

「そんな上等なものではありませんけど、今のうちに警告しておきます。すぐさまそちらの二人を解放しどこかに消えてくれれば見逃しましょう」

「おまえ、誰にもの言ってんだ!」

「残念ながらあなたたちの名前は判りません。ですがこれをしかるべきところに提出すれば簡単に判明しますかね」

 あるじ様が取りだしたのはiTel7Z、さすがプレミアム感バリバリの高級機が光っている。その画面に再生されているのは、平山さんを撮影している男たちの姿だ。

「せっかく契約したのに動画を撮るチャンスがなかなか無くて。思いあまって4K撮影してみましたけど露出不足のわりに良くとらえていますよ。ああ、これって証拠になりますね」

「そいつを取り上げちまえば証拠なんざ」

「そう言うと思いましてすでにクラウドに保存積みです。おわかりかもしれませんがあなた方はツンでいます」

 あるじ様はあたしを越えて一歩金髪に近づいた。

「ここもすでに通報済みです。どうします、捕まりますか、逃げますか?」

 次の瞬間金髪が懐からナイフを取り出すとあるじ様に斬りかかる。

 しかしあるじ様は金髪の右手首を取るとわずかにひねってその場にうつぶせに倒した。

 どうやったかが判らない。身長だって体格だって二回りは違いそうな男をあっさりと転がすと、金髪の手から離れたナイフを踏みつけた。

「なるほど抵抗しますか。手加減しませんよ」

「てめえ!」

 上月さんの前に居た男も殴りかかる、あるじ様は金髪の腕を放さず左手で男の鳩尾に深く突き入れた。

 男の腰が砕ける。両目を見開くとその場にうずくまって胃の内容物を吐き出した。

「当て身で気絶できると思ったら大きな間違いですよ。むしろ胃袋にダメージが来ますからしばらく収まらない苦痛にのたうち回ってください」

「て、てめえ、この女がどうなってもいいのか!」

 平山さんの前に居た男がナイフを取り出すと彼女の頬に突きつける。

「こっちに来たらこの女の顔を……」

 その言葉の途中で男は両目を閉じてうつむいた。

 動いたのはあるじ様の左手。その親指が何かを弾いたように見えた。

 小さな金属音のあとに金髪の横っ腹を蹴ったあるじ様は、一足に平山さんまで近づくと男の首筋に手刀を当てた。

 昏倒する男、そのそばに落ちているのは五円玉だった。

 あるじ様、それを弾いて男の顔にぶつけたのかしら。確か時代劇という日本の伝統的ドラマにそんなのがあったような。

「ここで銭形平次と言っても誰にも判りませんよ」

 いや判っているでしょあるじ様。

 あるじ様は男の持っていたナイフの柄をハンカチでくるんでから、平山さんと上月さんの背後に回って拘束している縄を切った。

 ちょっと、あたしの拘束はどうなるのよ。

「ケガはされていないようですね」

「わーん」

「田中くん!」

 二人は泣きながらあるじ様に抱きつく。それでもひたすら無表情。

 せっかくクラスの中で巨乳ツートップに抱きつかれているんだからもう少しうれしそうにすればいいのに。あたしはそうため息ついた。

「許さねえ!」

 あたしの目の前で金髪が立ち上がる、手にあるじ様が捨てたナイフを持って振りかぶってあるじ様たちに迫る。

 あるじ様は平山さんたちに抱きつかれて動けない、ダメだ、距離が近すぎてどうにもできない!

 あたしは全身に力を込めて叫んだ。

「弾けろ!」

 その声と同時に空気が爆発した。金髪の背中に吹きすさぶ圧力が服を皮膚を髪を切り裂いて、その巨大な身体を吹っ飛ばすと瓶のケースに叩きつける。

 プラスティックが砕けて破片が飛び散り、金髪はその身体を埋没させて動かなくなった。

 あたしの拘束はちぎれていた。飛び散った破片が床に落ちる音が聞こえる。

 それが収まると見えたのは平山さんと上月さんがあたしを見る目。

 知っている、覚えている。その目はずっと昔あたしがまだ五歳だった頃、あの事件を起こしたときに村の人々はそんな目を向けていた。

 あたしは腕を伸ばした。手を伸ばした。指先を伸ばした。

 でも二人は後ずさる。そしてその目は明らかにこう語っていた。

『あなたは何者?』

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