■ 20 肉体の門
「と言うことで、ご主人様の願望聞き遂げるまでわたくしマハリタずっとおそばに控えさせていただければと存じます」
「そうですか……しかし困りましたね」
珍しくあるじ様が眉を潜める。それに驚くマハリタ。
「もしかしてあたくし、何か粗相をしましたでしょうか」
「ふん、あんたみたいに無駄に肉が付いているのは邪魔なんだってあるじ様は言いたいのよ!」
「いえ、そばに控えて頂くのは構わないのですが」
「構わないのかい!」
「お客様用の布団をシャランラさんが使用していまして、予備の布団が無いのですよ。この時間では寝具店も閉まっていますし今晩どうするかですね」
「だったらマハリタは台所か一号室の居間で転がって寝ればいいじゃない。新入りなんだし」
「それよりももっと良い案がございますわ。わたくしとご主人様を同衾させていただければ全て解決です」
「そんなことさせるか!」
「まあ確かにシャランラさんと同衾するよりは寝心地も良いかもしれませんね。骨が当たることも無いでしょうし」
「あたしのは骨では無いです! 五センチ、五センチの落差があるんです!」
「あらまあ五センチもあるのですか。あたくしもたかが八インチですので数字的には変わりませんわね」
憎い、今日こそこんなにたかが脂肪が憎いと思ったことは無い。
「とりあえず本日はあたくしの初夜ですし、ご主人様に満足頂いてあたくしのアンテナクル五でお答え頂ければと存じますわ」
「そう言えばマハリタさんのアンテナはどちらにあるのですか」
「こちらです。この巻き毛になります」
マハリタが指さしたのはもみあげから下がる縦髪ロールだ。先端に行くにしたがってだんだん細くなっているからドリルに見える。
「ご主人様の本能を受け付けますと、この巻髪がくるくると回転するように振るえますのよ」
「それはなかなかおもしろそうですね」
「はい。ぜひご自身の目で楽しんで頂ければ幸いです。ではさっそく同衾を」
「だからそんなのはさせないってば!」
「あーれー、何をなさるのシャランラさん」
「まだ何もしてないわよ、変な声出すんじゃ無い!」
などと一つの布団を巡ってあたしとマハリタが言い争いを始める。あるじ様は例によってカリントウを食べながらお茶を飲んでくつろいでる。
これってあれか。あたしたち見世物か。
「シャランラさん、お布団が足りないのであればご主人様のためにご自慢の魔法で布団を複製してさしあげればよろしいではありませんか」
「それができればやっているわよ!」
「まあ、底辺底辺と存じていたと思いましたが基礎中の基礎である非生命体の複製魔法までろくに使えないとは底辺より低い虚数次元を行き来されていらっしゃる」
「違うわよ、それくらいならあたしだって楽勝だけどあるじ様に魔法の使用を止められているの!」
「それはどのような修行ですの? せめて魔法が使えることが貧相な身体に対しての唯一の利点でしたのに。まさかご主人様はそこまで高度な催しをご所望で」
「潰す、ぜーっったいにその肉だまりを潰してやる!」
「いえ、ぼくにそのような変な趣味はありませんよ。ただぼくは魔法を信じていないので使用を禁止していたのです」
「それはわたくしも同じ?」
「ぼくの前に居る限りは禁止です」
「まあなんということを。それでは『肉欲魔法のマハリタ』の二つ名が発揮できませんわ」
あるじ様、とっても微妙な顔になった。
「その二つ名とは何なのですか?」
「いままでシャランラさんお相手では二つ名もでませんでしょうが、第三種第四級以上の魔人になりますと、自分の得意分野の魔法を決めてそれに従った二つ名を名乗ることができますのよ。わたくしは肉体にかかる各種魔法を得意としていますの」
「それで肉欲魔法ですか。少し意味合いが異なるように思えるのはぼくの勘違いでしょうか」
「いや、あるじ様は正しいと思います」
「それより速く同衾を」
「だからさせるかー!」
その夜。
「アハーン」
うるせー。
「ウフフーン、どうですのあたくしの……ムフフ」
だから黙って寝ろってーの!
「イヤですわそのようなところ……」
だー!
「うるさいわよマハリタ! 一緒に寝るのなら静かにしなさい!」
布団をはねのけるとあたしに抱きついているマハリタの姿が見えた。
あるじ様は少し離れた布団で一人、いつものように爆睡している。
結局マハリタと同衾したのはあたし。別にお互い変な趣味では無くて、今日一日なら同性同士で寝ればよくないかというあるじ様の提案でそうなった。
しかしむさ苦しいこの乳脂肪。あたしの背中にこれみよがしに当てつけやがって。
「あーら、シャランラさんもお気に召しまして?」
「起きているんならさっさと離れなさいよ」
「それにしても今晩は残念なことに。ですが明日こそ殿方をそう簡単に寝かせやしませんわ」
「んー、あるじ様四日ぐらい寝なくても普通みたいよ」
と以前失敗した寝ないでがんばろう作戦の顛末を話した。
「あらまあ、それではわたくしの身体が保ちませんわ。いっそわたくしをパライソさ連れて行っていっていただけないでしょうか」
「あんたはインヘルノに行って帰ってくんな」
「それにしてもご主人様は四日も何をされていたのでしょう?」
「あれだけテレビゲームがうまいんだし、時間がかかるゲームをやってたんじゃないの。終了まで数日かかるのもあるらしいし」
「でもそれはおかしいですわね」
何がおかしいのかとマハリタを見ると、
「徹夜記録のお話を伺ったのはこちらのお部屋にテレビゲームを購入した直後ではありませんでしたか。以前は何も無いお部屋だとシャランラさんもおっしゃっていたでしょう」
「たぶん引っ越す前の部屋にあったんでしょ。邪魔だから持ってこなかったんじゃないかしら」
「もしそれだけ徹夜するほどテレビゲームがお好きであれば、引っ越したときにも荷物として持ち込むと思いますわ」
それもそうか。大切なら持ってくるしそもそもテレビゲームは得意であっても好きなように見えなかった。
だとすると。
テレビとゲームを買うまであるじ様の日常は家事と読書。果たして読書で四日も徹夜するのだろうか。
家事の手際は玄人の家政婦レベル。それこそ掃除洗濯で四日も徹夜するはずが無い。
などと考えていたら、マハリタがコソーリコソーリとあるじ様の布団に近づいていく。
「だからさせるかー!」
「あーれー」
あたしたちの夜は更ける。
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