■ 19 あんたとあたしは同期の桜

「ところでシャランラさん。いまこのランプをぼくがこするとどのようなことになるのでしょう」

 夕食を終えてあたしがテレビでニュースを見ていると、あるじ様がランプを持ち出してきた。

 そっか、まだランプはあるじ様の手元にあるんだっけ。

「ちょっと調べてみますね」

 たしか召喚装置の取り扱いにそんな注意事項があったような……これかな。

「願望が締結されたあとに召喚行為をおこなっても、同一召喚装置において同一召喚主が異なる魔人を呼び出すことはできないってなってますね」

「なるほど同じランプで複数回の魔人を呼び出せないと。しかしその条件は願望締結後では無いですか」

「あれ、確かにそうですね。だとしたら今は魔人との主従関係締結中だからあたしが再び呼び出されるだけではないかと思いますよ」

「そこははっきりしていないのですか?」

「このトリセツ判りづらいって有名なんですよ。何て言うか開発者が自分たちに判れば良いと思って専門用語ばっかり多くて。もっと利用者の目線に合わせて作って欲しいですよね」

「そこら辺は日本もシャランラさんの世界も変わらないということですね。まあ冒険せずにしまっておきましょう」

 とあるじ様はランプをタンスの上に置こうとしたのだけど、そこにあたしが適当に置いた雑誌があった。

 あたしの注意もむなしくするっとタンスの上から落ちるランプ、それをあるじ様がキャッチしたときに両手がランプの上を滑る。

 そう、それはまさしくランプをなでるのと同じ。

 いきなり部屋の中央に白煙が巻き上がる。もしやこれって。

「マァーハァーリィータァー……」

 ものすっごい間延びした声のあと、薄れていく白煙の中から三つ指ついてお辞儀する魔人影が現れた。

 小柄なくせに凹凸が激しい身体、これでもかと長い波打つ黒髪、まさかこの娘!

「はじめましてご主人様。このたびはわたくしをご氏名召喚していただきまことにありがとうございます。わたくしランプの魔人ことマハリタと申します」

 彼女はそっと身体を起こした。それに伴って衣装の下のこれでもかと大きな胸が揺れる。

 その直後あたしの姿を見てまた胸を揺らす。わざとやってんだろ。

「よろしければご主人様のお名前を頂戴できますか」

「はじめまして、田中一郎です」

「まあ何と言う素晴らしいお声、そしてお名前。わたくしご主人様にお呼び頂いてたいへんうれしゅうございます。この喜びをどう称しましょう」

 そして上半身反り返る。脂肪の固まりも反り返る。

「そうそうわたくしはこれでも魔人。ご主人様に選ばれし幸運のお返しに、お願い二つ叶えさせていただけませんでしょうか」

 そこで言葉を切ると、何かを思い出したかのように垂れ目を何回か瞬きした。うざってー!

「いえいえ、ここは二つなどと言わずぜひ三つのお願いを聞かせて頂きますようよろしくお願いします」

 テンテロリンと効果音が響くと彼女の背後に「今なら一つおトク」と縦書きの巻物がするすると降りる。そしてコトーンと筒を叩くような音が響いた。

「ちょっとマハリタ、どーしてあんたがここに出てくるのよ!」

 あたしの声に振り返ったマハリタは、今更気がつきましたと言うように驚いて見せた。さっき目が合っただろうに。

「その声はシャランラさん。あなたここしばらく姿を見なかったと思ったらこんなところで油を売っていたとは。係長さんには黙っておきますから早々に戻られた方がよろしくて」

「シャランラさん、この方はあなたとお知り合いなのですか」

 あるじ様はあたしとマハリタを交互に見ている。とてもゆっくりだからさして驚いていないかもしれない。

「ええと、そのあたしの同期で同僚のマハリタです」

「第三種第六級魔人のシャランラさんと同期の第三種第三級魔人ことマハリタでございます」

「マハリタさんは第三級魔人なのですね」

「はい。この間昇進しまして主任補佐となりました」

「それはおめでとうございます。いまお茶をお持ちしますね」

「まあご主人様、お気遣い無く」

 と言うマハリタの言葉も無視して台所に向かうあるじ様。

「……これって係長呼んだ方がいいわよね」

「なぜです? わたくしご主人様のお招きに応じてここまで来ただけですのよ」

「あたしも呼ばれたんだって」

「はて、そうするとわたくしたち同じご主人様と同時に契約されたのでしょうか」

「それが判らないから係長を呼ぶんでしょうが」

 あるじ様がマハリタにお茶を出している間にあたしは係長に電話を入れた。

 そして着信したと思ったら、

「パパラパー!」

「おや、ハイサーさんもお見えになったんですね」

 台所に戻るあるじ様。もう魔人が訪れるのは日常になっているのかな。

 あたしたちは円陣(と言うか三角形陣)を組んで相談開始。

「うーむ、いま召喚装置の開発班に連絡を取ったが、どうも想定外の不具合らしい。問題処理票が作成され緊急パッチが準備されているそうだ」

 係長は自らの頭をなでながら呟く。

「それはいいんですけどあたしたちはどうなるんですか」

「係長さん、確か同一人物に対して同時に魔人派遣はシステムで不可能と伺っています。わたくしが登録されたことでシャランラさんはお払い箱になったのではないでしょうか」

「お払い箱とは何よ、こういうのは先に登録している方が優先に決まってるじゃない。あんたこそさっさと帰りなさいよ」

「まあまあそのようなことを言って。第六級魔人のあなたには荷が重すぎる役目でしてよ。ここはお戻りになって勉強をし直してはいかが」

「第三級って自覚があるならあたしに経験積ませると思ってあんたが手を引けばいいじゃない」

「シャランラ、マハリタ、ともかく落ち着きなさい。どうもシステムの帳簿を見ると、二人とも登録状態にあるようなのだよ」

 係長は精霊パッドを取りだしてあたしたちに見せた。表示されているのは二人の活動状況だ。

【シャランラ:田中一郎様に対して願望受付中(達成度〇件)】

【マハリタ:田中一郎様に対して願望受付中(達成度〇件)】

「どういうことよ!」

「どういうことですの?」

「つまり想定外の状態に願望要求システムが不具合を起こして二重登録を承認してしまったらしい。これを無理矢理解除するとさらなる不具合を引き起こす可能性があるかもしれないと調整班から連絡が入った」

 うー、つまり。

 相談終了。

 あるじ様は係長に湯飲みを差し出してすでにスタンバイしている。今回のお菓子はカリントウと言うらしい。

「田中様、お待たせしました」

「それでどうなったのですか」

 係長は深々と頭を下げる。あんまり頭頂部をあるじ様に向けるとまぶしくないか。

「まことに申し訳ありません。どうやらこちらの不手際でシャランラに続きマハリタも田中様との主従関係となりまして。彼女等に三つずつのお願いを叶えさせていただければと思うのですが」

「つまりぼくには六個のお願いを要求する権利が有り、それが要求し終わるまでシャランラさん同様マハリタさんの身柄も自由にして構わないと」

「その通りでございます」

「まあ、わたくしご主人様のいいなりになってしまうのですね。少々不安ですわ、ご要望に応えられるかどうか」

 来るぞ来るぞ、聞くも恐ろしいあるじ様の要求が。身もだえするがいいこのチチデカ魔人。

 それといちいちしなを崩すときに胸振るわすな、うらやましい。

「では優しく膝枕で耳かきせよと言ったら」

「もちろん行わせていただきますわ。わたくしの太ももをマクラにして頂けるなんて光栄の極みですもの」

 ちょっと待て、なぜにお願いがそんな癒やしレベル?

「あと眠れない夜に子守歌を歌って欲しいと言うお願いは」

「子守歌だけでなくてわたくしが添い寝させていただきますわ。抱きマクラだと思って存分に甘えてくださいませ」

 いやいやあるじ様、あんたいつでも爆睡だろうに、肉マクラなんているか!

「また普段の肩こりと腰の痛みを緩和するためにマッサージして欲しいと頼めば」

「もちろん全身を使ってご奉仕させて頂きます。どこを使ってのマッサージがお好みか遠慮無くおっしゃってくださいまし」

 と言いながら乳持ち上げるな、寄せるな、揺するな!

「うむ、さすがですね第三級魔人の方は。どこぞの魔人と胸囲……器量が違うようです」

 ちくしょぉー! そんなにその脂肪の固まりが大切かぁー! カップの勝利かぁー!

「係長、あたしにも魔人呼ばせてください、係長で構いません、そしたらあたしの胸をCカップにしてDカップにしてEカップにして……」

「とりあえず落ち着けシャランラ。その願いは『Fカップにして』一つでこと足りるだろうに」

 あたしにハンカチ差し出しながら係長の言葉に首をひねるあるじ様。

「そう言えばそうですね。シャランラさん、どうして魔法が扱えるのに自分の体型を変化させないのですか?」

「これについてはわたしが説明しましょう。魔法で体型や顔を変えることは可能ですが、それらの魔法は第一種魔人のみ許されているのですよ」

「そこまで複雑な魔法なのですか」

「いえいえ魔法そのものは第三種第六級でも可能でしょう。ようは個人識別のためにむやみに外見を変化させないための方針です」

「なるほど……ランプの世界にも当然犯罪者は存在するわけですね」

「その通り。ですので外見変更の魔法の行使は普段禁止されていますし行ったとしても時間制限がありますから元の姿に戻ってしまうのです」

 あるじ様と係長が何やら話し込んでいる。

 二人とも気が合うのかもしれない。あたしはあたしでマハリタに確かめておかないと。

「そもそもあんた第三級なんだからこんなところに来る必要ないじゃない。それにあるじ様って一筋縄でいかないわよ。しかも三つ叶えたところで三ポイントなんだしレベル上げにもならないんじゃない」

「あら、おそらくあの雰囲気と名字、間違いなくご主人様は伝説の召喚主、田中太郎様の直系ご家族ですわ」

「田中太郎?」

 マハリタは思いっきりバカにしたようなため息をついた。

「これだから第六級魔人は困りますわね。営業魔人教本の歴史の中に燦然と輝く三つの願いで一五六八二三八一ポイントを稼ぎ出した召喚主をご存じない」

「知ってるわよ。何の願いを叶えたか明らかになっていないけど、そのときに呼び出された魔人は一三人目の第一種第一級魔人になったって有名な。今の精霊機械はそのとき入手した精霊力でほとんど開発されたんでしょ」

「その召喚主の名前が田中太郎。これは第一種第五級の魔人サークルのお姉様方から伺った情報ですから間違いありませんわ」

 うん、待てよ。あるじ様があたしを呼び出したランプはもともとおじいさまの遺品だって言ってなかったっけ。

 するとあるじ様のおじいさまがその伝説の田中太郎! しかしあるじ様以上にありそうでない名前ねえ。

「でもかれこれ二週間、三つどころか一つも願望がアンテナに反応しないのよ。直系家族と言ってもだいぶ違うんじゃないの?」

「それはわたくしの口から言いづらいですけども、シャランラさんのやり方がおじょうずでは無いからではなくて」

「だったらあんたならきちんと三つ分願いを引き出せるって言うの!」

「簡単にできると言いませんわ。しかしきちんと成功すれば一気にレベルを引き上げられるのも道理。魔人マハリタ、本気であたらせていただきますわ」

「では田中様。いろいろとご迷惑をおかけしてまことに申し訳ありませんがマハリタもよろしくお願いします」

 おや、二人の話が終わったみたい。

「君たち、とりあえず一件でも良いから田中様の願望を叶えて差し上げなさい。それでは……パパラパー!」

 例によって盛大な白煙を上げて係長は去って行った。

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