■ 16 今のあたしはピカピカに光って
「ほうほう、田中さんはお手伝いさんを雇ったのですか」
あるじ様は平日学校から帰ってきてからもよく外出する。思い立つとすぐに行動するために留守の間はあたしがお留守番をしていた。
あまり無いのだがあるじ様が居ない間に誰かお客様がみえられた場合、あたしが対応するのだがあたしの立場はお手伝いさんということになっている。
日本には他の国の方々が勉強に仕事にと訪れているため、見た目日本人で無いあたしがお手伝いさんと言ってもあまり疑われない。
その日訪れたのはあるじ様のおじいさまの代理人と名乗る一条さんと言う方だった。検索してみると代理人とは弁護士のこと。
玄関先で構わないという一条さんを居間まで案内して、見よう見まねでお茶とお菓子を差し出した。お菓子はサラダせんべいというわりに柔らかいせんべいだ。あたしもスキなのだが野菜が含まれているように見えないのになぜサラダなのだろう。
「以前訪れたときよりずっと賑やかになっているようですね」
一条サンはお茶を飲みながら液晶テレビを見ている。おそらく比べているのはあたしがここに召喚される以前の様子だろう。
「それに、あの人嫌いな方がお手伝いさんを雇うとは驚きました。正直な話しお世話するのも大変ではありませんか」
「そんなことはありませんよ」
しかし良く考えたらお世話されているのはあたしだ。ここに来て以来食事の支度はぜーんぶあるじ様だし。
「それで本日はこれを田中さんにお渡しできればと思いまして」
一条さんはカバンの中から大きく厚い封筒を取りだしてコタツの上に置いた。
「中身については田中さんに確認していただければ大丈夫でしょう。本来はご本人にお渡しするのが筋ですが、あなたの身元もしっかりしているようですし」
「このカードでそれが判るんですか」
あたしはあるじ様より頂いたカードを取り出した。SIファクトリーという企業が発行している身分証のようなもので、あたしの写真とシャランラ=ロレンス、一六歳女性と記入されている。年齢どこで調べたんだろう。
おまけにアメリカ在住のインド人実業家・三人姉妹の末娘で、日本のオタク文化にあこがれ留学したことになっている。
「田中さんも電話の一つ持っていれば連絡が楽になるのですけどね」
「それでしたら今度携帯電話を契約すると言ってましたよ」
「それはありがたい。せめて固定電話は欲しいところでしたからな」
一条さんはそう言って笑うと次の用件があるとのことですぐに帰ってしまった。
「どうやらお客さんが来ていたみたいですね」
出したお茶とお菓子をかたづける前にあるじ様ご帰宅。一条さんは少しタイミングが悪かったようだ。
「一条さんという方がおみえになって、あるじ様にこの封筒を渡して欲しいと」
「ありがとうございます」
「連絡が取りづらいから携帯電話を速く契約して欲しいと言われてましたよ」
「電話ならもう契約しました」
そう言ってズボンのポケットからなにやら取りだしたあるじ様。
「うわっ、それ最新のiTel7Zではないですか。またよりによって最高級品をぽんと購入されましたね」
「ご存じでしたか」
「あたしはあるじ様と違って庶民の雑誌を読んでいますし、テレビでニュースや宣伝も良く見ていますから。まさか二五六ギガバイトモデルですか」
「いえ、特別仕様の一テラバイトモデルです。うまい具合に残っていたんです」
絶対に写真も動画も撮らないと思うのに、どうして最高級品の最高級モデルを買うのだろう。あたしは庶民の女性誌に書かれていたブランド品にお金をかけすぎるダメ男を思い出した。
「そう言えばぼくの写真フォルダーは空っぽです。せっかく購入したのですから撮影をしてみましょう」
「自撮りってのですか?」
「自分を撮影してもおもしろくありませんよ。せっかくだからシャランラさんを撮りましょう」
あたしは自分を指さしてぽかんとした。この場合あたしに拒否権は無いのだが、気になることは。
「あの、外部に流出できないような写真・動画は勘弁して下さい」
「あなたがここに最初に登場したときの服装で撮影しようと思うのですが」
えー。何か今更だけどこっちの服装に慣れた身としては、あの営業衣装はどこかこっぱずかしいのだけど。
そうは思ってもタンスの中に収められた衣装ケースをあるじ様が取り出す姿を見て、これも拒否権が無いのだろうなあと感じた。
あたしは衣装ケースを持ってお風呂場に。
……あれ? サイズ的には問題無かったはずの衣装、お腹周りが少しきついような。
もしかしておいしい食事を食べ過ぎたせいで太った、そのわりに胸のサイズは変わっていない。大きくなるならまずこっちだろう。
それでもはちきれるほどでは無かったので何とか着替えると居間に入った。
「久しぶりにそれを見るとなかなか新鮮ですね」
「そうでしょうか」
あたしの衣装は元気な魔人を演出するとのことで、身体を隠している面積が狭い。日本の衣服で例えるとホットパンツにビキニの上の組み合わせ。キュートなおへそが見えているのだがやや肥えたお腹のおかげで半分隠れている。
足には編み込みのサンダルを履いている。全体的にミカンの色で統一されていた。
身体全体を覆うように透明のベールを巻いている。あるじ様はこれを見て水洗いに適さないと言ったのも今では良い思い出さ。
「それではあの登場したときのポーズを行ってみてください」
あるじ様は携帯電話の背面カメラをこちらに向けた。なんかこう、改めて演じろと言われるとどこか照れてしまう。
「シャランラ……」
「何だか元気が無いようですが、あのときはもっとテンションが高かったですよ」
「それはこれからようやくランプの魔人としての初仕事に気合いを入れていたからですよ」
「すると今はもう気合いが入っていないのですか。それはプロフェッショナルとしてどうなのでしょう」
正論だけどちょっとカチンときた。そもそも気合いをそいでいるのはあるじ様がなかなかお願いを出してくれないからだろう。
判りましたよ、あたしでも引くぐらいのテンションであのときのあたしに戻ろうじゃないですか!
「シャランラー!」
「そうですね、そのテンションで自己紹介行きましょう」
「はじめまして! あたしは美少女ランプの魔人ことシャランラちゃんでーす!」
「そうそう良い感じですよ」
「今日はあたしを召喚してくれてありがとう! そのお礼に願いを二つ叶えてア・ゲ・ル」
「そこでハートマーク」
「でもでも今日はとっても大サービス、あなたのお願い三つプリーズ!」
とここでくるっと回ると投げキッス!
そんな具合にあたしの動画はあるじ様の内蔵メモリを消費していく。
「なかなか良いものが撮影できました。ありがとうございます」
「どういたしまして。そんなに撮影しておもしろかったですか?」
「おもしろくなるのはこれからですよ」
「ハ?」
「いま峰京町町内会のイベントで『あなたの身近なコスプレ動画』を募集しているんですよ。このシャランラさんの勇姿を提出すれば最優秀賞間違い無しです」
「すいませんごめんなさいおねがいします、そんな恥ずかしいことは止めて下さい」
あたし営業衣装のまま土下座。それを無表情で見下すあるじ様。
「恥ずかしいもなにも、あなたはあのポーズでぼくの前に登場したのですし、それなりの自信があってのことでしょう。それをここだけに収めておくのは何とももったいないと思いませんか」
「思いません思いません、ちーっとも思いません」
「何でしたらぼくの知り合いに頼んで褐色のコスプレイヤーと言うことでメジャーデビューを……」
「やめてぇー!」
そのあと「目線入れますから」とか「音声は変換しますから」と言い続けるあるじ様を日付が変わるまで説得し続けた。
一条さんの言うとおりあるじ様のお世話は大変だ。
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