■ 15 あたしをふるさとに連れてって
翌日の学校。
「シャランラさんはどこかの部活入るの?」
食堂で食べ終えた食器をかたづけているときに同じクラスの男子にそう聞かれた。
「今は何も考えて無いよ。あたしいつ国に帰るか判らないし、そんな中途半端な感じで部活したら迷惑でしょ」
「そんなことないと思うよ。よかったらサッカー部見に来てよ。シャランラさんがマネージャーしてくれたらみんなはりきると思うから」
他の女の子が近づいて来たので彼は手を振ってどこかに行ってしまった。
「シャランラさんモテるー。ここんとこ毎日部活に誘われてるしぃ」
「いつ国に帰るか判らないってホント?」
「予定ははっきりしてないの。だからあまり先のことは言えないんだ」
「せっかく友だちになったのにそれだとサミシイね、ねー」
みんな同意してくれた。なんとなくうれしい。
それから教室に帰ってあたしは渡辺さんの席に近づいた。
彼女は静かに本を読んでいる。あたしが近づいても読書に集中して気がつかなかった。
「渡辺さん」
あたしが数回呼びかけるとようやく気がついた彼女は、昨日と同じように大きく目を見開いて硬直した。
あたしは彼女が逃げ出す前に生徒手帳を机の上に置いた。
「昨日、ぶつかったときに落としたみたい」
「……あなたが拾ってくれたの、どうもありがとうございます」
「学生証の名前だけしか見ていないから」
「別に何にも書いてないから平気です」
「よかった。それじゃあね」
あたしは自分の席に帰ろうとしたが、彼女は以前みたいにあたしの顔をじっと見ている。
「何か?」
「ううん、今度お礼させて下さい」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ」
あたしはそう答えた。ただそのとき、彼女は教室一番奥の窓際にも視線を送っていることが少し気になった。
「シャランラさんはお友だちを作るのがじょうずなようですね」
自分の席に着くとあるじ様が小声で呟く。
「ただただお話しているだけですよ」
「お話しできるだけでも良いではありませんか」
あるじ様はそう言って窓の外を見る。
普段あたしとか係長と話しているところを見ると、口べたではないし誰かと会話するのが嫌いとも思えない。
その係長が夕食を食べ終わってくつろいでいるところに現れた。
「なに、営業先への定期的なあいさつと考えて頂ければと思います」
頭をぴしゃりと叩いたが、日本ではそういうときに手土産くらい持ってくるもんだよ。
「そう言えばハイサーさんは比較的自由にそちらの世界とこちらの世界を行き来しているようですけど、ランプによる呼出は必要無いのですか」
コタツを挟んで雑談を繰り広げているあるじ様は、柿の種というやたら辛いお菓子をつまみながらそう聞いた。
問われた係長もむき出しの筋肉線に汗を吹き出しながら柿の種をつまんでお答えする。
「わたしの場合は特別に許可を取っているのでランプは必要無いのです。ただこちらに来るときは上の許可が必須ですけどね」
「するとランプの世界の人々はわりにこちらに来ているのですか」
「いえいえ。こちらに出向くことができるのは営業部の一部の魔人だけですよ」
「やはり魔人レベルの高い方がいらっしゃるのですか」
「逆ですね。あまりに魔人レベルが高い方がこちらにくると、こちらの世界の精霊力バランスが崩れますからむしろ制限されています。特に魔神クラスになるとこちらの世界どころかあちらの世界でも所定のエリアから出ることも難しくなります」
「こちらの世界に精霊力があるとおっしゃるのですか」
「はい。微量ではありますが精霊力は存在します。そうでなければわたし共がこちらで魔法を行使することができませんから」
男同志だとわりに会話が弾んでいる。あたしに興味見せないこととか考えるとまさかあるじ様、女性より男性の方が……
「シャランラさん、そういった腐った考え方はまだ速いですよ」
「シャランラ、そう思う前に大胸筋でも鍛えたまえ。美しいバストには鍛えられた胸筋だ」
あれぇ? あるじ様のは慣れてきたけどなんで係長にまであたしの考え見透かされているのかな。
「おっと、こんな時間ですか。そろそろおいとましないと」
「ハイサーさん。お帰りになる前に一つ試して頂きたいことが」
係長とあたしはそろってあるじ様を見る。
「シャランラさんはぼくとの主従関係があって自らランプの世界に帰ることができない、これは間違いないですね」
「その通りです」
「ではシャランラさんを連れた形でハイサーさんがランプの世界に戻れば一緒に帰れませんか?」
あ、なるほど。それは考えてなかった。
どうやら係長もあたしに同意らしい。腕組みして黙っているところを見るといろいろな規則を検索しているのだろう。
「そうですな、今までの記録にそのような事例がありませんが一つ試してみましょうか。シャランラ、こちらへ」
あたしは係長に手招きされた。
こういう場合いわゆるお姫様だっこという形で抱き上げられるのかと思ったら、襟首掴んでぶら下げた。こちらの世界での借り物のネコ状態だ。
「それでは田中様、失礼します。パパラパー!」
そして吹き上がる白煙、虚空に消える筋肉大男。
その場にぽとりと落ちるあたし。
服装だけ持って行かれなくて良かった。
「ダメでしたね。ハイサーさんお一人だけお帰りになられたようです」
「うー、こういうところは抜け道が無いです」
「そんなに抜け道があっても困りますがこの主従関係というのはかなりやっかいですね」
「そもそもあるじ様が本能をむき出しにしていただければいいだけの話なんですよ!」
するとあるじ様はややうつむいた。
「……速く元の世界に帰りたいですか?」
「それはまあ、一応」
「申し訳ありません」
何だかこう素直に謝られるとこちらが慌ててしまう。
「あ、え、その、あたしもこちらでそこまで不自由しているわけではないので。あっちの世界とは精霊電話で話せますし」
「精霊電話とやらも魔法の産物なのですか」
「中身がどうなっているか良く知りませんがカンデーラでの普及率は四割を超えていると思いますよ。こちらの世界の携帯電話と違ってそんなに多くの種類が出回っていませんから」
あれ、携帯電話と言えば。
「あるじ様、携帯電話はお持ちなのですか」
「持っていません。固定電話もありませんよ」
ですよね。こちらの世界で町を歩いていると携帯電話を使いながら歩いている方が多いのに驚くけど、そんな風景の中であるじ様はそういった機器を全く扱っていなかった。
「どこかに連絡する用事もありませんからね。ただシャランラさんとの連絡を考えると一台くらい契約しておいたほうが良いかもしれません。あなたの精霊電話はこちらの電話網と接続できるのですか」
「できますよ。ただし世界をまたいで通話はできませんけどね」
「では明日の帰りにでも契約してみましょう」
相変わらず行動が速い。ここに電子計算機端末があればその場で契約していたのでは無いかと思われる決断の早さだ。
お金持っているし通信で買い物始めたら、この部屋なんてあっという間に品物で埋め尽くされそう。
「ときどきご家族と連絡を取っているのですか」
「はい。父とは精霊郵便のやりとりをしています。父もなかなか忙しいみたいで電話で直接話すのは時間的余裕がないみたいです」
「お父さんはどのようなお仕事をなされているのですか」
「魔法を研究する学校で研究員を行っています。以前はランプの魔人も行っていたのですけどもう引退し学校にスカウトされたと聞きました」
「お父さんがそれだけ偉い方なんですからシャランラさんも速く魔人レベルをあげないといけませんね」
「ぶー、余計なお世話です。そもそもレベルを上げるにはあるじ様の願望が必要なんですからあるじ様の責任でもあるんです!」
そう怒って見せたがお父さんを褒められてどこかうれしかった。
魔法を認めてくれないのは悔しいし残念だけど、お父さんはあたしの自慢のお父さんだから。
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