■ 14 プライベートシャランラ
それは夕食時の話し。
本日の献立はメンチカツ。しかもあるじ様があげたものだ。当然おいしい。
「よく考えたらシャランラさんのプライベートな空間がありませんね」
わかめとトウフのお味噌汁に口を付けているとあるじさまが突然言い出した。
こんな生活が始まって一週間以上。言われるまでも無くそのとおりだ。
「今のところそこまで不便さは感じていませんが」
「いくら胸が残念でも女という性別を捨てるには速くありませんか」
「捨ててませんしそう追い詰めているのはあるじ様だと思います」
あたしのふくれた頬を見てもあるじ様は無表情だったが意外なことを言い出した。
「ではあなたにもプライベートな空間を差し上げましょうか」
「まさかこの居間をカーテンで区切って二つにするとかですか」
「少なくともシャランラさんに先読みされるようなことは考えませんよ。この部屋がグレートハイツスズキの二号室なのはご存じですね。その隣の一号室と三号室は空き部屋になっているのもご存じですか」
「はい、知ってますけど」
「それらのどちらかをシャランラさんの専用の部屋として使用して下さい」
「あるじ様、空き部屋と言えアパートの部屋を勝手に使うのは法律上まずくありませんか。大家さんに怒られると思いますよ」
「怒らないと思いますね」
「その根拠はなんですか?」
「ぼくがグレートハイツスズキのオーナーで有り大家ですから」
なぬ、ここって借家でなくてあるじ様の持ち家?
「祖父が持っていた建物なんですよ。それでぼくが遺産相続したためにオーナーになったんです。高校にも近いですしね」
「でもそれなら何で建物の名前がタナカではなくスズキなのですか?」
「元々の所有者は鈴木さんという方で資金繰りが怪しくなり祖父に売ったそうです。祖父は建物名称を変更するのが面倒でそのままにしていたようですね」
するとあるじ様、この年齢で不動産所有して遺産もあってかなり裕福なのかも。あんな大きな液晶テレビをぽんと買うくらいだし。
そりゃ願望がなかなか出て来ないよね、これだけ満たされていれば。ランプも人選間違えてないか。
そのくせ以前『リア充滅ぶべし』とか言っていたけどあれ何の冗談?
「どうします? 部屋の中は空っぽですけど使うのならお貸ししますよ」
「賃料取るんですか」
「一応大家ですし。別にお金で取ろうとは思いませんよ。身体で払って頂ければ良いです」
おー、これはついに欲望の波動に目覚めたか魔鬼畜あるじ。
でもアンテナは無反応。
「町内会の持ち回り清掃にぼくの代わりに参加していただければ結構です」
うん、そんなことだと思った。
そんなわけで二人、三号室に向かった。
あるじ様に鍵を開けて貰い入ると、中の構造は二号室と同じだった。
台所の戸棚と八畳のタンスはともに最初から据え付けられている家具らしい。照明は埋め込み式でなく蛍光灯がつり下げられているが、電気使用の契約を行っていないためいまは点かない。
同様にガスと水道も止まったまま。蛇口をひねっても水は出ないし、据え付けのコンロも火は点かなかった。
ただこれを契約するとホントにいつあたしは帰れるのかなとか思う。
「いつまでも入居者が居ないと不用心なので、とりあえずいつでも入れるようにしておきます。実際に利用できるまでには二、三日かかりますね」
「入居者、募集していたんですか?」
「いいえ。どこぞの誰とも知れない人間に貸すほどお人好しではありませんから」
あるじ様は当然とばかりに答えた。
二号室に戻るとコタツを挟んで向かい合う。
「本来であれば書面を交わすところですがそれは不要でしょう。ただできるだけキレイに使ってください」
「でもどうしてあたしにお部屋を貸して頂けるんですか」
「シャランラさんにプライベートな時間が必要なように、ぼくにも必要かなと思ったんですよ」
そっか。あるじ様も年頃の男の子だよね。
と言うかその欲望をあたしに……
「どうしましたシャランラさん。妙に顔が赤いようですが」
「……ええと、あわわ」
「その仕草はドジっ娘メイドにしか許されませんよ」
「あたし、お風呂に入ります!」
あたしは腕をぶんと振り回しタンスから着替えを出すとお風呂場に向かった。
洗い場で華奢な身体をいじめるようにタオルでこする。
おかしい。あるじ様が男の本能そのままにあたしに迫ってくればお願い一つ獲得ではないか。そのまま五月雨式に本能を引き出せれば今回のお仕事は終了。それで無事カンデーラに帰れるのに。
……帰れるのか。
自慢にならないけど、あたし年齢イコール彼氏居ない歴の女。思い出したくないけど小さいときは誰かを好きになるなんて現実味のないことだった。夢にも思えないほど。
お父さんと出逢ってあたしはやっと普通の家族が持てたと思う。お父さんは大好き。でも男の人ではない。
あたしは身体を流して湯船に漬かった。
最初は熱くて我慢できなかった湯船も、こうやって入りながら何かを考えたり出来る。
あたしいつの間にか日本になじんでいるのかな。
お風呂上がりに寝間着に着替えるとあるじ様は本を読んでいた。なんか古くさくて分厚い本だけどブックカバーがかけてあって題名は判らない。
あたしはテレビのリモコンを取り上げてニュース番組を見た。テレビゲームは中毒性が酷いので平日は行わない約束をしている。
コタツの上にはおせんべいの一種である塩おかきがあった。それをつまみながらテレビを見る。
そのうち消灯時間となった。
常夜灯の下少し離れた布団の中に居るあるじ様。
「あるじ様、お聞きしたいことがあるんですけど」
「なんでしょう」
「日本の高校は行かなくても違法にならないと聞きました。あるじ様は家も持っているしお金もあるのに高校にはなぜ行くのですか」
「勉強をするためですよ」
「差し出がましいことですがあるじ様、あたしからみてちっとも勉強しているように思えないのですけど」
「シャランラさんにはそう見えるのですか」
あたしは返事しなかった。
「そうですね。ぼくは勉強も運動も嫌いです。努力も汗を流すことも嫌いです。誰かと協調して生きていくなんて面倒で仕方ありません。例え徒歩一〇分でも移動することは無駄に思っています」
「ではなぜ?」
「約束したからですよ。あの学校に通うとね」
「どなたとですか?」
「ぼくの家族だった人とです」
あたしは……また聞いてはいけないところまで足を踏み入れたのだろうか。あるじ様のプライベートに。
「あなたが気にすることではありません。過去の話です。質問はそれだけですか?」
「はい」
「ではおやすみなさい」
それっきりあるじ様の声は聞こえない。
家族との約束。あたしもそれを思い出して眠りについた。
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