■ 13 はじめてのお使い
「今日学校の帰り、お使いをお願いできますか」
朝食の時間、あるじ様がそう聞いてきた。ちなみに献立はサンドイッチとミカン果汁。
もしかして願望と思ったけど微動だにしないあたしのアンテナ。まーそれは良いとして、これってようやくあたしの存在をきちんと認知してくれたことになるのかな。
「本日は放課後に訪れなければいけない場所が二カ所ありまして。方向がまるで逆なのです」
「それでそのどちらかをあたしに行って欲しいということですね」
そこであるじ様、あたしの目の前に二枚のカードを差し出した。一枚は黒くて小さいカード、もう一枚は白くて大きなカード。
「どちらかを引いて下さい。そこに行き先とお使いの内容が書いてあります」
もしやこれってテレビのアニメーション番組でやっていた、日本昔話の大きなつづらと小さなつづら?
しかも大きさだけで無く配色が異なるのが気になる。あるじ様、性格診断とか好きそうだからなあ。
他人に言われるまでテレビを買わないくせに、いつの間にこんな凝ったもの作ったのだろう。
あたしのイメージカラーとしては白なんだけど、大きなカードはどこか欲張っているように思われそうだし。
さんざん悩んで自分のカラーを優先し白いカードを取った。ひっくり返すと封筒が着いている。この中にお使いの詳細が入っているのだろう。
そのあと朝食の後片付けしてあたしたちは学校に向かった。
「二人でそろって学校に行ったら何かまずいことになりませんか」
「なるほど、シャランラさんもお友だちにウワサされたら恥ずかしいと思っているのですか」
お友だちと言われて思い浮かんだのは平山さんの顔。彼女の場合、あるじ様と同じ家に住んでいると判ったら、ウワサどころか何も話さなくなるのではないか。
「家が近所にあり途中で一緒になったと言えばそこまで不自然では無いと思います」
「あたしの家に遊びに行きたいと言われたらどうすれば良いのですか」
「それはシャランラさんが何とかしてください。あの学校に通い出したのはシャランラさんですからきちんと責任を取るように」
うー。確かにその通りなので何にも反論できない。人数が少なければ魔法で幻影を見せればいいと思うけど、
「そのような安易な方法をぼくが許すと思いますか」
いえ、ちっとも思ってません。それといまさらなのですがあたしの心を覗かないで下さい。
徒歩一〇分の距離なのですぐに学校に着く。あたしが先に教室に入ると女の子があいさつしてくれる。
「あ、シャランラさん、おは……」
フェードアウトしたのはあるじ様がフェードインしたから。
目からレーザー光線が出てたら一寸刻みでバラバラになりそうなほどの露骨な視線を浴びても全く動じず、あたしを追い越して自分の席に着く姿はもはや王者の風格を醸し出している。
「おはよう」
あたしもみんなに朝のあいさつをして自分の席に着いた。
授業そのものは特に語る事も無い。まだ教本を頂いていないのであるじ様に見せて貰っているが、本がだんだんこっちに寄っているのは勉強しようという意志が欠片もないってことかな。
日本の高校は通学が任意だったはず。すでに資産を持っているならわざわざここに来なくてもいいんじゃないのかなとか思う。
三時間目は体育。男性と女性に別れて着替えたがあたしは運動着を持っていなかったので見学。お友だちになれそうだった平山さん、実は「おっぱい」の人だってことが判ってちょっと悔しい。
そして以前聞いたとおりあるじ様は見学だった。しかも運動場にすら現れない。体育の先生も点呼すら取らなかった。
教えてくれるかは別だけどあとで理由を聞いてみよう。どうせ「疲れますから」とか言うんだ。
お昼休みはクラスの女子数人と学生食堂に向かった。あたしの選んだのはやっぱりカレー。
「インドの人から見て日本のカレーっておいしいの?」
「値段通りの味だと思うよ」
あるじ様は昼休みが始まるとどこかに行ってしまった。
さて平穏な学校生活を終えていよいよ本日のメインイベント。
今日も誘ってくれた女の子たちに、用事があることを告げてあたしは学校を出た。
『峰京町四丁目一〇番地三号、天晴書店に注文した本が届いたと連絡があったので取って来てほしい。すでに料金は支払い済み』
白いカードの封筒に入っていたのはこんなメッセージと書店の位置を示した地図だった。学校とグレートハイツスズキとの距離から換算すると歩いて五分程度かな。大通りを真っ直ぐ歩くだけなのであっさりと着いた。
ただ良い言い方だと歴史的たたずまいのある、悪く言うと倒壊一歩手前の店の看板には重々しい書体で『店書晴天』と書いてあった。それが右から読むのだと気がつくまで地図を何度も見てしまった。
「ごめんください」
閉め切ってある引き戸を開いて中に入ると、全く売る気が無いのではないかと思える並べ方の本の山がいくつも出来ている。ここは書籍の再利用店らしい。
返事が無いのでもう一度あいさつしようと思ったのだが、
「やめときな、お嬢ちゃん。ここはあんたのような女が入る店ではないぜ。悪いことは言わねえ、今すぐ引き返すことだ」
店の奥から面倒くさそうな人が登場。やたら背が高くて体格が良くて髪と眉毛が無くて光りを反射するメガネをかけていて額に×印の傷跡があった。
「どこでここを知ったかしらないが忘れちまいな。そして笑顔で元居た世界に戻るのさ」
「ちょっと問題があって元居た世界には帰れないんですよ」
「そいつあ難儀だな。だが諦めちゃいけねえ。手を伸ばしてれば小さくてもとっかかりは掴めるもんさ」
「田中一郎の代理で来ました。注文したものが届いたと連絡を受けまして」
もう少し付き合っても良かったんだけどお使いはとっとと終了させよう。
「おう、一郎の使いか。するともうあんたはずっぽりと抜けられなくなってんだな。こんなに可愛いのにもったいない」
「ありがとうございます」
「そこのイスにでも腰かけてちょっと待ちな」
言われた通り本の山の間にあるイスに腰掛ける。店主さんは一旦店の奥に引っ込んで大きなダンボール箱を持ってきた。
うげっ、なるほど大きなつづらかい。
「お嬢ちゃん、持てるかい?」
うぐ……なんかぎりぎりな感じがするけど持てない重さでは無かった。
「一郎によろしくな」
あたしは額×印に見送られて帰路につく。帰りは裏道を通るのだけど箱の重さは予想外だった。
店を出て三分も行かないうちに腕がプルプルと震え出す。本一冊は軽くても束になるととてつもなく重い。
あたしは箱を地面に置いて腰をポンポンと叩いた。女子にこんな仕事させるなんてあるじ様魔鬼畜。選んだのはあたしだけどさ。
いずれにせよこれは肩が抜けるか腰が砕ける。仕方ない。誰も見ていないことを確認して。
「シャルルリラー。この箱よ軽くなーれ!」
……お、軽い軽い。これなら片手で持てちゃう。
重量軽減の魔法は基礎だもんね。これが無いとカンデーラでは物流が成り立たないもん。
そんなわけであたしは鼻歌交じりに家路を急いだ。
ここを右に曲がればすぐだな、と思った矢先、正面に現れた人影とぶつかってしまった。
「きゃっ」
「ご、ごめんなさい!」
悲鳴は女の子のもの。あたしのダンボールは当たらなかったらしい。ともかく良かった。
あたしが腰を上げその場に尻餅ついているその子に近づくと、あれ? どこかで見たような。
あたしが小首をかしげているとその子もあたしを見上げてかっと目を見開いた。なんだろう「ぱかっ」と音が聞こえそうな感じ。
そしてあたしの顔をまじまじと見たあと、
「ごめんなさいー!」
ぴょんと跳ねるとそのまますっ飛んで走り去った。人間ってあんなに速く走れるんだ。
ふとそこに小さな手帳が落ちていた。拾ってみると峰京高校の学生証。あたしも転校したときに貰ったものと同じだ。
ページを開いて身分証を見ると名前は渡辺華子。うわっこの子も日本の典型的な名字と、漢字は少し異なるけど名前だ。そしてクラスはあたしと同じ。
あ、思い出した。転校初日にあたしのことを見ていた女の子。
ともかく明日はこれを渡辺さんに返さないと。あたしは無くさないようにカバンの中に入れた。
そしてお使いを終えて部屋に着くとあるじ様はもう帰宅されていた。
あるじ様に勧められてシャワーを浴び、部屋着に着替えるとあるじ様手招き。
「シャランラさん、魔法を使いましたね」
「何をおっしゃるあるじ様。あたしがあるじ様との約束を破るとでも……」
「これ軽いですよね」
あるじ様はあたしが持ち帰ったダンボール箱を片手で持ち上げていた。
あたしコンマ一秒で土下座。額が絨毯に食い込むほどこすりつける。
そう言えば魔法を解除するの忘れてた。
「まあ今回は仕方ないでしょう。まさか白いカードを選ぶとは思いませんでしたから」
「でもあるじ様、魔法は信じていただけたのですよね」
「何のことです?」
「だって今、重量軽減の魔法がかかったその箱を片手で持ち上げているではないですか」
「こんな箱ならシャランラさんでも片手で持ち上げられると思いますよ」
とあるじ様が差し出した箱の中身は空っぽだった。
はめられた。
「酷いです、あたしを騙したんですね」
涙ぐむあたしにハンカチを差し出すあるじ様。
「ところでその箱の中身は何だったんですか」
「ちょっと興味がある分野ができまして取り寄せたんですよ。ご覧になりますか」
あるじ様は何だか古めかしい分厚い本を数冊コタツの上に乗せた。
『魔女裁判と異端審問の実際』『罵詈雑言辞典』『これであなたもご主人様。初めてでも迷わない奴隷育成計画』『日本の拷問世界の拷問』『毒物豆知識。生物はいかにして毒を持ったか』『縄目の美学。荒縄一本からできる緊縛入門』『キリシタン弾圧の歴史』『残酷辞令百科事典』『凶悪犯罪の現場。とある猟奇殺人の記録』『精神疾患とその原因』『誰にでもできる催眠術。心をコントロールする科学』
「どうしましたシャランラさん、そんなに部屋の隅っこでプルプル振るえて」
魔鬼畜! 悪魔将軍! メガネ変態!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます