■ 12 愛しさと切なさと心細さと
「今日は新しい試みを試そうと思うんですよ」
さわやかな土曜日の朝。昨日の尋問なんてもう過去のことさ。
「試みと試すは被っていますね。まあそれは良いでしょう」
「ここは一つ、お願いが思い浮かばないのであれば本能に強く訴えかけてみるというのはどうでしょうか」
「本能ですか」
「はい、すなわち睡眠欲、食欲、性欲です」
「なるほどシャランラさんが何とかして人間の二大欲求を強く刺激するということですか」
どれかと言わないけど大切な欲求一つ外したよね。
「それで今回欲求の中では一番強い睡眠欲に訴えてみようと思うんです。具体的には寝ないでがんばってみる。すると眠りたいという願望が出てくるのではないかと」
「考え方は判りますが、三つの願いの一つが『寝たい』と言うのはどこかもったいないと言うのか」
「そう思うんだったら何かきちんとしたのをさっさと考えて本能バリバリにあたしに投げかけてくださいよ!」
あるじ様はどこか納得いかない表情でうなづいた。
「仕方ありませんね。ここは哀れなシャランラさんを助けると思って協力しましょう」
と言うわけで土曜日の朝七時から開始。朝ご飯はトーストだった。
そもそもお休みの予定はどのようになっているのかと、あるじ様に聞いてみたら掃除と洗濯だった。
魔法を使用しないことを条件にあたしもお手伝い。
ただ、元からかなり片付いている部屋なのでお掃除はあっという間に終わる。あたしはトイレ担当。トイレをキレイにするとトイレに居る日本の第一種第一級魔人が胸を大きくしてくれるってあるじ様が教えてくれたから。
次にお洗濯。
「ところでシャランラさんのこの衣装は普通に洗っても大丈夫なのですか?」
あるじ様が手にとって見ているのはあたしがここに召喚されたときに着ていた営業用の衣装だ。
「どうでしょう。カンデーラではまとめて業者に出していましたから」
「素材としては水洗い禁止に思えますね。今度ハイサーさんがこちらにみえたときに持って帰ってもらいましょう」
あたしの営業衣装は衣装ケースに収めてタンスの中に。
「これを着ていると魔法が強力になるとか精霊力の消費が少なくなるとかの恩恵があるのですか」
「無いです。そんな衣服が作れたら学会推薦枠で第一種魔人になれると思いますよ」
「そもそも第一種、第二種というのはどういう区分なのですか」
「魔人レベルは第四種まであります。第三種以上の魔人は自分以外の魔人に対して魔法を行使できるんですよ」
「ライセンスみたいなものですね」
「はい。第三種は個人から一〇人未満の魔人に対して、第二種は一〇人以上一〇〇〇人未満まで、第一種はそれ以上の魔人に対して同時に魔法を行使できるのです」
「第三種第六級のシャランラさんがこのようなお仕事ができるのも、個人に対して魔法を行使できるからなのですね。しかし第一種は名声的なことでもなれるのですか?」
「そうですね、例えばあたしたちが使用している精霊機械ですけど開発されたのはわりに近年なんです。精霊力と機械を連動させる技術を発展させた魔人が居まして、その方は例外的に一三番目の第一種第一級魔人になったそうですよ」
「名声だけで無くそれなりに魔法の技術は要求されるわけですか」
「ここまできちんとお話聞いて頂けると言うことは、あるじ様も魔法にご理解を示していただけたのですか」
「いえ、そのつもりはありません」
何だかとてもさわやかにきっぱり言われた。
お洗濯が終了したらベランダに干す。一応あるじ様に気を使って頂いたのか外に近い方にあるじ様の衣服、窓に近い方にあたしの衣服を干した。
ここでお昼ご飯。メニューはハムと目玉焼きにお漬け物。お味噌汁は大根ともやし。目玉焼きにかけるものとして選択肢にあげられたのがソース、しょうゆ、ケチャップ、マヨネーズ。
あたしが物珍しさにマヨネーズを選ぶと、
「それではタマゴとタマゴが被ってしまいますね。シャランラさんはかぶり物が好みと判りました。今度そういった系列の衣装……服装を買ってきましょう」
これって性格診断だったのだろうか。
さてお掃除もお洗濯も休日の四分の一で終了してしまった。
「ところであるじ様。この部屋何も無いですけど普段は何して過ごされているんですか」
「本を読んでますよ」
そう言ってカバンから小さな本を取り出す。昨日学校の帰りに図書室に寄るって言ってたっけ。
「シャランラさんのお休みの日などはどのように過ごしていたのですか」
「職場の友人と買い物にでたり演劇鑑賞に行ったりですね。演劇鑑賞はこちらでの映画に近いです。出かけなければお部屋の掃除や精霊動画見てます」
「精霊動画とはこちらのテレビみたいなものですかね」
「そうだと思いますよ。ここには無いので良く判りませんけど」
再度説明すると、この部屋にあるものはホントに数えられる程度だ。
日々増えているのはあたしがコンビニで買ってくるマンガ本くらい。
「テレビは見てみたいですか」
「そうですね、あと日本に出張した先輩にテレビゲームというのがとてもおもしろいと伺っていましたからそれも体験してみたいです」
「そうですか。では少し出かけてきます」
「あ、あの、どちらに?」
「少々時間がかかるかもしれませんので、洗濯物が乾いたと思ったら取り込んでおいてください」
あるじ様はそう言い残して部屋を出て行った。いつもながら行動が突然で説明不足。
しかたないので部屋の隅に積み重なっている、あたしの買ってきたマンガを読んでいると外がなにやら騒がしくなった。
「失礼します、ビックリカメラです」
玄関でそうあいさつして入ってきたのは同じ衣装の男性が二人とあるじ様。それになにやら巨大な荷物たち。
「設置はこの居間のこちら側の壁にお願いします」
あるじ様がてきぱきと指示する中、一時間ほどで作業を終了した制服姿の男性は、玄関先で丁寧に頭を下げて帰って行った。
そして作業の結果がこれ。
「あるじ様、この壁一面に広がった巨大な何かは?」
「液晶テレビです」
ハァ。何と言うか対角線の長さが六四インチって書いてある。試しに起動してみるとそれ一面に女の子が写ったがほとんど等身大だった。
顔がアップになるとどこか怖い。
それとすさまじい音が鳴り響いている。部屋のあちこちに音響装置を取り付けていったけど、サラウンドとかいう立体音響装置だそうだ。
また窓の外には円形のアンテナを二つ着けていった。これで日本で受信できる番組は全部見られるらしい。
それとテレビの前に鎮座しているのは資料で見たことのあるゲーム機だろうか。
「一応光回線も契約してきたのですが工事は来襲の土曜日になりそうです。ぼくたちでゲームを行うには問題無いでしょう」
「あの……これ全部でいくらかかっているんですか?」
こんな立派で巨大なものが安いはずがない。カンデーラでも日本でも、大抵品物が大きくなれば価格も比例するだろう。
「気にするほどではありませんよ。ぼくには祖父の遺産がそれなりに残っていますし、いずれ購入しようと思っていましたから」
「そうですか……ってそれをきちんと願望に出してくれていれば、お願いの一つは解決していたではないですか!」
「ですから以前から言っているとおり、自分の欲しいものに魔法などと言う自分が信用していない何かに頼ろうと思わないだけですよ」
うわー、この人魔法を相変わらず否定している上に、あたしの存在まで否定しているよ。
さてそれからどうなったかというとゲーム三昧だ。
とりあえず土日で睡眠欲から願望を引きだそう大作戦の途中だし、ゲームで徹夜というのは日本の文化だと資料が教えてくれる。
あたしたちは居間の真ん中に座り遠隔操作機械握りしめ、疑似格闘を行うゲームに没頭した。
いや、没頭していたのはあたしだけだと思う。何と言うかあるじ様が魔神クラスに強い。
最初はあたしの不慣れも手伝って、どこかしょぼい戦い方をしていたのに、なれてくるとあるじ様の戦い方も変わってくる。
何て言うんだろう、あたしのレベルの一センチ上で常に闘っている感じ。もうちょっとで勝てそうなのに勝てない。
それが悔しくて夕食を食べたのは夜八時過ぎ。メニューはハンバーグだった。お味噌汁ではなくてコンソメというスープが付いていた。
お風呂休憩のあと洗濯物を取り込んでゲーム再会。
寝ないことが前提なので徹夜でGO!
……そんなわけで現在日曜日の午前五時三二分だよね、なんだか精霊電話の画面がダブって見えるのはあたしがかぶり物がスキなのではなくてどうしましょうこう話していても考えがまとまらないというか窓の外に何かが何かがって見え始めて……
「シャランラさん、もう寝た方が良いのではないですか」
「なにをおっしゃいますあるじさまいまねてしまってはがんぼうがまったくひきだせませんよ」
「とりあえずどこかで句読点を点けて話してください。あと漢字も混ぜて頂くと判りやすくなりますけどね」
「そんなことよりもういちげーむ」
「もう諦めたらどうでしょう。すでにシャランラさんは一五六敗〇勝ですが」
「こんどこそこんどこそかてる!」
そしてあたしは継続ボタンを押した……ポチっとな。
……あれ? どうしてあたし横になっているんだろう。
目を開けると天井が見える。身体には大きめのタオルがかかっていた。
「おはようございますシャランラさん」
そして逆さまのあるじ様の顔。
「あたし……どうして」
「ゲームをコンティニューしたとたんに崩れ落ちたんですよ。そろそろ昼食ですので起きてください」
身体を起こして時計を見ると一二時越えていた。
「あるじ様はお休みになられたのですか」
コーンシリアルという食べ物に牛乳をかけて食べている間に質問したら、あるじ様は首を振る。
「全然眠そうではないですね」
「言い忘れていましたけど四日くらいなら寝なくても大丈夫なのです」
「四日! ででででは限界までがんばるとしたら五日は粘らないといけないのですか」
「それもどうでしょう。五日目に寝たのは用事が終わったからですから。ぼくの場合寝なくてもあまり変わりありませんし、横になればすぐに寝付くんですよ」
ダメだ、誰かあるじ様何とかしないと。
そんなわけで、寝ないでがんばろう作戦は日曜日の昼下がりに頓挫していた。
「ともかくご飯食べ終わったら、もう一ゲームお願いします!」
「立派な魔人になれなくても立派な廃人になれますよ」
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