■ 11 放課後精霊波倶楽部

 それから午後の授業も滞りなく終わり放課後となった。

「ぼくは図書室に寄って行きます。帰り方は判りますか」

「はい、大丈夫です」

 学校からあるじ様の部屋まではいくつか指標化してあるからきちんと帰れるだろう。そこまで複雑な道のりでは無かったし。

 あるじ様が先に教室を出て、あたしが帰り支度をしていると周りにクラスの女の子たちが近寄ってきた。

「はじめましてシャランラさん」

 皆が笑顔であいさつしてくれる。そう言えばあるじ様以外教室で放したのって平山さんだけだった。

「シャランラさん、日本語じょうずだけどどこで習ったの?」

「ねえどこかの部活に入るかもう決めた? よかったらわたしたちのジャズダンス部に入ろうよ」

「どこら辺に住んでいるの。引っ越してきたばかりだったらこの町案内するよ」

 みんながみんな好き放題言うのでなかなか会話が成り立たないけど、どうせだからということで学校の近くにある快速食堂に行くことになった。

 こういうノリはカンデーラでの頃とあんまり変わらない。まーあたしにはそこまで楽しかった思い出は無いけど。

 行き着いたのは学校から徒歩三分ほどのWOSバーガという店舗。国内の占有率では二位だけど個性的なメニューと天然素材で有名なお店だという。

 一階の窓口で注文し商品を受け取ったら、二階に移動してテーブル席を二つ占領した。みんなはおごってくれると言ったけど、ごちそうになるとあるじ様に怒られそうだから自分の分はきちんと払った。

 みんなは学校の部活動や先生、同じクラスの男子の話をしてくれたのだが、それがほとんど一巡すると急に口が重くなる。

 なんとなく、みんなが何を聞きたがっているのか判った気がする。それにこれはあたしも聞きたかったことだし、あとは誰が口火を切ってくれるかだった。

「昼休みはごめんね、変なこと聞いちゃって」

 その役目は平山さんになった。彼女は本当にすまなそうに頭を下げる。しかし今はとても顔色が良い。

「ううん、謝ることでは無いけどあのときは何を聞かれているか判らなかったの」

「そうよね。うん、何にも説明無しに聞かれても困るよね」

「ひょっとして田中くんってみんなから仲間はずれになっているの?」

 まどろっこしいことは嫌いなのであたしは単刀直入に聞いてみる。

 あの教室の中で浮きまくっていたあるじ様の様子から察するとそれしか考えられないのだけど、平山さんは首を振った。

「それは無いわ」

 彼女だけが言い訳しているのかと思ったけど、その意見は少なくともここに居る女子たちで共通のもののようだ。

 アンテナを使うべきかと思ったけど、むやみに人の願望を覗くのは良く無いから今はペタンコと寝ている。

 平山さんはあたしの目を見ながら話し続けた。

「田中くん、今年の五月に転校してきたばかりなの」

 なるほど、それで座席があんな中途半端なところなんだ。

「転校してきたときのあいさつも自分の名前を言っただけだったし、どこから引っ越してきたかとか全然教えてくれなくて。それでね先生の態度が変だったでしょ」

「うん、それは判る」

「何かね、どの先生も田中くんにだけ態度が違うの。そのうち職員室で先生たちが放しているのを聞いたって女の子が居て、田中くんは前の学校を校内暴力で退学させられたって。しかも同級生の女の子を……」

 そこから先は声になっていない。

「それ田中くんには直接聞いたの?」

「ううん。いつも一人で居るし声をかけると答えてくれるけどそれだけ。友だちを作ろうとしないし」

 ここで別の女の子も加わる。

「それにね、授業も変なんだ。どの先生が質問しても『判らない』って答えてそれでも先生はちっとも怒らないの。体育の授業は今まで全部見学なんだよ」

「だから今日、シャランラさんが転校して田中くんが昼休みに学校を案内するって聞いたからどうなるんだろうって思った。校舎裏につれて行かれたって聞いたからもしかしたらって思って」

 あれ、見られてたんだ。

「田中くんはあたしを本当に案内してくれただけだよ。一緒に食堂でカレー食べたし」

「そ、そうなんだ」

「特に優しいってわけじゃないけど、誰かに暴力を振るうように見えないけどね」

 言葉の暴力はさんざん行っているけどここで言うことじゃない。

 そろそろ四時過ぎ、あたしは用事があると切り出してその場はお開きになった。

 また来襲ね、とみんなで言い合ったけど土日であたしの仕事が完了すればお別れなのかな。

 それにしても……あるじ様も最近引っ越してきたばかりなのかもしれない。だから部屋の中が空っぽなのかな。

 女の子たちがあるじ様に感じているのは正体が分からないという不安だと思う。

 あたしだってホントのところ判らないんだし。

 生徒のみなさんにとって正体不明のあるじ様、それじゃ先生はどうして不思議な態度に出るのだろう。

「ただいま帰りました」

「おかえりなさいシャランラさん。お風呂は用意できてますからね」

 あるじ様は台所で夕食の下ごしらえをしていた。

 無表情だけど魔人のあたしにこうやってお世話してくれる。すっかり逆ヒモ生活が板につきそうだ。

「ところでシャランラさん。あとできっちりお話を伺いますので禊ぎはきちんと済ませてくださいね」

 ひー。やっぱりあるじ様は誰より怖いかもしれない。

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