■ 10 お昼休みはウキウキウォッチング
「せっかくですから昼食がてらこの学校を案内しましょう」
四時間目が終わって昼休みという、他の休み時間より長い休憩に入った。そこであるじ様はそう提案した。
「いいんですか?」
「もちろんです。では行きましょうか」
このときはあるじ様の口調がごく自然だったので付いていくことにした。教室を出るまであの奇妙な視線を感じたけどそれは気にしないでおこう。
「伺ってもよろしいですかシャランラさん」
廊下に出るなりたずねてくる。あたしがうなずくと、
「あなたの魔人レベルでこの学校の職員の方々に、あなたが転校生であると同一認識を埋め込むことが可能なのですか?」
うん、この人やっぱり賢い。
「あたしのレベルでは無理ですね。今回は係長に助けていただきました」
「やはりあなたは最低ですね」
「すいません、へこむのでせめてレベルはとか付けてください」
そのあとあるじ様はあたしを人目のない校舎裏に誘導した。秘密の話をするためだろうけど、それくらいの情報隠蔽ならあたしの魔法でも充分可能なのに。
でもお仕置きが怖くて言えない。
「三つの願いとシャランラさんの魔人レベルを伺ったときから疑問に思っていたことがあるのですよ。もし壮大な願望だったらあなたの低いレベルの魔法で実現可能なのだろうかと」
「あたしの魔法では到底不可能です。召喚主の願望はもっと上層部の強力な願望実現班が行うのです。そちらには第一種第一級魔人が居ますので」
「そのレベルの魔人とはどのような存在なのでしょう」
「あるじ様の世界で判りやすく例えると神様ですね」
カンデーラの表現では魔神だ。
あたしも直接お目に掛かったことはない。カンデーラには現在一三人の第一種第一級魔人が居るというけど、それぞれが超国家レベルのお仕事をこなしているというし。
しかも一部の魔人にしか存在を明らかにしてない。一般の方々に知られているのは人数と何らかの活動を行っていることだけだ。
第二種までの魔人は昇進試験でなんとか上れるけど、第一種となると各種認定機関の推薦と血筋なども関係するらしい。ましてや第一級となれば魔人の頂点だけあって人数は一二人と限られていたほどだ。
ま、底辺のあたしにはまさしく神様だけどね。
「だとすると、そこまでの実力者がぼくたち人間の願望を叶えるのはなぜでしょう。まるで慈善事業ですがぼくは無償の行為というのも信じていません」
「あるじ様、徹底的に現実主義者ですね」
いまさらの感想だけどね。そんなあるじ様に魔法を信じてもらうためにも少し込み入った話をしてみようと思った。
「人間の放つ欲望達成のエネルギーがあたしたちの世界でとても強力な精霊力になるのだそうです」
「なるほどエネルギー採取ですか」
「こちらの世界では電磁力がもっとも有効みたいですけど、あたしたちの世界では精霊力、こちらの用語で魔力に頼った生活をしているんですよ。精霊力はいろいろと応用の利く力ですがエネルギー効率は高くないのでみんなが使うと不足するんですね。それに比べると人間の放つ歓喜は少量でも高くて効率の良い精霊力となります」
「それでしたらランプをもっとたくさん放出して歓喜のエネルギーを採取したらどうですか」
「人間の放つ歓喜にも良いものと悪いものがあります。無節操に願望を聞くと悪い方の歓喜が多くなり精霊力のバランスを崩すのだそうです」
「悪貨は良貨を駆逐するですね。それでランプである程度選別していると」
「そう聞いています。誰でもランプをこすれば魔人が出てくるわけではないそうです。ですからあるじ様もランプに選ばれたことになるんですよ」
しかしあるじ様の表情はゆるがない。
「あまりうれしいものではありませんよ。それではぼくがあなた方のエサになっているようなものですからね」
「うー、た、確かにそうですけどリターンが無いわけじゃないですか」
「ぼくには全然戻っていません」
「だってこちらにも払っていただいていませんから。このまま歓喜がなければあたしの労働分赤字です」
「……シャランラさんの労働とはぼくが用意した食事をとりぼくの部屋のお風呂で身体を洗いぼくの用意した外出着であたりをうろつきぼくの部屋でゆっくりと就寝することでしょうか」
「もうやめて、あたしの精霊力はすでにゼロ以下よ」
あたしは両耳塞いでその場に挫折した。
「ここで倒れても困ります。お話はこれまでにして昼食をとりましょう」
そのあとあたしたちは学生食堂で昼食をとった。あるじ様もあたしもカレーライス。
値段は安いが味はそこそこ。あるじ様の作ったカレーには遠く及ばないけど。
「ぼくはお手洗いによっていきますので先に帰ってください。教室は判りますか」
「はい、大丈夫です」
学生食堂を出たところであるじ様と別れたけど、以前のコンビニの件があるから少し不安。
でも今回は教室の並びに規則性があるからすぐに見つかった。
後ろの扉から教室に入るとぽちぽちと生徒が居る。入ってきたのがあたしだけだと判ると女子生徒が近づいて来た。
あたしの机を持ってきてくれたクラス委員の平山由美子さんだ。何か顔がひきつっているけどどうしたんだろう。
「あのシャランラさん、た、田中くんはその……」
「はい、学校の中を案内してもらいました」
「それで……平気だった?」
「ハイ?」
「その、何とも無かった、見た目無事だけどどこかその、大丈夫?」
何を言っているんだろう彼女。ものすごい早口で瞬きの数が普通じゃ無い。おまけに顔にいっぱい汗かいているし。
その彼女が言葉を止めて硬直した。壊れかけの機械人形のように首をひねって後ろの扉を見てる。
そこにあるじ様が立っていた。メガネ越しの瞳はじっと平山さんの顔を見ている。
もう平山さんの顔は汗が流れ続けている。何て言うんだろう人間ってこんなに汗出せるんだろうか。身体の七割は水分だと言うけど。
「どうやら迷わずに戻れたみたいですねシャランラさん」
「ええと、はい。案内してくれてありがとうございました田中くん」
「平山さんにもいろいろと学校のことを教わっていたのかな」
あるじ様に目を向けられた平山さん、完全に硬直している。そして彼女の瞳があたしに助けを求めるように振るえていた。
【お、お願い、今のことは言わないで】
「保健室の利用方法とか女子用の設備などを教えて頂いたんです」
あたしの返事に平山さんはかくかくとうなずき、あるじ様は興味が無いのか自分の席に着いた。
そこで昼休み終了五分前のチャイムが響く。
「そ、それじゃまたシャランラさん。判らないことがあったら何でも聞いてね」
うーん、いま素直に判らないこと彼女に聞いたらどうなるんだろう。
あたしだってそんな魔鬼ではないんだから彼女の背中をそのまま見送った。
あたしもイスに座るとあるじ様は無表情に窓の外を見ている。ガラス越しの瞳を合わせたけどアンテナは相変わらず圏外だった。
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