■ 9 スクールデイズ
そんな良くない日が二日続きました。
進展がない。
そこで居候五日目の朝、こんな質問をしてみた。
「ところであるじ様、どこの高校に通われているんですか」
「ここから徒歩一〇分ほどの私立峰京高校というワタクシリツの学校ですよ」
そう、あたしは考えた。有効なお願い事を受け付けるにはあるじ様と顔を合わせていなければならない。しかし平日は学校に行かれるために顔を合わせるのは朝二時間、夕方から夜まで六時間。
これは短い。
なので少し魔法を使ったけどこうする。
「ええと、今日からこの学校に転校し同じクラスの一因となったシャランラ=ロレンスさんだ」
「シャランラです。インドの日本語学校から転校してきました。みなさんよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると沸き立つクラスの男子生徒一同。一人例外除く。
目を合わせるとアンテナが動きまくりになりそうなのでさりげなくそらした。
ちなみにクラスの女の子からも【キレイ】【かっこいい】とか漏れ聞こえるのでちょっと自信復活。
「ではシャランラさんの席だが」
「あの、あたし目は良いので一番後ろの隣でお願いします」
と指さしたのはあたしに無反応だった無表情メガネ男子の隣。なぜか最後尾は窓際に一つしか席が無い。
当然そこに座っていたのはあるじ様だ。
ま、ほかに空き机も無いし的確だと思うのに、なぜか固まる担任の先生、どうもいきなり静かになったと思ったらあるじ様以外の全盛とも顔を引きつらせている。
「シャ、シャランラさん、そ、それで構わないのかな」
「ええ、あれくらいの距離なら黒板の文字もはっきり見えますから」
「いやそうでは……はっ」
先生が急に言葉を詰まらせた。何事かと視線を追ったらあら不思議。なぜにあるじ様こちらを見ているの。
「ぼくは構いませんよ。でも机もイスも無いからどこからか持ってこないといけませんね」
「そ、そうか田中くんがそう言うのなら。クラス委員長、隣のクラスに机とイスが余っていたはずだから取ってきたまえ、今すぐに!」
「ハ、ハイ、判りました!」
ハテ、いきなり軍隊の新兵みたいにきびきび動き出すみなさん。一分と立たずにあるじ様の隣に空き机ができた。
あたしはしずしずと教室最後尾に向かう。その途中みんなの注目を浴びるのはいいんだけどどうしてだろう、魔人でも見る目を向けている。魔人だけどさ。
「あのシャランラです、よろしくお願いします」
「どーも田中一郎です。お気軽に田中と呼び捨ててください。何でしたらブラックあるじとか呼んでも一向に構いませんよ」
これ、怒ってるよね、無表情でもすっごく怒っているよね。
あたしがおそるおそる自分の席に着くとあるじ様がメモ用紙をこちらに渡してきた。
『魔法を使いましたね』
何だろう。活字みたいな平たんできっちりした文字の中に名状しがたい圧力を感じるのは。
あたしはそれにお返事書いた。
『あるじ様の前では使っていません』
『考えましたね。でも罰は必要です』
『そんなー』
『明日は土曜日、お掃除をお願いします』
『そのような罰ならもちろんお受けします』
『全身に腐ったタマネギをこすりつけ全裸で台所お』
「すいませんすいませんすいませんもうしません許して許してください」
とりあえずの土下座。何事かとあたしを振り向くクラス一同だったけど、あるじ様が顔を上げると全員一斉に前を向いた。
どういうことだろう。
奇妙な集団競技を見せる中、一人の女の子だけがそれに参加せずあたしをじっと見ていた。ただ目が合うとすぐさま前を向いてしまう。
誰だろう。今のところこの学校の中で名前と顔と性格が一致しているのはあるじ様だけだし。
何だか微妙な緊張感を漂わせながら授業は始まった。
転校したばかりのあたしは必要な教材一切そろっていないので、あるじ様に教本を見せて頂くことになった。
でもなんだろ、教本は二人くっつけた机の半分よりあたしよりにあるし、そもそもあるじ様の机には筆記用具が一切ない。あたしでも一応コンビニで雑記帳と筆記用具だけ買ってきたのに。
もしかして教本の中身、全部覚えているとかの超人ぶりを見せてくれるのかと思ったけど、三時間目の数学に、
「それでは次の問題を……次は、その、田中くん……か」
ここでもなんだか躊躇しながらあるじ様を声絞り出して指名する先生。何となく表情とか態度が命がけっぽい。
それに対してあるじ様はすっと立ち上がると、
「判りません」
「そ、そうか……なら座ってよし」
先生は安堵の表情を浮かべて真っ青だった唇も赤みが差している。変だな、他の生徒が「判らない」なんて答えたらそれなりに怒るのに。
クラスメイトのみなさんも先生の態度に文句も付けずにいるのはどういうことだろう。
あるじ様はそれ以降、他の授業で指名されることは無かった。
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