■ 8 壊れかけのアンテナ
そして着いたのがここ、コンビニエンスストア、エーシーディーシー峰京店。とりあえず価格を無視すれば生活用品がそれなりに手に入る無休のお店。
実はカンデーラにもこれに似たお店が最近出来て大人気なの。たぶん日本に出張に出た営業の魔人が独立して開店したんだと思う。
なのであたしにとってはそこまで珍しく無いけどさすが元祖、商品の取りそろえ方がハンパではないわ。
ここでは食品・飲料に下着類、庶民的な情報を入手するための書籍も置いてあるけど、まず確認するのはATMというここでの現地通貨を入手するための機械。
言っておくけど魔法で無理矢理お金を引っ張り出すわけじゃないよ。あたしの精霊カードでカンデーラの口座から現地通貨に換算して引き落とせるようになってるの。それの一部に魔法が組み込まれているらしいけどあたしが使うんじゃないんだから。
残高と交換レートを見たけど……シブイわね。ちと高すぎない日本円。でも文句も言ってられないから五〇〇〇円だけ下ろしとこ。
そのあと雑誌コーナーに足を向け適当に取ってみる。あ、これマンガ雑誌だ。ふむふむ。言葉は分かるけど生活習慣が違うからあんまり話が判らない。
次に取ったのは女性の服装がたくさん写真付きで載っている。ファッション関係の雑誌かな。どうでもいいけど服を着ている人がどいつもこいつも痩せているくせに胸だけでかいのはどういうことよ。
さらにもう一冊。やたらペラペラしているこれは白黒の写真になんだか細かい字でいろいろ書いてある。スクープとか何とかあるけど真ん中の数ページは端っこが切れて無くて中が読めない。裁断ミスかしら。きちんとした雑誌なのにね。
そんな具合にとっかえひっかえ本を読んでいたんだけど何となく感じる視線。目の前のガラスを鏡の代わりにあたしの背後に注目する。
若い男がじっとあたしを見ている。ちらっとガラス越しに視線を合わせると、
【うほっ、いい女。どこの国の女なんだろう。こっち向かないかな:ブル二】
そしてあたしのアンテナがプルプルと振るえた。
間違いない、あたしのこれは壊れてない。
昨日こっちに来てからあまりに反応無いのはどっか壊れたかと思ったけど、どうやら本当にあるじ様は何も願望を思い浮かべないみたい。
試しにさっきからこっちを見ている会計の小太り男性に視線を合わせると、
【いいケツしてんなー。うちのかみさんとは大違いだ。本タダにするから触らせてくれないかな:ブル三】
アンテナプルプル、あたしもブルブル。
そしてあたしの横でマンガを見るふりしてこっちを見ている金髪。
【すっげー可愛い。でもおっぱいねえや:ブル一】
アンテナプルプル、あたしの拳がブルブル。
ともかくアンテナの感度は確認したから、マンガと雑誌と食べ物買って帰ろうっと。
会計をすませているとき思わず、
「きちんとお金払いますよ」
「へ?」
小太り男はどこか間抜けな声を上げていた。
お店を出てからこの町を探索しようかと思ったけど、立て看板に書いてあった周辺地図を見る限りかなり細かい道路が入り組んでいる。カンデーラでは迷いそうになったら空中浮遊で何とかするけどここでそれやったら目立つし、あるじ様の耳に入ったらどんな摂関フルコースになるか判らない。
ここは大人しく帰ろう。そんな堅実なあたしが五分前には居ました。
どこだろここ?
曲がるとこ一つ間違えたらしい。お店に向かうのとおんなじくらい歩いているのに見覚えの無い建物が目の前にある。確かライブラリに日本のマップもあったけど分冊になってない上に高いんだよね。しかも経費で落ちないし。
お店に戻ろうとしたらどういうわけか目の前に佐藤さんちがあった。これで日本の三台名字をコンプリートしたけど、あたしって方向感覚にとぼしいのかな。
しかも通行人が居ない。立て看板も無い。言っておくけどまだなーんにも無茶してない。
ここは諦めて魔法に頼るしかないか。こんなこともあろうかとあるじ様の家に指標化してあるからそっちにアンテナを向けるようにしましょ。
第三種第五級魔法には限定転移があるからさっさと昇進したいわ。
さて右足でつま先立ち、左足を曲げて踵をお尻まで引き上げたら両手を広げて右に三回転。
「シャルルリラー。アンテナよ、あるじ様のお部屋へあたしを導け!」
そこで右手を高々とかかげて決めポーズ。
これってここの人が見るとけったいな踊りに見えるかも。
自分で決めたから仕方ないけどこれをやらないと魔法が安定して行使できない。いわゆる自己暗示みたいなものだし。
魔法はきちんと成功してアンテナはぴくんと右斜め前に向いた。
あるじ様に魔法を禁止されてたからきちんと発動するか心配だったわ。魔法も鍛錬をさぼるとすぐに使えなくなるからね。
あとはアンテナに従って歩いて行けば、目の前にT字路が。行き止まりじゃん。
そっか、このアンテナ最短距離を示しているんだ。
右と左、どっちが近いかなとか考えていると何となく視線を感じて振り返った。
そこには小さな女の子が一人、ぽつんと立ってあたしを見ている。
でも視線が少し上のような……そこであの子が見てるのがアンテナだって判った。
あたしが自分のアンテナ指さしてみると、女の子は笑顔になって大きくうなづいた。それからちょこちょこと近づいて来る。
「お姉ちゃんの神、おもしろーい」
「おもしろい?」
あたしがしゃがんで目の高さを合わせると女の子はアンテナに手を伸ばした。はて、何がおもしろいのだろうと考えたけど。
「くるくる回ってる」
あ、そうか。あるじ様の家の方向を常に示しているから回っているように見えるんだ。
「ねえねえお姉ちゃん魔法使い?」
「どどどどうしてそう思うの?」
「さっきおてて広げてくるくる回ってたから!」
げ、見られた。誰も居ないと思ったのに。
「あたしね、魔法使いの練習してたんだよ」
「教えて、魔法教えて!」
「魔法使いになりたいの? 魔法使いになっってどんな魔法使いたいの?」
「ママがね、速く帰ってきますようにって」
【もうすぐエミの誕生日なの。きっとママがプレゼントくれるの:ブル五】
あっちの方を向いたまま振るえるアンテナ。
「お母さんどこかに出かけているの?」
「うん。お仕事で遠いところに行ってるんだって。パパが教えてくれた」
「じゃああたしと同じようにやってみようか」
「うん!」
あたしは魔法を発動しないように気を付けながらあの動作を女の子に教えた。
「しゃりららー。ママ、誕生日にプレゼントちょうだい!」
「じょうずじょうず。もっと練習すればきっとプレゼント持ってきてくれるよ」
「うん、がんばる。ありがとうお姉ちゃん!」
あぁあ。この子が小神主ならこれで一ポイント獲得なのに。
女の子と別れたあと、あたしはアンテナに振り回されながらあるじ様の部屋へと帰った。
「ただいま帰りました」
あるじ様は予告通り四時ぴったりにご帰宅した。
「お帰りなさい、あるじ様」
「ぼくはシャワーを浴びてきますね」
カバンを部屋の隅に置くとそのままお風呂場に向かわれた。ここは召し使いとしてお背中を流すべきだろうかとか考えるヒマ無くお風呂場から出てくる。
「速いですね」
「汗を流しただけですから。夕食を食べたらまた入ります。それより一応学校で願い事を考えてきたんですよ」
と言いつつワイシャツのポケットからメモ用紙を取りだした。あたしはあるじ様の前に正座して黒い瞳を凝視する。
「それでは……受験戦争全廃」
アンテナ無反応。うん、声色はまるで他人事だもの。
「格差社会の是正」
これも無反応。ところでカクサシャカイってなーに?
「世界平和」
無反応。それ本気で望んでいないって問題のような。
「全ての曜日を日曜日に」
あーそれは賛成だけど無反応。あるじ様、働くようになったら過労死するんじゃないのかな。
「リア充滅ぶべし。慈悲はない」
これも何となく賛成できるけど無反応。けっこうヤバイこと考えてるあるじ様。
「あるじ様。さっきからご自分に対しての願望が無いですね」
「そうでしょうか」
「例えば大金持ちになりたいとか、一夫多妻のように女性に囲まれたいとか、自分一人だけが周囲の関係性壊すぐらいに強くなりたいとか」
「そこはあまり渇望するものがありません。ではシャランラさんの立場で考えてみましょう」
「あたしの?」
「シャランラさんの胸を大きく」
無反応……
「判りました判りました、実はあるじ様この胸がスキなんですね、スキでスキでしょうが無いからそうやって虐めるんですね! 意外とお子様ですね!」
「シャランラさん知っていますか。女性には二通りあるんですよ」
「何ですいきなり」
「自分の胸部を『胸』と言う人と『おっぱい』と言う人。この違いは……」
「あー、あー。聞こえない聞こえない」
このあと十数通りのお願い案を試してみたけどぜーんぶ反応無し。
仕方ないので夕食を食べてお風呂に入って寝た。
何この逆ヒモ生活(日本の俗語データーベースより)。明日は良い日でありますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます