■ 4 隣の晩ご飯

「ところでシャランラさん、何がお好みですか」

「こここ好みなんてありません、基本的にぜーんぶNGです!」

「では何か嫌いなものはありますか」

「ででですからぜーんぶ嫌いですってば、そんなあたしの嫌なことを率先して行うなんて」

「何か勘違いされているようですけど、魔人の方はお食事しないのですか」

「へ、食事?」

「そろそろ夕食の支度をしようと思ったのですけど、シャランラさんは食べられないものがあるのかと確認したまでですけど」

「いえその、あたしは食べられれば特に好き嫌いは無いです」

「判りました。それでは準備しますので少々お待ち下さい」

「あ、でも食事ならあたしが……」

 とか言っている間に部屋を出て行ってしまった。どうもあるじ様は基本的に人の話を聞かないと見た。

 それにあたしの食事なら魔法で作れるのに。用意すると言われたら松しかないか。

 どれほど時間がかかるのかなと思ったら、こちらの時間で三〇分もかからずにあるじ様は戻ってきた。

 コタツの上に並べられたのはお料理が盛られた平皿が二つと野菜が盛られた深い器が一つ。

「ご存じでしょうか。カレーライスとサラダです」

「これがカレーですか。以前日本に出張した同僚に話を伺っていました」

「それは話が早いですね。早速いただきましょう」

 あるじ様が手を合わせる。あたしもそれにならって手を合わせると二人スプーンを取った。

 一口食べてみるとウワサに聞いていたほど辛くないが、お米のつぶつぶに粘りけのあるソースが絡んでとてもおいしい。

「この料理、調理に時間がかかるって聞いていたんですけど、こんな短い時間で作れるものなんですか」

「カレールーは先日作った物を凍らせて保存していました。それを暖めただけですからさして時間はかかりません。ご飯も炊ければさらにおいしかったのでしょうけど本日はレンジで温めるタイプのものです。明日以降も滞在されることになれば人数分の材料を確保しますのできちんとした食事を用意できるでしょう」

「あのあるじ様、お食事でしたらあたしが魔法で作りますから」

「ご親切にありがとうございます。しかしこう言っては何ですがぼくは魔法など信じていません」

 あるじ様はサラダを取り分けながら無表情に答えた。

「でもさっき見ましたよね、あたしや係長が虚空から出現するところとか」

「見ていますがそれが自分に降りかかるとしたら話は別です。三つ願いが叶うというのも祖父の遺言がなければ全く信用していませんし、今のところでもほとんど信じていません」

「うー、だから願望アンテナが反応しないんじゃないんですかぁ」

「それはともかく、自分の口に入るものについて自身が信用していないものを入れるわけにはいきませんから。もしシャランラさんが自らお好みの食品を食べたいのでしたらご自分で魔法を使って頂いて結構ですよ」

「あるじ様にお食事の支度をさせるわけにはいきませんよ」

「そこはお気になさらず。食事の支度も習慣ですから。それに一人殺す……一人前作るのも二人前作るのも同じですから」

 いま殺すとか言おうとしたよね、一人殺すも二人殺すも同じとか言おうとしたよね!

「あ、でもシャランラさんは今のところぼくの召し使いと同じでしたね。でしたらぼくの前で魔法禁止です」

「うーこれでもアンテナ振るえてないしぃ。でもご主人様の命令に逆らえないしぃ」

 そんな悔しさから涙ぐむとあるじ様はまたハンカチを差し出した。

「魔法便利ですよぉ、あたしのレベルはまだまだ低いですけど便利ですよぉ!」

「便利か不便かはあまり関係ありません。ぼくの心の問題です」

「とりあえず一回見てくださいませんか、そしたら信じられると……」

「却下です下僕」

「そ、そんな」

「禁止です雌ブタ」

「ち、そんなに太ってないもん!」

「お静かに洗濯板」

 なぜか言葉の意味は判らないが、あたしに対しての最大級の侮蔑だと判ってしまった。

「せっかく……せっかくはじめて召喚されたのに」

 あるじ様はスプーンの動きを止めてあたしを見る。

「初めてと申されますと、ぼくの祖父もランプの魔神を呼び出していたとしたらあなたでは無いのですか」

「ランプの魔神は複数居ます。魔法のランプも一つではありませんしこの世界で同時に複数の魔人が召喚されていると思いますよ」

「どの魔人が現れるかはどうやって決まるのですか」

「ランプから呼出がかかるとカンデーラの召喚システムが賞神主に最適な魔人を選択するんです。あたしランプの魔神になったのにも関わらず、ずっと召喚されずにせっかくの営業衣装も着られずに控え室の花になっていたんです」

「それは何か理由が?」

 うー、こんなことまで言わないといけないのかな。

「いわゆるあたし、落ちこぼれって奴で。使える魔法も系統がバラバラの上にたまに暴発するし。だから今回ははりきって着たんです。どうかあたしにお願い叶えさせてください!」

「そうですね。ぼくもできうる限り協力はさせて貰いますけど、改めて願望と言われましても。とりあえず今は食事に専念しましょう」

 どうなるあたしの初仕事。

 あたしは無言でカレーを食べ続けた。

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