■ 3 マッチョメン
ハデな白煙と爆発音に続いて二メートルオーバーの半裸大男が出現。
「ドーモ。田中一郎=サン、シャランラの上司にあたりますハイサーです」
「どーも。ハイサー=サン、田中一郎です」
お互い奇妙なあいさつからコンマ五秒後、係長は証明書を取りだしあるじ様に提示、あるじ様もそれをすかさず受け取った。達人、隙が無い。
この大男こそカンデーラでのあたしの直属上司、ハイサー係長なの。
背が高いだけで無く見るからにマッチョ、あたしよりでかい胸にあたしより引き締まった腹筋は見事に六つに割れている。
ただ登頂部が残念なことになっていて、本人は気にしてないふりをしていてもあたしたちはさりげなく話題に上らないように注意している。
「なるほど役職は係長、第二種第七級魔人ですね。いまお茶をお持ちしますので少々お待ち下さい」
「いえいえお気遣いなく」
係長は座布団を避けて正座しつつさりげなく言ったが、すでにあるじ様は部屋を出て行った。
「どうして係長直々にこちらにいらしたんですか」
「顧客対応トラブルは初期の段階で対処するのが一番。確か君にも研修時にしっかり教えたつもりだったが」
「まだトラブルになってませんよ。あるじ様だって時間が欲しいって言われてましたし」
「それがすでにトラブルの元なのだ。それに気がつかないから君はなかなか昇格できないのだよ」
ぷうと頬をふくらませてみても係長は鼻を鳴らしただけだった。
「いずれにせよあと三ポイント。ここできっちりと役目を果たすのだ」
「どうもお待たせしました……ところで聞こえてしまったのですが三ポイントとはどのようなことでしょう」
あるじ様は先ほどより一回り大きな湯飲みを係長の前に差し出した。
「これはお恥ずかしいことを。ポイントとは営業部員の成績です。小神主の願望を叶えるごとに最低でも一ポイント、願いの種類によって天井知らずの点数が加算されるのです。そのポイント総計によって魔人レベルが引き上がるのですよ」
「なるほど興味深いお話ですね。ところで第三種第六級というのはどれほどのレベルでしょう」
「はっきり言って最低です」
「ぶう!」
「シャランラさんはあと三ポイントで最低レベルから抜け出せるというわけですね」
気にしているんだから最低最低言うな!
「まあ至らぬ部下を持ちますといろいろとフォローも必要でありまして。おやこのせんべいは良い仕事をしてますな」
「よくおわかりで。近所にある手焼きせんべいのものですが、千葉県野田に古くから創業している老舗しょうゆ問屋の濃厚しょうゆと、新潟県の無農薬有機栽培によるコシヒカリのみを用いた一品です。しかも一袋二〇枚入りで三三〇円と格安なので目に付いたときには購入しています」
「それは日本人の繊細さと素材に対しての追求が伺えますな……ところで田中様。願いのことなのですが少々わたしから説明を加えさせていただけますか」
係長は口の中のおせんべいをお茶で流し込むと自分の頭頂部をピシャリと叩いた。それやるから薄くなるんだよ。
「現在田中様とシャランラは主従関係が構築されています。これは召喚主の三つの願いが承諾されるまで継続するのです」
「ぼくが主でシャランラさんが従ですか」
「はい。通常は三つの願いを持ちかけた場合、すぐさま要求されることがほとんどであり主従関係について考慮する必要も無かったのですが、どうもシャランラの様子を見ている限りその関係性が長期に継続しそうなのでその補足説明をと思いまして」
「長くなるのが問題であれば、主従関係は解除していただいて構いませんが」
「いえいえ時間的な問題はありません。大切なチャンスですし時間をかけてごゆっくり検討して頂いて結構です。それに一度構築された主従関係は条件が成立するまで放棄できないのです。補足というのはシャランラの取り扱いですが主従関係ですので召喚主がご自由に扱って構わないのです」
はっそうだった。確か就業規則の第八条召喚主と契約成立までの主従関係に詳しく書かれていたっけ。
なぜかかなりえぐい実例までまじえて書いてあって、まー普段はそんなことないからいいかとか先輩に指導されていた。
そのとんでもない実例をさぐるようなあるじ様のメガネが光っている。
ものすっごいヤバイアトモスフィアが漂っているような。
「ご自由にと言いますと」
「原則シャランラは召喚主の言うことに忠実な召し使いと同じです。何を要求しても逆らいません。ただそれでアンテナに反応があれば願いの成就となるわけです」
「ほほう。それでは三度回って最低魔人と言えと命令すると」
するとあたしは何かの強制力に働かされ、その場でくるくると三度回っていた。
「最低魔人……うー」
「では『わたしは哀れな雌ブタです。ご主人様の前ではブタのように鳴きます』と言えと命令すれば?」
「うー、あたしは哀れな雌ブタですぅ、あるじ様の前ではブタのように鳴きますぅブーブー」
そんなあたしの様子を見てなぜか係長ご満悦。みてろよいつかむしってやる。
「おやおや言葉責めとはお若いのになかなかたしまれていらっしゃる。もちろん言葉だけではありませんよ」
「すると身体をイスにぐるぐる巻きにして登頂部の髪を剃ったあと、そこに水滴を一定間隔でたらすこともできますか?」
「なるほど、良いご趣味ですね」
狂うよね、それあたし狂っちゃうよね。
「もしくは全裸で大の字に拘束し全身にエサを塗りたくったあとに、鶏を放置することもできますか」
「以前にそんな番組がこの日本でも放映されていましたな、懐かしい」
あるじ様ホントはいくつなの、どうしてそんな拷問みたいなこと思い浮かぶの!
「またはウナギとドジョウを入れた水風呂に逆さづりしたシャランラさんを突っ込んだあと、火をくべることも可能ですか」
「おやおやそれでは厚さから逃れるためにウナギやらドジョウが穴という穴に潜り込んでしまいますな……ところでシャランラ、どうしてそんな部屋の隅っこでプルプル震えている?」
魔鬼、悪魔、黒あるじ!
係長は微笑みながらこほんと咳払いを一つ。
「まあ直属の上司としましてはあまり無碍なことは避けて頂くとありがたいのですが、これも契約ですので。それで本能の赴くままに願いを成就すれば解決するわけですから。他にもいろいろあるでしょう、シャランラも女性に変わりないのですし」
「と申されますと」
係長のハゲ頭が光る。何かヤラシイこと考えている。
「お若いのに淡泊でいらっしゃる。少々気が強いところもありますがシャランラはまだ生娘。それに若い身体は反応も良いはずですぞ」
「セクハラー! パワハラー!」
「何を言うか。イケメンだったらどうのこうのと言っていただろう。前から後ろから上からと三回で願望が成立すれば最低でも三ポイント確保、晴れて第五級にランクアップだぞ」
「マクラは禁止だって係長も言っていたじゃないですかー!」
「そんなのは見つからなければ良いのだ。報告書を偽装すればよかろう。君はもう少し頭を使いたまえ、いやむしろ下半身を使え。どうせ上半身は使い物にならないんだし」
「ぜったいに訴えてやる!」
「そういう訳で田中様。シャランラは長期出張扱いとこちらで処理しますのでどうか下僕としてお使いください。なお何か問題がありましたらわたしをお呼び頂ければすぐさま参上いたします」
「判りました。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします……シャランラ、君からもしっかりあいさつなさい」
「うー……どうぞよろしくお願いしますぅ」
「それではわたしはこれで、パパラパー!」
出現時と同じように盛大な白煙をたいて係長退場。
あとに残されたのは呆然とするあたし、我関せずとおせんべいを食べるあるじ様。これ、どうなるの?
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