■ 2 一昨日来やがれ
あやうく飲みかけのお茶を吹き出すところだった。
「いやその」
「シャランラさんは願いを叶えるとおっしゃいましたよね。でしたらご足労頂いて申し訳ないのですがお引き取り願いますか」
「よーく考えて下さいあるじ様。願いが叶うのですよ、それも三つ。こんなチャンスは二度とありませんよ!」
「チャンスですか」
今まで無表情だった顔がほんの少し笑顔になったような。でも瞬きするともはや見慣れた無表情に戻っていた。
「権力でもお金でも超人的な身体でも女性でも取りたい放題ですよ、一夫多妻だって平気、酒池肉林だって思いのまま。現代に大奥作るのだって時間がかかりますが可能です。何でしたら今のボンクラ主将と代わって日本を統治したりもできますよ」
「そうですか……では改めて三つ」
あるじ様の視線があたしの瞳をとらえて放さない。
「帰ってください、戻ってください、二度と来ないでください」
ガーン。こーんな美少女を目の前にあんまりな言葉。あたしは勤務時間中ということを忘れ涙ぐんでしまった。
するとあるじ様はハンカチを取りだしてそっとあたしに差し出した。
「申し訳ありません。まさか泣くとは思いませんでした」
「あの……願いはそれで本当に良いのですか」
「はい。訪問販売については全てお断りしています」
「ですがその願いは叶えられないのです」
するとあるじ様の眉毛がほんの少し動いた。
「それはどういうことですか」
「実は願いを叶えるには条件がありまして」
「そういうことは先におっしゃって頂かないと困ります。後出しはお取り引きとしてアンフェアになりますよ」
「すいません。それで条件なんですけどあるじ様が本能から願うものしか叶えられないのです」
「……ですがぼくは先ほどから本能の赴くままにシャランラさんに帰って頂きたいとお願いしているのですけど」
「うー、あたしのどこが不満ですか。胸ですか、胸が無い女は価値がありませんか」
「Bカップに少し足りないとすると日本人の平均より小さめになりますが、少数派でありませんし、シャランラさんのお住まいの地域での評価は判りませんが無いと言うのは言い過ぎだと思います」
どうしてあたしのカップサイズ知っているの!
「ええとですね、あるじ様が本能からお願いしているかは願望判定アンテナの動きで判るのですよ」
「アンテナ? どこにそのようなものが」
「これです」
あたしは前髪から屹立する一房の髪を指さした。
「あるじ様の目を見てこのアンテナがプルプルと震えるとき本能からの願望があたしの精霊に囁くのですよ。そしてその震え方は圏外・ブル一からブル五までの六段階。叶える願いはブル五だけ。今まであるじ様のお願いだと全部圏外なんです」
「どうしてそのようなシステムを採用されているのですか」
「以前は三つのお願いをそのまま叶えていたのですが、混乱した召喚主様が『ちょっと待って』とか『考えさせて』とか思われたことまで叶えてしまって苦情があいつぎ、それを防止するために検討が重ねられた結果このアンテナによる判定が導入されたんですよ」
「なるほどお願いの暴発を防ぐためでしたか。さぞかしクレームにご苦労されたのでしょうね」
「それはもう大変だったようです。連日抗議の手紙が舞い込み顧客対応部では作業に影響を示すほどだったらしいですよ。アンテナ導入後はその件数もぐっと減ったようです」
「すばらしい取り組みですね。どこぞの外資系ハンバーガーチェーンも見習って欲しいです」
「それでその願いなんですけど」
あるじ様は小首を傾げた。
「申し訳ありません。どうもうまく思いつきません。時間に制限がなければ今晩一晩ゆっくり考えてみたいので今日のところはお引き取り願いますか」
アンテナはびくともしない。つまりランプのお願いにカウントされないわけだ。
でも一応願いを考えるって言っているんだし。ここは大人しく引き上げよう。
「それじゃあたしはランプの世界に戻りますんで、決まりましたらまたランプをこすってくださいね」
「はい、本日はお疲れさまでした」
ぺこりと頭を下げるあるじ様。あたしも同じように頭を下げてから帰還願いを提出する。
「それでは、シャランラー!」
……あれ、帰れない。
【シャランラの提出した帰還願いが却下されました。理由は願望受託が終了していません。詳しくは就業規則第一二条願望の調達に対する条件第三項をお読みください】
何これ! 決めポーズのままフリーズ。
「いかがしましたか」
「それがその……戻れないと言われまして」
「不具合でも発生しましたか」
「い、いま確認しますので」
それから帰還願いを数回申請したのにぜーんぶ却下。理由は同じ。
つまり三つの願いを叶えないと戻れないってこと?
焦りまくっているあたしを横目にあるじ様は、お茶を飲みながらおせんべいを食べている。つくづくマイペースな方だ。血液型B型?
「いえ、ぼくはA型ですよ。星座はおうし座、十二支はうさぎです」
読んだ、いまあたしの心読んだよね。
「それで帰還はどうなりました」
「それがうまく行かなくて」
「でしたら上司の方と直接お話してはどうでしょう」
「そ、そうですね、少々お待ち下さい」
あたしは懐から精霊電話を取りだした。そのとき胸元からタニマがちらり。あるじ様無反応。
やっぱり胸か、男は所詮胸か。
「あのシャランラです、第二係の。すいませんハイサー係長は……あ、係長、どうして帰還要求が却下、え、確かにそれは、でもあるじ様は時間を頂きたいと……」
などと電話越しに係長と話しているといきなり電話が切れた。
その直後、部屋の中が真っ暗になる。さっきまで窓から夕日が見えていたからまだそんな時刻では無いはず。
そしてどこからか響く『ドドドドドド』というドラムロール。まさかこれって。
「パパラパー!」
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