マジンGO!

みやしん

■ 1 呼ばれて飛び出て

 第一印象って大切よね。

 意思疎通の第一歩って絶対に二人がお互いの目を見ることから始まると思うの。

 最近は対面することが無くてもかまわないって言うけどあたしは違うと思う。やっぱ見つめ合うことが基本よ。

 だからまずはつかみが大事。

 いよいよあたしの出番が来たのよ、心の中でカウントダウン、三、二、一!

「シャランラー!」

 掛け声と共に思いっきりハデな白煙が巻き起こる。

 それがだんだん晴れてきてあたしの目に召喚主の姿が見えてきた。

 あるじ様の主な使用言語は日本語。地域限定会話能力として専用ライブラリより入手完了! 代金は事務に回してまずはごあいさつ。

「はじめましてー! あたしは美少女ランプの魔人ことシャランラちゃんでーす! あたしを召喚してくれてありがとねー!」

 ニッコリ笑って決めポーズ。

 バッチリじゃん。

 これであるじ様のハートはキャッチしたわ。三ポイントはもらったも同然ね。

「あたしを召喚できたご褒美に、あなたのお願い二つまで叶えてあげましょう……と言うのは昨日までのこと、何と今日からランプの魔人特別感謝大セールでもう一つ願いが叶うのです」

 そこでくるっと回転した。茶色の短髪に褐色の肌を包む衣装がきらびやかに躍動する。

 そして右手は人差し指だけ伸ばしてあるじ様の心を狙い撃ち。

「なななんと、あなたの願い三つまで叶えましょう!」

 じゃーんっ! そんな効果音が鳴り響いてあたしの背後に「2+1出血大サービス」「実際におトク」「決して詐欺ではありません」の文字が躍っている。

「さあ、あなたのお願いプリーズ!」

 少し釣り目の中のサファイヤブルーな瞳を光らせてウインク。ここでニッコリと微笑んだ。

 これであなたはあたしにもう夢中。真珠の涙はいらないわよね。

 たぶんあるじ様は混乱されている。それは当然ね。ランプをこすったらこーんな美少女が現れて、しかも願いを三つまで叶えてくれるなんてもう何を考えて良いのやら。

 お返事が無いのがその証拠。いーよいーよじっくりあたしを見て。

 ホントはマクラ、業務上禁止だけどもしあるじ様がイケメンだったら黙っていようかな。これであたしもオトナの階段急激に上れるかも。

「どちら様でしょう」

 ……その妙に冷静な声に、舞い上がっていたあたしのハートはいきなりクールダウンした。

 改めてあるじ様を見た。

 やっぱり日本人のようだ。年齢は十代後半ってところで性別は男性。

 地味なシャツと厚手の布地のズボンを穿いている。顔は整っている方だと思うけど、あれ何と言うかちょっとした違和感がある。

 髪型は少し短めで耳が見えている。色は黒。目立つ銀縁のメガネが何となく似合っていた。

 とびきりイケメンってわけでもないけど非モテって顔でもない。どうして違和感を覚えたのか判らないけど嫌悪感を覚える顔で無かった。

 ずばり、どこという特徴の無い顔に見えた。

 そんなあるじ様は特に驚いた様子も無く、あたしの顔をじっと見ている。微動だにしない黒い瞳がどこか怖い。

「どちら様でしょう」

「ええとあのその、あたしはランプの魔人、シャランラです初めまして」

「はじめまして。田中一郎です」

 うわっ、名前まで特徴無い。日本でのありふれた名字プラス名前の組み合わせだ。

 でも名前で人を判断しちゃダメよね。

「それでどのようなご用件でしょう」

「ええとその……あるじ様、ランプをこすりましたよね」

 あるじ様は小首を傾げたあと視線を落とした。あたしもそちらを見ると正方形のテーブルの上にランプが鎮座している。

 それを指さすと視線をあたしの顔に戻してゆっくりうなづいた。

「これは祖父が残してくれたものですが、ためしに表面をこすってみたのです」

「そうそうランプをなでていただくと、もれなくランプの魔人が現れるのですよ」

「そうでしたか。ぼくからあなたをお呼び出ししてしまったのですね。いまお茶出しますので少々お待ち下さい」

 あるじ様はあたしが止めようとする間もあたえずに、腰を上げると部屋を出て行った。

 残されてボッチになったあたしは、あるじ様の部屋を観察してみる。

 広さは日本の基本単位で八畳。床は暖色のじゅうたんに正方形のテーブルが一つ。どうもこれコタツに布団がかかっていない状態らしい。

 そうか六月って日本では初夏、少し暑くて湿気が多い季節なんだ。

 部屋の中にあるのはタンスが一つだけ。収納があるけど何だろうこの殺風景なの。

 寝具が無いのは良いとして、娯楽用の受信機とか遊具機とかマンガ本トかあたしの入手した常識にあるはずのものが全く無い。

 十代後半と言えば人間男子としてもっとも活発なはずでは。少しお高いけど日本人の成年男子についてのライブラリを追加入手しようかな。

「お待たせしました。粗茶ですがどうぞ」

 いつの間にかあるじ様がコタツの上に、湯飲みとお菓子が入ったお皿を並べた。

 焦げ茶色で丸いお菓子は検索の結果おせんべいというらしい。

「あ、どうもお構いなく」

 あたしはあるじ様が差し出したクッションの上に座る。あれなんだかライブラリから警報が。どうもこれ座布団というクッションは座ってはいけないらしい。

「あわわ、失礼しました」

「いえいえそのままでどうぞ。それで先ほどのお話の続きですが、あなたはこのランプの中に潜んでいたということでしょうか。体積を考えると身長一六六センチ体重四五キログラム相当のあなたがこのランプの中に入ると思えないのですが」

 ちょっと待って。どうしてあたしの身長と体重知ってんの。

「いえ、そのランプの中身はあたしもよく判らないのですが、ここでは無いランプの世界からここに呼び出されたのですよ」

「ランプの世界……興味深いお話です」

 あるじ様は特に感動した様子も無くうなづいた。

「世界と言うからには地球上のどこかの国家・地域を示すものでは無く、別の時空間とか異世界を示すものでしょうか」

「あたしはそんな難しいことは判らないんですけど」

「それは困りましたね。ぼくが呼んでしまったことと言え素性も明らかでない方とお取り引きはできませんから」

「取り引き?」

「あなたはぼくに三つの願いを叶えるとおっしゃりました。これは立派な訪問販売になると思うのです。通常はそういう方々は玄関に訪れますのでその場合はすみやかに退去していただくのですが、故意では無いにせよぼくがあなたをここに呼んでしまった以上、せめて身元を明らかにしていただかないと不法侵入という形で警察の方に引き渡すことになります」

「あのう……あるじ様の年齢を教えて頂けますか?」

「今年の五月で一七歳になりました。高校に在学し二年生になります」

「年齢に比べてとてもオトナな対応ですよね」

「よくそう言われます。ところであなたの身元を証明できますでしょうか」

「すいません、いまこれしか持って無くて」

 一応ランプの魔人身分証を差し出した。多目的精霊カードになっていてあたしの顔写真も付いているけど写りが悪くて気に入らない。

 あたしたちの居るランプの世界・カンデーラでは精霊マネーで数十万の店舗にて決済可能な便利カードなのよ。

「なるほどカンデーラ・外務省・対外支援局・願望調達事業部・営業部、第一課・第二係、第三種第六級魔人シャランラさん……年齢は書かれていませんが女性ですね」

「はい、その年齢はちょっと」

「いえ結構です。女性の年齢を問いただす趣味はありませんし個人情報ですから。この登録番号も控えませんのでご安心ください」

 あるじ様は無表情のままで身分証をあたしに返した。

「それで三つの願いですか」

「あの、それよりこの身分証であたしのことを納得したのですか」

「はい。実は祖父の遺言にこのランプの取り扱いが書かれていました。ランプをこすると魔人が現れる、その魔人は身分証を持っているはずだからとその内容についても詳細に解説されていました」

「そうでしたか。するとあるじ様のおじいさまもランプの魔人にお願いしたのでしょうか」

「それについては何も書かれていませんでした。ただ無欲な方でしたから何か願いがあるように思えません」

「それであるじ様。あなたのお願いなのですけど」

「そうですね……帰ってください」

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