女子小学生二人が花嫁のスピーチ原稿を読む話
「あれ、なにこれ?」
月曜日の朝。学校に到着し、ランドセルから荷物を取り出そうとした乃木ましろは、底のほうに、全く見覚えのない封筒が入っているのに気づいた。慎重にそれを持ち上げる。それは淡い桃色の、かわいらしい見た目の封筒だった。
「あら、なにその封筒?」
ましろの友人である常夏沙弥が、謎の封筒を不思議そうに眺めるましろに声をかける。
「うーん、なんだろう? なんか、ランドセルの中に入ってた」
「なにそれ。なんだか気味が悪いわね......大丈夫かしら?」
言って、沙弥は封筒を手に取り太陽に透かせてみる。これで中身のおおよその見当は付くはずだ。危険なものでも入っていたら困る。しかし、見た限りではどうやら、封筒の中には何枚かの「紙」が入っているだけらしかった。薄く文字も透けて見える。
「手紙、かな」
ましろがつぶやく。
「多分そうだと思うけど......」
沙弥は長い黒髪を揺らしながら、封筒の角度を変えて何度も太陽に透かして見る。すると、封筒の口からするりと、折りたたまれた紙が落ちてきた。それは何の抵抗もなく、音もなく床に落下する。
「......封がされてなかったのね」
沙弥は封筒を見ながら言った。どうやら中身はこの紙1枚だけらしい。沙弥は落ちてきた紙を拾い、空の封筒と共にましろの机の上に置いた。
「これ、ましろちゃんへの手紙の可能性もあるから確認してもらっても良いかしら?」
沙弥に促されたましろは折りたたまれた紙を開く。
「......」
そうしてにらめっこでもするみたいに、じっと出てきた紙へと視線を注いだ。ほんの少しお互い無言の時間が過ぎた後、わかった、という表情と共にましろが口を開いた。
「......多分これ、花嫁のスピーチ原稿だ」
「花嫁の、スピーチ原稿? なんでそんなのがましろちゃんのランドセルに入ってるのよ」
当然の疑問を口にする沙弥。
「......実は来月、私のお母さんが結婚式するんだ」
「あ、そうなの、ね……」
どうやら言いずらいことを言わせてしまったらしいと、沙弥は気まずそうな表情で目を伏せる。おめでとうと言っていいのかさえ悩ましいところだ。しかし、そんな沙弥の様子を、ましろは不思議そうな表情で眺めている。一瞬の静寂ののち、何かに気付いたましろが口を開いた。
「あっ、間違えた。お母さんじゃなくてお母さんのいとこだ」
「ど、どんな間違いよビックリした......」
なるほど、つまりこれはましろの親戚のスピーチというわけだ。沙弥はほっと胸をなでおろした。
「でもなんで、親戚さんのスピーチ原稿がランドセルに入ってるのかしら?」
「昨日いとこのおばさん家に来てたから、多分忘れていったんじゃないかな? で、朝私が教科書とか用意するとき一緒にランドセルに入れちゃった、みたいな」
「なるほど......なんか確率低そうな偶然だけど、一応筋は通ってるわね......」
少々腑に落ちていない表情の沙弥ではあったが、どうやら納得はしたらしかった。
「......ねえ、せっかくだから一緒に見てみない?」
手紙に視線を向けながら、ましろが茶目っ気のある表情で言う。
「でも、これって言わば手紙みたいなものなんでしょう? 部外者の私が勝手に見ても良いのかしら......」
「スピーチってことは結婚式に来た全員の前で発表する文章ってことでしょ? だったら秘密でもなんでもないんじゃない?」
確かにそう言われると、その通りな気がしてくる。家族や来場者に向けて読み聞かせる文章に、まさか知られてマズイ内容が書かれているとも思えない。
「まあ、それはそうだけど......」
「悩んじゃダメだよ沙弥ちゃん! 沙弥ちゃんがこうやってダラダラ悩んでる間にも、アフリカでは3秒に一人子供が亡くなってるんだよ!」
「そ、それは今言うことじゃないでしょ……」
とはいえ、気にならないのかと言われればもの
「......じゃあ、
悩みつつもなんやかんや自分をごまかした末、沙弥は結局見るという選択をした。ましろは「こうがく?」と難しい言葉に首をひねったものの、スピーチ原稿を見ようという意志は伝わったらしく、嬉しそうに原稿を机に開げはじめた。すぐに下書き、という文字が二人の目に入る。
◆
(下書き)
このたびはお忙しいところ、本日の結婚式にご出席頂きまして、真にありがとうございます。
◆
「なるほど、やっぱり挨拶から入るのね」
「難しい言葉が多いね~」
口々に感想を言い合う二人。かしこまった文章なんて普段読む機会がないため、物珍しく感じる。ワクワクと胸を高鳴らせながら、二人は続きへと視線を移した。
◆
大勢の皆様に見守られながら式が行えることを、私も大変嬉しく思っております。
天国の祖父、そして地獄に落ちた祖母も今日という晴れの日を見守ってくれていることでしょう。
◆
「おばあちゃん地獄に落ちてない?」
「見間違いじゃない? 視力落ちた? 視力0.0?」
「それ失明してるわよ?」
いきなり故人への恨み節から入る挨拶なんて初めて見た。先行きへの不安を感じながらも、二人は続きへと視線を移す。
◆
そして招待状を受け取ったにも関わらず本日の結婚式に参加できなかった方は、きっとこの結婚式のことをどうでも良いと思っているのでしょう。
◆
「なんてこと言うのよ」
「これが結婚式かぁ......」
「多分違うと思う」
こんな心が腐った挨拶から始まる結婚式なんて聞いたことがない。なにかの冗談なのだろうか。
「と、ともかく、続きを読みましょう……」
気を取り直しながら続きを読む。
◆
さて、挨拶を行うにあたりまず一つ、どうしても先に言いたいことがございます。
(ここでBGMが流れる)
◆
「あら、セリフだけじゃなくて段取りまで書かれてるのね」
「準備が良いね~」
「まあこういう原稿って言わば台本みたいなものだし、出来るだけ詳しく書いておくと良いのかもしれないわね」
自分が設定したBGMに自分が戸惑ってちゃ上手くいくものも上手くいかないだろう。二人は納得し、続きへと視線を移した。
◆
私が言いたいこと。それは、両親への感謝の言葉です。
出席者「おおっ!」
◆
「えっ? 出席者の反応まで書いてあるよ?」
「変ね……。反応なんて、当日にならないと分からないと思うんだけど......」
◆
ですので
出席者「出過ぎた真似をするな! ひっこめ!」
◆
「何でブーイングされてるのよ!」
「客観的に、自分の嫌われ加減が把握できてるのかも……?」
「だとしても、親への感謝ぐらい言わせてあげなさいよ......」
仮にも主役なんだから、本番ではこんなブーイング来ないと思うけど......
◆
『お父さん、母さん、今までお世話になりました。私が無事に成長し今日という日を迎えられたのも、全て両親の暖かい愛情あってのことだと本当に感謝しています。私がこれから歩む人生も、今までのように暖かく見守っていてください』
(ここで、
◆
「集計係? 沙弥ちゃん知ってる?」
「......いえ、聞いたことのない単語ね」
何かを数える係なのは想像つくが、結婚式で何かを数える必要なんてあったかしら? そんな疑問を抱きつつ先へと視線を進める。
◆
おっと、ここで集計係から集計の終了が報告されました。
……ということで、今から結婚式名物、皆様から頂いたご祝儀額のランキング発表をさせて頂きたいと思います!
(会場、盛り上がる)
◆
「なんでよ!」
会場盛り上がるって書いてあるけど絶対盛り上がらないから。会場全体が嫌なざわつき方するだけだから。
「どうしよう......ご祝儀って千円あれば上位に食い込めるかな?」
「千円じゃ多分最下位だし、なにより小学生はご祝儀払わなくて良いと思うわよ?」
そもそもご祝儀を晒す結婚式なんて参加したくない。
◆
~ご祝儀上位3名発表後~
そして残念なお知らせですが、ご祝儀ランキングワーストの3名も発表したいと思います。
(ここで、
◆
「鼓膜を破る機械!?」
下位メンバーを罰しようとしてるのもヤバいし、なにより鼓膜を破る機械って何?
「鼓膜を破る機械かぁ。懐かしいなぁ」
「見たことあるの!?」
「職員室に置いてあったよ」
「転校しようかしら……」
「えっ、やだ! 寂しい! 鼓膜と私どっちが大事なの!?」
「なにその二択」
◆
まずはご祝儀額ワースト3位......○○さん! 残念でした! 下位の○○さんには、花嫁の声を聴く権利はありません!
椅子に縛られた○○さん「助けて! 助けて!」
(会場、今日一番の盛り上がり)
◆
「大丈夫これ?」
「今日一番の盛り上がりだって」
「
こんなの絶対盛り上がらないに決まってる。呆れながらも続きに目を向ける。
◆
~下位三名の鼓膜を破り終えたのち~
さて、ご祝儀下位メンバーの鼓膜を破りましたが、いかがでしたでしょうか?
(会場、ドン引き)
◆
「やっぱ引いてるじゃないの!」
「いざ目の前で見せられると……ねぇ?」
というか引かれるの想像出来てるなら今すぐこの催しは無かった事にして欲しい。
続きに視線を移すと(仕切り直し後)と赤ペンで書かれていたが、どうやって仕切り直すかは書かれていなかった。大丈夫なのだろうか。多分大丈夫じゃない。
◆
(仕切り直し後)
さて、今日という良き日に合わせて、たくさんの
パチパチパチパチ(大きな拍手)
◆
「祝砲が届くって何よ」
「砲が撃ち込まれた的な?」
「テロじゃん」
まさか大砲でも届いてる訳でもないと思うけど……。
◆
( 祝砲「ドン!」)
◆
「会場で撃った!?」
「ホントに砲が届いてたね......」
「室内で大砲なんて撃ったら鼓膜破れるわよ……」
「そしたら事前に鼓膜を破られた人が得するね!」
「得はしない」
どう取り繕っても鼓膜が破れた不運は埋め合わせできない。
◆
さてさて、祝砲といえば最近北朝鮮からミサイルが発射されましたが、もしかしたらあのミサイルも、この結婚式への祝砲だったのかも知れませんね(笑)
(会場\ドッ/)
◆
「断言するけど、このネタいうほどウケないわよ?」
見通し甘すぎかよ。
「沙弥ちゃんこのネタどういう意味?」
「どういう意味でもないわよ」
ましろをなだめて先へと進む。
◆
さて、祝砲がガスに引火し会場が爆発したところで、そろそろ挨拶を終わりたいと思います。
◆
「今の\ドッ/って爆発音だったの!?」
「会場の人、大丈夫かな……?」
わずかな心配を抱えながら、二人は続きを読む。
◆
それでは皆様、
パチパチ......(まばらな拍手)
◆
「爆発で人減ってる!?」
「ガスって怖いね」
「もっと怖いものを山ほど見た気がするけどね」
◆
本日は平日朝6時というお忙しい時間にも関わらず、たくさんの方にご出席いただき、大変ありがたく存じます。
◆
「いや時間考えなさいよ」
「出社前の人たちも来られるように配慮したのかも」
「それ日曜日でよくない?」
◆
ということで、以上を持ちまして、友人代表の挨拶を終わりたいと思います。
(了)
◆
「花嫁じゃないし!」
そりゃ、友人代表の挨拶で突然両親への感謝を話し始めたら注意されるのもわかる。というより、全体的に色々分からな過ぎる。
「......なにこれ?」
沙弥が呆れた声で言った。ましろも困ったなぁという顔で沙弥と原稿を交互に
「……うーん、そういえばおばさん、結婚がどうのって話をしてただけで、自分が結婚するとは言ってなかった気がしてきたかも......」
「だとしても内容よ」
「おばさんひょうきんな人だから、花嫁さんに一味違う友人代表の挨拶を求められてる可能性あるかも……」
「……そう。だったらこの原稿を返す時『これはない』って言ってあげてね……」
二人は原稿を元通り折り畳んだのち、そっと封筒にしまい込んだ。もうすぐ朝の会が始まる時間だ。二人は何事もなかったかのように着席し、先生の到着を待った。おそらく今日過ごした無駄な時間を、二人はしばらくは忘れないことだろう。
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