ことわざ 2

「うーん、今日も疲れたなぁ……」


 家に帰って早々、僕はソファにぐったりと腰を下ろした。


 楽な姿勢をとったせいで、早くも眠気が襲って来た。しかし残念ながら、まだやる事がある。今日おこなった国語のテスト、その答え合わせをしなければならない。


 明日は土曜なので急いでやる必要もないのだが、面倒な事を後回しにするのは良くない。下手に後回すとそれこそギリギリで課題に追われる子供みたいになってしまう。


「……さて、パパッと終わらそうかな」


 独り言を呟き、僕はソファから立ち上がる。そうして机へと向かい、カバンから数十枚の紙の束を取り出した。





 ◆


【問1】次のことわざの空欄を埋め、意味を書きなさい。


 ①雨降って(  )


【意味】


 ◆





 今回はことわざが中心のテストだ。


 中国の四字熟語や日本のことわざなど、古事成語やそれを学ぶ関連で行ったテストである。少し難しいかも知れないが、果たして出来ているだろうか。少々の不安を感じながら、僕は視線を回答へと移した。




 ◆


 5年 名前 常夏沙弥


 ①雨降って(地固まる)


【意味】雨が降った後、地面がより固くなるように、人間関係もなにかトラブルが起こった後はかえって強く安定した状態になること。


 ◆




「おお……」


 ちゃんと出来ているようでなによりだ。小学五年生でここまで書けるとは、想像以上で安心する。大きくマルをして、僕は次のプリントに移った。


 いっぺんにそのプリント全部を見ないのは、答え合せは一枚ずつやるより「一問ずつ」テスト用紙を変えてマル付けした方が効率が良いと個人的には感じているからだ。同じ問題を連続でマル付けした方が、答えが同じなので採点ミスもなく集中力も続く。と、僕は思っている。


 漢字の書き取りで部首だけいっぺんに書く児童を時々見かけるが、それと同じようなモノだろう。


 さて、次の子は出来ているだろうか。




 ◆


 名前 夜之森月子


【問1】次のことわざの空欄を埋め、意味を書きなさい。


 ①雨降って(地かたまる)


【意味】


 雨が降った後に、地面が固くなること


 ◆




「うーん……意味は間違ってるなぁ」


 ことわざの穴埋めは合っているので、点数は半分だ。僕は赤ペンで三角マークを書き、次のプリントへと移る。




 ◆


 名前 樫本青葉


 ①雨降って(固まる)


【意味】人間関係が良くなること。


 ◆




「うーん」


 残念だけどバツかなぁ。惜しいと言えば惜しいんだけど、うろ覚えなのが伝わってくる。プリントにバツを書き、僕は次のプリントへと目線を移した。




 ◆


 名前 天野幸子


 ①雨降って(関節が固まる)


【意味】雨が降ると関節が痛くなる


 ◆





「おっさんか」


 小学生は雨降って関節痛くなる年齢じゃないと思うけど……


 次。





 ◆


 名前 桜凱旋


 ①雨降って(るじゃん)


【意味】嫌だなぁ


 ◆




「確かに嫌だけど」


 感想じゃん。テスト用紙には回答を書いてくれ。次!





 ◆


 名前 木下叶子


 ①雨降って(くれ)


【意味】マラソン大会中止になってくれ


 ◆





「願望じゃん」


 残念だけどマラソン大会はやります。次!





 ◆


 名前 藍原のどか


 ①雨降って(たら洗濯物入れておいてね)


【意味】お留守番してる時に雨が降ってきたら、ぬれないよう洗濯物を取り込むよ。えへへ!


 ◆




「うん、偉いね」


 心の中でこの子を褒めた後、僕は赤ペンを使い大きくバツを書いた。えへへじゃねぇ。次!





 ◆


 名前 茉莉花雪菜まつりかせつな


 ①雨降って(地、盤沈下)


【意味】国土交通省の怠慢


 ◆





「なんだそれ」


 国土交通省をピンポイントに責めることわざは無い。あと「地、固まる」みたいなイントネーションで言っても誤魔化されないからな。


 次!




 ◆


 名前 田宮匠たみやたくみ


 ①雨降って(雪降って 不定ふていで降ってる涙さみだれ ひょう降って 槍降って 血のあめ降ってもあめぇ考えだけは持たねぇ Yeah)


【意味】分かりません


 ◆





「いやひらなおんな」


 分からない問題の解答欄は自由帳として使って良いよとは言ってないけど?????


 これが許されると思っている時点で甘ぇ考え持ち過ぎだと思う。うーん、男の子だから、ロックな感じのミュージシャンの影響でも受けてるのかも知れない。


「ダメだ……全然出来てる子がいない……」


 このままではマズイ。僕は気を取り直すため、②の答え合わせへと移った。





 ◆


 ②お前百まで(  )


【意味】


 ◆




 お前百までわしゃ九十九まで。年老いるまで夫婦仲良く暮らそうという趣旨のことわざだ。あまり使う機会がないことわざなので、正答率も低くなる気がする。……まずは正解してそうな子の回答から見てみるか。




 ◆


 名前 常夏沙弥


 ②お前百まで(わしゃ九十九まで)


【意味】夫婦仲良く暮らしていきたいという意味を示す言葉


 ◆




「やっぱり正解してるなぁ」


 この子は本当、頭の中に辞書でも入ってるんじゃないかと疑うレベルでよく出来てる。この調子で次の子も正解してると良いけど……。




 ◆


 名前 神崎黒音


 ②お前百まで(わしゃ101まで)


【意味】夫婦仲良く暮らしていきたいけど、遺産は渡したくないから先に死んでくれって話。うちのおじいちゃんがよく言ってる。


 ◆




「欲深いな……」


 まあこの子の祖父母の場合は二人で百まで生きようとしてる時点で口の悪いツンデレ爺さんな気もする。


 でもバツ。次!

 




 ◆


 名前 乃木ましろ


 ②お前百まで(わっしゃわしゃ)


【意味】あなたは死ぬまで頭わっしゃわしゃの天パだよと宣告する言葉。言われた人は、ショックで死ぬ。


 ◆




「死ぬってなんだよ」


 死ぬぐらいならストレートパーマとかすれば良いと思う。


 次!




 ◆


 名前 辰巳涼子


 ②お前百まで(びる)


【意味】オマエヒャクマ地方に生息する悪魔デビル。おどろくべき強さでまじびびる。


 ◆




「その地方どこだよ」


 たぶんデビルにびびるって言いたいだけのヤツだよね? そういうのはツイッターにでも書いて知り合いにいいねを貰えば良いと思う。


 ダメだ。気を取り直すため③の問題の答え合わせに移ろう……えっと、次の問題は……




 ◆


 ③すずめ百まで(  )


【意味】


 ◆



 雀百まで踊り忘れず。小さい頃の習慣は100歳……つまり年老いてもずっと身に付いているという意味のことわざだ。類義語には『三つ子の魂百まで』等がある。


 ……とりあえず、例の子の回答から見よう。



 ◆


 名前 常夏沙弥


 ③すずめ百まで(踊り忘れず)


【意味】幼い頃に身につけた習慣は年をとっても消えることがない。


 ◆




「正解」


 想像ついたけどやっぱりこの子は良く出来てる。……他の子はどうだろう。




 ◆


 名前 夜ノ森月子


 ③すずめ百まで(わしゃ九十九まで)


【意味】夫婦仲良く一緒に暮らし………あれ?



 ◆




「さっきのヤツ!」


 あと最後何かに気づいたよね? 「あれ?」とか書くなら頑張って訂正しろ。


 次!





 ……って、またラップが書いてあるし。



 ◆


 ③すずめ百まで(あくまで白夜びゃくやで 決して明けない戻れないズルせず進むでも私は決して進めない雀じゃないYeah)



【意味】幼い頃に身につけた習慣は年をとっても消えることがない



 ◆



「いやカンニングすんな」


 ズルせず進めよ。


 次!





 ◆


 名前 辰巳涼子


 ③すずめ百まで(ーもん)


【意味】


 スズメヒャクマ地方に生息する悪鬼デーモン。体温が1万°Cに達するため、近づくだけで身を焦がされる。あと話は変わるけど、幼い頃に身につけた習慣は年をとっても消えることがない。


 ◆



「お前もカンニングすんな!」


 突然話は変わるとか言われても手遅れだし、なんならそっちがメインなんだけど。










「……今日はもう寝よう」


 精神力をガリガリと削られた僕は、迷わずベッドにダイブしそのまま目を閉じた。丸付けは明日で良いや。


 おやすみなさい。








 おわり














 ★おまけ★


【ことわざを巧みに操り会話をする小学生の様子】



「おはよ〜」


『おはよ〜。あれ、髪型変だけどどしたの?』


「うーん、なんか今日は寝癖が全然治らなかったんだ〜」


『あらら。そりゃ面倒くさいね』


「本当、遅刻するかと思っ……っおっと!」


『理沙ちゃん大丈夫?』


「いたた……もう! なんで地面に穴空いてるのよ!」


『多分だけど、雨降って地盤沈下※なんじゃない?』


 ※国土交通省の怠慢


「痛いなぁ……雨降って地盤沈下※なんてめっちゃ雨降って来たじゃん※」


 ※国土交通省の怠慢


 ※嫌だなぁ


『あれ、て言うかポツポツ雨降って来てない? 雨降って来たじゃん※』


 ※嫌だなぁ


「え〜雨降って来たの? 雨降って来たじゃん※」


 ※嫌だなぁ


『雨降ると服濡れるから雨降って来たじゃん※』


 ※嫌だなぁ


「あと雨降ってジ・エンド※じゃん」


 ※そんな言葉は無い


『……と思ったら雨止んで来てない?』


「うーん……どうだろう。ちょっと雨降って 雪降って 不定ふていで降ってる涙さみだれ ひょう降って 槍降って 血のあめ降ってもあめぇ考えだけは持たねぇ Yeah※かなぁ」


 ※分かりません


『というか明日遠足だし、雨降ったら雨降ってくれ※』


 ※嫌だなぁ


「髪の毛も濡れちゃったよ……あれ? チサちゃん髪の毛わっしゃわしゃになってるよ?」


『えー、なんでだろ?」


「 もしかして、お前百までわっしゃわしゃ※なんじゃない?」


 ※死ぬまで天パだと宣告する言葉


『うっ』


「チサちゃん!? ……死んだ!?」



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