女子小学生二人がラジオにハガキを投稿する話
◆◇◆◇◆◇
「ねぇ月子ちゃん、聞いて欲しい話があるんだけど少し良いかな?」
小学5年生の少女、
「ええ、私でよければ聞くわよ」
その相談の相手、同じく小学5年生の月子が応える。青葉の方を向くと同時、長い黒髪が小さく揺れた。
ここは月子の自宅。月子の友人である青葉は休みの日は毎日ここに来るのだ。今日は日曜日。今は月子の部屋でゲームをして遊んでいる所だった。
「私、最近ラジオ聴いてるんだ」
「へぇ、今時ラジオなんて珍しいわね」
「それでね、一回ハガキを出してみたいな〜って思ってるんだ」
「あら、面白そうで良いじゃない」
俗に言う「ハガキ職人」というヤツだろうか。
「いくつか送る内容を考えてきたんだけど、月子ちゃんに聞いてもらって良い?」
「ええ、私でよければいくらでも聞くわよ」
月子の返事を聞き、青葉は嬉しそうな表情を浮かべた。バッグからおもむろにノートを取り出し、そしてそれを開く。
「じゃあまずは1つ目。
言って、青葉はノートの1ページ目に書かれた文章を読み始めた。
◆◇
こんにちは! いつも楽しくラジオを聴いています。
私の朝の活力はズバリ、友達の笑顔です!
憂鬱な気分で家を出る時もありますが、毎日、友達の笑顔を見るたび、いつもいつも元気をもらっています!
◆
「なかなか良いと思うわよ。元気な感じで、早朝にはピッタリね」
文章も読みやすいし、初めて投稿するとは思えない出来だ。
「ふふふ、そしてここから、月子ちゃんの紹介が始まるんだよ」
「え、本当?」
それを聞き、月子は少し嬉しくなった。友人代表として、なにか自分とのエピソードを話してくれるのだろうか。
そんな月子からの期待を背負いつつ、青葉はノートの続きを読み進めた。
◆
私の友達に、夜ノ森月子というとっても可愛い黒髪の女の子がいます。
〇〇県××町453-5に住んでる0906×××2×××という電話番号の女の子です!
みんなも仲良くなりま◆
「書くな書くな!」
淡々と読み上げられる個人情報に度肝を抜かれる月子。
「でも、月子ちゃん宛てに賞賛のお電話が来るかも知れないよ!」
「迷惑電話しか来ないわよ?」
言って、月子はそのページを優しく破り捨てた。
「あっ……」
「次行きましょう……。他の候補はないの?」
和やかな表情で次を
「次はお昼にやってるラジオが募集してるお題『私の周りで起こった、面白い出来事』に送る作り話だよ」
「作り話なのね……」
「だって、作り話以外は評価されない世の中だし」
「小5で世の中を語るのね」
若干の
◆◇
先週、私のクラスの「仲の良さ」を象徴するとある小さな事件が起きました。
ある日、国語の授業を受けていたとき、とある女の子が教科書を朗読するよう先生に当てられていました。
その文章の中に
「この
という一文があるのですが、なんとその女の子は間違えて
「この
と読んでしまいました。
◆
「思ったんだけど青葉ちゃんって作り話の才能あるわね」
こんな上手いことありもしない話を考えつくなんて、案外ハガキ職人の才能があるのかも知れない。
「でしょー。結構研究したからね〜。……続き読むね」
そんな月子の言葉を受けて、青葉は自慢げな表情で続きを読み進めた。
◆
それを引き金に、教室中は大爆笑の嵐です。
本来笑顔の少ない先生まで、思わず笑っていました。女の子が恥ずかしそうに顔を赤らめ、教科書で顔を隠していたのがとても印象深かったです。
その後しばらく、その子は「きの子」というあだ名で、親しみ深く呼ばれるようになりました。女の子はそれを苦に自殺しました。
これからも楽しい学校生活を送りた◆
「ちょっと待って」
「?」
きょとんとした表情を浮かべる青葉。きょとんとしたいのはこっちだ。
「最後なんで死なせたのよ……」
「読まれやすいハガキについて色々調べてたんだけど、最後に驚きがあった方が採用されやすいって書いてあったから」
「驚き過ぎて完全に採用されないわよこれ……」
作り話なんだから、せめて最後はハッピーに終わらせて欲しかった。
「次行きましょ。……他の候補はないの?」
月子に促され、青葉はノートを1枚めくる。
「次は『夏の終わりを感じた瞬間』ってお題への投稿だよ」
言って、青葉はそのページに書かれた文章を読み始めた。
◆◇
最近少しずつ涼しくなり、夏の終わりを本格的に感じ始めて来ました。
そんな中、あんなにうるさかった蝉の声が聞こえなくなっている事に気づいた瞬間、私は夏の終わりを本格的に感じました。
殺すぞ。そして、窓を開け、入ってくる風を◆
「ちょっと待ちなさい!」
「ん? なに?」
「いやいや、途中で入った『殺すぞ』ってなによ?」
「ふふふ……これはね、ネットに「採用されるには殺し文句を入れろ」って書いてあったから入れたんだよ」
自信満々に言う青葉。
「殺し文句って、そういうのじゃない!」
こんなの突然殺そうとしてくるヤバい女子小学生としか思われないし、完全に不採用間違いない。
「……というか、青葉ちゃんは小学生なんだから普通に書いて普通に送ればそれだけで採用されるんじゃないの?」
思うに、若い世代がラジオを聞いて、そしてテーマにハガキを投稿してくれるってだけで喜んで貰える気がする。
月子の言葉を聞き、青葉は「そういうことか!」みたいな表情を浮かべた。
「なるほど! 小学生であることを生かして、可愛らしく媚びた年相応な感じのハガキを送れば採用されるって事だね!」
「そこまで嫌な感じでは言ってない」
言ってることは間違ってはないんだけど……
「じゃあこの『私の苦手なもの』ってお題への投稿はどうかな!」
言って、青葉はノートを力強くめくり、書かれた文章を読み始めた。
◆◇
こんにちわ。小学5年生の女の子です♡
わたし、にゃんこ舌だから熱いものにがてなんだ〜><
にゃんにゃん♡
だから、あついものが苦手です><
( > ᴗ < )ʃ) ふぇ〜
◆◇
「媚びが嫌すぎる」
女子小学生というより「おじさんが女の子のフリして書いてみました」って感じの文章だった。あと猫舌のことにゃんこ舌っていうのなんかムカつく。
「ダメかな?」
青葉が『これはこれでアリじゃない?』みたいな目で月子を見つめる。いや、完全にダメでしょ。
「どう考えても採用されないし、あと絵文字はラジオで伝わらないからあんまり使っちゃダメだと思うわ」
一応的確なアドバイスを与え、月子は次のページに進むよう青葉を促した。
「次は『最近感動した出来事』ってお題への投稿だよ!」
青葉はページをめくり、それを読み始めた。
◆◇
先週、ついに妹が出来ました!
◆
「いきなりめちゃくちゃ
「採用されるには嘘を
「ラジオ業界地獄か」
とりあえず続きを読む青葉。
◆
最近はお姉ちゃんとして、しっかりと妹の世話をしています。
しかし、完全無欠の私にとっては、赤ちゃんの世話なんてたやすい事です。まさ◆
「なんで自画自賛してるの?」
「自分を良く見せたい欲が出た」
「
自画自賛を消すようアドバイスだけして、とりあえず続きに進む。
◆
赤ちゃんの世話なんて、まるで赤子の手をひねるように簡単でした。
私はあ◆
「言葉選び下手過ぎない?」
赤ちゃんの世話に、赤子の手をひねるとか一番使っちゃダメだと思う。
「うーん。これも多分ダメね……。他にはないの?」
採用されそうなのが今のところ一つもない。雲行きの怪しさを心配し始める月子。そんな月子の問いに答えるように、青葉はノートをめくった。
「うーん……。あ。あと一つだけ候補があったよ。最後は『人生が変わった瞬間』ってお題だね」
それを聞き、月子はほんの少しだけ眉をひそめた。
「人生が変わった瞬間ねぇ……。それ、小学生の私達に書けるのかしら……」
「大丈夫、ちゃんと作り話を考えて来たから」
「そのノート嘘しか書いてないわね」
そんな月子の呆れも気にせず、青葉は意気揚々とノートの最終ページを読み始めた。
◆◇
最近、娘が生まれました!
◆
「なんかもう、なんでもアリね……」
「なんかもう、採用されればなんでも良いよね」
「
青葉は嘘しか書かれていないノート(通称
◆
初めて娘を抱いた時、命の尊さ、そして暖かさをその身に真に感じることができました。
◆
「青葉ちゃんって文章書くのはめっちゃ上手いわよね」
正直かなりレベル高いというか、本当に大人が書いてるみたいだ。
「ふふふ……そしてここからは、媚びと殺し文句両方を活かして書いた文章で一気に畳み掛けるよ」
自信満々にそう言って、青葉は続きを読み始めた。
◆
わたし、女子小学生だから命の重さにとっても感動しちゃった><
( > ᴗ < )ʃ) ふぇ〜〜
( ・ᴗ・ )ʃ) ふぇ〜……
( ・ᴗ・ )
( ・ᴗ・ ) 殺すぞ
◆
「怖い怖い!」
「ダメ? 感動的な命のエピソードを盛り込みつつ、ダメ押しに媚びと殺し文句を混ぜたんだけど……?」
「なんというか、ダメ押しでダメになった感じよね」
絵文字がだんだん正気になってくの怖いからやめて欲しいし、間の取り方完全に確信犯だと思う。
「あと女子小学生って言っちゃったら色々破綻するわよね。なんで子供産んでるのって話になるわよね」
「えー、そういう人もいるんじゃない?」
「いっ、いないわよ! 犯罪だし、いてたまるかってレベルよ!」
熱弁する月子。友達の倫理観がおかしくなってしまっては困る。ここは友達として正しい倫理観を教えてあげなくて
「でも、コウノトリさんが間違えて運んでくる可能性だってあるんじゃない?」
「……………………………………まぁ。いる可能性も、ゼロではないわよね」
折れた。
「と、ともかく。ラジオに投稿するのはやめた方が良さそうね」
「え〜。せっかくラジオネームとかも考えてきたのに〜」
言って、青葉はノートの表紙を月子に向ける。名前の欄に「かっしー」と書かれていた。
樫本青葉だから「かっしー」。ラジオネームは意外と普通だった。
「形から入ってもダメよ。ともかく、本当の話をちゃんと書けるようになるまでは、投稿しても無駄だと思うわよ」
「はーい……」
しぶしぶと言った感じで、青葉が答える。
「…………あっ!」
少しの間をおいて、青葉が何かを見つけたみたいな声を上げた。
「どうしたの、青葉ちゃん?」
「いい方法、思いついちゃった……」
そう言って笑う青葉の目には、イタズラ心溢れるひらめきの光が宿っていた。
◆◇◆◇◆◇
「はい。ということで、以上、ペンネーム「かっしー」さんからのお便りでした〜」
明るめの声でそう言い、中年風の男性は読み上げたファックスを机の上に置いた。
「いやー、小学生の女の子がお友達と一緒に、ラジオに投稿する内容を考えてくれたなんてね〜。いやいや、なんだかこっちまで嬉しくなりますね!」
少し若い、綺麗な女性が滑舌良く応える。
「だねー。最近どんどんラジオの影が薄くなって来たし、若い人に聴いてもらえるのはありがたいことですよホント……。でも、嘘は止めてね!」
男性が冗談めかしてそう言う。どうやらスタッフの
「じゃ、次のお便り参りましょう! 今回のテーマは『最近交わした友達との会話』です!」
ラジオは、まだまだ続くらしい。
「青葉ちゃん、採用されてる!」
何気なく聴いていた早朝のラジオから流れる、つい最近交わした友達との会話。月子は思わず驚きの声を上げた。
名前こそ伏せられてはいたが、それはまさしく、何日か前に自分と青葉が交わした会話に違いなかった。
「なるほど「いい方法」ってこういう事だったのね……」
喜んでいいのやら驚いていいのやら。月子の胸の中には、なにやら不思議な気持ちがわだかまっていた。
「……」
ふわふわした気持ちで、月子は朝ごはんのクリームパンを口に入れた。
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