女子小学生の夢の話

「ねぇさやちゃん。そういえば私たちって、もう高学年なんだよね」


さやちゃんこと常夏沙弥とこなつさやは読んでいた本をパタンと閉じ、そんな声の聞こえた方向へと向き直る。そこには沙弥の友達、真白ましろの姿があった。ましろは低学年の子みたいに小さな身体なので、相変わらず逆に目立っていた。


「急にどうしたのましろちゃん? そんな改まったこと言うなんて」


沙弥は肩にかかった黒髪を手でいて、少し驚いた表情で返事をする。ついでに眼鏡も外す。


「あれ? さやちゃん眼鏡なんてしてたっけ?」


「ええ。最近、近くの文字がボヤけて見えるのよ」


「老眼?」


「あと視力も悪いから、遠くの文字もボヤけて見えるわよ」


「ごめん、最悪以外の感想が出てこない」


「ま、私のことは良いわ。話を戻しましょう」


「う、うん……。最近、おかあさんにね、中学は私立に行くか公立に行くかどっちがいい? って聞かれたんだ」


言いながら、ましろは特に気にした様子もなく、沙弥の前の席の椅子にちょこんと腰を下ろす。


前の席の持ち主は確か男子だった(名前は忘れた)けれど、ましろちゃんなら可愛いしきっと許してくれるだろう。それにそもそも、今は昼休みだしまだ持ち主は帰って来そうにない。


そう判断した沙弥は特にましろをとがめる事なく、話の続きへと移った。


「ましろちゃんはどっちが良いの?」


「うーん、わたしはどっちでもいいかなぁ。でも、せっかくだからさやちゃんと同じ学校がいいかなぁ」


「……へぇ」


圧倒的な喜びと感動を覚えた沙弥だったが、できるだけそれが表に出ないよう、冷静に返事をしようと試みる。


「そうね。私も、折角だからどちらかと言うならばむしろましろちゃんと同じ学校の方が良いような気がするかも知れないわね」


結果もの凄いふわっとした返事になった。そう、沙弥はなにかを意識すると途端に駄目になる人なのだった。


「本当! 嬉しい!」


そんな沙弥のふわっふわの返事だが、ましろには特に気にした様子はない。そう、ましろは細かいことを気にしない性格なのだった。


最低30分は考えてましろへのメールの返信をする、細かいこと超気にする系女子の沙弥に、誰かその事を教えてあげてほしい。


ちなみに、そのとき送った返信は


『分かったわ。おやすみなさい、また明日』


だった。


いったいどこを考えたのか、沙弥以外知る由もない。


「でも高校生って、どんな感じなんだろうね」


ましろが独り言みたいに言う。ましろの目には憧れと、ほんのちょっぴりの不安の色が浮かんでいた。


「そうね。やっぱりアルバイトとかやって、楽しく過ごしているんじゃないかしら」


「高校生ってもう大人だもんね……」


「ええ、なりたい職業とか夢とかも、結構決まって、現実的になっているのかも知れないわね」


それを聞いて、ましろはうーんと遠くを眺めるみたいな目をする。そして「いい事を思いついた!」みたいな表情で口を開いた。


「そうだ! ちょっと今から『高校生っぽい会話』をしてみようよ!」


「高校生っぽい会話?」


沙弥が訝しげに言う。


「そう、高校生ごっこ、みたいな感じ? かな」


「なるほど……面白そうね」


すごいふわっとしたゲームだったが、割と面白そうかも知れない。


「勝敗とかあるのかしら?」


遊ぶ前に、ルールの把握を促す沙弥。こういうちゃっかりした所があるせいか、沙弥は先生からクラス委員に指名されていた。超嫌だったけど笑顔で引き受けた。世渡りが上手い沙弥だった。


「うーん……逆に、小学生っぽい事言っちゃったら負け、とかかな」


「なるほど……」


誰が判定するかという問題はあるが、理には適っている気がする。


「罰ゲームとかあるの?」


「うーん…………。負けると、心臓が止まる」


「まさかのデスゲーム」


「ふふふ……用意スタート!」



こうして、負けると心臓が止まるデスゲームが幕を開けた。




◆GAME START◆




「沙弥ちゃん!!! お金ちょうだい!!!」


「……あらあら、どうしたのましろちゃん? すごい勢いでお金をせびって来るけれど?」


「バイト先のお金を無断で借りたのがバレそう! 補填しないと叱られるかも!」


「犯罪じゃないの……」


叱られるだけで済んだら良いねって感じだ。


「ふふふ、嘘だよ。うーそ。高校生ジョークでした〜」


なんだそれ。


「じゃあ、お金は要らないのね?」


「ううん。お金は欲しい。無条件でお金は欲しい」


「欲の塊じゃないの……」


「でも、実は最近全財産をなくしたんだ……」


「一体なにをやらかしたのかしら?」


「安易な気持ちで投資に手を出したら、全財産が吹き飛んだんだよぉ……」


「なんで安易な気持ちで投資に手を出したの……」


「ネットの情報を鵜呑みにした」


「ましろちゃんの中の高校生は、どうしてそんなに愚かな存在なのかしら……」


ネットの情報をやけに信奉するという高校生像は正直当たっている気がする。


「そんなことよりさやちゃん! さやちゃんはどう? 生きてて楽しい?」


「えっなに? 煽られてるの?」


「違うよぉ。質問だよー。回答次第で様々なタイプの宗教に勧誘しようと思ってたんだよー」


「そんな風邪の種類に応じたタイプ別の薬みたいなシステム要らないわよ」


「ちなみにお兄ちゃんは、壺を買った途端に相手方との連絡が途絶えるタイプの宗教に入りました〜!」


「それは宗教じゃなくて詐欺」


「嘘!……まあいいや」


「……切り替え早いわね」


「高校生だからね」


「家族が詐欺に遭ったのよ?」


「家族とはいえ他人だからね」


「ましろちゃんの中の高校生はどうしてそんなに殺伐としているのかしら……」


なんて話していると、一匹のてんとう虫が窓から入ってきた。それは小さな羽音を立てて飛行し、沙弥の腕に止まった。


「きゃっ」


沙弥は思わず小さく声を上げた。


「あっ、さやちゃん今のリアクション小学生っぽい!」


楽しそうに指摘するましろ。


「高校生だって、虫の嫌いな人は居るわよ……」


「違うよ、正しいリアクションは『このてんとう虫、まるで虫ケラね』って言いながら指で潰すのが正解だよ!」


「ましろちゃんの中の高校生はどうしてそんなに心が歪んでいるのかしら?」


「ともかく、約束通り罰ゲームしなきゃ」


ワクワクした顔で言うましろ。


「約束通りだと心臓が止まるんだけど……?」






「そう、心臓が止まるんだよ」







ましろはそう言って、カバンから何か黒い塊を取り出した。それは拳銃だった。


「えっ、何そ」


言い終わる前に、引き金が引かれる。
















◆◇





「……」





聞き覚えのある電子音に叩き起こされた沙弥は、おもむろに布団の中から手を伸ばす。そうして、目覚まし時計のアラームを止めた。


「…………」


寝起きなせいか、目の前が霞む。


「変な夢見たわね……」


言って、沙弥はふらふらと立ち上がり、部屋のカーテンを開けた。外は晴天で、気持ちの良い朝日が差し込んで来る。


「……」


「……あっ」


何かを思い立ったようで、沙弥は少しだけ躊躇ためらいながら、机に置かれた読みかけの小説を開いた。そして、文字を目の近くまで持って行く。


「良かった……近くもちゃんと見える……」


どうやら老眼はまだらしい。安心した沙弥は少しだけ軽やかに、リビングへと向かった。


◆◇


「おはよう、ましろちゃん」


学校に着いた沙弥は真っ先に、ましろに朝の挨拶をした。


「おはよう! 沙弥ちゃん」


ましろからはいつも通りの返事が帰ってくる。まあ、夢の内容は知らないのだから当然なのだけれど。


「ねぇさやちゃん、聞いて聞いてー」


ましろがくいくいっと沙弥の服の袖を掴む。


「あら、どうしたのましろちゃん?」


それに笑顔で応じる沙弥。夢の内容なんて、気づけばもうほとんど忘れていた。




「そういえば私たちって、もう高学年なんだよね?」




ましろは、いつも通りの笑顔だった。



























「……ええ、そうよ」


静かに答える沙弥。


「という事は、もうお酒とか飲んで良いの?」


「……ダメ」


「じゃあ、ビールは?」


「ビールもお酒よ……」


相変わらずだなぁ。優しい表情で、沙弥はそう思った。

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