ことわざ
「んー、今日も相変わらず疲れたなぁ……」
家に帰って早々、僕はソファに寝転んだ。全身の血液が溶けていくみたいに気持ちが良い。……もはや疲れない日がない。
「……さて、仕事するか」
家に帰ってもやる事がある。教師なんて全然楽な仕事じゃないのだ。例えばテスト。生徒はテストを嫌がってはいるが、正直先生の方だってテストは嫌だ。
生徒にとっては一人一つのテストだが、先生は生徒全員の、何十という答え合わせをしなければならない。それだけで仕事が増える。
「さて……やるか……」
僕はカバンから数十枚のテスト用紙を取り出し、一枚目をパラリとめくった。今日集めたのは確か……。思い出した。国語の宿題だ。
◆
【問1】次のことわざの空欄を埋め、意味を書きなさい。
①( )爪を隠す
【意味】
◆
最初は
果たして、出来ているだろうか……。
◆
氏名 常夏沙弥
①(能ある鷹は)爪を隠す
【意味】いざという時まで真価を見せずにおく事
◆
「うんうん、よく出来てる」
ちゃんと出来ているようでなによりだ。というか鷹が漢字で書けるの凄いな……。大きくマルをして、僕は次のプリントに移った。
そう、答え合せはテスト用紙の数が多い場合は、一枚ずつやるより一問ずつテスト用紙を変えてマル付けした方が効率が良いのだ。それに、同じ問題を連続でマル付けした方が答えが同じなため採点ミスも無く集中力も続く。
漢字の書き取りで、部首だけいっぺんに書く生徒を時々見かけるが、それと同じ気持ちかも知れない。
さてさて、次の子はどうだろう。
◆
氏名 樫本青葉
①(脳あるタカは)爪を隠す
【意味】有能な人は、いざという時になるまで力を見せないこと。
◆
「あー惜しいなあ。これ、結構勘違いしてる人多いんだよなー」
そう、『脳』と書くのは間違いで、正しくは『能』なのだ。社会人でも実は間違えている人も多いらしい。
「でも意味は合ってるから△かな」
点数は半分あげる事にした。
次。
◆
氏名 夜之森月子
①(脳あるタカは)爪を隠す
【意味】脳みそのあるタカは爪を隠す事ができます。
◆
「違うなぁ……」
脳の漢字も間違ってるし、惜しいけどバツかなぁ……。
次
◆
氏名 藍原のどか
①(霊柩車が目の前を通ったら親指の)爪を隠す
【意味】親指の爪から霊が入ってくるから、穢れが入らないように注意しましょう、って話ですよね。
◆
「話ですよねってなんだよ」
今の小学生もこういう迷信って信じるのか……?
と言うか「穢れ」が漢字で書けるなら本当は答え分かってるだろ。
次!
◆
氏名 桜凱旋
①(わっ! ネイルがはがれた!)爪を隠す
【意味】身だしなみは大事
◆
「知るか!」
ことわざが出来た時代にネイルなんて無いし。そもそも「!」がことわざに使われてる訳がない。
もっと言うと「わっ!」がことわざに使われてる訳がない。
「わっ! 猿が木から落ちちゃいました!」
とか
「わっ! 早起きしたら三文得しちゃいました!」
とか有ったら絶対おかしい。
次。
◆
氏名 神崎黒音
①(母親に剥がされた両指の爪。これが児童相談所の職員に見つかればきっと、私は母と引き離され、一緒に暮らす事は出来なくなるだろう。最低な、だけれど大好きな母を庇うため、私は勉強机にそっと)爪を隠す
【意味】何があっても親は親
◆
「おかしいだろこれ」
もう本人も絶対合ってると思ってないでしょこれ。小説の一節が出来ちゃってるよ。あと、ことわざ本文より意味の方が短いってそれ、ことわざの定義が崩壊してない?
気を取り直そう……。少し悩んで、僕は②の答え合せをする事にした。
◆
②三つ子の魂( )
【意味】
◆
これも意味を答えるのは割と難しいかも知れない。「3つ子」は三人兄弟という意味の三つ子ではない点には注意してほしい。
「……」
取り敢えず、沙弥ちゃんの回答から見よう。
◆
氏名 常夏沙弥
②三つ子の魂(百まで)
【意味】
幼い時の性格は、歳を取っても変わる事がない。
◆
「相変わらず完璧だなぁ……」
家でどんな勉強してるか教えてほしいくらいだ……。正直優秀すぎて時々引くレベル。
次見よう。この調子が続くと良いけど……。
◆
氏名 藍原のどか
②三つ子の魂(は浄化された)
【意味】成仏成功!
◆
「……」
そんなドッキリ大成功!みたいなノリで来られても困るし。
次!
◆
氏名 桜凱旋
②三つ子の魂(を喰らう魔獣)
【意味】こわい
◆
「こわいってなんだよ」
意味が完全に感想なんだけど。いや、実際そんな魔物いたら怖いだろうけど。
次!
◆
氏名 乃木ましろ
②三つ子の魂(を舐めるおっさん)
【意味】キモい
◆
「いやいや」
字面がヤバすぎる。おぞましい絵が頭に浮かんでしまった……。過去の人々は小さな子供の魂を舐めるおっさんから何を学んだのだろう。絶対何も学んでない。
次!
◆
氏名 神崎黒音
②三つ子の魂(が大好きなロリコン)
【意味】不審者
◆
「なんだこれ」
なんだよ三つ子の魂が大好きなロリコンって。確かに三つ子の魂が大好きなロリコンがいたら絶対不審者だけど……。
【不審者情報】
帰宅途中の女子児童に対して「俺、三つ子の魂大好きなロリコンやねん」と声をかける事案が発生しました。
「なんだこれ」
絶対魂抜き取る系の妖怪だと思う。
次!
◆
氏名
②三つ子の魂(を喰らう悪しき者)
【効果】攻/1900 守/500
このモンスターが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキからカードを2枚までドローする。
◆
「何の話だよ」
オリジナルのカードゲームを作る問題じゃないからねコレ? あと効果って言っちゃってるし。
次!
◆
氏名 夜之森月子
②三つ子の魂(百万で)
【意味】3歳の子供が100万円で売り買いされる。奴隷市場では日々、そんな非人道的な行為が繰り返されています。人が人の命に値段をつける。本当にそれで良いのでしょうか?
参考文献
世界の貧困と向き合う 未来堂新書 P156〜P157
◆
「参考文献ってなんだよ!」
大学のレポートかよ。
「……よし! 今日は寝る!」
今日はもう良いや。疲れた。明日ちょっと怒ろう。
何も考えず、僕は静かにベッドインした。おやすみなさい。
★おまけ★
【ことわざを巧みにあやつり会話をする女子小学生達の様子】
「ねぇねぇ、昨日やってた映画見た?」
『見た見た〜。めっちゃ三つ子の魂を喰らう魔獣※って感じだった〜』
※こわい。
「だよねー! 私もあまりに三つ子の魂を喰らう魔獣※過ぎて夜眠れなかったよ〜」
※こわい
『でも、折角良い所だったのに、ママに寝ろって言われたから最後まで見れなかった!』
「えー。チサちゃんのお母さん厳しいんだ」
『そうなの!ウチのママってめっちゃ厳しいんだよ! いっつも怒ってるし……。ママ、私の事嫌いなのかな……』
「大丈夫だよ! 母親に剥がされた両指の爪。これが児童相談所の職員に見つかればきっと、私は母と引き離され、一緒に暮らす事は出来なくなるだろう。最低な、だけれど大好きな母を庇うため、私は勉強机に爪を隠す※って
※何があっても親は親
『そうかな……。うん、ありがと』
「あ、そういえば知ってる? 最近ここら辺、三つ子の魂が大好きなロリコン※が出るらしいよー」
※不審者
『え〜! メッチャ三つ子の魂を舐めるおっさん※って感じ〜』
※キモい
「気をつけて帰らないとね」
『うん』
「……あれ、チサちゃん背中に何か付いてるよ」
『えっ、なになに?』
「うわ!芋虫だ! 三つ子の魂を舐めるおっさん※!」
※キモい
『えーやだ! めっちゃ三つ子の魂を舐めるおっさん※!』
※キモい
「キャー! 三つ子の魂を舐めるおっさん※!」
※キモい
『イヤー! 三つ子の魂を舐めるおっさん※!』
※キモい
「キャッ! 三つ子の魂を舐めるおっさん※!」
※キモい
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