自己紹介
【前回までのあらすじ】
普段開けない引き出しを開けたらなんか見覚えのない
何十枚という色紙の束。一瞬何か恐ろしい謎や陰謀にでも巻き込まれた気分になったが、すぐにこの
「……思い出したぞ」
これは今、自分が担当している生徒が、
「自己紹介かぁ……」
自己紹介とは第一印象。ある意味人間付き合いで最も大切な部分だ。例えば自分の失敗談を話すとする。第一印象が良ければ。それは笑い話、楽しい自虐ネタになる。しかし、第一印象が悪ければ。それはその人のダメさ加減をただ印象付けるだけになる。これは心理学の世界で『初頭効果』と言われている。ふとそんな、教育学部の授業で習った話を思い出した。
……さて。
「……折角だし、見てみようかな」
本来は生徒の性格を知るために貰っていた自己紹介カードだが、今となってはもう順序が逆になってしまった。が、それが逆に興味をそそる。ややドキドキしながら、僕は見つけた紙の一枚目に
◆
4年
◆
この子は真面目で明るくて成績も普通に良い、平凡な表現だがすごく『良い子』だ。気になる所はやや口調が男っぽい所ぐらいだろうか。どれどれ、どんな自己紹介を書いていたのだろう。
◆◇
初めまして! 桜凱旋です! 桜が苗字で凱旋が名前です。友達からは『センちゃん』と呼ばれているので、みんなもセンちゃんって呼んでください!
好きなもの→ケーキ
嫌いなもの→フランス
です! よろしくだぜ! 「お前の名前、凱旋門みたいだな」って言ったら殺す♡
◆◇
「過去にどれだけ名前でイジられたんだ……」
『嫌いなものフランス』はもはやフランスとばっちりじゃないか。『殺す』だけ赤ペンで書いてあるのが怖い。
初めてこの子に会った時『変わった名前だね、ナポレオンに好かれそう(笑)』って言おうか迷ってたが、今となっては言わなくて本当良かった。過去の自分グッジョブ。次見よう。
◆
4年
◆
凛ちゃんか。この子は大人しくて言葉遣いも丁寧な、優等生っぽい印象だ。日本に来てまだ1年と聞いていただけに、最初は日本語が上手くて超ビビった。
『コンニチワ、ヨロシクネ』みたいなノリで挨拶したら『あっ、そういうの大丈夫ですよ?』って言われてちょっと泣いた思い出。きっと知的な自己紹介をしている事だろう。
◆◇
初めまして。中国から来ました梁凛麗と申します。
最近街を歩いていたら『くらえ! 黄砂!』と言いながらきな粉を投げつけてくるおじさんに出会いました。しかし、私は迫り来るきな粉を偶然持っていた粘着性の餅でガード、結果きな粉餅を手に入れました。
というネタを思い付いたのですが、どうですか?
◆◇
「…………」
……どうですかって言われても『50点くらいかな?』としか答えられない。粘着性の餅ってなんだよ多分それ普通の餅だよ。
よく考えたら『くらえ! 黄砂! と言いながらきな粉を投げつけてくるおじさん』ってなんだよ……。
……次見よう。
◆
4年
◆
あー
最初は『優秀な子だね』なんて職員室で話題になっていたらしいが、2年3年と経つ内、段々『普通じゃないな……』なんて話になり、今では怖がられているらしい。
後、この子は一年生の時に『わたしは友達が欲しいとは思いません。勉強時間の方が大事です。もしも私に話しかけるなら、勉強よりも価値のある話が出来る自信がある人だけにして下さい』という伝説の自己紹介をしたらしい。怖っ。
「うーん。でも今は、全然そんな冷たい雰囲気感じないけどなあ……」
今は普通に友達と、楽しそうに会話している姿をよく見かける。うーん。去年の自己紹介にはどんなことを書いてるんだ。
◆◇
好きなもの:同じクラスのましろちゃん
◆◇
「めっちゃデレてる……」
自己紹介にはその一文しか書かれていなかった。伝えたい事それだけしか無いのか……。まあ微笑ましくて良いと思う。正直少し心が癒された。気分がノッて来たので次行こう。
◆
4年 神崎黒音
◆
この子は成績は残念だけど、見ていて楽しい子だ。この前『水素水を飲み過ぎると体に水素が溜まって、いずれ引火して爆死するって本当かなのかしら……?』と泣きそうな顔で聞かれた。『なんだそれ……』以外の感想が浮かばなかったが、本人は本気で心配しているらしかったので、取り敢えずそういう事は無いと伝えておいた。子供は発想が柔軟で良いなぁと思った瞬間でもあった。さて、どんな自己紹介をしている事やら。
◆◇
1999年に地球が滅ぶと聞きました。すごく恐ろしいですね……。でも、残された時間を大切に生きましょう……。
【遺言】
財産は家族に譲ります。
◆◇
「なにこれ! 怖っ! 」
まず大前提、1999年は遠の昔に過ぎ去っている。今は2016年だ。いったいこの子は
「……ちょっと休憩しようかな」
斜め上の自己紹介が多くて少し疲れてしまった。先に夕食だけ摂ろう。僕はおもむろに立ち上がり、キッチンへと向かった。
◆◇◆
「へぇ……肉じゃがってカビ生えるんだぁ……」
一人、小さめの鍋を眺めながら呟く。目の前には青と白で彩られた肉じゃががあった。吸い込むと肺がやられそうな胞子が飛んでいる。こわい。鍋ごと捨てよう。僕は決意した。
そんなこんなでカップラーメンを食べた僕は、改めて自己紹介カードに目をやる。
◆
4年 乃木ましろ
◆
この子が、常夏沙弥ちゃんの自己紹介に出てきた子だ。大人しくて人畜無害というか、小動物みたいな印象を受けた覚えがある。かわいい。さてさて、どんな自己紹介やら。
◆◇
はじめまして! 乃木ましろです! ねこがすきです! 家ではミーちゃんというねこをかっています!かわいいです! ねこをかっている人を見るときんしんかんを感じます! よろしくね!
◆◇
「
◆
四年
◆
月子ちゃんか。この子は成績は良いのだが、どうも抜けている所がある。5年生になってしばらく経つが、いまだにテストの名前欄に4年、と書いてあったりする。かわいい。
◆◇
はじめまして。夜之森月子です。最近お母さんの影響でヨガを始めました。すごく楽しいです。もう毎日ヨガりまくってます。皆さんも一緒にヨガりましょう!
◆◇
「ヨガをする事をヨガるって略すのやめて!」
もし言ってたら今度注意しよう。次。
◆
四年 樫本青葉
◆
この子はコミュ力が凄い。クラスの全員と友達なのでは、とさえ感じる時がある。見たところ、特に月子ちゃんと仲が良いようだ。
◆◇
こんにちは! 突然ですが、おめでとうございます!
100万円が当選しました! 換金は下記のURLでお願いします!
◆◇
「自己紹介しろ!」
ひと昔前の迷惑メールみたいな文面だ。念のためURLを検索してみたところ、なんか
◆
四年 藍原のどか
◆
藍ちゃんか。この子は一見癒し系の大人しくて可愛らしい子なのだが、どうも時々裏というか、なんだか闇の部分を感じる時がある。僕の事も、ただのロリコンだと思ってそうな雰囲気を感じたりする。
◆◇
こんにちわ! 突然ですが、ヨガります!
◆◇
「適当か!」
他の子の自己紹介を見て適当に書いたのだろうか。正直意味が分からない。『なんの宣言だよ!』って感じだ……。
「……うーん、なんか疲れたなぁ……。とりあえず今日は寝るか」
僕は自己紹介カードを元あった場所にしまい、ベッドに横になった。自己紹介カードの存在を再び忘れてしまうのはまた別の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます