自己紹介

【前回までのあらすじ】

普段開けない引き出しを開けたらなんか見覚えのない色紙いろがみの束が出てきた。


 何十枚という色紙の束。一瞬何か恐ろしい謎や陰謀にでも巻き込まれた気分になったが、すぐにこの色紙いろがみの正体に思い当たった。


「……思い出したぞ」


 これは今、自分が担当している生徒が、去年・・書いた自己紹介カードだ。僕は今年初めてクラス担任を受け持つ新人なので、その受け持つクラスの生徒を少しでも知ろうと、保管されていたこの自己紹介カードを貰っていたのだ。もちろん今年と去年はクラスが違うので、自分の受け持つ生徒全員分をかき集めるのにはかなり苦労した。なのに、そういや貰ったまま見るの忘れてた……。始まってすぐは結局、忙しさに右往左往していて見ている余裕がなかったのだ。


「自己紹介かぁ……」


 自己紹介とは第一印象。ある意味人間付き合いで最も大切な部分だ。例えば自分の失敗談を話すとする。第一印象が良ければ。それは笑い話、楽しい自虐ネタになる。しかし、第一印象が悪ければ。それはその人のダメさ加減をただ印象付けるだけになる。これは心理学の世界で『初頭効果』と言われている。ふとそんな、教育学部の授業で習った話を思い出した。




 ……さて。




「……折角だし、見てみようかな」


 本来は生徒の性格を知るために貰っていた自己紹介カードだが、今となってはもう順序が逆になってしまった。が、それが逆に興味をそそる。ややドキドキしながら、僕は見つけた紙の一枚目にをやった。真っ先に生徒の名前の欄を見る。


 ◆


 4年 桜凱旋さくらがいせん


 ◆


 この子は真面目で明るくて成績も普通に良い、平凡な表現だがすごく『良い子』だ。気になる所はやや口調が男っぽい所ぐらいだろうか。どれどれ、どんな自己紹介を書いていたのだろう。



 ◆◇



 初めまして! 桜凱旋です! 桜が苗字で凱旋が名前です。友達からは『センちゃん』と呼ばれているので、みんなもセンちゃんって呼んでください!


 好きなもの→ケーキ


 嫌いなもの→フランス


 です! よろしくだぜ! 「お前の名前、凱旋門みたいだな」って言ったら殺す♡



 ◆◇



「過去にどれだけ名前でイジられたんだ……」


『嫌いなものフランス』はもはやフランスとばっちりじゃないか。『殺す』だけ赤ペンで書いてあるのが怖い。

 初めてこの子に会った時『変わった名前だね、ナポレオンに好かれそう(笑)』って言おうか迷ってたが、今となっては言わなくて本当良かった。過去の自分グッジョブ。次見よう。


 ◆


 4年 梁凛麗リャンリンリー


 ◆


 凛ちゃんか。この子は大人しくて言葉遣いも丁寧な、優等生っぽい印象だ。日本に来てまだ1年と聞いていただけに、最初は日本語が上手くて超ビビった。

『コンニチワ、ヨロシクネ』みたいなノリで挨拶したら『あっ、そういうの大丈夫ですよ?』って言われてちょっと泣いた思い出。きっと知的な自己紹介をしている事だろう。



 ◆◇



 初めまして。中国から来ました梁凛麗と申します。


 最近街を歩いていたら『くらえ! 黄砂!』と言いながらきな粉を投げつけてくるおじさんに出会いました。しかし、私は迫り来るきな粉を偶然持っていた粘着性の餅でガード、結果きな粉餅を手に入れました。






 というネタを思い付いたのですが、どうですか?



 ◆◇



「…………」


 ……どうですかって言われても『50点くらいかな?』としか答えられない。粘着性の餅ってなんだよ多分それ普通の餅だよ。


 よく考えたら『くらえ! 黄砂! と言いながらきな粉を投げつけてくるおじさん』ってなんだよ……。


 ……次見よう。


 ◆


 4年 常夏沙弥とこなつさや


 ◆


 あーこの子沙弥ちゃんか。確か、この子はこれまでおこなったテストが全教科全て100点満点の、優秀というかもはや化け物みたいな生徒だ。これまで、というのは今受け持っている5年生の間、だけの話ではない。1年生から今まで、という意味だ。

 最初は『優秀な子だね』なんて職員室で話題になっていたらしいが、2年3年と経つ内、段々『普通じゃないな……』なんて話になり、今では怖がられているらしい。


 後、この子は一年生の時に『わたしは友達が欲しいとは思いません。勉強時間の方が大事です。もしも私に話しかけるなら、勉強よりも価値のある話が出来る自信がある人だけにして下さい』という伝説の自己紹介をしたらしい。怖っ。


「うーん。でも今は、全然そんな冷たい雰囲気感じないけどなあ……」


 今は普通に友達と、楽しそうに会話している姿をよく見かける。うーん。去年の自己紹介にはどんなことを書いてるんだ。



 ◆◇



 好きなもの:同じクラスのましろちゃん



 ◆◇





「めっちゃデレてる……」


 自己紹介にはその一文しか書かれていなかった。伝えたい事それだけしか無いのか……。まあ微笑ましくて良いと思う。正直少し心が癒された。気分がノッて来たので次行こう。



 4年 神崎黒音



 この子は成績は残念だけど、見ていて楽しい子だ。この前『水素水を飲み過ぎると体に水素が溜まって、いずれ引火して爆死するって本当かなのかしら……?』と泣きそうな顔で聞かれた。『なんだそれ……』以外の感想が浮かばなかったが、本人は本気で心配しているらしかったので、取り敢えずそういう事は無いと伝えておいた。子供は発想が柔軟で良いなぁと思った瞬間でもあった。さて、どんな自己紹介をしている事やら。



 ◆◇



 1999年に地球が滅ぶと聞きました。すごく恐ろしいですね……。でも、残された時間を大切に生きましょう……。


【遺言】


 財産は家族に譲ります。



 ◆◇



「なにこれ! 怖っ! 」


 まず大前提、1999年は遠の昔に過ぎ去っている。今は2016年だ。いったいこの子は何時いつを生きているのだろう。あと地球が滅ぶなら遺言意味なくない?


「……ちょっと休憩しようかな」


 斜め上の自己紹介が多くて少し疲れてしまった。先に夕食だけ摂ろう。僕はおもむろに立ち上がり、キッチンへと向かった。




◆◇◆




「へぇ……肉じゃがってカビ生えるんだぁ……」


 一人、小さめの鍋を眺めながら呟く。目の前には青と白で彩られた肉じゃががあった。吸い込むと肺がやられそうな胞子が飛んでいる。こわい。鍋ごと捨てよう。僕は決意した。


 そんなこんなでカップラーメンを食べた僕は、改めて自己紹介カードに目をやる。


 ◆


 4年 乃木ましろ


 ◆


 この子が、常夏沙弥ちゃんの自己紹介に出てきた子だ。大人しくて人畜無害というか、小動物みたいな印象を受けた覚えがある。かわいい。さてさて、どんな自己紹介やら。



 ◆◇



 はじめまして! 乃木ましろです! ねこがすきです! 家ではミーちゃんというねこをかっています!かわいいです! ねこをかっている人を見るときんしんかんを感じます! よろしくね!



 ◆◇



誤字ごじってる誤字ってる!」


 親近感しんきんかんだよ! 近親姦きんしんかんを感じるとかなにそれ怖いんだけど。……悪気は無さそうなので忘れて次見よう。


 ◆


 四年 夜之森月子よるのもりつきこ


 ◆


 月子ちゃんか。この子は成績は良いのだが、どうも抜けている所がある。5年生になってしばらく経つが、いまだにテストの名前欄に4年、と書いてあったりする。かわいい。



 ◆◇



 はじめまして。夜之森月子です。最近お母さんの影響でヨガを始めました。すごく楽しいです。もう毎日ヨガりまくってます。皆さんも一緒にヨガりましょう!



 ◆◇



「ヨガをする事をヨガるって略すのやめて!」


 もし言ってたら今度注意しよう。次。


 ◆


 四年 樫本青葉


 ◆


 この子はコミュ力が凄い。クラスの全員と友達なのでは、とさえ感じる時がある。見たところ、特に月子ちゃんと仲が良いようだ。


 ◆◇



 こんにちは! 突然ですが、おめでとうございます!


 100万円が当選しました! 換金は下記のURLでお願いします!


 https://kakuyomu.jp



 ◆◇



「自己紹介しろ!」


 ひと昔前の迷惑メールみたいな文面だ。念のためURLを検索してみたところ、なんかさびれた小説投稿サイトが出てきた。特に感想はない。小説投稿サイトなんてどうでも良いから、さっさと別の子の自己紹介を見よう。


 ◆


 四年 藍原のどか


 ◆


 藍ちゃんか。この子は一見癒し系の大人しくて可愛らしい子なのだが、どうも時々裏というか、なんだか闇の部分を感じる時がある。僕の事も、ただのロリコンだと思ってそうな雰囲気を感じたりする。



 ◆◇


 こんにちわ! 突然ですが、ヨガります!


 ◆◇



「適当か!」


 他の子の自己紹介を見て適当に書いたのだろうか。正直意味が分からない。『なんの宣言だよ!』って感じだ……。



「……うーん、なんか疲れたなぁ……。とりあえず今日は寝るか」


 僕は自己紹介カードを元あった場所にしまい、ベッドに横になった。自己紹介カードの存在を再び忘れてしまうのはまた別の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る