お悩み相談
あらすじ
小学校の教師である野村は『お悩み相談ボックス』という、生徒が悩みを書いて入れておくための箱の中身を確認するよう頼まれる。しかし、その中身は想像をはるかに超えるもので……
「んー、今日も相変わらず疲れたなぁ……」
家に帰って早々、僕はソファに寝転んだ。全身の血液が溶けていくみたいに気持ちが良い……。
「…………さてと。先輩方に頼まれたお仕事をしないとなぁ」
ほんの少しだけ毒づいた後、僕は体を起こした。そして、数枚の用紙をカバンから取り出す。この用紙は学校に置かれた『お悩み相談ボックス』に入っていたものだ。
お悩み相談ボックス。僕が赴任(ふにん)した小学校にそれが置かれてから、早一週間が過ぎた。保健室の入り口すぐそばに置かれた長方形の物体。上の面だけに小さく、まるで貯金箱のように穴が開けられている。
ここに何か、人に言えないような悩みがあればそれを書いて入れて欲しい。そういう想いを込めて設置されたらしい。
……もしかしたら、本当に、助けを求めている生徒がいるかもしれない。新人の自分にボックスの中身の確認、整理の仕事を押し付けてきた古株の先生への恨みは、今は忘れることにしよう。僕はおもむろに一枚目をめくった。
◆◇
5年生 男子
じつはぼくの家にはお父さんがいません。お母さんしかいません。ぼくがお母さんに「お父さんはいないの?」と聞くと「あなたにパパはいないの!」「誰ともつきあった事なんてないのよ……」とお母さんはいつも言います。
◆
途中まで読んで、僕はなるほど、と大体の事情を察した。無責任な男に対する怒り、生徒に対する同情が湧いてくる。少し目頭を熱くしながら、僕は続きを読み進めた。
◆
誰とも付き合った事がないのに妊娠……? これは俗に言う「
そうなると、僕はキリストと同等の立場の人間、つまり神という事になりますよね? そう思った瞬間、世界の全てが陳腐に見えてきました。……どうすれば良いですか?
◇◆
「知るか!」
僕は悩みが書かれた用紙を乱暴に投げ捨てた。『世界の全てが陳腐に見えてきました』じゃねーよ知らないよ!
とりあえず、返事のところに「君は人間」とだけ書いておいた。
しかし初っ端からひどいものを見た。涙もすっかり枯れた。次だ次。
◆◇
5年 女子
コカ・コークっていう炭酸飲料ありますよね? 私、それが好きでよく飲んでいました。しかし最近コカ・コークという名称の「コカ」がコカインの「コカ」から由来していると知りました。
私の体は薬漬けという事でしょうか? つまり、私の体はシャブ漬けという事でしょうか? そういえば最近、依存性を感じます。
◆◇
「大丈夫だよ! 安心して!」
コカインが入っていたのは開発当時だけだ。無論今は入っていない。
というか最後の『そういえば最近、依存性を感じます』ってなんだ。漠然としすぎではないだろうか。返事には「今のコークにはコカインは入っていません」と書いておいた。
いまいち悩みに深刻さが感じられないなぁ。次行こう。
◇◆
六年 女子
こんにちは。私、最近まで「
◆◇
「これはラジオじゃない!」
なんだよリクエスト曲って。というか君が代流しても小学生絶対楽しくないと思うけど……。
あと投稿内容は微妙にツボった。
とりあえず「恥をかくことで君は大人になったんだよ」と返事を書いておいた。次。
◆◇
四年 女子
こんどの運動会で「
◇◆
「ソーラン節だと思います」
次行こう。
◆◇
五年 女子
先生がやらしい目で見てきます。5年2組担任の野村先生です。キモいです。どうにかしてもらえませんか?
◆◇
「僕の事名指しするのやめて!」
突然びっくりしたわ! 次!
◇◆
五年 女子
5年2組の野村先生はおそらく女子の事をやらしい目で見ています。なんとか殺せませんかね?
◆◇
「殺すとか言わないで!」
泣きそうだから次!
◆◇
五年 女子
5年2組の野村先生はおそらく女子の事をやらしい目で見ています。なんとなく殺せませんかね?
◇◆
「なんとなく殺すってなんだよ!」
次ー!
◆◇
五年 女子
5年2組の野村先生は生徒の事をやらしい目で見ています。
困りますね。
◇◆
「お悩み相談ボックスだぞ! 相談しろ! これただの報告じゃないか!」
しかも真実とは異なる! 次! 次!
◆◇
五年 女子
5年2組の野村先生がこの前援交しているところを目撃しました、という話を思いつきました。どうですか?
◇◆
「思い付いただけならそれは妄想だ!」
どうですかってなんだよ! ダメだよ! ダメに決まってるよ! 次!
◇◆
五年 女子
5年2組の野村先生はロリコンなのでパンツを見せれば成績を上げてくれると
◆◇
「嘘だよ!」
なんでそんな噂広まったんだ! 次!
◆◇
五年 女子
5年2組の野村先生がロリコンだという噂を広めてみました。広まりましたか?
◇◆
「広まってるよ!!!」
お前のせいでな!
ペラっともう一枚めくると、「5年2組の」という文字が見えた。泣いた。
「……疲れた」
今日はもう良いや。何も考えず、僕は静かにベッドインした。おやすみなさい。
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