女子小学生が駄菓子屋に来た話
「ったっく、なんで俺が駄菓子屋の店番なんて……」
古びた駄菓子屋のカウンターで、紫炎(しえん)はため息をついた。せっかく大学が休校の日だというのに、ほとんど人も来ない時代遅れの駄菓子屋の店番。たしか爺さんは、病院に行くとか言っていたっけ。
理由が理由なので、店番を断るわけにもいかなかった。
「……はぁ……一日くらい閉めりゃあ良いのに」
爺さん曰く『年中無休なのが誇り』とのこと。こんな夏場の暑い時期に、誇りのためだけに駆り出される身にもなって欲しい。
「……」
カウンターから外を見るが、お客どころか人通りすらゼロだ。そろそろ店仕舞いの好機なんじゃないの? そう思いながらも紫炎はスマホのゲームアプリを起動した。
「すみません」
すぐ近くで少女の声が聞こえる。少々驚きつつも顔を上げると、小学生、高学年? くらいの女の子が立っていた。お客くるんだな。紫炎は少し感心した。
「まいるどせぶん」
開口一番。
「……子供にタバコは売れない」
「あっ、まちがえた」
「どんな間違いだよ」
「めびうす」
「呼び方違うだけで同じものだよそれ!」
「じゃあシガレット」
「……自分で探して、カウンターまで持って来てくれ」
「……むぅ」
女の子はむくれながらシガレットを探しに行った。その背中をしばらく見ていた紫炎だったが、すぐに興味は失われ手元のスマホに視線は移った。
「はい」
「お、持って来たか」
「めびうす」
「結局タバコじゃねぇか!」
「メビウス」
「言い方変えても駄目だ」
「Mobius」
「英語で言っても駄目だ」
「Möbius」
「ドイツ語で言っても駄目だ」
「Умрите」
「何語だよ」
「無学(むがく)な男め」
「なんで急にdis(ディス)られたんだよ」
「でぃする? なにそれ」
「ああ、わかんないか」
「わたくしネットスラングには疎いので」
「知ってんじゃねぇか」
なんだこれ。文句の一つでも言ってやろうと少々身構える紫炎。しかし女の子は会話の流れを無視し、なにを思ったのか急に踵を返し、店の奥へとぱたぱたと走って行った。
「……このガキと話すの疲れるな……」
「ねぇ、ちょっとそこのにいちゃん」
奥で女の子が呼んでいる。
「あぁ、変な呼び方するなって」
「いいから、にいちゃんちょっとこっちこいや」
「どこで覚えたんだよそんな言葉」
子供に悪影響を及ぼすテレビやネットはやっぱり規制すべきだな。一瞬そう思ったがすぐに忘れた。
「これほしい」
「ああ」
そこにはきなこ棒の箱が置かれていた。餅みたいなお菓子を爪楊枝で刺したものだ。爪楊枝の先が赤く塗られているとアタリ、もう一本もらえるのだ。
「10円だ」
「はい」
女の子から10円札を手渡された。
「なんでだよ」
「よーし、あたりひくぞー」
「まてまてまて」
「金は払ったぞにいちゃん」
「そのしゃべり方やめんかい。あと10円は硬貨じゃないと駄目だ」
仕方ない、と財布をがさごそ取り出し、女の子は紫炎に硬貨を手渡す。
「よーしあたりひくぞー」
「まてまて、これ日本の硬貨じゃないよね?」
「10ウォン」
「だめだめ、円で払いな」
「10ウォン、日本円にして約80万円の価値」
「それ絶対間違ってるぞ」
「つりはいらない」
「いやいや釣りは出ないし。1ウォン0.1円だし」
「じゃあ100ウォン出す」
ジャラジャラ小銭を差し出してくる。
「日本円で頼む」
「あっ、ドルでもいい?」
「日本円だって言ってるだろ!」
女の子はしぶしぶ10円を1円玉10枚で払った。嫌がらせだった。
「はいよ、一本どうぞ」
「……」
「どした? 取らないのか?」
「どれがアタリかみきわめている」
「そんなのわかりゃあしないよ」
「それはどうかな……そいや」
ハズレだった。
「むぅ」
「ま、そんなもんだよ」
「……じゃあにいちゃん、こっちはいくら?」
女の子は金の延べ棒みたいな箱に入ったチョコレートを指差した。
「これか、100円だな」
「1000ウォンか」
「100円だ」
「1ドルか」
「100円だ」
「10億ジンバブエドルか……」
「ハイパーインフレ!?」
ごちゃごちゃ言いながらも、女の子は100円を1円玉100枚で払った。嫌がらせだった。
「……」
「またアタリの見極めか?」
「集中してるから、黙ってて」
「へいへい」
「これだ!」
がさがさと手に取った箱を開ける女の子。
「あっ!」
「ん、どした」
「当たった!」
「おっマジか」
女の子の手元を見ると、アタリと書かれた厚紙が握られていた。
「けいかくどうり」
「うそつけめっちゃ喜んでただろ」
なんやかんやほほえましい。紫炎も自然と笑顔になった。
「おいにいちゃん、もう一つよこしなさい。われは当たったひと、通称、当人(あたりんちゅ)だぞよ」
「初めて聞いたよそれ、海人(うみんちゅ)のニセモノ?」
「うみんちゅが先にパクった」
「嘘つけ」
「本当といえばうそになる」
「じゃあ嘘じゃねぇか」
「にいちゃん、これもほしい」
さっきから切り替えが早いな。これが若さか。
「これか、黒蜜の麩(ふ)がし」
「うん」
「40円だ」
「400ウォンか……」
「40円だ」
「4ドルか……」
「計算間違ってるぞ」
「……こほん」
そして手渡される1円玉40枚。嫌がらせだった。
「しゃくしゃく」
麩がし特有のふわふわぱりぱりした音が響く。
「あまくておいしい」
「……」
「したざわりなめらか」
「……」
「くちのなかであふれるくろみつ」
「なんか俺も食いたくなってきた」
紫炎は財布から40円取り出し、レジに入れた。
「しゃくしゃく」
「しゃくしゃく」
「のどごしすっきり」
「甘さも控えめ」
「しゃくしゃく」
「しゃくしゃく」
40円の駄菓子を食べる2人。遠目にはまるで兄妹みたいだった。
「なんか懐かしい感じがするなー」
「懐古厨め」
「なんでdisられたし」
「ふふ、なんかにいちゃんとはなしてるの楽しいなー」
「……おう、そりゃどうも」
褒められると気恥ずかしい。
「……ふふ、じゃあそろそろわたし、帰る」
女の子はゆったりした動作で伸びをすると、これまたゆっくりと出口へと歩を進める。
「おう、いつもは爺さんがいるから、かまってやってくれな。こんな古びた駄菓子屋続けてんのなんて、どうせ寂しいからだろうからよ」
「うん、ばいばい、にいちゃん」
チャリン、と紫炎のポケットから嫌がらせの産物、1円玉が落ちた。拾おうと少し女の子から目を離す。顔を上げた時には、既にその姿はなくなっていた。
「せわしないなアイツ」
一人でつぶやき、紫炎は1円玉をレジに叩き込んだのちカウンターの椅子に腰掛けた。
「紫炎、紫炎」
「んん……」
「起きたか、紫炎」
「……爺さん」
どうやら眠ってしまったらしい。店番としてはあまりよろしくない。
「……ああ、ごめん、寝てしまったみたい」
「良いぞ、別に。そういやこの近くで事故があったんだな。ガードレールが派手に曲がっていたぞ」
「へぇ。物騒だな」
他人事みたいに答えた。
「なんでも小学生の女の子が轢かれたって。かわいそうに」
「ふぅん」
一瞬今日出会った女の子の顔が紫炎の頭にチラついた。
後日、大学の帰り道、紫炎は例のガードレールを見つけた。爺さんが言っていた通り、ガードレールは派手にひしゃげていた。
「……」
無意識のうちにガードレールの傍に寄る紫炎。
「にいちゃん」
不意に後ろから女の子の声が聞こえた。振り返る紫炎。そこにはこの前の女の子が立っていた。前に会った時と同じ服装だ。
「ひさしぶりだなにいちゃん」
女の子は紫炎に笑いながら話しかける。
「……なぁ、お前ここで事故に遭ったのか?」
紫炎はまったく無意識のうちに問うていた。
「うん」
なんの億面もなく女の子は答えた。涼しげな風が2人の間を通り抜ける。女の子の長い黒髪が風に揺すられ、たなびいた。
「……成仏できないのか?」
静かに紫炎は言った。
「……はぁ?」
「いや、ここで死んで、地縛霊に」
「しんでない」
「ん?」
「しんでないし」
「事故に遭ったって」
「ああ、けがしたぞ」
「……ああ、まぁそうですよねー」
紫炎は変な雰囲気に飲まれた自分を呪った。
「それよりばかなにいちゃん」
「馬鹿言うな」
「これ」
女の子は紫炎に厚紙を差し出す。
「このまえこうかんしわすれた」
そういやこいつ当たってたな。紫炎はこの前のことを思い出す。
「ふぅん、ああ、じゃあ駄菓子屋行くか」
「うん」
並んで歩く2人は、まるで兄妹みたいだった。
「にいちゃん幽霊しんじてるのか?」
「うっさい」
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