第31話 友だち
そして迎えた十一月最終日曜日。
「とうとう来たちまったなー、決戦の日」
いつになく緊張した面もちで八王子(はちおうじ)が言った。
三種の神器である金髪、八重歯、三白眼。そして赤シャツにボンタン、短ランの標準装備にも気合いがみなぎる。
「そうだな。まあ、楽しんでやろうぜ」
古式ゆかしい番長スタイルの相模(さがみ)が応じた。
「昨日のリハはうまくいったから、大丈夫さ」
照明係の柏(かしわ)が気安く請け負えば、
「むしろウチらが失敗したりして」
音響係の千葉(ちば)がうっすら笑いながら、いらんことを言う。
季節外れの台風は未明に去って、本日は超のつく晴天なり。
一応形式として行なわれるホームルームを終えて窓から外を見下ろせば、学園祭の開始までまだ一時間以上あるというのに、すでに校門の外でたむろする集団が五つ六つ……七つ八つ。
これなら、体育館での演し物の客入りは期待できそうだ。
それぞれの部活で出店などをする生徒は教室を後にし、それ以外の生徒は談笑しつつ普段とは違う雰囲気を楽しんでいる。
ちなみにここ、一年一組の教室はというと、最も通用口に近いという利便性のため、学園祭実行委員会の詰め所として徴発された。一時間後には全員退去しなければならない。
八王子たち「チーム番長|S(ズ)」は、人もまばらとなった教室の後方を広く使い、本日二度目の〝最終〟確認をする。
「いーか。司会が『続いては、プログラム八番、番長Sによる漫才です』と言ったら、まず千葉」
「アタシが『超武闘派乱闘漫才、番長S!』とアナウンスして一秒空け、出囃子をスイッチオン」
「いーぜ、完璧だ。そしたら次に柏」
「出囃子がコーラスに差し掛かったら、すかさずスポットライトをセンターマイクにドーン! だろ?」
「おーよおーよ。んで出囃子がサビに入ったら、プランA。オレが舞台上へ走り出て行く」
「俺が追いかけるようにセンターマイクに寄って行き、回し蹴りされて右手に飛ぶ。そこから間合いを取って、ネタ開始」
「いよっしゃー、完璧だ! イケるぜオレたち」
そう叫ぶ八王子の妙なテンションと目のギラつき具合は、昨日の夜に緊張と興奮であまり寝られなかったことを如実に物語っている。
そのせいか、一転して急にトーンダウンしたかと思うと、三人の仲間たち一人一人と目を合わせ、ガラでもない発言を繰り出した。
「柏に千葉、友だちでもないのに手伝ってくれて、ありがとうな」呆気に取られる二人をよそに、最後は相模を見上げて言う。「オマエも、他人のためにそんな格好までしてバカやってくれて、イイヤツだよなー」
柏と千葉がまず顔を見合わせてから、同時に八王子へ向き直った。
「待った待った。え、八王子さあ、おれたちのことなんだと思ってる?」
「ひどーい、超ショック。アタシらみんな友だちじゃん」
そう言われて次にポカンとするのは八王子だ。
まなざし攻撃力七八九(上限九九九)を誇る三白眼も、今は無害に感じられる。
「いや……友だちになるとかならねーとか、そーゆーやり取りしたことねーじゃん」
「しないよ普通、そんなやり取りは」
「そうだよ王子。結婚じゃないんだからさ、つるんで何かやって楽しかったら、もう友だちっしょ」
柏も千葉も、幼少時から極普通に友だちに囲まれて育った常識人だ。こいつといると楽しい、一緒にいたい――そう感じたらその瞬間から相手を「友だち」のカテゴリに放り込んでいいのだということを、誰に教わるでもなく理解している種類の人間なのだ。
こうした関係の知り合いをいまだかつて持った経験がない八王子は、二人の言葉に困惑するばかり。どさくさに紛れて変な呼ばれ方をしたのに、得意のキレ芸を披露することさえ忘れている。
相方が脳内をハテナだらけにして全然理解していないのを察した相模は、屈んで八王子と目を合わせ、説得するように言う。
「俺は友だちになったタイミング、わかりやすいだろ? 商店街で例の祭があった日、他校の不良にボコられていた俺を助けて、友だちにならないかって聞いてくれたもんな」
「はぁ? 助けるもなにも、オマエはボコらせてやってただけじゃねーか。それに、友だちになろうとかハズカシーこと言うわけねーだろ。相方にならねーか、って言っただけだぜ」
「いや、それが……じゃあその〝相方〟に、友だちという意味は含まないのか?」
「含まねーよ。オレ自慢じゃねーけど生まれてこの方、友だちがいたことねーからな」
自信満々に寂しいカミングアウトをするヤンキーモドキ。けれども悲壮な感じにならないのは、そばにいる三人がすでに、その過去を覆していたからなのだろう。
「友だち作るより先に相方作るってさ、なかなかないよ、うん。すごいじゃん」
「そうそう。王子が相模を躊躇なく殴れるのも、殴られた相模が笑ってられるのも、友だちだからだよ」
千葉の、そして柏の発言が、場の空気をいよいよおかしくした。
誰かと友だちになるというのを、それこそ好きな人に「付き合ってください」と申し込むくらいの出来事だと思い込んでいた八王子に、この展開はついていけない。
だからせいぜい、ひとまずの自由行動を宣言することで、この場に決着をつけた。事実上の戦線離脱とも言う。
「まあ、そんなのはどーだっていいんだよ。いいか、十五時二十五分だからな。二十分前、五分には持ち場についてろよ」全員の目を順繰りに見渡してから、くるりと背を向ける。
「じゃー、あとでな」
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