第27話 番長S
相模(さがみ)のイメージチェンジは、あっという間にクラス外にまで知れ渡ることとなる。二時限目との間の十分休みには、他のクラスの連中が見物にやってきた。
後部ドアが開いたところという至近距離で、やれ「なんて格好だ」「頭おかしいんじゃねーの」と言われても、相模はまったく動じていない。聞こえていないのではないかと思いたくなるほどに、顔色一つ変えないのだ。
始業ベルが鳴るたびに、各教科の担当教師が二度見、三度見でプレッシャーをかけてくる。三時限目、四時限目となるに従い、別のクラスどころか上級生たちまでもがやってきては、一メートルと離れていないところから野次を飛ばしてくる。
ここまでくると、さすがにただ単に鋼鉄の心臓というだけではすまないように、八王子(はちおうじ)には思えた。相模が物理的な痛みに強いのは熟知していたが、精神的なダメージまで通用しないとはどういうことか。この男は、想像も及ばないほど鈍感なのかもしれないと、あきれつつも感心せずにはいられない。
(つーかオマエ……ゾンビの分際で人見知りの設定どこ行ったよ)
メンタルの弱さを自覚している八王子は、自分があのバンカラファッションで過ごさなければならなくなった場合どうするだろうと想像して、気分が悪くなった。
まずは来て早々、罰ゲームでやってるんです、こんな格好は自分でも恥ずかしいんです――的なアピールをするだろうなと思いつく。その間もおそらく、赤面するわ汗は止まらないわで大変なことになっているはず。穴があったら頭からタッチダウンだ。そして、二時限目が終わる頃にはギブアップで間違いない。
「オマエ、超スゲーな」
「うん?」
「首傾げんな。そこは腹から声出して『あぁん?』だろーが」
「おお、かたじけねぇ。何の用じゃボケ」
「そうそう、ソレだよ!」興奮気味に頷いてから、手の中の小銭を鳴らしながら尋ねる。「学食でハドルすっぞ。弁当持って来いよ」
「おう」
五分後、八王子は戦利品の総菜パンを、相模は食パン一斤を手に、学食ど真ん中の席を陣取っていた。
周囲のどよめきがハンパない。軽く人垣ができているうえ、周辺の席についている生徒たちは、二人の席を食事中のテレビ代わりに観賞してくださっている。ただしより正確に言うのなら、百を越えようかというまなざしは、八王子をきれいにスルーして、その正面にいる相模ただ一人に注がれていた。
「オマエさー、メチャメチャガン見されてて食いづらくねーの?」
「なんで?」
「なんでって……おい、アゴ」
「おう、スマン」
気を抜くと似合いすぎてちょっといい感じになってしまうので、気づいたときは毎回アゴ出しの指示を出そうと決める。
一応八王子の求めるイメージを維持しようとしているのが、いつものように行儀よく一口大にちぎらず食パンの塊へ豪快にかぶりつき、言われたとおりにアゴを突き出したまま咀嚼する相模。やや時間をかけて飲み込んでから、「しかしなぁ」と番長キャラを忘れずに切り出した。
「見られているぶんには一向に構わんが、アゴ出していると食いづらいぜ、とんでもなく」
「あ、見られてんのは平気なんだ」
「当たり前だろうが。痛くも痒くもねぇんだから」
ここまで言い切るとはと、八王子は恐れ入る。
人の視線をあれほど恐れ、フルフェイス系防具を装備しなければ漫才なんてできないとダダをこねていたのはドコのドイツだったか。〝番長〟というキャラをかぶっただけで、この落ち着きぶり。
八王子は普段から〝ヤンキー〟というキャラをかぶっているが、相模ほどには割り切れないでいた。
相模のことを散々ヘタレ扱いしているが、自分のほうがヘタレ野郎な気がしてきて自己嫌悪。
クソッタレが……。
急かされているような煽られているような感覚に、焦燥感を覚えた。イライラが渦巻いて、食いしばった歯の隙間から今にもあふれそうだ。
そのとき。
(違うだろ)
今さっき「クソッタレ」と思った自分ではない何かが、八王子の心の中で異を唱えた、気がした。
おい待てよ。内なる自分との対話に割り込んでくるヤツがいるかよ。
そう思ったのに――むしろ念じるくらい強い気持ちで言ったつもりだが、心の自分の声とそっくり同じ声が、八王子の意志とはまったく関係ないことを語り始める。
(|オマエ(オレ)は、|オマエ(オレ)の中のマイノリティだ)
完全にダウト。だってオレ、マイノリティの意味、詳しく知らねーもん。
オマエこそオレじゃねーくせに何してくれてんだ。失せろザコ。
(本当の|オマエ(オレ)は人嫌いだが内向的じゃないし、欲しいモノを手に入れるためなら手段を選ばない。腹を空かせた狼みたいに手に負えない、ヤバいヤツだ)
今が運命の分岐点。目には見えないが、確かにそれを知覚している。
八王子は吹っ切れた。やるべきことはわかっていた。あとは、それをやるかどうか選択するだけという状態にある。
今日帰ったら、まず逆プリンになった髪をどうにかしよう。光物のアクセサリーも探してみるか。
決まり、だ。
そう思ったとたん、時間の感覚が戻ってきた。
「ま、おかげでコンビの方向性も決まったぞ。番長同士の抗争を軸とした漫才だ。ツッコミの代わりに、ガチで殴り合う。コンビ名は……」三白眼を餃子パンから上げて、正面でフカフカの白いパン食らう相方と視線を合わせる。「『番長|S(ズ)』」
「それっきゃないだろうな」
相模はもちろん、大きく頷いた。
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