第25話 ホラー映画
ロードワークを終えると、悪魔とゾンビのコンビは焼却炉の横で基礎練をしながら、柏(かしわ)と千葉(ちば)の両人も交えたコンビ名会議へと移る。
八王子(はちおうじ)の言う基礎練とは、ツッコミでもあるパンチやキックの練習のことである。熱心な空手部員に見えなくもない――生身の人間を殴る蹴るしているのを除けば。
手頃なサンドバッグがないと嘆く八王子。好き好んでその代役をやりたがる相模(さがみ)。奇しくも利害関係が一致したため、活動の基本として取り入れられた基礎練だが、いくら合意の元とはいえ過激すぎて、人様の目に触れさせるのははばかられる。そのため、掃除終了後は人通りが途絶えるこの場所が、二人の活動拠点となった次第だ。
「そうだなー、『壁打ち』『低反発サンドバッグ』」
「どうだろうね、本番では俺、吹っ飛ぶけど」
「だよなー。こんな涼しい顔し……ははは、おもしれー!」
相づちを打ってくれる相手に、渾身の力でパンチをたたき込むという異様なシチュエーションに、八王子は笑いをこらえられなかった。
それにつられて、相模も噴き出す。
「笑ってるとき腹にパンチもらうと若干効いちゃうから我慢してるんだけど、やっぱり面白すぎる。先に笑われるともう駄目だ、持ちこたえられんね」
「だろー。こーんなにおっかしーのに、なんで柏と千葉は引くんだろーなー?」
「だから、怖いって言ってるんだよ!」
「異様なワールド展開しちゃってるから」
それぞれ、燃えるゴミと燃えないゴミのポリバケツに座りながら、柏と千葉が、いつになく強い口振りで言った。
「確かにさ、これで相模が痛がってたらただの学園バイオレンスだけどさー、見ろよコレ」相模のジャージの襟をつかんで、柏たちのほうに顔を向けさせる。「この笑顔だぜ? なんで笑ってんのかはオレも知らねーけど」
「いやいや、つくづくおかしいでしょうがよ、この状態」
相模は、びっくりするほど楽しげな笑顔だ。
転校初日の、あのうつむきがちで暗そうな奴とは似ても似つかない。まるきりの別人である。
それでも柏は、薄ら寒く感じるという意見を翻すつもりはなかった。
「漫才になるといいんだけど、練習風景を単体で見せられるとなんだかさぁ、ホラー映画見てるような気持ちになるんだよ」
「あー、それだ! なにやっても倒せない不死身の殺人鬼が迫り来る……みたいな」
「そうそう、それだー! ジェイソン!」
「ステイサムじゃないほうのジェイソン!」
珍しく意見の合った男女コンビ、手と手を打ち合わせて喜び合う。
「普通はさ、殴られそうだと思ったら――特に顔、後ろ下がったり顔背けたり、最低でも目、閉じるじゃない」
「そうなんだよね。一ミリも怯んでないんだもん、相模。むしろ『もっと来い』みたいに寄ってくし」
「顔殴られるの、怖くないの?」
柏に問われて相模、胸倉を引っつかまれたまま答える。
「怖くはないな。いくら八王子がヤバい奴でも、急に目潰しはしてこないから」
「あー……いや、そういう意味じゃなくて」
「あはははは。相模って、実は天然じゃーん」
微妙にずれた回答を寄越した相模に、千葉が「へっぽこ丸」とあだ名をつけた。
「条件反射で目、閉じないものなの?」
「ああ、それはジムの親父さんに言われたから。『目閉じてちゃ攻撃できないだろうが』って」
「なるほどね、マジで打たれ強い系か」
「今のところホラーではあるけれど、痛々しく見えないのはウリになると思うよ。てゆうか、二人にしかない持ち味? 引かせなければ笑いにつながるかも?」
千葉のアドバイスに、八王子は頷きながら腕を組む。
貴重な一般目線からの意見に、どこまで応えられるかが腕の見せ所だ。せっかく漫才を完成させ舞台で演じても、観客――和泉(いずみ)をドン引かせては元も子もない。
「よし。じゃーやっぱ、相模がツッコミ受けて吹っ飛ぶってのは、毎回やっていこう」
「いいね。スタントの練習」
「なるべくコメディっぽく飛べよ? でも、戻りは早くな。時間ねーから」
消しゴム貸して? くらいのノリでブッ込まれる実現不可能レベルの無茶振りにも、相模は否とは言わない。
「よしわかった。すぐ戻ろう」
「ホントにわかったのかよ、返事早えーよ!」
八王子のボディーブローが相模の腹にめり込む。
「デュフ……」相模、仰け反って背中から倒れるが、操り人形のように跳ね起きて、笑顔でOKサイン。「オーライ!」
「こんな感じでどーよ?」
柏と千葉が、頷き合って拍手する。
「やっぱ、そうこなくちゃなあ」
「打ち合わせしてないのに、すごいね!」
「あとはさ、ツッコミがなんでボケを殴るのかっていう、その説明がつけばもっといいんじゃないの」
今度は柏の提案が炸裂。
一度「説明?」と首を傾げた後「なるなる」と腑に落ちた様子で、八王子はローキックの練習を始めた。考えながら基礎練だ。
相模もそれに右足を貸してやりながら、腕組みして思案する。
「たとえばさ、八王子が強盗で相模が警官とか。親の敵と敵討ちする人とか、やり合ってても納得できる設定っていうの?」
「喧嘩仲間ってだけじゃだめなのかな?」
キレキレのローを連続でもらいながら問う相模に一瞬圧倒されたせいで、柏の返答がワンテンポ遅れた。
「……なんていうか、それだと喧嘩の理由を説明しないとだめじゃん? 学祭の持ち時間って一団体五分だから、説明の時間がもったいないんだよね。登場と同時に、ボカスカやってても不自然じゃない状況を理解させたいところだよ」
「それならさ、コンビ名も説明に使っちゃうといいんじゃない? 『マフィア&ギャング』みたいに」
「千葉、あったまいい!」
「でしょー」
ここぞとばかりに頭を撫でようとして、巧みにかわされる残念な柏。
あっちでもこっちでもショートコントが始まる、午後の焼却炉前である。
「あ……」
「どした?」
小さく声を上げた大男の相棒を見上げ、八王子が手を――否、足を止めた。
「すごいこと、思いついた」
「あぁん? なに、コンビ名?」
「……じゃあないけれど、シチュエーションというかなんというか」
「んだよ、ハッキリしねーな」
八王子は舌打ちをして、今度は逆サイドのローキックを練習し始める。
またしても、やりやすいように体の向きと足の位置を変えながら、相模は相棒見下ろし、自信ありげに笑って言った。
「明日、すごい一手を打つから。楽しみにしててくれよ」それから、撫でバトルを繰り広げていた柏・千葉ペアにも「二人もさ、待ってて」
そう言って頷き、場の空気を一気に変な感じにした。
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