第15話 理由
「で、やっぱりムエタイ格好いいなーと思って。だから、大人になったら絶対これになるって決めたんだよ」
「まーな。小学校上がる前くらいまでは、オレもそんな感じだったかもなー」
「小二から親に頼み込んで格闘技習わせてもらって。そうこうするうちに、現実的にはムエタイブルーの中の人――スーツアクターになろうってなって」
「あー、スーツアクターって言うんだ、人間パートじゃないほうの演者って」
「うん。で、そのスーツアクターは、いわゆるスタントマンがなる場合が多いって知って、じゃあこれを目指そうと。これまでも結構計画的にやってきたんだ。柔道で受け身習ったり、アメフトで首鍛えたり」
「それで経験者だったのか」
「そう。今は十六になったと同時にバイクの免許取るための金策中」
「戦隊モノやるなら、やたら爆破される荒地をバイクで疾走しないといけないもんなー。そりゃ女の子どころじゃないか」
人間嫌いで人に対する警戒心が強いせいか、彼は相手が嘘をついているかどうか、微妙な表情からすぐわかる。
つまり、
「八王子は将来の夢、あるか?」
目がどこにあるのかよくわかんないくせに、相模から注がれる視線は痛いくらいだ。
そういえば二年後には進路を決めなければならないというのに、八王子は自分の将来をまともに考えたことがなかった。
たとえばFー1を見たらレーサーになりたいと思うし、遺跡発掘特番を見れば考古学者も面白そうだと感じる。しかし、そこ止まり。じゃあレーサーになるために今から何をすればいいのか、考古学者になるための進路はどうすべきかまでは、考えてみたことがない。
ただ、「ない」と言うと負けな気がした。
「オレほど可能性に満ち溢れてりゃ、夢なんざよりどりみどりだけどな……まあ強いて言うなら、フツーの夢が見てみたい」
「普通の夢……寝てるときに見る夢の話?」
「おーよ。なんか聞くところによると楽しそうじゃん。スゲー脈絡のない展開になったり、宝クジ当たったと思って目が覚めてションボリしたり」
「空飛んだり?」
「そーそー! そーゆーヤツ!」
八王子は箸を振り回して同意した。
すると相模は、当然の疑問を投じてくる。
「普段はどんな夢を見るんだ?」
「いろいろあるけど、たとえば寒くて寝られねー夢とか」
話し相手と呼べる存在がこれまで皆無だったため、夢の話を誰かにするのは初めてだった。気にはなっていたけれど、誰にも聞けず、言えずで過ごしてきた16年。いよいよ誰かに話せるとなれば、興も乗ってくるというものだ。
「夢ん中で目ぇ覚ますと、やっぱ寝てんのオレ。粗末な台の上に藁敷いたベッドの上に、煎餅どころかソース煎餅みてーなペランペランの布団に包まって。寒いなんてモンじゃねーよ、死を覚悟するレベル。寝てんのに寝たら死ぬぞ的状況。しょうがねーから起きて、ガクガク震えながら外で運動だよ。なんか――それこそ武術の演舞みたいなのひとしきりやって、体が温まったら寝直す。でもウトウトするとまたクソ寒くなるから、また起きて運動。以下エンドレス」
八王子は、まるで見てきたように説明した。同じような状況を夢の中で何日も何週間も繰り返せば、実体験と言ってもいいくらいの記憶になる。だから彼の語る内容は詳細だった。
相模がところどころ差し挟む質問にも、淀みなく瞬時に答えられる。
「だからオレは寒いのが超嫌いなんだよ。あ、でもオマエは熱すぎるからあんま寄るなよ。あとデカすぎるから半径二メートル以内に近寄るな」
「はいスミマセン」
横暴な要求に相模は牛乳パックを置き、八王子の膝との距離がきっかり二メートルになる位置に座り直した。
それに鷹揚にうなずいてから、八王子はハッとして声を荒らげる。
「つーか、話逸れ過ぎじゃねーか! オレたちが今考えねーといけないのは二カ月後の漫才だろー」
「ちょっと待て。さっきから漫才漫才って、一体何の話?」
「舐めた口利いてんじゃねーぞゾンビ野郎」
「待ってください八王子先輩」
「なんだよ」
突如始まる、何度目かわからない先輩後輩ショートコントもだいぶ板についてきた。
ただ、相模の声のトーンは半分以上マジだ。
「二カ月後って、何かあるんですか?」
「あれー、言ってなかったか? 学園祭の舞台でやるんだよ、さっきの漫才を」
正面のやや高い位置から見下ろしてくるまなざしに、動揺がありありと感じられた。あー、テンパってんなー、と思う。
「それは聞いてない、と言うか、できない。人前で漫才やるなんて、俺には無理ですよ」
「じゃーオマエ、野郎二人でこんなトコまで来て、なにするつもりだったんだよ?」
「昼飯食いに来たのかと」
「気持ちわりーだろ!」
思わずツッコミを入れると、ゾンビ野郎が言葉どおりニヤニヤしながら「ほら、面白い」なんて言っている。
いや、確かに面白いけれども。流れを持って行かれそうになり、踏みとどまる。
「オレ昨日言ったよな、相方にならねーか? って」
「それは普通に、友だちになろうとか、そういう意味だと思ったから」
「『友だちになりませんか?』『いいですよ』って、英語の教科書かよ。フツー言わねーだろ、そんなコト。ありそうでない日常会話だバカ。オレはそのまんまの意味で、漫才する相方にならねーかって聞いたんだよ」
「そういうことだとすると」相模は八王子から視線を外し、腕を組んだ。「まあ、話が違ってくるな」
大マジなトーンだ。やっぱナシで、というちゃぶ台返しもあり得るか。
八王子はそう覚悟を決めて、三白眼で相模を睨み上げる。
「いやいや、そんな目で見られても。俺がアガるたちだから剣道とアメフト以外できないって、知ってるだ……知ってますよね?」
「それは体育んときのミニバスでよーく見さしてもらった。でも、試合とかだけじゃねーのか?」
「舞台で漫才するのも試合と変わらないよ」
「じゃー聞くけどよ、なんでダメなんだよ?」
「人と目が合ったら、居たたまれない気分になるからな」
「まあ、オレも人と接するの苦手だから、気持ちわからねーとは言わねーが」
「……そうなのか?」
「友だちいねーって言っただろーが、聞いとけよ。オマエ、マジでゾンビなんじゃねーの?」
やや呆れ気味に言えば、相模は小さく謝ったあと、「てっきりクラスの人気者かと思った」なんてほざいた。
「節穴どころの騒ぎじゃねーな、オマエの目。耳もか。やっぱゾンビだわ」
「ははは」
「褒めてねーし」
一度会話が仕切り直されたような空気になる。
強い風が吹きつけてきて、弁当が吹き飛ばされそうになった。
「逆に聞くけど、何で学園祭で漫才やろうと思ったんだ?」
「そりゃーオマエ……」
非常にマズい質問だ。
この問いを明らかにしようとすれば、八王子は芋づる式に和泉に対する恋心について触れなければならなくなる。
身も蓋もない言い方をするなら、惚れた女を振り向かせるためだ。下心満載の理由で漫才の相方に誘ったと知られ、納得してもらえるはずがない。
だが、ここまで来てコイツを逃すのは惜しい。決戦の日まで時間もない。
「理由によっては、協力しなくもないけれど」
「どー言ったらウンと言ってくれるんだろーな、オマエは」
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