第4話 恋情
ヒバ高のスーパー助っ人が誕生したのは入学日翌日、
その翌日、陸上部にて短距離走とハードルでぶっちぎりの脚力を見せつけ、今度はグラウンドを沸かせることに成功。その様子は、校庭を分割して使用していたテニス部やハンドボール部も知るところとなり、噂が一気に拡散する。
さらに翌日、ほとんどさらわれるようにしてアメフト部に連れて行かれ、「キャッチもランも、すこぶる良い」と褒め倒された。ここでもしきりに入部を勧められ、今に至っている。言わば、助っ人界のエースだ。
夏休み中にあったアメフトの練習試合では、前半丸々サイドラインに仁王立ちし――持久力に欠けるためフルで出場できない――後半一発目にキックオフリターン・タッチダウンを決めるという伝説を打ち立て、相手校から〝
その
今日はどれほど拝み倒されても参加してやるものかと心に固く誓い、入学以来初めてかもしれない帰宅部に参加する。
そこでふと思いついた。八組に寄って、噂の美少女を拝んでいこう。
話してみたいなんて思わないし、まして付き合うだのということは夢にも思わない。ただ、
それなりにデカい校舎の廊下を端から端まで歩き、一年八組の教室に着く。しかし、コミュニケーション能力に難ありの八王子が、友人がいるわけでもない他のクラスに踏み込めるはずがあろうか。そこで、ドアが全開になっているのを幸いに、廊下から中の様子をうかがった。
友人が中にいるかどうか確かめている他クラスの生徒――そう見えたなら上出来だ。
教室の中央には人だかりができていた。あの中心に、転校生の美少女がいるとみて間違いない。バリケードを築く八組の生徒たちに「どけ」と念じ続けることしばし。うまい具合に人垣にすき間ができ、そこから目当ての人物のご尊顔をかいま見ることができた。
彼女の笑顔が、スローモーションで展開する。その周囲、窓からの光が投げかけるハイライトというハイライトが、きらめく星となって乱れ飛んでいる。さらにどこからともなく、映画「ボディーガード」のメインテーマが大ボリュームで聞こえてくる……気がした。
艶やかな黒髪は想像よりも柔らかそうで、目にはやさしく暖かな光が満ち、屈託なく笑う表情は小さめの打ち上げ花火。
なんだろう、ずっと見ていたい。できればその傍で。
早い話、八王子は転校生に恋をした。
一目ぼれという現象をネッシーと同列に胡散臭く思っていただった八王子だが、当事者になってしまったからには信じるほかない。
やがて目に映る映像の再生速度が通常に戻り、脳内ホイットニー・ヒューストンが沈黙しても、八王子は彼女から目が離せない。廊下の途中で突っ立って教室の中をガン見という、言い訳をするには少々苦しい状況だが、ここで立ち去ることなどできなかった。
この先自分がどう転ぶにせよ、彼女に関する情報は、あればあるだけいい。そのため、転校生を囲んで次々と質問をしてくれるギャラリーの存在はありがたかった。
「じゃあさ、趣味ってなんかある?」
「うーん……特にないかも? テレビ見るのは好きかな」
そして、そう、声もまた素晴らしい。おそらくは無意識に、歌うようなビブラートのかかる美声は、八王子の心の琴線を、これでもかとばかりに爪弾いた。
「
「やっぱり甘い物! ケーキバイキングなんて、行ってみたいな」
「関西の人って、やっぱ笑いに厳しいの?」
「えー、わからないけど、わたしはそうでもないよ。笑いの沸点低いってよく言われるんだー」
「でも、そういう面白いの好きなんだよね、和泉さん?」
「大好き!」
ここで、今までで最大出力の笑顔。
八王子は思わず「おお……」と声を出す。もし万が一という展開になれば、あの笑顔であのセリフが自分に向けて発信されるのかと考えると、ガラにもなく「人生ってスバラシイよね」と歌い踊りたくなるから不思議だ。自分に対し、「ミュージカルか」とツッコむことさえ失念する。
とりあえず、彼女が和泉という名だとわかったのは収穫だ。彼女の笑顔シーンを脳内動画再生装置に録画するという大収穫を得て、今日はこのいい気分のまま帰宅しようとしたとき、彼の――八王子秋雄の一生を決定づける一言が耳に飛び込んできた。
「好きなタイプはね、もちろん、面白い人!」
その声を、八王子は背中で聞いた。
だったら、面白い人になるまでだ。
生まれてから今までの十六年間で、たぶん一番速く頭が回転した。
十一月第一週の土日にある学園祭、ここで出し物をしよう。面白いことが何より好きな和泉は、きっと見に来るだろうから、観客を沸かせることができたら告白する。もう二ヵ月ない。急いで準備を始めなければだめだ。
舞台でする面白いことといったら、落語か漫才だろう。しかし落語はアレだ、ソロ活動だ。体育館じゅうの視線が自分一人に突き刺さるとすると、演目が落語ではなくマーライオンのモノマネに変更される危険性が高い。高すぎる。ここは、もう一人を盾にして、あるいはせめて視線を分散させられるコンビ漫才にすべきだろう。するほかない。
すると今度は別の問題が持ち上がる。友人の一人さえいない八王子秋雄が、どうやってコンビの相方を得るかという件だ。
八王子は知らず廊下のど真ん中で頭を抱え込んでしまい、通行人に怪訝そうなまなざしを注がれた。
考えて考えて、人間嫌いの十五歳は、相方問題をとりあえず脇に置くことを思いつく。この場で解決できないことは先送りにして、先にネタを考えることに決めた。順番が違うだろう、という内なる声はシカトだ。
幸いなことに、バラエティー番組は普段からよく見る。年末年始に集中して行なわれる漫才の番組は録画してあるので、姉たちが勝手なマネをしていなければ、まだデータが残っているはずだ。
まっすぐ帰っても良かったが、計画が決まったとたんネタが降りてきた――ような気がしたため、八王子は一組の教室に戻ることにした。
午後六時すぎ。八王子がルーズリーフに漫才ネタを書き殴っていると教室のドアが開いて、着替えを終えた柏が入ってきた。
自分の席――つまり八王子の隣までやってきてカバンを手に取りつつ、規則正しくシャーペンが動き回る紙面に目を落として声を上げた。
「あれ? なに、今度は文化部の助っ人も始めたとか?」
「ちげーよ」
顔も上げずに八王子が答える。
極力ぶっきらぼうに返したつもりだが、柏はまだその場を動こうとしない。隣人が熱心に書き物をしているのが気になるようだった。それもそのはずで、八王子は普段、ノートさえまともに取らないような男なのだ。
「何部の活ど……あ、当てようか。文芸部」
「違う」
「えー、他になんか書くような部活あったっけか? あっ、演劇部の脚本とか?」
「今までん中じゃ近いけど、そもそも部活じゃねーよ」
結局、話しながらでは思うように筆が進まないらしく、八王子はトントンと机を小突いてからペンを放した。
正解発表の気配を察して、柏がルーズリーフをのぞき込む。
「……丸ツ『水族館に行ったらね、いるんですよ』。丸ボ『ああ、単車に跨がり特攻服着た面々ね』。え、何これ?」
「わかんねー? 漫才の台本なんだけど」
「マンザイ……って、あのあれ? なんでやねーん、ってバシッてたたく」
八王子は無言で頷いた。そして、三白眼で睨みつけるように柏を見上げる。
言うか。言ってしまうか。コイツでいいのか。むしろ他に選択肢があるのなら教えてほしい。今を逃したらチャンスはないぞ。贅沢など言っていられる立場か。漫才でドカンと笑いを取って、転校生の美少女――和泉に告白するのではなかったか。
八王子は眉間に力を込めて、ついに切り出した。
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