第31話 購買部ー真田煌輝【玉蹴り】


 キラメキSIDE


 消防隊と警察が家庭科室でカレーを配っていた。


 一人前にも満たない少量のカレーだが、無いよりはましだ。

 配膳が紙皿で、おにぎり1、2個分のごはんと少しのルー。


 こんなんじゃ腹は膨れない。


「ドラムもどっかいっちまったし、夕方になってからはゴブリンの姿も見えやしねえ。買った鉈も使わずじまいじゃねえかよ」


 右手首には金髪エルフからもらった腕輪を嵌め、ベルトには鉈を挟んで校舎を歩く。

 窓から見える校門には消防車がバリケードを作っており、ゴブリンの侵入を防いでいるようだ。


 これじゃ、そもそも勇気やチラシに書いてあった、魔物を倒してこの世界に馴染み、スマホを操作して初期武器を手に入れる、ということができない。


 俺は無我夢中で屋上に逃げていたあの時、最初から魔物と戦っていればとつくづく思う。

 最初に魔物たちに蹂躙されていた中学生たちは刀やレイピア、弓などを手に戦っているというのに。

 高等部は中等部よりも被害は少なかったものの、武器を手にした生徒はあまりにも少ない。


 勇気と一緒にゴブリンを殺していた修でさえ、何かしらの武器を手に入れている可能性がある。

 それに、あの危険人物。大山不動がこの世界で武器なんかを手にしてしまえば………


 奴はボランティア部に行った依頼者に騙され、単身で隣町のクズ高校との喧嘩の生贄にされたことがある。

 だが、敵地に送り込まれたフユルギは、あろうことか新聞紙で作った紙鉄砲一つで相手の生徒たちを行動不能にして見せた、わけのわからない人間なのだ。


 何食わぬ顔で「おい、依頼完了したぞ。さっさと金寄こせ」と依頼完了の金を請求してきやがったらしい。

 修みたいなクソザコがあの大山不動とどうやって知り合ったかは不明だが、なんかいつも金魚の糞みたいに一緒に居やがるし、修のこともフユルギのことも気に入らねえが、へたな手出しができない。



「さっきの購買部に居た金髪の女の子って、なんなんだろうな」

「この世界の子だろ? 顔立ちとか、耳とか、絶対にエルフだって」

「ってことはなにか? あれはロリババアだってのか? めっちゃときめいたんだぞ!」



 高等部一年のバッジを付けた生徒たちがそんな会話をしていた

 何者かなんてどうでもいい。


 本人が「お助けキャラ」「NPC」と言っていたのだ。深く考える意味はない。

 本当のことをしゃべっているとは思わないが、利用できるのなら利用するだけだ。


「一緒にあの人もいたよな、なんだっけ、この学校出身のアイドルの、『九州娘(くすこ)』っていったっけ? そう、ドラム先輩」

「なんか繁盛してたから手伝ってたな。すごいな、自分が大変だって時にみんなの事やあのよくわからない金髪エルフのことまで考えているんだから」

「すごいよなー」



 いつの間にかドラムの話題になっていた

 どこに居るのかと思えば、あの金髪エルフの手伝いだと?


 俺は、急いで購買部に向かって走り出した



「でも、3年のオジョウサマが金髪エルフを怒らせたせいでもう店じまいだって聞いたぞ」

「俺もなんか買いたかったなぁ。つっても、俺の小遣いじゃ果物ナイフしか買えねえもん」

「500円で買えたら十分上等だろ。俺なんか金を持ち歩いてねえから100円の文房具しか買えなかったんだぞ。コンパスだけだ。また店開かねえかな」



 そんなセリフは、走り去る俺の後方に流れて行った。




            ☆




「なんだよ、誰も居ねえじゃねえか」




 キラメキが購買部に到着するも、そこには人っ子一人居ない。

 いや、同じように噂を聞きつけて来たであろう肩を落としている生徒たちくらいか。


「店じまいしたってのか。この短時間に」



 それほどの売れ行きがあったと思われる。

 だが、スマホの中から次々とナイフや匕首、弓矢や鉈、聖剣エクスカリバーを出しているところをみたら、在庫がいくつあるのかなんてまるでわからん


 本人が休みたいだけなのか売り切れたのかは不明だが、また時間を開けてここで売買してくれるのを待つしかないのか


 ドラムもいないし、一度学校の外に出てゴブリンを殺してみるか、とその場から移動を開始する。



 夕日の差し込む渡り廊下を歩いていると


 くちゃ、と粘度のある音がした。

 クソでも踏んだかと床を見るが、何もない


「なんだ。なんの音だ?」


 周囲に気を配りながら音のする方に耳を傾ける


 音の場所を確認していると、視界の端に赤色が見えた


 何故かそれが異常に気になったんだ。



 渡り廊下から腰まである柵を越えて中庭に出る。


 いくつかのゴブリンの死体と、腐乱臭に顔をしかめる


 何が起こってもいいようにベルトから鉈を取り外して警戒しながら音に近づくと


「なんだ、これ」


「ぎゅぅうぅ!!!!!」


 そこには、ウサギがいた。


 猫の死体を貪る、ツノの生えたウサギが。



 買っている最中に、俺の存在に気付いたのか、グリンと首を回してこちらを睨みつけるウサギ。



 その淀んだ瞳に、オレは思わず怯んでしまった

 だが、気持ちを強く持って鉈を持つ手に力を入れる


「ピャアァアア!!!!」


 飛びかかって来たウサギに対し、オレの脳は視界をスローモーションの様に映してくれた

 ウサギは一直線にオレの心臓を角で貫く起動だ。


 反射的に動いた身体は、鉈を持つ右腕ではなく

 サッカー部のストライカーとして培った体幹と黄金の左足が考えるよりも早く肉体に指令を与えていたのだ


 上半身を逸らし、ウサギの顔面に向けてシュートを放つ。

 本来ならばトラップしてからシュートを打ちたいところだったのだが、トラップなんてしたら胸に風穴が空いちまう

 ダイレクトに、高等部1.2年校舎に叩きつけた


 ゴシャア!!


 と、壁に汚くて紅い花が咲く


「おお、攻撃力アップのパワーリングって言ったか。すげーな、こりゃあ」


 チラリともらった腕輪を見つめる。

 本人が言うには、国宝級の力が付与されている、だったか?


 まあ、あるもんは使わせてもらおう



 この腕輪がなくとも、ウサギを殺すことは容易い。

 だが、この腕輪さえあれば、ゴブリンも蹴り殺せそうだ

 オレの勘だが、ゴブリンの上位種まで狩れそうだ。

 オークは苦戦すると思う。

 怪我を覚悟で突っ込めば、倒せない事はないが、怪我を治す手段が無い今は無茶はできない



 そういや、あの購買部って、一口サイズのちいさな瓶を売っていたな

 もしかして、それが回復ポーションだったりするのか?

 くそっ、用具室にでもある鉈よりも先に回復手段を模索するべきだった


 と、悪態をついていると、オレのポケットでスマホがヴヴッとバイブした


 この世界では圏外だったはずだが………



 そう思ってスマホを開くと、5G………しかもwi-fi接続も出来る

 どうなってんだ。

 んー? 元の世界のサイトにはアクセス出来ないのか

 まあいい。元より期待しちゃいねえ。


 メールボックスを開くと、DCQアカウント取得のお知らせ

 とか言うメールが来ていた

 これが勇気が言っていた例のメールか


 これで、俺も武器を手にすることができるんだろうか



 初期武器は、、なんだこれ、蹴鞠と、サポーター?

 クソが、ハズレかよ!

 武器じゃねぇじゃねーか!!





―――夜。




 深夜2時頃だろうか。


 日が沈む前に男女でクラス分けして、1.2組は男子が。4.5組は女子が使用して就寝することになった。

 3組は、学校一のわがままお嬢様、大野紗枝が自分の取り巻きで占有していた。



 俺はこんな状況で眠れるはずもなく、片目を閉じてドアの一番近くで膝を立てて周囲を警戒していた。


 眠気が限界になって来た頃


 3年校舎の入り口に積み上げていたバリケードが崩れる音がした。


 鉈を手に立ち上がった。

 音を聞きつけて周囲を警戒し、自分の教室に何者も入ってこない様に注意する。



 熟睡している奴は叩き起こし、少しでも生存率を上げるのだ



「っんだよキラメキ、もう朝か?」


 叩き起こされて目元を擦りながら起き上がったのは、迫田蓮。柔道部の主将だ。


「ちげーよ、バリケードが破壊された。戦闘と逃げられる準備をしておけ」


「マジか!竹刀竹刀っと。」


 その隣で起き上がったのは、5組所属の剣道員。

 名前は片岡誠

 2組に所属してはいないが、運動能力は高い生徒だったはずだ。


 2組に居るのは、スポーツ健康科学学科。つまり運動能力に秀でた男子が集まるクラスだ。

 俺が所属している3組は情報ビジネス学科。お世辞にも運動できる人間が集まるクラスでは無い。男子で運動部に所属しているものは、俺と修のただ二人のみというのが現状だ。


 おかげで、クラスの中では修程度が、俺の次に運動が出来るという状態だ。

 50m走で7秒切れないくせにクラス2位の瞬足というのがなんか腹立つ。


 運動部のレギュラーたちは、基本的に2組に所属しているが。

 俺は幼い頃から地元のサッカークラブに所属していたお陰か2組の連中よりも瞬足だし、サッカー部のエースストライカーだ。


 修の場合は、バドミントン部の部員は最上級生が2人しか居ないため、必然的に副部長になっただけの、おこぼれ副部長だ。


 つまり、修の運動能力など、クソだ。


 そんで、5組は食品加工学科。

 大山不動がこのクラスに所属している。


 勉強が苦手でバカばっかり集まるクラスだが、運動能力が高いものが多い。

 大山不動に至っては、体力測定において本気を見たことがないが、少なくとも2組とタメ張れる実力があったはずだ。

 勉学に至っては、単に無駄に詰め込みをしたくないだけだ、楽な学科を選んだだけらしい。学科ごとにテスト範囲が異なるため、学年ごとの順位は無いが、学科の順位ではトップ争いをしていた。

真偽は不明だが、食品加工学科に入ったのは料理に興味があるから、という理由も5組のダチに聞いたことがある。そいつももうゴブリンにやられてもう死んだけどな。


「俺は見回りに行ってくる!」


 隣のクラス、1組のアカデミア学科の方から聖勇気が輝く剣を手に3年校舎を走り抜け、1.2年校舎、引いては中等部へと向かって走り出した


 アカデミア学科は進学を目的としたクラスのため、勉強が出来る生徒が多い。

 聖勇気は勉強も運動も出来る、完璧超人といえた。


 俺は他人の命にまで気を配ってなんか居られない

 自分の命さえ安くて軽い現状だ。

 なににベットするかは自分で決めるさ



 じっとりと手のひらにかいた汗をズボンで拭い、鉈を握りしめる



 なにが来るかわからい、そんな状況で警戒を続けるのは疲労がたまる。

 廊下の警戒を剣道部の迫田蓮に代わってもらい、教室に戻る。

 暗闇に慣れさせていた右目で、教室の窓から外を見ていると、見えた1.2年校舎では、かなりの悲鳴が上がっていた。

 非常灯に照らされた黒い影が、スッと消防隊と重なったかと思うと、まるでゾンビのように不恰好な歩き方で進み始めた


 その光景に思わず背筋が泡立つ


「気をつけろ!  昼間とは違う! 夜の敵は憑依するぞ!!」


「なに!?」



 自分の生存率を上げるためには、まずは他人の生存率を上げることから始めなければならない


 急くな。急がば回れ。

 報連相で情報を共有して全員の生存率を上げることが最善だ



「先に言っておく。俺は憑依された奴は容赦なく殺す。引き剥がし方がわからない限り、2次被害を生むだけだ」


 だが、それは当然時と場合による。減らすことによって結果的に多く助かるならそのくらいの判断はするさ


「うわあ! こっちきたぞ!!」


 片岡誠が竹刀を振って影を近づけまいと払いながら助けを求める


 竹刀は影に触れてもすり抜けるだけだが、影の方は鬱陶しそうに距離をとっていた


 近づけないことは可能なのか。

 憑依さえされなければ、朝日が登れば安全は確保できるってわけだな


「おい、中庭の方にはでっかいゴブリンがいるぞ!」


 ホッとしたのもつかの間。また悪魔の再来だ。

 ゴブリンがやってきたらしい


「バリケードが破られた音ってのは、やっぱりこういうことか! クソっ!」


 一つ状況が悪くなると、連鎖的に状況の悪化が続く。


「し、竹刀が!!」


 片岡誠の言葉に視線を向けると、竹刀が溶けて先端と紐が緩んだのか、バラバラと竹が床に落ちる

 慌てて竹を拾おうとするものの、影の方が早く、片岡誠に重なった

 


「なん、いやだ、入ってくる、寒い、溶、けっ、うあああああああ!! カッ、ハッ………。」



 途端に、誠の悲鳴。床に倒れて苦しそうに全身をかきむしり、数瞬後には虚ろな目で周囲を見渡していた


「………。」

「誠! おい! しっかりしろ!!」


 迫田蓮が誠の肩を掴んで揺さぶってみるが、うつろな目で連を見つめているだけだった。


「………。」

「おい、どうしたんだ! まさか、本当に憑依………カヒュ!?」


 虚ろな瞳の誠は、バラバラになった竹刀の竹を一本、左手に握り、虚ろなまま腕を振り抜いた

 それだけで、連の喉が裂けた、いや、えぐり取られたというべきだろうか。


 誠が握る竹刀の先には、ぶらんと皮に引っかかった、蓮ののどぼとけが見えた


 一瞬だった。

 立った一瞬で、一人が憑依され、一人が喉を毟られた


「ヒュッ、ゴポォ!!」


 喉の奥から、水から空気があふれる音、数瞬遅れて血が噴き出す。


 クラスに残った生徒たちも、腰が抜けて動けず、しかも寝ぼけ眼で頭が働いていない奴もいる

 起き始めた生徒たちは周囲の人間を片っ端からたたき起こしてくれているが、こうも全体的に影が襲い掛かっていると、対処のしようがない


「くっそ、さっそくかよ!!」


 当然ながら、俺たちは普通の学生だ。

 奇襲になんて慣れていない。

 慣れているわけがない。だが、一瞬にして乗っ取られた誠を見て、俺はやるべきことを思い出した。


 地面に倒れる蓮を尻目に


「くそがあああ!!」


 俺は、鉈を振りかぶり、誠の頭に向かって振り下ろす


「………。」



―――ゴッ! と鈍い音が響く。


 誠は、抵抗らしい抵抗など一切せず、頭に鉈が突き刺さる

 全く抵抗がなかったことに、自分自身が驚きつつ、右手の感触がやけにリアルに脳に伝わったことがわかる


 俺は、たった今………たった今、俺はダチの頭をかち割ったのだ。

憑依された奴は容赦なく、、なんて豪語しておきながら、その覚悟はできていなかった。口先だけ、のはずだった。

自分の身に危険が迫れば、俺もこんなものか、と頭の奥の冷めた部分でそんなことを考えていた

 だが、罪悪感に飲まれるより先に、身体は最適化された行動を行う。


 頭蓋骨に引っかかった鉈の取っ手を両手でつかみ、引き寄せながら体重を乗せた蹴りを誠の腹に入れる。

 

 互いの体重が入った強烈な蹴りに加え、攻撃力アップのパワーリングが付いた俺の蹴りに、誠の身体は耐え切れない様子で吹き飛んだ。


 

 教室の扉を倒しながら吹き飛び、外に柵に背をぶつけて動きを止めた。

 しばらく脳汁の滴る鉈を構えて様子を見たが、誠の死体から黒い影が出てくることもなかった。


 どうやら、憑依した後なら、物理的な攻撃が効くらしいな。

 だが、憑依させてから倒すなどと非効率的なことをしていたら、こっちの残機がなくなる。

 だからといって、手をこまねいて居たところで状況がよくなるわけでもなし、俺が憑依されてはたまらない。


 どうにかする手段はないものか。


 幸いにして、憑依したところで相手の意思は薄い。今までが物理的な攻撃をスルーしていたから、肉体を得てからもガードをする、という知能が無いのかもしれない。

俺の振り上げた鉈にも大した反応を示さなかったからな。

 しかし、反面、身体能力の向上が見られる。竹一つで蓮の喉笛をえぐったのがその証拠だ。

 並のスピードじゃなかった。だが、目でおえないほどのスピードじゃない。

 俺なら躱せる。冷静でさえいたら。間違いなく。


 あの影は間違いなく悪霊の類だ。物理的な攻撃は一切効かないだろう。

 この狂った異世界で、最後は乗っ取られて終わるなんてまっぴらだ

だったら、ダメで元々。試してみるか。


「ヒィイイ!!!」


 くそっ、次から次へと………!!

 2匹目の影が、野球部の生徒にゆっくりと、だが確実に襲い掛かろうとしていた


シッ!!


―――ヴンッ!!


影に向かって鉈を払って見たが、空気を裂く感覚しかない。

やっぱり効果はなし、か。


だが、そんな俺を鬱陶しく思ったのか、野球部員ではなく、俺に矛先を変えやがった!

ゾクリと泡立つ背中。滴る冷や汗。



「南無阿弥陀仏ぁああ!!!」


 とっさに念仏を唱えながら、影に向かって鉈を振り下ろす!!


 ザンッ!! と、本来ならば通り抜けるはずの鉈に、微かな手ごたえを感じた


「………ッ!!!」



 影は驚いたように切られた個所からガス状のものを噴出し、影は後ろに下がる。

 思い切り影を切断するつもりで振ったのだが、与えたダメージはごくわずか。

 とはいえ、本来ならば与えることのできないダメージを負わせられた。


 やはり霊的なものには念仏は聞くのだろうか

 今度はりんぴょーとうしゃーって言ってみるか? 


 

「へっへへ、なんだ、ダメージ通るじゃねえか」


 痙攣している迫田蓮のカッターシャツの上に鉈を横に置いて、まくったシャツを鉈の刃の方からかぶせると、それを踏みながら鉈をシャツから引き抜いて血糊をぬぐう。


 さすが。異世界産なだけあるな。刃こぼれも脂も殆どない。


 俺みたいな素人の念仏でもある程度のダメージを与えられるのならば

 勝機はある。

 これがあの似非霊媒師の修ならば、もう少しダメージを与えられたのだろうか。

 いや、どうでもいいか、そんなこと。


 黒い影は、俺からゆっくりと距離を取ろうとするが


「南無、オラァ!!」


 右足で踏み切って飛びかかり右上から左下へ、思い切り鉈を振るう。

 フォームはソフトテニスのスマッシュを参考にした。

 もっと縦にな軌道だったかもしれないが、詳しいことなんか知らん。


 ザン! と影を切り裂き、タタンと左足から着地する。右足の着地と同時に膝を曲げ、ステップを踏んで近づきすぎた影から半歩下がる。


「南無三っダラァ!!」


 半歩下がった拍子に、今度は左足で踏み込み鉈を左から右に一文字切り。

 鉈の重さに身体が流れそうになるのを、右足で踏ん張って態勢が崩れるのを防ぐ。


 影からグレーのガス状のものがさらに噴き上がる。

 クリーンヒットしてるはずなのだが、やはり付け焼き刃の念仏なんかじゃ効果は薄いのか、それともまだ何か足りないのか


 だったら殺せるまでやってやるよ!!


「おおおお!! 死ねぁああ!!」

 

 最後の一撃は右足に体重を乗せ、重心を前にずらしながら左足で踏み込み、影の頭上から鉈を縦に一線。


 全身の体重移動と背筋と肩の筋肉、肘の筋肉を存分に使った、全力の投球フォームで鉈をぶっ叩いてやった。




 流石に重い鉈を振り回し続けたツケが回ったのか、肩が悲鳴を上げる。


 ザグン! と、なにかをぶった切った。


 なにか、というのもわかっているが、影の正体なんてわからないから。なにか、だ。


「ぅおおおおぉぉおぉおおおん!!」


 最後の一撃で、影は断末魔を響かせて消えた。


 手応え自体はかなり薄いが、どうやらヒットポイント的なものは少ないのだろう。

 でなければあの空気みたいな手応えで、たった3発であの影が死ぬわけがない。



 自分の出来うる限りの最速で黒い影を倒したが

 俺が一匹始末をしている間に、他の黒い影が3体、クラスにいた生徒に憑依していた

 


「キリがねぇにも程ってもんがあんだろうがよぉ!」


「ばぁあああああああ!!!」


 あんま話したことねえが野球部5番バッターの宮田勇斗が憑依されていたため鉈で首を一線

 一撃で首をちょんぱした。


 噴水のように吐き出す血を避け、足首を掴んで来た生徒の手首に鉈の先端を叩きつけて骨をバッキバキにへし折る。手を離したそいつの顎先を思い切り蹴り上げた。


 首が変な方向に曲がっていたが、憑依された時点でもう助けられない。容赦は捨てた。

 死なないためには、俺は死に物狂いで生きるしか無いのだ


 そうこうしているうちに、クラスが静かになる。

 いや、校舎のあちこちでは悲鳴が聞こえているが、すくなくとも俺の周りに生きている人間はいなくなった



 俺は、血だまりの中で、一人佇んでいた。

 クラスメイトや同学年の生徒の屍の上に、俺はある。

 涙は、出なかった。


 感覚が麻痺しているのかもしれない。


 感傷に浸る暇などない。とにかく、朝日が昇るまで生きなくては。

 逃げよう。学校なんかに閉じこもっていたらダメだ。食料も無かったら、いつかは詰む。


 いつまでも行儀よく並んでカレーを毎日恵んでもらえるわけじゃない。物資は有限だし

 なによりニートじゃねえんだ。外に出て、生きる手段を見つけないと



 息を整えながら教室を出ようとすると、


 バゴン!! バキバキバキ!!



 爆音が聞こえた。


 それは、教室を突き破る人間の弾丸。


「な、なんだ!?」


 人だったであろうものが、教室の壁を突き破り、3年2組の黒板にぶち当たって動きを止めた。


 思わず飛んできた方向を向くが、そこにはどデカイ大穴が開いていた。


 その大穴から。3年3組の教室の方から何かがこちらに来ようとしている。


 暗闇と砂ぼこりで何も見えないが、あんなことを出来る化け物がいるということか。


 息を潜めて、一撃息の根を止められるように大穴の淵に歩み寄り、鉈を握りしめる。


 大穴から身を乗り出したそいつは、人と同じくらいの身長だ。

 だからと言って油断できない。ゴブリンのように、人よりも力の強い生き物かもしれない。


 最早何が何でも仕留める。



 身を乗り出し、こちらの教室に着地した瞬間。

 着地狩りを敢行する。


 脳天をかち割るつもりで、鉈を振り下ろした―――



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