第30話 中等部ー岡田修【丑三つ時】


「その人、フユルギたんだよ………」


 僕のセリフに、タマと澄海くんは眼をパチクリさせる。

 この子たち、白髪と銀髪だから兄妹に見えなくもないなぁ


 目の色は全く違うけれど、妹の世話を焼く兄と、兄を困らせる世話好きの妹。



「でもー、おっちゃんの写真見せても知らないって言ってたよー?」

「………(こくり)」

「なんで知らないっていったんだろー?」


 二人とも頭は良いけれど、それで相手の考えが読めるわけでもない


「そんなもん、僕にもわからん。でも、フユルギはおっちゃんの写真を見て、澄海くんとタマがおっちゃんの関係者だと判った上で、『知らない』と答えたのであれば、そこに何らかの意図がある。今、向こうの世界でタマちゃんと澄海くんはどこにいるの? 自由に移動できる場所? それとも、移動に制限がある場所?」



 でも、僕はフユルギとはそこそこ長い付き合いだ。

 ある程度の考えを読むくらいはできる。



「んーっと、飛行船の中だねー。目的の国までの到着は12時間後って言ってたよー」


「………移動に制限と、時間に制限をつけられた」


「ってことはつまり、タマと澄海くんを拘束しておきたい何かがあるのか、それともただのサプライズか、それともその両方かってことだね。その場のノリで生きているかと思えば突然思慮深いからなぁ、フユルギは。僕も考えが読めないや。」


 突然『魔王様を召喚するから生贄になってくれ』なんて頼まれるくらいだし、何も考えてないのかもしれないけどね。



「じゃあ………時系列順にまとめてみよう。葡萄におっちゃんの写真を見せて、知らないと答えた」

「………だから、かわりに今日あの世界に転移してきた建造物はないかと聞いた」

「だからそこに飛行船で向かっているんだけどー、そこで葡萄がログアウトの仕方を教えてくれて………あれ? そういえば学校ってたしか、5つなくなっちゃったんだよねー?」


 そこで何かに気付いたのか、タマちゃんが顎に人差し指を持ってきて考えを巡らせる


「その行先は?」


 と僕が問うと、そこでばつが悪そうに眼を逸らして


「………知らない」


 と澄海くんは素直に答えてくれた。

 学校が転移して、突如現れた建造物は計5つ。

 どこにあるのかはもうDCQ内のネットに公開されているし行き方も熟知している。ということか。

 なのに、行先は告げなかった。


「つまりだ、葡萄の行先は、おっちゃんが居る学校ではなく、別の学校の可能性がある。タマちゃんたちの言った通り、学校が出現した場所には向かっているんだろう。嘘は言っていない。もし、おっちゃんの写真を見て『知ってる』なんて言ったら、まず怪しいし、『どこにいるの?』という話にもなる。タマちゃんなら当然、鼻息荒く詰め寄るだろう」

「そりゃーねー。せっかくのおっちゃんの手がかりを逃すわけにはいかないからねー」


 残念そうに猫耳を垂れさせて、尻尾も元気なく床に落ちる。

 せっかくおっちゃんに会うために奔走してくれていたのに、フユルギがそれを利用した。一枚上手だったのだ。


「もしかしたら、おっちゃんに内緒でタマたちを連れてきてびっくりさせたいだけかもしれないけれど、フユルギは使えるものは何でも使う合理主義者だ。それだけのために隠した可能性はないわけじゃないけど、そんな可能性は当然低い。ということは、フユルギに嵌められて、おっちゃんの学校とは違う学校に連れていかれたってことだ。飛行船の中だから、引き返しておっちゃんの学校に向かうこともできなくなってしまったし、12時間の時間的拘束も受けている。お手上げだね」


 僕は眼をつむってやれやれと両手をあげる。

 ぐぬぬと悔しそうに眉を寄せ、唇を噛んで肩を震わせるタマ。

 悔しいだろう。いいように利用されて、騙されて、時間的な拘束までされてしまったのだから。

 いくら猫たちの中では頭脳派のタマと言えど、今回ばかりは完敗だと言わざるをえまい。


「あーもー!! してやられたー!!!」


 髪をぐしゃぐしゃとかき回して、盛大に万歳しながら後ろに倒れこんだタマ。

 あーあ………せっかくのふわふわロン毛が絡まって大変なことになってるよ



「せっかくおっちゃんを助けに行けると思ったのにー………」



 万歳していた手で両目を押さえる。

 その声は震えていた。


「うぅ………」


 この子は、自分の命を捨ててもおっちゃんを助けたいのだ。

 平然としていたが、この子たちは精神が幼い。


 思いを利用され、踏みにじられたその精神的ショックは、僕には計り知れない。


 合理主義ゆえに、他人の気持ちを一切考慮しない。察したうえで利用する。

 フユルギはこういうところがある。だから恐れられるんだ。


 僕ら? 僕らはもう慣れたし、幾度となく助けられたこともある。

 納得できないことも無茶ぶりも多々あるけれど、実力があるし、面白おかしくしてくれるから嫌いにはならないよ。



「安心しなよ。フユルギは畜生だけど、最終的にはタマちゃんのためになるはずだよ」

「私は、今、ナウ、おっちゃんに会いたいのー………。あってイタズラしたいんだよー」


 目を隠して鼻水をすするタマちゃんの頭を優しく撫でてあげる。

 この子の心を埋めるのは、僕じゃだめなんだ。


 本腰入れて情報収集しようか。

 動物を泣かせるのは趣味じゃない。後で一発ぶん殴ろう。




「ブチ丸!」

「にゃ!」



 呼べば返ってくるこの返事。

 丸くなっていたからだを起こし、シュタッとテーブルに飛び乗った!


「集会所に行って、学校に関する情報をあらゆる方面から漁ってほしい」

『わかったぞ!』



 そういって、ブチ丸は猫窓から外に飛び出していった。

 この時間は近所の神社で猫の集会がある。


 なにか有力な情報が得られればいいけれど、猫視点で得られるものだろうか。


 やらないよりはマシだろう。



「アリスは森の小動物からなんか聞いてきて。不審人物の情報とか特に。」

『りょうかいよ! あたしにまかせなさい!』


 同じく猫窓に体当たりして外に飛び出していった。


『おかあ、さん………らんまるは………?』


 赤子キツネの蘭丸も、自分にできることは無いかと僕を見上げた。

 くりくりした瞳が愛らしい。


「蘭丸は何もできないよ。お部屋の中で元気に遊ぼう」


 子供は遊ぶことが仕事だよ。

 そう思って蘭丸に告げたんだけど………しゅんと顔を伏せて、僕から目を逸らした。


『さみ、しい………』


 んぐぅぅううう!!!!!!


 この子を一人にしてはおけない!!!!

 この子は乳飲み子! まだまだ子供だ。

 好奇心旺盛で興味津々で遊びたい盛りなのに、遊び相手であるブチ丸とアリスを偵察に出してしまった!

 あああああああああああああ!!!!



「よーしわかった! 今日は僕が目いっぱい遊んでげっほごほっ、ゴフッ!」

「ああっ! みくるちゃん!! 自分の体調を考えて!!」

「離してタマちゃん! 僕はめいっぱいモフモフするんだい! この熱いパトスは誰にも止められ―――はぇ………? 世界がまわる………?」


 体調不良で興奮して意識を失うという経験をしたのは初めてです、はい。



                   ☆




 丑三つ時。

 つまり午前2時ごろ。



 見張りの消防隊を残して、生徒たちは就寝した。



 即席とはいえ、校門にはバリケードを。裏門にも机を高く積み上げてバリケードを作り、オークやゴブリンの侵入を防いでいた。


 だが、そんなことは2つの意味で、無意味であった。


 まず一つ。

 岡田修による結界の効果で、外からの侵入する魔物は、建物自体を認識できず、さらには触れると浄化されてしまうため、迂闊に近づくこともできなかったため。



 もう一つは………



「………ここからは呪術師の時間や」



 岡田修が結界を解く。


 その2分後。

 建物を認識した草原の魔物。

 風下に存在する森の魔物。

 山の魔物。


 そして、夜の魔物には――――


 バゴォオオオオオン!!!

 ガラガラガラ!!!



―――バリケードなど、あってないようなものだからだ。




 突然の轟音に、生徒たちは怯え、あるものは武器を構え、ある者は隣の者にたたき起こされる。



「くれいじぃくれいじぃ、ピンクぼーむ。あっちゃこっちゃあっちゃこっちゃ、ちゃちゃちゃの、ちゃ!」



 ここ最近の修のお気に入りアニメ。『マジカル☆霊♡媒♡師!』のOPを口ずさみながら、一人、夜の廊下を歩く。


「よーるに紛れる悪霊はー。それー、マ・ジ・カ・ル手榴弾♪」


 左手の指にはお札を挟み、無造作に振り、踊るように回り、まるで振り付けを楽しむかのように、【黒い影】を切り裂く。

 しかし、その振り付けは女物のためか、修の動きはかなり気持ち悪いことを、彼は自覚していない。



 キュッ、キュッ………と足音を響かせながら、静かな廊下にそれはそれはやかましく歌う声は響く。

 無駄に正確な音程は、聞くものの神経を逆なでしていた。


「うわあああ!! なんだこいつ! 攻撃が効かない!!!」



 【黒い影】に向かってぶんぶんとカタナを振るう生徒。

 襟のバッジの色と、上履きの色から中等部2年生だろうとあたりをつける。


 彼の後ろには何人もの生徒が教室内で武器を構えて震えていた。

 なんとか【黒い影】の侵入を阻止しようとしているが、レベルが覚醒していないのか、動きが稚拙で、敵の正体を見破れていないのか、【黒い影】に向けたカタナはすり抜け、まるで意味をなしていない。


 同じ学年の生徒であれば助けるつもりなどさらさらなかったが、修が居るのは中等部の校舎。

 同じクラスの連中と鉢合わせるつもりなどないため、中等部校舎の見回りを行っていた。



 結界を解除すれば、夜の魔力に当てられて、ゴーストが発生する。

 それに、校舎の外からは再び魔物も侵入する。



 フユルギの指示とは言え、自分の意思で解除した結界だ。

 ある程度の責任をもって、修は夜の校舎の見回りを行っているのだ。


「あー、そいつね、聖属性か霊属性か魔法攻撃しか当たらんよ。ゴースト系はおっちゃんの十八番や。任しとき」


 歩きがてら、数珠を巻き付けた右手で【黒い影】に触れると


 うぅぅうぅぅうぅおぉおんぉおおおんん!


 と、気味の悪い断末魔を響かせながら消え去った。



「な? あの黒い影は最下級のゴースト。属性がなくとも、銀の武器か、割りばしで作った十字架とか、塩があれば子供でもダメージ通るよ。ホイコレ博多の塩。簡易聖属性アイテム。」


 そういって修が腰を抜かしている男子生徒に手渡したのは、丁寧に紙に包まれたもの。

 開いてみると、『簿記0点』と書かれた小テストの中心に、白い粉。つまり清めの塩が入っていた。


「あ、ありがとう、ございます」

「ん。ほな。気ぃ付けるんやで」



 そういって、修はまた無造作に御札と数珠を振り回し


「ぱやぱやぱっぱ♪ りっぱなー、ゴーストばすたぁにー♪ わーたしなっちゃるけ~んね~♪」


 『マジカル☆霊♡媒♡師!』のOPである『あいあむ立派なごぉすとばすたぁ』を熱唱しつつ、次々と【黒い影】を消滅させていった。




「あの、せんぱ「なんやなんやあの中途半端なエセ関西弁は! あんな関西弁、ワイは認めんで!」

「あ、おい! 村上!!」



 修が今まさに助けた生徒。

 それは、井上智香のクラスメイト。月野守。


 彼はレベルが目覚めたものの、やはりまだ己の能力を使いこなせていなかった。


 まだこの世界に来たばかりで、敵の正体もわからない。

 だから、ゴーストの対処法もわからないのだ。


 刀を振るっても、実態を持たないゴーストには触れられず。逆にゴーストに触れてしまった部分は、まるで凍傷にでもなったかのように腐り落ちた。


 幸いにして皮膚の表面を削られただけだが、こちらの攻撃が効かない以上、死を待つだけの敵だったのだ。



 それを助けてくれた先輩が何者かを考察しようとした。

 自分があれだけ苦労したあの黒い影を、鼻歌まじりに散歩でもするかのように

 修羅場をくぐって来た自信があった。なのに、自分では全く歯が立たなかった相手を、まさに歯牙にもかけず無造作に振り払っている姿は、尊敬さえできた。


 あの人話を聞けば、この世界での生き方がわかるかもしれない。

 そう思って声をかけたところで、クラスメイトで『鬼人』の異名を持つボクサー。

 村上信彦が修の鹿児島訛りの関西弁に異議を申し立てた。


「ワイの見立てでは相当できると見た! この挑戦状を受け取ったらんかい!」



 バシュッ! バシュウ!! と黒い影を歌なんか歌いながら消していく先輩に向かって拳を振り上げた


「うっちゃらちゃらら♪ ってうわああ!!? なに!? キレる10代!? 反抗期!?」


 後頭部直撃コースの右ストレートをしゃがんで避ける修


「ほう、死角からの攻撃を見もせんと避けるとは、センパイ、なかなかやるやんけ」

「いやそげん絶叫されながら走ってこられたらどげんビンタどんだけ頭がわるくても気づくわ」


 修は天職のレベルをカンストしている。

 だが、仮に不意打ちを受けたら、いくらカンストした修と言えどもかなり痛い。


 中学二年生男子の考えていることなど、修にはわかるはずもなく、村上信彦からじりじりと距離を取り

 修は数珠を巻いた右腕を前に構える。


「お、やる気になってくれたんか?」


 村上信彦は、喧嘩が好きだった。


 ボクサーを始めた理由も、喧嘩が強かったからだ。

 ただ、ボクサーの拳は、凶器になる。だから顧問の先生に封印されていたのだ。


 しかし、この世界ではもはや関係ない。

 相手も摩訶不思議な術を使い、凶器おふだを携えた者だ。


 強者に敏感な信彦の鼻は、修を己の獲物(黒い影)を横取りした喧嘩相手だと認識した。

 化け物を簡単に屠る姿は、まさに強者のソレ。


 信彦はゴースト相手には物理は通用しなかったが、人間相手にも、ステータスを手に入れた自分の本気を試してみたかった。


「親切で助けたのに、なひけこげんなっとや? おっちゃん泣いちゃう!」

「ハハハハ! もっと泣かせたるわ!! ワイと喧嘩しようや!!」

「やだ! 逃げる!!! おっちゃん喧嘩とか嫌いやもん! 痛いの嫌や!」



 ばひゅん! と、効果音が付きそうな速度で、修は踵を返して逃げ出した。


「は………?」



 修の50m走の記録は7秒20

 早いわけではないが、遅くもなく、17歳の平均よりはそこそこ速い。

 むしろクラスの中では2番目に速いくらいだ。


 つまり、かなり運動ができる程度の13歳では、追いつくことはできない速度だった。



「逃げんのか! 卑怯もん!! 正々堂々戦わんかい!!」


 ふんが!! と地団太を踏んで修を指さす信彦。

 己が背後から襲い掛かったことを棚に上げ修を非難する!


「こんのアホが!!」


―――ガンッ!!


「あだーっ!! 何すんねん月野!! せっかくワイの本気出すチャンスを!!」


 そんな信彦の頭を、守はカタナの峰でガン!! と強めに殴った。


「チャンスじゃねえよ、恩人に喧嘩売るとか何考えてんだ!! バカ!!」

「恩人!? ちゃうわ! 獲物を横取りしたセンパイや! オトシマエつけてもらわな割に合わん!!」



 頭を押さえながら修を指さす信彦。

 そんな信彦を、クラスのリーダー月野守は底冷えするような視線で見下ろす。


「だったらお前ひとりであの黒いのと戦ってこい………」


 腹の底に響くような、その怒り心頭の声に、思わず信彦もたじろぐ。


「あ、いや、その………」

「拳を繰り出すたびに腐っていくその拳を見て、それでもまだ横取りだとほざけるなら、クラスから追い出すぞ………」

「ごめん、ごめんて! ワイが悪かった!」



 本気で怒っている守るを諫めて信彦も自分の短慮を反省する。

 さすがに何も考えずに行動しすぎたと、改めて思ったのだ。



「それにしても、あの人はなんであの【黒い影】の対処法を知っていたんだ?」

「持ってた数珠とお札が武器なんやろ。ゴブリンやオークなんかでは役にたちそうにないけど、お化けにはいかにも効きそうやん」

「確かに………しかし………あの人、どこかで見たような………」


 カサリ、と手のひらの塩を盛られたプリントを握り締める月野守。

 それを開いて、もう一度よく見てみると


 簿記0点のプリントには、しっかりと名前が書かれていた。

『岡田修』と。汚い字で。


「んー? ああ、あの人、井上さんと一緒にいた先輩だぞ」


 教室からひょっこりと顔を出していた鉄人が廊下まで出てきて、修の後ろ姿と守の持つプリントを見て、ポツリとそう答えた。

 鉄人は廊下の窓枠に背を預け、修が去っていった廊下を見やる。


「なんだって? 智香ちゃんとてつじんが言ってた、なんだかよくわからない高校生たちの?!」

「そうそう。あとてつひとだ!! すごく井上さんと仲良さそうだったし、この状況にもかかわらず、3年校舎の生徒会室で平然と煎餅食べてた。」


 鉄人の話を聞くと、智香を見つけたその場所は、4人の高校生と金髪のエルフと鴉天狗が居て、まるで既知の仲であるかのようにふるまっていたそうだ。


 一人はテレビにもそこそこ地元テレビに出演するようになった樋口ドラム。

 一人は中等部でも有名なおっぱいを持つ坂本奈々。

 一人は学園内で最も恐れられる男。大山不動。

 そして、なぜ一緒にいるのかは不明だが、先ほどの冴えないセンパイ。岡田修。


「そーいや、あの人、購買部でも見かけたな………」

「たしかに、ワイらの買い物が済んだ後、いつの間にか購買部で金髪エルフの手伝いをしとったで」

「智香ちゃんと一緒にいた鴉天狗の子も、あの先輩たちと行動をしていた。きっとこの世界について、何か知っているんだ! だ・と・い・う・の・に! このバカが! 喧嘩吹っかけて追い払っちまいやがって!!」


 こめかみに血管を浮き上がらせ、剣の柄でコンコンと信彦の頭を叩く


「正直、すまんかった」

「もう~~~! バカ―――!!」




 机はバリケードに使い、必死で清掃した教室の中。極限の緊張を強いられる夜に、一人の少年のツッコミが響く。


 そんな彼の耳に、タッ、と窓枠に足をかける音が聞こえる。


「………やせいのちかぽんが鋭いツッコミを聞いて飛び出してきた」

「うぉおおう!!? 井上さん!!? いったいどこから湧いて出たの!?ここ2階だよ!?」


 耳元でささやかれ、鉄人は飛び跳ねるように振り返りながらその声から距離を取ると

 そこに居たのは、彼が好意を寄せる生徒。井上智香だった。


「………どこから湧いて出たとは失礼な。きちんと窓から湧いて出たわ」

「二階の窓から湧いて出たところは否定しないんだね!! はぁ、それで、どうしたの。あの高校生たちと同じ部室で寝るって言ってたけど、なにか変なことされてない?」



 突然現れた智香に驚きつつも、自由奔放にふるまう彼女にも慣れてきた。

 彼女は日本にいる時よりも生き生きしている節がある。

 【怪力の悪魔】と恐れられた彼女に、日本は狭すぎたのだ。


「………ん。大丈夫。あの部室、男性しかいないはずだったのに女性比率の方が多いし、オサムはヘタレだから手を出すこともない。オサムと一緒にさっきまで寝てたから。これ証拠。」


 智香は修と一緒に校長椅子に座り、二人でポーズを取った例の写真を見せる


「めっちゃ満喫してる――!!?」

「これ、さっきのセンパイやんけ!」

「ほんとだ! こんなに近くて何もないのが逆に不思議でならないんだけど!」

「………実際何もないのだから仕方ない。ちょっとノーパンの時にスカートの中を見られてしまったくらいよ」

「重症じゃないか!! 何がどうしてそういう状況になったのかわからないけれど………冗談………だよね、井上さん!」

「………(→)」

「こっち見てええええ!!」


 智香に好意を寄せる鉄人のリアクションやツッコミにどこか満足げな表情だ。


「………まあ、一緒に寝たのは本当よ。………夜の見張り、わたしが替わろうか?」

「一緒に寝てたって………言い方。警戒心なさすぎじゃ………見張りは俺たちが交代でするから。智香ちゃんは………どうせあっちの先輩たちと一緒にいた方が楽しいんでしょ。行ってきていいよ」

「………ん。あのボランティア部はわたしと同じ。特殊な能力を持つ人の集まり。だから、わたしの居場所はこっちじゃなくて、あっち側だった。こんなわたしと、仲良くしようとしてくれて、ありがとう。」



 守は、智香が異常な怪力であることを知っている。

 【怪力の悪魔】それは彼女の学年の生徒は知らないものはいない。


 初等部の高学年のころ、編入してきた智香は、クラスで行われた体力測定で握力計を握りつぶして破壊した。

 智香の小さな指の跡がくっきりと残るほど、ぐしゃり、と。


 それからだ。彼女が他人と一定の距離を保つようになったのは。

 心無い噂を流されても、彼女は教室でラノベを読んで極力生徒との接触を避けていた。

 自分と一緒にいると、大けがでは済まない事態になると思ったからだろう。


「やっぱり、そういうことだったのか………そんな気がしてたよ。ちゃんとクラスに顔出してくれよ。いくら智香ちゃんが特別な能力を授かっているからって、心配なのは変わらないんだから」


 彼女と同じように、何かしら特殊な能力を持っているという、現在智香ちゃんと一緒に行動している高校生。

 いつもクラスメイトからは一定の距離を取っていた彼女が心を開ける相手が現れたことを、守はうれしく思った。

 その相手が、鉄人や自分と言った、クラスメイトではないことに若干の寂しさを覚えながら。



「………ん。ちょくちょく顔出すわ。とくにひかりちゃんには世話になったし。」



 怪力の悪魔と呼ばれ、周囲からも距離を取られていたが、そんな彼女に積極的に話しかけていたのが、同じくクラスメイトの朝比奈光。

 彼女のおかげで、智香はおかしなイジメにも会うことがなく、平穏な日陰生活を送ることができたといえよう。

 なんだかんだで聞き上手な智香は、クラスメイトの相談役として、ある程度の存在感があったともいえる。


 智香も、居場所ができたからと言って、今まで世話になった恩を忘れるほど愚かではないのだ。


「………じゃあね」



 と別れを告げて、2階の窓から飛び降りようとする智香だが


「待ちィや井上! さっきのあの先輩、なんていうんや、知り合いなんやろ」


 ボクサーの信彦呼び止め、修のことを聞き出そうとする。


「………岡田修。霊能力者で、呪術師をしている。それ以上、詳しくはわたしも知らない」

「霊能力者………」



 幽霊などを信じていなかった。

 だが、異世界に飛ばされたこの状況と、先ほどの黒い影。

 そしてそれらをあっさりと退治しているその先輩の話は、信憑性がありすぎた。



「………オサムはどっちに行ったの?」

「高等科校舎の渡り廊下のほう………」

「………ありがと。じゃあね」



 そのまま智香はうしろ向きに飛び降りてしまった。



「やっぱり、智香ちゃんは俺たち普通の人間とは違うんだな………」

「もう井上さんがこの異世界トリップの主人公じゃね?」

「せやな………あの圧倒的余裕と強者感………すでに完成された系の主人公やな。だったら成長系主人公はワイらが貰ったるわ」



 パシンと拳を左手のひらに打ち付けて、自らの成長を誓う信彦。

 鉄人と守も同様に頷き合った。


 ここは、自分たちの力で生き延びなければならない、サバイバル漂流教室。




                 ☆



「あかん、最近の中学生、怖いわぁ」


 バクバクと鳴る心臓を押さえ、修は夜の校舎を徘徊し。


「うぅうううう…………」


「おろ、この消防隊、ゴーストに乗っ取られとる」


 修は御札をペタリと消防隊の額に貼り付けた。

 シュワシュワと溶けるように、消防隊の身体に入り込んだゴーストが分離し、恨みがましそうに修を睨むが、無造作に振るったお札によってゴーストは切り裂かれる。



 気を失った消防隊員が崩れるように廊下に倒れた。


「………そのお札、幽霊に対して特攻を持ってるのね」

「うぉおう!? びっくりした!」


 無感情で切り裂かれたゴーストを見ていた修は、急に声をかけられて心臓が跳ね上がる。

 幽霊や妖怪になれていても、いきなり話しかけられれば当然ビビる。


 渡り廊下の窓枠に足をかけて現れたのは、物静かな薄桃色の髪の少女。

 どうやら、外から現れたようだ。


「何気に智香ちゃんって意外と素でスニーキングスキル高いよね………。」

「………そんなつもりはないのだけど………」

「まあええわ。このお札はおっちゃんの霊媒師として使用できる武器やからね。職業適性とマッチした武器で適正のある敵と戦うのがベストや。おかげで精神生物スピリチュアル系を相手にするんは得意やけど、物理系マテリアル相手はてんで弱いよ。なんやかんや言って、おっちゃんSTRやなくてMPで戦うタイプやし。」


「………ふーん」


 智香は興味深そうにお札を眺め―――


「………おっと」


 智香の周囲にいつの間にかゴーストが集まっていた。


 智香はピョンと窓枠から廊下の中に入ると、効かないとは知りつつ、ゴーストを手首のスナップを利かせてしっしっと鞭のように追い払う。

 すると、その指先にでも触れてしまったのか――


 パチュンッ! と水でも弾くかのような軽い音とともに、ゴーストは弾けて消えた


 同時に、ヴォン! という風を切る音、さらに智香の足元に若干の亀裂が走る。


「………消えたんだけど」

「これだから【怪力乱神かいりょくらんしん】は………」

「………物理特化だからわたしの天敵になると思ったのに」


 怪力乱神。それは物事を力技で解決する能力。

 その圧倒的な怪力の前に、物理無効など、貫通してダメージを与えてしまうのだった。


「ゴースト退治は霊能力者の十八番やっちゅうのに、お株を取られておっちゃんの存在意義が揺らぎますやん」

「………偉い人は言ったわ。『レベルを上げて物理で殴れ』」

「それを体現して物理無効を無視して物理で殴んなや」


 うりうりと智香の頭を撫でまわして、ペイッと放り投げる。


 突然の自分でも意識しなかったボケに対して適切にツッコミやリアクションをくれる修。

 やはりボケツッコミは心の清涼剤だ。と心の中で呟きながら、髪を整えて修の隣に並ぶ


 そして、高等部と中等部をつなぐ渡り廊下から校庭を見下ろす。


「………結界を解いたらすぐにこうなるのね。ゴーストだらけ。」

「街中じゃないから、当然やんな。夜は特有の魔素でゴーストやゾンビ。夜行性の魔物の強さが跳ね上がり、発生率も上がる」

「………ましてや、今この学校は新鮮な死体で溢れている」

「しかも、丑三つ時ときた。ゴブリンにやられた生徒たちを、もう一度殺さないといけないんだよなぁ………。SAN値チェック必至やんな。おっちゃんはそげんとになれとるからええけど。」



 月明かりに照らされる校庭の中心。智香が葵を連れて山から跳びだし、着地した爆心地。

 砂や土が舞い上がり、都合よく大穴が空いた場所に、生徒たちの死体を入れていた。

 上から土をかけて埋められた地面の下。夜の魔力に当てられて、ぼこり、ぼこりと音を立てながら地面から這い出して来る


「うわぁ………」

「ほいSANチェック。1/1D3やな。サイコロいる?」

「………気持ち悪いけど、あれはそういうモノなんでしょう。しないわよ」



 ふいっと、視線を逸らし、智香は高等部校舎へと歩みを進めた。

 智香も修も、あの魑魅魍魎から学校を防衛するという考えはない。


 自分の身は自分で守れ。というドライな気持ちだ。

 ただし、自分の身内が危険な場合は全力で守るという注釈がつくが。


 学校が転移してからというもの、非常電源のみが校内を照らす。

 かなり長い距離を開けて、赤い非常灯と、小さなLED電球が廊下に光を灯す。


 教室の中にまでは設置されていないのか、いっそう不気味さが増している。


 さらに、薄暗い明りに照らされて、黒い影が動き回り、パニックになった生徒たちの声まで聞こえる始末。


 高等部一年学年はクラスごとにまとまった上に、数人の見張りを置いて、教室の中に閉じこもっている。



「おい、あんたら! こんな時間に何してんだ!!」


 見張りの生徒に声をかけられた。

 中等部と同様にゴーストの攻撃に悩まされているようで、当たらない攻撃をぶんぶんと振っている。


 それでも、中等部よりは被害が少ない。

 おそらく、聖勇気が巡回しているおかげだろう。


 彼の持つ神剣・オートクレールはゴーストも切り裂けるし、彼は自力で魔力の動かし方を理解している。

 彼が居るならば、高等部のゴーストが少ないのも理解できる。

 だが、それだけでカバーできるほど、彼はいない。

 聖勇気は一人しかいないのだ。高等部の校舎を一人で守り切れるはずもないし、午後2時という時間も相まって、全員が精神を消耗しているだろう。


 戦える人数が限られる夜戦となれば、戦える手段を持つ修が、対処法を教えてやるしかないのだ。



「散歩や」

「………駆け落ち?」

「だから散歩やて。そのゴーストな、塩ぶっかけてやれば攻撃当たるようになるで」


 智香のボケにもしっかり返す律儀な修である。

 そういって、修がポケットから取り出したのは、清めの――


「あ、在庫切れ」


 ただのレシートだった。ファミチキ180円


「しゃあない。智香ちゃん、ちょっとおっちゃん行ってくるわ」

「………ん。いってらっしゃい」



 智香はそういって修に手を振り【気配察知】を意識して目をつむる。

 智香の周囲5mには1体のゴーストと、先ほど話しかけてきた生徒のみ反応する。

 そのまま気配察知の発動を止めない。熟練度の上昇を信じて。



「順平!! よせ、順平!!」



 生徒の一人が、青白い顔でナイフを握り、フラフラと人形のようにおぼつかない足取りで生徒たちに迫っていた。



「くそっ! どうすれば………!」



 順平と呼ばれた生徒は、ゴーストに肉体を乗っ取られ、クラスメイトを襲う暴徒と化していた。



「そげん武器振り回したら危ないやろが」


 乗っ取られた生徒の足取りは重く、クラスメイト達は生徒がゴーストに取りつかれたことで正気を失っている。

 固まり、怯え、錯乱。攻撃していいのか、どうにか引きはがせる手段はないのか。

 物理攻撃がきかないのに、どうやって敵だけを始末したらいいのか


 わからないことだらけで、その順平に武器を向けられないでいた生徒たちを差し置き


 修が順平のナイフを持つ手を掴んだ


 普段の修ならば確実に静観を決め込む状況であるのだが、あろうことかステータスが人外じみているため、ある程度強気になれるのが、このヘタレの特徴だ。



「おっちゃん体育とか好きやけど柔道は一番苦手なスポーツや。上手に転ばせることができんけど、許して頂戴!」


 相手の足を踏みながら、掴んだ腕を力任せに引っ張って無理やり転ばせる修。

 相手が普通の人間だったらうまく踏ん張って耐えることができただろう。

 だが、転ばせた相手はバランス悪くふらふらと歩くゴーストが操縦している人間だ。

 簡単に転ばせることができた。


 ついでにナイフを奪い、仰向けに倒れてしまった生徒にまたがる。


「お、おい! 何してんだ! 殺すなよ!!」

「殺さんよ。ちょっと浄化してやるだけや」


 左手でスマホを操作してお札を顕現させ、生徒の頭に押し付けると



「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


 濁ったような声を上げ、苦しそうにもがく生徒。


「うっさいなぁ………さっさ楽にならんかい!!」

「ごぶぁあああ!!」


 ドムッ!! と数珠を巻いた右手で生徒の腹を殴ると、ドロリとしたエクトプラズムが口から放出された。

 それはぐちゃぐちゃと形を変えながら徐々に人の形を作る。まるで深淵を思わせるような昏い色の瞳で修を見下ろし、苦悶の表情を浮かべながら生徒から離れる。

 なんだこれは、ヒトが相手にできるものではない。

 生徒たちはそう思ったことだろう。不定形の影はこちらの攻撃をすり抜け、腐食するような攻撃を行い、人の身体を乗っ取る。

 対抗の手段すらない。そんな異形の化け物をみた生徒たちは、一様にパニックを起こして叫び声をあげる。


『ぐ………よくも私の依り代を!! ゆるさ』

「そういうの良いから、死んでろ」


 バシュッ!


『ぅうおぉぉおおぉおおん!!!』


 無造作に御札で切り付けてそいつをあの世送りにする修。


「憑依できてしゃべれるってことはちょっと上位のゴーストやったんか………。人手不足が加速してんなぁ………」


 気を失った生徒から腰を上げ、教室の入り口に向かう修


 呆然と修を見つめる生徒たち。

 自分たちが手も足も出なかったゴーストに臆することなく、立ち向かい、しかも一瞬で始末して見せた。


「あのゴーストな、塩があればダメージ通るようになるから。あとは………十字架のペンダントでも持っている人が居たら、武器に巻き付けて攻撃しなはれ。何もないんやったらあの子の額についてるお札あげるから、それでなんとかしてくいやんな。あとは………このナイフに………あよいしょ」


 さらに、ナイフにペットボトル水(コーラ)をダパダパと掛けると


「そら!」


 そのナイフを、浮遊していたゴーストに投げて突き刺す。

 自分たちと同じようにすり抜けてしまうかと思われたそのナイフは、黒い影に突き刺さり、暗い断末魔をあげながら消滅した


「おっちゃんの手持ちの聖水でナイフに聖属性付加したから。それで退治できるやろ」


 ゴーストに対する対抗手段を教え、その教室を後にした。


「それに、相手はゴーストだけやないで。校庭からゾンビも湧き出してきよった。草原からはゴブリンも入ってきよる。はやいとこ戦う準備始めたらなあかんよ」


 内心でちょっとヒーローっぽかったかな。とかほくそえみながら智香の傍まで寄ると


「ほな、次いこか」

「………了解」




 智香を連れて、その場を離れる修。




「あの人、購買部にいた人、だよな………?」



 なお、この噂は翌日には全校生徒に出回ることになる。

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