第28話 家庭科室―井上智香【カレーは飲み物】
☆ SIDE タマ☆
「さて、飛行船も動き出したわけだし、目的の国までの到着はおよそ12時間。どうするにもこうするにも、待つしかない状態だ。」
飛行船は広いのだー。
私たちが乗り込んだ飛行船は、エコノミー、ビジネス、ファーストクラスとある機内の、ファーストクラスに属する場所だよー。
ファーストクラスには私たちしかいない!
葡萄はお金持ちだねー。
「つまりー?」
「12時間、何をするにしてもここから動けない。ログアウトする。お前ら、端末出せ」
「ログアウト………?」
首を捻りつつ端末を取り出す
「元の世界への戻り方を教えてやる。12時間後、もう一度この世界で落ち合おう」
「元の世界の戻り方って………まさか、私たちがこの世界の住人ではないって知ってたの!?」
「あの始まりの草原に居てわからないとでも思ったか。オレも元は向こうの世界の住人だ。お前らよりもはるかに先輩の、な」
私たちの端末を受け取った葡萄は、連絡先を登録してから端末を返してくれた。
「おっちゃんが異世界を旅できるくらいだから、他の人も居るとは思ってたけどー………」
「………そんな気はしてた」
「だから私たちに親切だったんだねー。」
「さて、元の世界への帰り方だが、討伐モンスター一覧の中にあるミミックオクトパスをダブルタップしてスライドすると、表示がログアウトに切り替わる。その後、キートレントをログアウトの上にスライドドロップして、ログアウトボタンを5連打したら、元の世界に帰れるぞ」
「ほへぁー………どーやら、どーしてもこの世界では私にツッコミをさせたくてさせたくて仕方がないということがよーくわかったよー………」
ボケ担当だって言ってるのに、世界の方が私にツッコミを入れさせたがる。
なんでログアウトボタンが討伐モンスター一覧のなかにひょっこりあるのよー!
しかもそんな面倒くさいことをしないとログアウトできないなんて、葡萄に出会わなかったら、私と澄海くんは一生この世界から出られなかったかもしれないじゃん!
「………シロ」
「ソラくん………私たち、ものすごく運がよかったんだねー………」
「………(こくり)」
討伐モンスター一覧からミミックオクトパスをダブルタップしてスライドするとー、
確かにログアウトに切り替わったよー。
そっかー、最初にキートレントとミミックオクトパスを討伐したのは、これが目的かー
「いろいろありがとー、葡萄さーん。私とソラくんだけじゃー、こんなにスムーズに行けなかったよー」
「だろうな。さすがに元の世界にはお前らを心配して待ってるやつがいるだろう。行ってやれ。オレも用事でそろそろ戻らなければならないからな」
「わかったー」
葡萄はスマホをいじって最後にタタタタタッ! と連続で画面をタップすると
「………消えた」
「消えたねー」
これは、もうお前たちも早く帰れってことなんだろうねー。12時間。本当になにもしようがないんだ
「………僕たちも戻ろう」
「特に何かが進展したわけではないけれどー、おっちゃんに一歩近づいたかなー」
「………みくるちゃんが言っていただろ。僕たちは外からおっちゃんたちが戻ってこられるように努力するべき。異世界に行くのは、ただの寄り道だ」
「最初に誘ったくせに、自分のことは棚に上げるんだからー。今のことも、礼子さんに報告しないとねー」
私と澄海くんも、スマホを操作し、ログアウトボタンを連続タップして現実世界へと戻ることにした。
☆
☆ SIDE みくる ☆
購買部での商売の後、僕たちはフユルギの後に続き、家庭科室に来ていた
時刻は午後18時。周囲も暗くなってきたところだ。
「というわけで、料理を作ります。」
おっちゃんが腰に手を当ててどや顔を向けながらそう言い放った。
「どういうわけかしら」
「わ、わかりません」
あきれたドラムちゃんがため息をつき、坂本ちゃんも首を捻っている
「僕が代わりに説明しよっか。今、時刻は18時。まだ明るいけど、夕方な時間だよ」
「そうね」
「そして、終業式があった今日。あろうことか、お昼を食べていないよね」
「た、たしかに………いろいろとショッキングなことが多すぎてそれどころではありませんでした………」
「というわけで、料理を作ることになったんだよ」
僕はおっちゃんの代弁者。
おっちゃんの考えていることも手に取るようにわかるよっ!
「僕、寸胴鍋でカレーを作るのって初めてだよ」
「おっちゃんもやで」
僕がスマホから取り出した400年前のお野菜たちとカレールゥなんかを調理してもらうことになる。
いやあ、本当に便利。スマホの中に収納すると物が腐らないからね。
ちなみに、スマホに収納できるのは、数に限りがあるよ。
収納できる数は自身の職業レベルに依存する。
Lv.1なら一つのアイテムを1個ずつ。
Lv.250なら250個のアイテムを250個ずつ。
最上位職Lv.250なら750個のアイテムを750個ずつってね。
しかも武器枠、防具枠、回復アイテム枠、食料枠、魔物枠、その他(フリースペース)枠
合計6つの枠に分かれているから、想像以上にアイテムボックスしているよ。
レベルが低かったらそれだけアイテムボックスも狭いので使い勝手が悪いけど、こんだけレベルがあったら、苦労もないってね。
「完成したら起こしてくれ。それでも起きなかったらほっといて」
「寝る気満々!!」
フユルギは僕たち一般ピーポーより料理上手な癖に手を抜きたがる。
すでに腕を枕代わりにして、寝る体勢だ!
「しゃーないな。おっちゃんかてサブ職業が【料理人】の端くれや。カレーくらいならウチの子たちに何度も披露したことあるし、パパっとやっちゃいましょか」
「岡田、あんた料理できたのね………」
「できんよ。でも覚えるしかなかったにゃ」
「じゃあなんでサブに料理人なんて取ってるんだよ………」
僕はあきれてため息を漏らす。
おっちゃんは器用でもなければイケメンでもない。
運動能力はそこそこ高いが運動音痴。
勉強もできるわけではないどころか授業中にラノベを読んで簿記のテストで0点を平気で取ったりする人間だ。
「自分のためや。自分と猫たちの。」
「そういうことね………」
でも、やればできるの典型でもあり、追試のテストでは90点台を平気で取る。
努力すればそこそこの結果を出せるのに、絶対に努力しないマンなのだ。
だからおっちゃんは料理は下手でも、勉強すればそこそこ普通の料理を作れるようになるだろう。
料理人を選んだのも、なんとなくだけど自分の生活に直結しているからなんじゃないかなと思った。
近所のスーパーに売ってある『ペットが食べても大丈夫! ○○弁当!』シリーズだけではおっちゃんが飼っている猫たちも飽きてしまうし、お金もかかるからね。
それに、おっちゃんは親戚の農業組合の組合長からバイトとして鶏の解体を頼まれているので、鶏肉に関する解体技術はこの家庭科室の中の誰よりもうまいという事実があったりなかったり。
バイトの癖に1分あれば鶏を部位ごとにバラバラに解体できるらしいし、もも肉だけであれば1分で3本は骨抜き軟骨抜き健骨抜き足ガラ取りを終わらせてしまえると言っていた。
本職は1分間に8本以上できるらしいけど
「とにかく。作業に取り掛かろうや」
「それもそうだね」
包丁の扱いが下手でも、バイトとして型が付けば自然と体が動くものだ。
今回は鶏肉じゃなくてホーンラビットの肉だけど、関節を見極めて解体する技術はやはりおっちゃんが一枚上手だ。
僕はホーンラビットとはいえ、動物が解体される瞬間を見るのが嫌なので、その辺はおっちゃんに任せます。
解体中って匂いすごいしね。
☆
「………そんな面白いことをしているのに、なぜわたしを誘わない」
「こんにちわですー」
「智香ちゃん、葵ちゃん。いらっしゃい。他の中等部の生徒は?」
「………警察や消防隊と協力して死んだゴブリンの処理と無くなった生徒たちの遺品回収中」
もうすぐ完成、というところで、智香ちゃんがやってきた。
というか、僕が呼んだ。『カレーあるけど食べる?』って送ったら
『いまいく』と即座に返信を貰ったんだよ
ややむくれ気味の智香ちゃんが家庭科室に入って来た。もちろん、風丸葵も伴ってだ。
先生たちに責任を擦り付けようとしていた警察の人たちもようやく現実を認識し始めたのか。
これは学校の責任でもなければ警察の責任でもない。
予測のできない事態なのだし、日本での情報もこちらには届かないのだ。
誰もかれもがパニックラビリンス。現実を直視するのが遅すぎだよ。
ようやく動き出して、初めにすることが死んだ生徒たちを空き教室にまとめ、遺品を回収し、ゴブリンやホブゴブリンの死体を埋めるために穴を掘ったりと、そんなことをしているんだ。
「クラスの子たちは参加しているんやろ? 智香ちゃんはほっといてええのん?」
「………わたしは当然、サボタージュ」
「悪い子やのう」
「………(フンス)」
唇の端を持ち上げ、フンスとどや顔の智香ちゃん。
褒めてないけど、この子は絶対にぶれないな。
「………フユルギは寝てるのね」
「そっとしといていいよ」
「………ん。そうする」
フユルギはほっとこう。そのうち起きるでしょうし。
さてさて、ご飯も炊きあがったので、器にご飯を――
「………どんぶり」
――どんぶりにご飯をよそってその上にカレー(辛口)をかける
「………いただきます。」
出来上がったものを一番最初に食べたのは智香ちゃんだ。
よっぽどおなかがすいていたのか、どんぶりで要求してきたし、山盛りだし、食べるスピードも速い。
「はい、おっちゃんも召し上がれ」
「いただきちゃん」
「葵ちゃんも」
「いただきますです」
「坂本ちゃんとドラムちゃんも」
「い、いただきます」
「ねえ、あなたはいいの?」
僕がみんなにカレーをよそってあげていると、ドラムちゃんが僕の分について聞いてきた
それに応えようと口を開いた瞬間
「………その前におかわり」
「あ、はい。」
智香ちゃんはもう食べ終わっていたのか、すぐにお代わりを要求してきた。
なんだと、あのスピードの癖に米粒の一つも残っていないどころかルーの色すら残っていない!?
ドンブリの底まで舐めた、のか!? あの短時間で!? バカな!?
人間業じゃない!
「………カレーは飲み物」
僕が戦慄していると
ペロリと唇を舐めてスプーンを持った親指を突き出す。
早く次をくれという合図だ
なんということだ。あのどんぶりは特盛だ。
一応バドミントン部副部長の肩書を持つおっちゃんでさえ食べ切れるかどうかわからないレベルの量だというのに、一瞬で平らげ、かつ次を所望するなど、胃袋が破裂してしまう!
「………ハリー」
「ただいま!」
僕は急いでご飯をよそってルーをかけ、智香ちゃんに渡す。
なんてこった。智香ちゃんは【
ユニークスキルにはなりえない特別なナチュラルスキル。【
「………ん。ごくろう」
僕からどんぶりを受け取った智香ちゃんは、ゴクッ、ゴクッと軽快な飲みっぷりでカレーを飲んでいた。
まさにその姿は『カレーは飲み物』を体現していた!
「えと、なんの話だっけ」
「貴女は食べないのって話」
智香ちゃんの思わぬはらぺこぶりに話の内容がすっ飛んでた。
「ああ………僕は本当に食欲がないからいい。それに、僕のこの肉体に至っては仮初だし、現実世界でおかゆでも作って食べるよ」
「そう………貴女は元の世界に戻れるんだったわね………」
「そうそう。しかも授乳期の子狐がいるから、頻繁に戻らないとまずいんだよね。そろそろミルクの時間だし、僕のモフモフ分も不足しているし、そのせいで熱がぶり返してきた………かも」
ちょっと熱っぽくなってきたかな。薬の効果もモフモフが無かったら切れるのも早いや。
「モフモフはみくるちゃんにとっても生命線なんやな」
「当たり前だよ。人間の三大欲求は
「うん、初っ端の二つが意味わからんわ。食欲と性欲どこ行った。お風呂は欲ちゃうし、ご飯も食べんと何が排せつされるっちゅうねん」
「そんなの決まってるじゃん、毛玉だよ!!」
「普段何食べてんのよ………」
呆れたドラムちゃんのツッコミが刺さる
僕が特別配合したペットフードとか食べたりしてます。
全身つかってモフモフするから、時々口の中に毛が入ったりするのは仕方ないよね。
と、そこで智香ちゃんがどんぶりから口を離して僕を見つめると
「………生活に必要な基本的な3つの要件」
と呟いた。三大欲求と続いて生活基盤か。
そこで僕が普通に衣食住と答えるとでも思ったのか。
片腹大激痛である。
「衣・食・獣!」
そう答えると、やはりかと言わんばかりに瞑目し、どんぶりを突き出した
「………おかわり」
「ツッコミなしはこたえるなぁ………」
「………わたしはそんじょそこらのボケ担当とは違うわ。わたしにツッコミを求めたこと自体が間違いよ」
まあ、僕は服と食べ物さえあれば神社の軒下でだって生きていけるよ。
タヌキや猫の住処だもんね。
なら僕も住める。
筋金入りのボケ担当はツッコミには回らない。いい勉強になったよ。
……………
………
…
みんながカレーを食べながら談笑していると、廊下から人の足音が聞こえる
ガン! ガンッ!!
と強めにドアをノックされた。
「………葵!」
「はいです!」
智香ちゃんの発声に合わせて、葵ちゃんが素早くタブレットを操作し、ビデオモードで録画を開始
この二人………息がぴったりでしかも反応が早すぎる
「カレーのにおいがするのはここか!?」
バンと力強くドアが開く。
「ひっ!」
「きゃあ!!!」
「んゆ? どなた?」
それは、警察官だった。
この学校が転移してからというもの、消防隊、警察官、報道のヘリを巻き込んで転移しているもんだから、当然のことながら警察官もこの学校にいるわけで
緊急事態だからか、腰のベルトのホルダーから伸びた紐が彼の手のひらの中に。
まあ、なんだ。つまり銃を構えていたんだよ
ゴブリンやオークなんかが出没する世界だ。
この警察官も戦ったんだろうさ。
だからといって、いきなり銃を向けられていい気分がするわけないよね。
坂本ちゃんは怯えて縮こまり、ドラムちゃんは短い悲鳴を。
僕はルーを混ぜる。
「いきなり銃口を向ける警察ってのは炎上待ったなしやんな。警察の癖に一般人を怯えさせるなっちゅうねん」
警察が入って来たことで食事を中断し、おっちゃんは席を立ってティッシュで口元を拭きながら銃口の射線上に立つ。
理由は当然、おっちゃんは死んでもいいから。
肉壁になれるからだ。
何度も死を体験しているおっちゃんには、死は恐怖ではない。
死んだところで、藁人形一つを生贄に蘇ることができるのだから。
「すまない、驚かせてしまったのなら謝る。許してほしい」
室内を視線だけキョロキョロと動かし、ゴブリンが居ないことを確かめたのだろうか。
警察官は拳銃を下ろした。
「ほな今から包丁をあんたの首元に突き付けるけど、当然許してくれるやんな?」
おっちゃんは眼鏡の位置を調整しつつ、調理台の上に置いてある包丁を手に取る。
「なっ!?」
「は!? おっちゃん、何言ってんの!?」
「岡田、あんたなんてこと言ってんの! バカなの!?」
突然のおっちゃんの行動に目を丸くする一同。
おっちゃんが包丁を手にした瞬間、警察の人もおっちゃんに銃口を向けた
「なにいってんの。警察のあんちゃんが言ってるのはつまりそういうことやろ? 首にナイフ突き付けて、『おどかしちゃった、ゆるしてね♪』が通用するとでも思ってはるのん? 銃口を向けられたってことは撃つ気がある無しに関わらず、殺されかけたってことや。『謝る、許してほしい』なんて言ってるけどちゃんと頭を下げて『ごめんなさい』を聞かないとこっちも納得できんよ。悪ふざけで済むレベルやあらへんからな」
「そうかもだけど、極端すぎじゃ………」
「おっちゃんも極端やと思うよ。
おっちゃんが警察官をゴミでも見るかのように見つめている。
おっちゃんは自分が撃たれることなどお構いなしに一歩、踏み出した
おっちゃんは強くはないが賭け事が好きだ。自宅に雀卓があり、麻雀やポーカーの入門書などがかなりの数が置いてある。
そんなおっちゃんだから、リスクを負わずに、そもそも頭も下げずに許しを得ようとするその警察の行為が許せないようだ。
「わ、わかった! 脅かしてしまって本当にすまなかった!」
慌てたように警察が帽子を取って頭を下げた。
す、すげえ………屁理屈こねて警察に頭を下げさせたよ………
ヘタレの癖に、ステータスが他の人より抜きんでているからってちょっと調子に乗ってるな?
「脅かされたことちゃうわ。銃口を向けられたことや。何勘違いしとるん? 自分がしたことわかっとらんのとちゃいますか? まあ、一応、謝ってはくれたし、おっちゃんも手に包丁握っとるわけやし、同じ土俵に立ってしまった以上それ以上の追及も辞めましょ。これ以上はどげんしてもおっちゃんがひねくれ者のただただ嫌な人間になってまうし、おっちゃん興味を失いましたー。こっちこそ包丁向けてごめんなさい」
コトッと包丁を調理台の上に戻すと、おっちゃんも警察の人に頭を下げる。
さすが………猫たちを教育しただけのことはあって礼儀だけはちゃんとしている
が、やっぱりやり取りとやり口がめちゃくちゃすぎてちょっとひねくれた人間だよ!
でも、強い者には下手に出るそんなおっちゃんが嫌いじゃないよ!
おっちゃんの出番もおしまい。あとの交渉なんかは僕らに任せてね。
そもそも、人見知りのおっちゃんに交渉事は向いていないしね。
「それで、お兄さんはなんでここにいるのかな? 職員室で先生たちと終わらない責任のなすりつけ合いの会議でもしていると思ってたんだけど」
「ひどい言いぐさだな………」
眉間にしわを寄せながら言い訳を探そうとする警察官。
「実際、シノブちゃんの放送が無かったらもっと死人が出てたわね………。正直、無駄な会議するより魔物の駆除をしてほしかったわ………。生徒たちが自分の手で魔物を殺している姿を見て何も思わなかったのかしらと、ずっとそんなことを考えていたわよ」
「わた、わたしは………パニックを起こした男子生徒たちに、お、襲われそうに………」
ガタガタと震えながら腕をさする坂本ちゃん。話には聞いていたけど、そのトラウマはやっぱり根強いみたいだね。頑張って放そうとするけどつっかえて、顔色も青ざめている
そんな彼女の肩を抱いてあげるドラムちゃん。
「………無能」
「責任の擦り付けよりも、子供たちを安心させるのが最優先だと思うです」
「そーいや智香ちゃんのクラスの中学生がレスキューまがいのことして生徒たちを助けてたよね。そっちのが警察や消防隊より有能じゃん」
異世界に来てからの警察や先生方の怠慢をここぞとばかりに垂れ流す。
「で、そんな無能警官がいまさら善人面して一般人を脅して何の用かな?」
僕もおっちゃんの作った流れを引き継いで警察に問いかける
「カレーのにおいがするから、もしかしたら人が残っているんじゃないかと思って来たんだ」
「それで銃向けちゃあかんやろ。JK」
「それは本当にすまなかった! でも、他の化け物たちが居ないかと、気が気じゃなかったんだ!」
慌てて弁解する警察官。
まあ、その気持ちもわからないわけじゃないからね。
「そういうことにしとこうか。ちなみにカレーは智香ちゃんが全部飲み干したからもう残ってないよ。ある程度の生徒にはいきわたるくらい作っておいたはずなのに、おかしいな」
「………照れる」
「褒めてないし。しかもあれだけ食べて、なんで普通にしてられるのさ。苦しくないの?」
「………ん。腹八分」
「化け物みたいな胃袋だね………」
「………その分わたしは13歳の平均体重よりずっと重いわ。身長は低いし腕は細いし胸もないのに」
でも、智香ちゃんの能力は肉体を酷使する【怪力乱神】だ。カロリーの消費が激しいのだろうと、納得。
能力のためにも食わないとやってられないのだろうね。
智香ちゃんのエンゲル係数はどうなっているのやら。
「時間も時間だし、生徒も先生も、報道陣も警察も消防隊も。みんなお腹をすかせていると思うんだよね。それだけの人数を賄える料理が作れるかはわからないけれど、早く行動するに越したことはないよね。緊急用の非常灯だけじゃ夜も明かせないし、もう19時だ。電気の通らないこの校舎では、もう寝る準備を始めた方がいい時間だよ」
それに、夜は魔物が活発になる時間でもある。
おっちゃんの簡易結界があるから魔物の侵入は防げているけれど、もし、それが解けたらこの学校は再び脅威にさらされることになる。
いつまでもこの校舎に居続けられるわけでもあるまい。
「だから早めに食糧事情をなんとかしないといけなかったというのに………。責任の擦り付け合いをしているし、購買部に買い物に来た生徒たちに至っては、もう安全な校舎の中で全財産はたいて武器買ったりしているし。頭悪いんじゃないかなってずっと思ってた」
「おっちゃんなら最初に初期武器売って食料買うわ」
「………食料を買ってたのって、もしかしてわたしのクラスの人たちだけ?」
「誰しもあなたたちみたいな特殊な能力持ってるわけじゃないわよ!」
ドラムちゃんからツッコミが入る。
いや、でも本当に先のことをよく考えているのはシノブちゃんが受け持つクラスの生徒たちだけだった。
あのクラスの生徒たちはよく訓練されていて統率が取れている。
先を見通す力の強いシノブちゃんと、同じような力を持ったリーダーが居るのだろう。
とはいっても、利己的な人間のせいで、購買部も途中で閉店だよ。
こればっかりは人間の醜さをよく表しているよね。
自己保身に走り、一寸先のことが全く読めていないの。滑稽だよね
「ゴブリンはまずくて食べられないだろうけれど、ほら。兎なら食べられるよ。消防隊の方ならゲテモノ系の調理の仕方くらい知ってるんじゃない?」
おっちゃんが慣れない兎の解体をして手に入れた角兎の皮をビロンと広げる
人肉を食する野生の兎だから生臭い? いやいや、この子たち、結構美味だから。
「それができるのは自衛隊の方やで。偏見かもしれんけど。」
「あれ、そうだっけ。とにかく、早く動かないと食べるものも無くなっちゃうよねってこと。実際、僕たちは襲って来た兎の肉を捌いて食べている。近くにスーパーはある? よしんばあったとしても、通貨は日本円が通じるとでも思っているの? 高等部の貯水槽だけで水は足りるの? だから早めになんとか衣食住を整えないといけないのに、高校生たちよりも対応が遅い警察ってなんなの?」
兎を食していることにうっと言葉に詰まる警察官だったが、そこまでしないと生きてはいけないサバイバル状態だとようやく気付いたのか、顔色を変えた。
「もしかして何も考えてなかった? さすがにそんなことは………」
「うそよね………。終業式だからみんなお昼のお弁当も持ってきてないのよ?」
「おっちゃん異世界に来て最初に食糧事情の心配したんやけど………」
「き、極限状態で、しかもいろんな死体を見たり死臭を嗅いだら、食欲も無くなりますけど、何も食べないというわけには………」
「………(わたしは貴重な食糧を飲み干したあげく、中等部の貯水槽を破壊したA級戦犯ね)」
青ざめた表情でこちらを見つめる警察官
うわ、きっと責任の擦り付けや目の前の非現実的な光景から目を背けてばっかりで食糧事情を考えていなかった顔だ!
「ギルティ! 早く他の先生や警察、消防と連携を取って料理の準備をしないと!! 黙ってても飯が出てくるのはニートだけだよ!! 食料は分けてあげるから! さっさと伝えに行って!!」
「わかった! すまない!!」
ダッと駆け出した警察官。
それを尻目に、僕はスマホのアイテムボックスからフリースペースにある食料を取り出していく。
パスタやカレールゥ、シチューの元やお野菜、香辛料などを家庭科室にドンと置いた。
肉に関しては何も関知しないことにした。そこまで世話を焼く意味もない。
「よし、それじゃあ、他の生徒や警察がここに来る前に、片付けてボランティア部に帰ろうか」
「………賛成」
「といいながら智香さんはもう鍋を洗っているです!」
「………食ったら働かないと。恩ばかり増えて返せないわ」
まあ、一番食べたのが智香ちゃんだからね。その分後片付けでは一番頑張ってくれました。
と、そこで智香ちゃんが重大な事実に気付く!
「………排水が、流れない」
「え、あ、そっか。下水管の先は土の中なんだ! 漂流教室ってのも一筋縄じゃいかないなぁ」
「じゃあ、トイレも似たようなもんになるんやな………最悪穴掘って野糞せなあかんか。」
「うぅ………女の子として、それは嫌………」
これから来るであろう生徒たちのことは知らない。
排水はスマホに収納し、適当に校庭の隅に捨てることにしたよ。
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