第25話 購買部―みくるちゃん【商売】




 岡田修は、藁人形を編んでいた。

 藁を束ねてひもで縛り、腹の中に自身の髪の毛を一本入れる。

 それだけにはとどまらず、霊力を込めて自身の能力となじませる。


 それによって、自分自身のダメージを藁人形に移し替えることができるのだ。


「ふぃー………これで在庫が4個。5回は死ねる計算やな。5回目は生き返れんけど」


「ずりーよなー。おっちゃんは死んでも生き返れてさ」

「その分おっちゃんに戦闘力は期待せんといて」

「端から期待してねえよ。おっちゃん雑魚だし」

「事実やけどひどい言いぐさ!!」


 フユルギは携帯端末をいじりながら、修とやり取りする。


 そんな、なんでもなさそうなボランティア部の部屋に


 携帯の着信音が響く。


「おっちゃんのスマホだろ」

「ほんまや………みくるちゃんからけ? ………はいな、もしもし?」



 ポケットからデフォルトの着信音が鳴り響き、修はみくるちゃんと表示されたスマホを耳に当てる



『もしもしおっちゃん!?』

「はいな、おっちゃんやで。どないしたん?」


 電話越しに聞こえる親友の声は、切羽詰まっていた。


『たすけておっちゃああん!! 人が、人がいっぱい! いっぱいにゃあああああ!!?』



 状況から考えるに、みくるちゃんのいる購買部に人が大量に集まってしまっているのだろう

 しかし、しかしだ。


「アホ抜かせ! 人見知りのおっちゃんを頼んな! なめとんのか!」

『で、でもっ! 僕だけじゃさばききれないんだよぉ!! おねがい! あとでジュース驕るから!』


 修は人見知りなのである!!

 知らない人と会話をすると背中の汗がえらいことになり

 自分から人に話しかけるということはほとんどない。


 話しかけられればひょうきんな対応をするが、自分からは一切話そうとしないため、そんな受け身なひょうきんさでは友達などできるはずもない。

 つまり、極端に友達が少ないのである!

 故に孤独! ゆえにボッチ! ゆえに、人見知り!!


「もう! しゃーないな………接客の方は任せたで。おっちゃん人前に出んのえらい苦手やもん」


 だが、親友の頼みを無下にするほど、根性が腐っているわけでもなかった。


『ごめん! たすかる!』


 ブチッと切れた通信に、修はため息を一つ



「………いってくるわ」

「てらー」



 修は藁人形を片手に、ポッケにスマホを突っ込み、げんなりした表情でフユルギに部室を出ることを告げる。



 お茶を片手にずっとスマホから目を離さないフユルギが返事を返し、修はボランティア部を出た。





                  ★



「うわぁ、ほんまに大盛況やん………」



 そこで修が見た光景は


 我先にと購買部でおしくらまんじゅうを続ける生徒生徒生徒。


 だれもかれもが、助かるための武器を欲している。



 修は藁人形を取り出し、生徒の山を越えて購買部の中に入るよう、藁人形を放り投げた。



 このままではみくるちゃんの助けに入ることもかなわないと判断したためだ。

 みくるちゃんは修の意図に気付いて、購買部の中に侵入してきた藁人形を机の下に蹴り入れる。



「………【位置交換チェンジ】」



 その瞬間、生徒たちには見えない場所で、藁人形と修の位置が入れ替わった。



「ありがとう、おっちゃん」

「これっきりにしてよ………おっちゃん目立つの嫌やねん」

「ごめんって」



 机の下から顔を出した修に、最前列の生徒が驚きの表情を見せるが


「ああ、まってまって! おっちゃん! 後ろの人たちにここに売っている物のリストを配っていって!値段とかいろいろ描いてあるから!」


 商品の整頓に入ろうとした修を制止して紙の束を修に手渡す。

 紙があっても時間がなかったらしい。


 みくるちゃんはお客さんの相手で精いっぱいになっているようだ。


「はいはい。このチラシね。おっちゃんはやらんよ。はい、これを後ろの人たちに回していってちょうだい」


 だが、修は配ってほしいというみくるちゃんの頼みを無視し、最前列の人間にチラシをドンと渡し、勝手に配るように言った。


「そ、その手があったか………」

「まだ風邪で頭が働いとらんのとちゃう?」

「そうかも」


 病み上がりにお客さん相手は大変だ。


「みんな! リストを見て買うものを決めたらお金だけ先に用意しといてね! 先頭に来たらすぐにお買い物を済ませるために! 切りのいい数字にしてあるからできるだけおつりが出る買い物はやめてね!!」


 みくるちゃんがお店を開いているとは思えない発言を大声で生徒に流し、生徒たちはチラシを見ながら自分が買いたいものと財布のにらめっこを始める。



「何買うんや。はよリストから選んでな。」


 そして、最前列に並ぶ人間は急いでリストを確認しながら、修に催促されることになる。


「えっと………な、ナイフを………」

「1000円や」

「えっと、これで………」



 生徒が取り出した千円札を受け取り、みくるちゃんが用意していたナイフを渡す


「ハイ次!」

「おっちゃん! お金は換金してからじゃないと」

「時間が惜しい。おっちゃんにそげん難しいこと求めんといて」

「把握!!」



 修が入ったおかげでお客さんがハイペースで流れていく



「あんた………なにしてんの?」

「立ち話する暇はないで、ドム子さん。買い物済んだら手伝ってほしいくらいや」


 そんな中で、事情を知る人物が現れた。

 樋口ドラムだ。


「ドム子言うな! まあ、いいわ。わたしに合う武器、何かあるかしら」

「踊り子やろ? そんなんやったら武器よりも服や。踊り子専用装備の覧がどっかに描いてあるやろ、そこ見てから来てよ」

「直ぐに買えるような値段じゃなかったの。わたしも何か手伝うわ」


 彼女は金髪の少女と一緒に生徒が購買部で販売しているという噂を聞きつけて、間違いなくそれが修であると判断したため、何か手伝うことはないかと心配してやってきてくれたのだ。


 自分の武器や装備、これからの事ばかりを気にする生徒たちとは違い、人を思いやる心を忘れていなかった。


「ほんまに? 助かるわ」

「私だけじゃないわ。この子も」

「あ、が、がんばります………」



 ドラムの後ろの引っ付くように、坂本奈々も頭を下げた


「おっちゃん、その子誰?」

「ん? ああ、おっちゃんとフユルギたんが助けた女の子。坂本ちゃんや」

「ふーん。おっちゃんって無自覚にフラグを建てる人だったっけ?」

「アホ抜かせ、助けなかったら寝覚めが悪いだけや。おっちゃんは聖人君子ちゃう」



 みくるちゃんも客を捌きながら、白い目で修を見る。


「ま、助けてくれるならなんだっていいや。それじゃ、ドラムちゃんは購買部列を整理して、坂本ちゃんはおっちゃんの手伝いをよろしく!」

「は、はいい………」



 坂本奈々も、慌ただしい購買部でできることを探して、修の傍についた。

 そのおかげか、見る見るうちに人の列は捌けていくいくことになる




                  ★


「おや、キミは………」


 お客さんが減って来た頃。

 購買部に一人の青年が現れた。


「いらっしゃい。勇者くん。なんか買う?」

「いや、それよりも、何をしているんだい?」



 言わずもがな、聖勇気である。

 彼は校内を見回り、ゴブリンもオークも見当たらないことに安堵し、校内の見回りをしていた。


 出会った人にはスマホから武器の出し方などを教え、修やフユルギからもらった知識を広めていた。


 彼のおかげもあってか、スマホとにらめっこしている生徒たちがちらほらといる。



「見てわからない? 商売」

「いや、だからって、なんで購買部に………」

「購買部が都合いいからだけど?」

「ああ………そう。ところで、何を売っているんだい?」



 詳しく聞くことをやめた勇気はみくるちゃんに売っている物のリストを聞いた。

 聖勇気はゴブリンたちを殺して回り、幾分か返り血を浴びているらしい。


 制服や髪にも少し付着しているのが見えた


「武器や防具。着替えもね。その服、着替えたら?さすがに気持ち悪いんじゃない?」

「ああ………そうだね。着替えをくれるかい?」



「無地のインナー上下セット300ギル。上着1000ギル。ズボン1000ギルだね」

「価値がわからない。紙幣価値を教えてくれ」

「めんどい。だいたい1円=1ギル。もう面倒だから普通に円で払っていいよ。僕ももう面倒くさくなっちゃったんだもん」


 円でいいと言われて、勇気は己の財布から5千円札を取り出した


「はい、じゃあこれが洋服と………お返しが2700ギルね。はぁ………この紙幣に価値なんてないのに………ゴミばかり増えていく………。」




                   ★




 お手伝いが増えたおかげで円滑に進むようになったところで


「おい!割り込みすんな!」

「うるさいわね! 文句あんの!?」



 と、一人の女性とが怒声を発しながら列を無視してレジまでやって来た



「あら、貴方、こんなところにいたのね」

「げ………」



 現れたのは、修のクラスメイト。

 大野紗枝


「すでにの野垂れ死んでいると思っていたけど、しぶといわね、あたな」


 彼女は大野財閥のご令嬢。オタクで根暗な修のことを毛嫌いしている人物である。


 うわさを聞きつけて購買部までやって来た紗枝は、そこに居る修を見て眉を顰め

 修の方も、苦手な人間がやって来たことで冷や汗を垂らす


「まあ、あんたなんてどうでもいいわ。ねえ、店員さん。もしかしてあなたがこの騒動の犯人なの? わたしを元の世界に戻してくださらない?」


 修から視線を外し、今度はみくるちゃんに目を向けると

 紗枝はみくるちゃんがこの異世界転移の犯人ではないかと疑いを向ける。


 彼女からしたら、いきなり異世界に飛ばされ、生徒たちを虐殺されて生き残って来た身だ。

 学校内に侵入しているこの小さな金髪の少女も、異世界転移に関与していると考えてしまってもおかしくはないだろう。


「ただの店員に何を言っているのかな。僕はいきなり異世界から転移してきた君たちを助けるために赤字覚悟でこんなところで商売して助けてやっているというのに犯人扱いというのに腹が立つ。出直してきて」


「ごめんね。気分を害してしまったのなら謝るわ。違うならいいのよ」


 目だけは笑っていない笑みを浮かべ、紗枝はみくるちゃんに謝罪した



「………」

「それで、何を売っているの?」

「チラシを配ってたはずだけど」



 おっちゃんをバカにする物言いもなることながら、紗枝の発言にそこはかとない悪意を感じ、当然ながらいい気分のしないみくるちゃん。



「あら、そうなの。じゃあ、それをくださらない?」

「あげてもいいけど、チラシ読むんだったら最後尾に並びなおしてね。ほかの人に迷惑だから」


 堂々と人の列を遮って先頭に立った人間に売るわけにはいかず、目録を見て買いたいものを決めてから来てくれというと


「まあ、なんて不親切な店員さんなの! 信じられない!」

「当然のことを言ったまでなんだけど………」

「当然? この状況のどこが当然? なんで怪しい人間から怪しいものを買わないといけないの? あやしげな物を売ってるんだったらそんな怪しげなものを買ってくれる人間を尊重しなさいよ。」


 あまりにも自分本位の物言いに、みくるちゃんは目を丸くする。


「しかも、こんな根暗オタクなんて雇って………もしかして、こんなのしか雇えないほど切り詰めているのかしら?」



 そんなみくるちゃんを見て、嘲笑を浮かべ、さらに横で作業をする修を一瞥すると、嫌悪感を顕にする紗枝。

 さすがに、あからさまに親友をバカにされれば、みくるちゃんの我慢の限界だった。



「じゃあキミは買わなくていいよ。僕は善人じゃない。………でも、僕は善意でここで売買しているんだ。だけど、善意を踏みにじられたら悪意で返すしかない。キミがそういう態度で臨むなら、僕は一度たりともあなたに物を売らない。売る側にだって、客を選ぶ権利がある」


「何よその言い方! あたしを誰だと!」

「知らない。帰れ。状況判断のできないマヌケは嫌いだ」



 そういって、みくるちゃんは陳列していた武器や防具、新鮮なお野菜などをスマホに収納していく


「お、おい! なんでしまうんだよ!」

「俺たちまだ買ってねえぞ!!」


「興が削がれたってのはこの時に使うんだね………自分でこんな言葉、初めて使ったよ。ごめんねみんな! 今日は店じまい! せっかくお店構えたのに、悪意ある人間のせいで売買する気がなくなっちゃった!」



 ひらひらと手を振って、購買部の扉を開ける。

 すでにみくるちゃんはやる気を失った。いきなり犯人扱いはさすがにやる気が削がれるのだ。


 修は何も言わずにみくるちゃんの後に続き、何かを言いたそうにしながら、ドラムと坂本奈々は修の後に続いた。


「はあ!? ざっけんな! 気分で決めんじゃねえよ、買わせろよ!!」


 と、そこで武器防具を買えなかった生徒がみくるちゃんにつかみかかろうとするが


「善意でやってるんだ。営業時間は気分で決めるさ。文句はあっちの女に言えボケ。」

「な!? お前は!!………大山、フユルギ!!」



 つかみかかろうとした生徒の腕をフユルギが掴んでいた。



「あ、フユルギたん。来てたんだ」

「おう。スマホいじりがひと段落したからな。それにしても、女につかみかかるとか、男の風上にも置けないな。キンタマ千切るか?」

「やめたげて。それにフユルギだって僕のお尻蹴りまくるじゃん」

「みくるちゃんはおもちゃだからな。」

「ひでえ」



 フユルギは捻りあげた腕をさらに引っ張り上げ、ゴキッ! と、人体から鳴ってはいけない音がするまで持ち上げる


「ひぎゃああああああああああああ!!」


「わりい。手が滑った」


 どうやら肩が外れてしまったようだ。

 そこでようやく手を離す。

 全く悪びれる様子のない、フユルギの容赦の欠片もない行動に、周囲の人間は即座に距離を開ける


「………もしかして助けに来てくれた? イケメンかな?」

「素敵な顎鬚の筋肉おじさんになってから出直せ」

「ぶれないクソホモ」

「バイセクシャルだ。間違えんなクソケモナー。」(ドゲシ

「うひん!?」


 ドゲシとみくるちゃんの尻に蹴りを入れ、おしりをさすりながらもフユルギについていくみくるちゃん。当然、頭には子猫を乗せている。


「どっともどっちの変態やな」

「「だまれクソロリコン」」(ドゲシ

「もげら!!?」


 ボソッと呟く修の一言に、ダブルで修の尻に蹴りを入れる。息ぴったりのツッコミだ。



 フユルギが二、三歩歩いて立ち止まり、


「ああ、あとそこの女」


「な、なによあんた………文句でもあるのかしら」


 振り返って大野紗枝を指さしたフユルギ。


「大ありに決まってんだろ。おまえ、ぶっさいくだな。性根が」

「は!?」

「お前のせいでこの娘のお店が営業停止だ。周囲の人間に誠心誠意謝れよ」

「なんで私が!」

「じゃーなー」


 答えを聞かずに歩き出すフユルギ。

 当然とばかりにフユルギの威を借りてついていく修。スネ夫根性丸出しだ。


「ま、まってくださいぃ!」

「ちょっと岡田! 置いてかないでよ!」



 そんな彼らに続くように、坂本とドラムは彼らを追いかけるのであった。


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