第23話 部室―坂本奈々【料理人】
「うーい、戻ったぞ」
だらだらと両手に兎の角を掴んでいるフユルギが部室のドアを足で開けた。
「んー、おふぁえりー」
それを、おまんじゅうを咥えながら迎える修。
フユルギが兎を捕まえに言っている間、修はドラムと同じ説明を坂本奈々にした。
奈々も修とフユルギが何らかの事情を知っているらしいということは成り行きで理解しているため、ドラムほど混乱することはなかった。
奈々は修に助けられたからか、好意を持っているようだが、男に襲われそうになり、トラウマが根強く居付いてしまったため、男という生き物を心の底から拒絶してしまうのもまた事実。
修とは若干距離を取りつつ、修が進めたおまんじゅうをハムハムと食べている。
同様に、ドラム、智香、葵の三人もお茶とおまんじゅうを片手に談笑しているようだ。
「おろ、フユルギたん、2匹も捕まえてくれたんか」
「お前のせいで一匹余計に捕まえなきゃならなくなったんだろが」
「おっちゃんのせい!?」
「どうみてもそうだろ!」
足で開いたドアを足で占めることが適わず、修がドアを閉める。
「大山君、そのウサギって………」
フユルギの腕から逃れようと、グニグニと体を動かす、中型犬程度の大きさの、大きな兎。
その長く鋭い角は、肉体を貫くためにあった。
すでに幾人かの心臓を貫いた後なのか、赤黒い血がこびりついているのが判る。
そのウサギを見て、ドラムは上ずった声を上げた。
想像していたものと、まったく違ったのだ。
角のある兎と聞いて、ある程度愛嬌のある瞳をしているのだと思った。
猫やチワワと同程度の大きさかと思った。
だと、思っていた
殺意の宿ったその瞳は暗く濁っており、中型犬ほどの大きさ
この場に放たれれば、迷いなく自分たちを殺しに来るであろう、そのウサギの姿を見て、ドラムは臆してしまったのだ。
「捕まえてくるって言ったろ。例の人食い兎だ」
「そ、そんな人を殺す兎なんて危ないじゃない!! なんてものを連れてくるのよ!」
「ぁあ!? もとはと言えばてめーが聞いてきたんじゃねーか! 魔物を殺して武器が欲しいってよ、オレは何のために兎を狩りに行ったんだよ、クソが!」
「そ、そんなこと言ってないわよ! ただ本当に武器が手に入るのか気になっただけで………!」
いきなり目の前に危険生物をちらつかされてパニックを起こすドラムに対し、自分がただ無駄に働かされただけじゃないかとキレるフユルギ
チッと盛大に舌打ちをかましたフユルギは、和室へのふすまを開き、そこに兎を放り込んだ
「ちょ、ちょっと! そこは………!!」
「みくるちゃんがいるんだろ? んなこた知ってるよ」
ギラギラと反撃の機会をうかがっていた兎は、みくるちゃんの寝る布団3m以内に着地した瞬間。
「………おいで………」
「「 キュゥゥ~~♪ 」」
2匹の角兎は、数十年ぶりに最愛の兎に会ったかのように嬉しそうに鳴き声を上げ、みくるちゃんの布団に突っ込んだ
「うええええ!!?」
「みくるちゃんは動物に嫌われることはない。そんな人間だ。人食い虎だろうと手懐けるぞ。もちろん、魔物も然りだ。」
「うそぉ!?」
みくるちゃん角兎に貫かれる未来を想像してしまっていたドラムは、寝ぼけながら角兎をワシワシと撫でまわすみくるちゃんを驚愕した瞳で見つめる
「んふふ、もふゅもふゅだぁ………」
そんなこととはつゆ知らず、みくるちゃんの熱で上気した頬はだらしなく緩んで、マスク越しに静かな寝息を立て始める。
兎たちも自分のポジションを定め、みくるちゃんの腕に抱かれて眼を閉じた
「おい、みくるちゃん、起きろ」
だが、フユルギはそんな幸せそうに眠るみくるちゃんを叩き起こす。
みくるちゃんの頬をペチペチと叩いて、やや乱暴にみくるちゃんの意識を覚醒させる。
「んぇ………、なんかすっごいモフモフする夢見た」
「実際モフモフしてたよ。」
ゆっくりと目を開けたみくるちゃんの視界には、腕の中に抱かれる角兎。
「わ、本当だ。なんでホーンラビットが僕と一緒に寝てるんだよ、意味わかんない!」
「オレが放り込んだ。」
「病人相手になにしてんのさ!」
「どうせみくるちゃんに危害は加えねえからいいかと思ってな。そんだけ元気なら起き上がれるか?」
いきなりフユルギが魔物を放り込んでくるという異常事態に声を荒げるみくるちゃんだが、起き上がろうと腕に力を込めようとしても、まだ体が怠くて力が入らないようだ
「ごめん、肩貸して………」
「ん。熱冷ましは飲んだのか?」
「こっちに来る前に飲んだから、そろそろ効いてきてもいいころなんだけどね………。痛み止めは効いてきたから筋肉痛と頭痛と関節痛は引いたけど、やっぱり体が怠いや」
「そうか………。でも堪えてくれ。しばらくつらい状況になると思うけど、必要なことだから。」
「うん………現状、自由にアバターを動かせるのが僕だけだもんね。怠くて怠くて本当にやりたくないけど、しょうがないよ。」
フユルギに肩を借りてボランティア部の部室に戻るみくるちゃん。
その足元に、角兎も付いてくる。
「みくるちゃん、まだ寝てなくて平気なん? さっき布団に入ってから20分くらいしかたってないで?」
「痛み止めだけは効いてきたからね。動くだけならなんとか」
「さよか………無理せんといてな」
修が用意した椅子にフユルギがみくるちゃんを座らせ、智香と葵が用意した毛布にくるまり、お茶を手渡される。
寝起きと熱ででまだ思考が定まっていないようだが、時間経過とともに次第に意識もはっきりするだろう。
みくるちゃんはうつらうつらと椅子の上で船を漕ぎながら、暖かいお茶をすする。
「さて、と。みくるちゃんには後で購買部に行ってもらうとして、とりあえずは………どうするかなぁ、ボランティア部は4人だけで十分だし、そっちの女二人は………まあ生き方だけレクチャーしてやるか。おっちゃん、なんかいい感じの鈍器ある?」
「机ならあるで」
「じゃあそれで」
修が、部室の隅に置いてある学習机を持ってきて
「外でしようや。部室が汚れる」
「あー。そうだな。さすがに部室が汚れるのはダメだ。」
そのまま部室の外に机を持っていく。
上の階ではざわざわと生徒が集まり、勇気や智香のクラスメイトたちが尽力したおかげでゴブリンたちは駆逐され、安全になって来たため、少しずつ、おっかなびっくり下の階の様子を見に来る生徒が増えてきているようだ。
葵はタブレットカメラを起動してドラムの撮影を開始した。
「そんじゃ、角兎は動けないようにしておくから、その机を思い切りこいつの脳天めがけて振り下ろせ。ひとまずこれができなければこの世界では生きていけない。殺すことにためらいを覚えるな。ためらいを覚えた時点で、自分が死ぬと思え。事実、俺が角兎を押さえなかったら、こいつらはためらいなくお前を殺しにかかるだろう。死にたくないなら、殺せ」
そういって、突き放すようにドラムを睨みつけると、フユルギは修に視線で合図した
修がみくるちゃんに寄り添う一匹の角兎を捕まえ、『捕縛』と書かれた御札を角兎に貼り付ける。それだけで兎は動けなくなった。
もがくように、一瞬だけビクビクンと震えるばかりだ。
さらに、霊糸でぐるぐる巻きにして身動きを取れなくしたところで、修は部室の外に兎を放り投げた。
用意された机を両手でつかみ、持ち上げるドラム。
「っ………!」
ゴクリとならされる喉と、背中を伝う冷や汗。今からする残虐な行為に対するストレス。
兎から目を背けて、机を思い切り振り下ろした
全く見ずに振り下ろした机は、兎とは見当違いの場所に突き刺さろうとするが、修が足で軽く蹴って兎の位置を調整し、机の角が頭に当たるように動かした
ゴリュッ!! という、机が肉と骨を滑る音。
机越しに伝わる、骨を砕く感触。
「ピギュェエエエエ!!!」
そして、死に至ることがなかった兎の断末魔。
苦しそうに頭を振る兎の声に、罪悪感を刺激されたドラムが涙を流しながら首を振る
非力なドラムでは、一撃で兎の命を刈り取るほどの力は出せなかった。
「いや、いや!」
「いややあらへん。やらな死ぬんや。もう一度。」
そういって修に催促されるものの、ドラムは手の中に残る兎の骨を砕く感触が消えない。
震える手で机を持ち上げようとするものの、うまく持ち上げることができないでいる。
ドラムは心の優しい子だ。
魔物とはいえ、人食い兎も殺せない。そんな彼女には、兎の命を狩ることは、荷が重すぎた。
兎の苦しむ声が頭から離れないのか、机から手を離し、耳を塞ぐドラム。
そんな彼女の隣に立ったのが
「こ、これは絶対にやらないといけないこと、なんですよね………」
坂本奈々だった。
奈々は、コレを経験しないことには何も始まらないことを悟る。
フユルギと修はオークを何の気なしに殺していた。
お札を刃のように扱い、オークの動脈を切断していた。
最低でも、『生き物を殺す』を実行できなければ自分が生きていけないのだ。
「わ、わたし、やります………!」
ぐっと机を掴んで持ち上げる奈々。
智香は湯呑を片手にぼんやりとそれを眺める。
彼女の心境にあるのは「なぜ、あの程度のことに躊躇しているのだろう」という疑念。
智香も小石を投げてオークを虐殺してきたため、命を奪うことに何ら抵抗はなかったのだ。
(………わたし、女子力が足りないのかしら)
智香はアツアツのお茶をコクリと飲み込む。
ゴリッ!! という音と共に、兎の鳴き声が消えた。
奈々が兎の息の根を止めたのだ。
「あ、わたしのスマホが………」
「わ、私のも………」
その瞬間、ドラムと奈々のスマホが振動した。
「ほい、アプリがインスコされたね。部室に戻ってからそれ開いてステータス見て見よか。天職が出とるはずやから」
ドラムは震える手でスマホを取り出し、アプリを開く
「えっと、【
「わ、わたしは、【料理人(コック)】でした」
ドラムは踊り子、奈々は料理人だったようだ
初期武器は【バトン】と【包丁】
「んー、支援特化」
「悪くないんじゃねーの?」
「せやね。料理人やったらおっちゃんのサブと被ってるし、教えやすいな。踊り子は………まぁどげんでんなるか」
「ちょっと岡田! あたしの扱い雑過ぎない!?」
「そんなもんやろ。おっちゃんが女の子相手に雑や無いことなんてあらへんよ。」
「むぅーーっ!」
眉間にしわを寄せるドラム。
しかし、修は歯牙にもかけない。なぜなら女子を敬遠しているから。
「そんで、レベルや熟練度をあげつつ自分が必要やなって思った技能に職業ポイントを割り振る。説明は以上や」
「雑!!」
思わず叫ぶドラム。
叫ばずにはいられない。それほどまでに、修は女の子の扱いがなっていなかった。
「せやかて、実際そんなもんやし、自分で使ってみんことには操作もわからんやろ」
「それはそうかもだけど………」
「ほいさ、この話はおしまい。そろそろみんな死体転がる教室とか化け物巣食う屋上とかに戻った方がいいんじゃないかな」
「そんな言い方されて戻りたいっていうと思う? 岡田あんた、あたしを遠ざけたいの? それともここに置いておきたいの?」
「どっちでも」
「雑!!」
そんな二人の漫才を、奈々は少しだけ羨ましそうに眺めていた。
彼女もドラムのように修に絡んでみたかった。
だが、それは叶わない。
なぜなら、好意を寄せていても、つい先ほど刻まれたトラウマは根強い。
すぐに思考を切り替えられるほど、精神も安定していない。
恐怖とトラウマのドキドキを、恋愛のそれを勘違いする吊り橋効果のようなものなのだろう。
そうすることで、ようやく奈々は自我を保っているのだから。
今は修に依存せざるを得ないのだ。
「そ、そうだ、屋上!! さっき大きなドラゴンもいたし、中等部の貯水槽も破壊されてた! 屋上も危険みたいなの! どこに逃げればいいのかしら」
しのぶ先生が集まるように促した屋上も、謎の生物が貯水槽をぶち壊したことで安全性を欠き、しかも、みくるちゃんがつれてきた古代竜が空を闊歩する。外に安全地帯など無い。
安全な場所を求めて修に詰め寄ったドラム
それを横目に見ていた智香が、ポツリとつぶやく。
「………貯水槽を壊したのは、わたし」
「そう、その子が壊した貯水槽がって、えええええええええ!!!?」
「………ん。わたし好みのノリツッコミ。合格」
しかし、智香はブレない。
智香は自分自身が【ボケ担当】だと位置づけている。
ツッコミは修と女性陣に任せ、智香自身はボケ以外行わない。ツッコミはしない。
それはすべて心の中に秘めておいた方が、場が面白くなることをよく知っている。
プロの聞き上手。しかしてその実態は、たった一言。その一言だけで場を引っ搔き回すことに長けた、物静かな怪力少女であった。
「どどど、どういうことよ!? 貴女が貯水槽を壊したって! 何をどうやったら貯水槽が壊れるっていうのよ!!」
「………つい興味本位で殴ったら、壊れた」
「どこをどうしたら興味本位で貯水槽を殴る流れになるの!? ストレス!? ストレスなの!? その細腕で貯水槽を破壊できるほどの破壊力を秘めたストレスって何!!?」
(………この人、ぜったいにイジリ甲斐がある………!)
カクンカクンと智香の肩を揺らすドラムを見て、智香はそう確信するのであった。
☆
「つまり、岡田が霊能力者で、牛ノ浜くんが動物に好かれるのと同じように、井上さん、貴女も………もともと同じようにおかしな能力を持っていたのね」
「………智香でいい。わたしのチカラは怪力。この世界に来た時に本格的に覚醒したみたい。」
「そうなのね………」
この部室の連中が、自分をないがしろにする理由を知ったドラム。
異能を持っていた彼らは、自分たちのような普通の人間とは一線を画す存在なのだ。
それなのに、親身になって教えてくれたことに感謝するべきなのだろう。
彼らは自分のことなど放っておいても問題ないのだから。
「………わたしが興味本位で破壊した貯水槽のおかげでみんなが不安になってるのは、本当に申し訳ないと思っているわ。名乗り出る気はないけれど」
「それは、まあ名乗り出られるわけないわね………」
「………。」
コクリと頷いて、話は終わったと判断した智香は、葵の隣に腰かける。
「じゃあ、ドラゴンの方はどうなのよ? 今はいないみたいだけど、外が安全ってわけでもないんだし………」
「それは………みくるちゃんが」
修がテーブルに伏して寝息を立てるみくるちゃんをチラリと眺め、口を開いた瞬間。
―――バン!! と、ボランティア部の部室が荒っぽく開かれる。
「ここ、ここ! ここから人の声がする!! おい、早く屋上に行くぞ………って、あれ? 井上さん?」
そこに現れたのは、中等部の生徒だった。
坊主頭にニキビがちらつく、見るからに野球少年。
血塗られたバットを片手に、心底心配そうにこちらを見下ろすのは
「………てつじん」
「てつひとだ!!」
クラスでおなじみのツッコミを頂いた。
彼は智香のクラスメイト。山中鉄人
「なんや、智香ちゃんの知り合い?」
「………ん。わたしに好意を寄せる同級生」
「んなぁ!!? なんで知ってるの!!?」
鉄人は智香のことが好きだ。
しかし、それを本人に告げたことは無い。
だが、当然、智香は鈍感系とは無縁の超感覚もちだ。
相手の好意も知っている。
「ふーん。ま、お迎えが来たようやし、智香ちゃんはここいらで中等部と合流してみたら?」
「………そうね。だけど………」
「んー?」
「………すごく、面倒くさい。正直、ここの部室の方が面白いし、落ち着くわ。」
人間がダメになるクッションに体を深く沈ませる智香。
「あー………わかる。おっちゃんもすごくわかる。おっちゃん教室に居場所ないんよね。ここの方がいいわぁ………」
顔を真っ赤にしてあわあわしている鉄人を放置して煎餅をパリパリと齧る智香と修。
「ナニコレ、公開処刑!? なに、おれもう告白もしないうちに振られちゃったの!? なんでこの異常事態にのんびりと煎餅食べてるの!? おれがおかしいの!?」
「少年、キミは正しいわよ。あそこの二人がおかしいの。なんであんなに波長が合うのよ、あの二人は………」
突然中等部の男子生徒が入ってきたことで部室の隅に避難する奈々。
そして、鉄人に同情しながら鉄人に同意するドラム。
「………雀卓とかないの」
「あるにはあるけど、手詰みやで。しかもおっちゃんしかルール知らんし」
「オレは花札しかわからん」
「私はポーカーくらいしかわからないです………」
フユルギと葵も加わってさらにカオスを加速させる。
周囲に興味がないのも、ここまでくるともはや芸術だ。
「おいおい! 何事もなかったかのように遊ぼうとするな!!」
「そうよ! せっかく迎えが来たんだから少しくらい相手してあげてよ! かわいそうじゃない!!」
さすがにこの異常事態の中で遊ぼうとするのは琴線に触れたのか、二人して怒鳴った
「………そういうわけで、わたしは中等部に帰るわ。ありがとう、オサム、フユルギ。また来るわ」
「いつでも来ぃやん」
「おう。お前が居たらいろいろ捗るからな」
「………ん。それじゃ」
といって部室を出た智香
「あの人たちはなに!? どんな知り合いなの、井上さん?」
「………今日知り合ったけど、マブダチよ」
「そんなに早くマブダチになれるならおれは苦労しない!! と、とにかく。おれが井上さんを守るから、一緒に屋上に行こう。みんな心配してたよ」
「………わかったわ。葵、一緒に来て」
「はいです」
葵を連れて行くのも忘れない。
鉄人の様子を見る限り、ドラムと奈々に説明したのと同じように、鉄人が武器を手に入れたことがわかる
ふざけるのはこのくらいでおしまいにして、智香は素直に守られて屋上まで行くことにした。
バットにこびり付いた血のりと、制服に付着した返り血が、彼がどれだけ必死に自分を探していたのかがわかったからだ。
異端者である自分に好意を持ってくれるのは素直にうれしい。
だが、それで智香が鉄人を好きになるのかと言われればNOなのだが。
「………てつひとくん」
「ん?」
「………ありがとう」
「う、うん」
このくらいで相手の意欲が向上してくれるなら、ちょろいものだ。
と、智香の小悪魔な部分がささやくのであった。
☆
「さて、ドラゴンの事だったっけ」
智香が鉄人と共に部室から出て行ったが、手を振って見送り、鉄人が乱入してきて中断された話を戻す。
「あ、話覚えてたんだ」
「そりゃあね。あのドラゴンはみくるちゃんのペット。セルビア。人間に危害を加えないよ」
「そ、そうなの?」
「そうなの。せやから安心してええよ。学校の敷地内はおっちゃんが結界張ったから、今は弱い魔物は入ってこられへんようになっとるしね」
「あ、あんた、そんなこともできたのね………」
「霊媒師やもん」
そういいながら、修はさってと。と立ち上がる
「どこか行くの?」
「敷地内に魔物が居なくなったからね。そろそろ購買部を開きに行こうかと、ね」
「購買部………何か売るの?」
「ちゃうちゃう。それもやけど、生徒たちが倒した魔物や素材なんかを買い取るにゃ。ドム子さんもそろそろ屋上に行った方がええよ。いや、セルビアの出現のせいで3年生のフロアの方が死人が少なくて人も多いかな? まあ、人が集まるところに行っていいよ」
「………。わかったわ。いろいろ教えてくれてありがとね」
「はいな。そんじゃね」
ドラムも、名残惜しそうに部室を出る
「奈々ちゃんは………あたしと一緒に来て。あたしと一緒なら大丈夫でしょ」
「は、はい………ありがとうございます。如月、先輩」
「如月は芸名。樋口銅鑼夢。ドラムでいいわよ」
「は、はい。岡田センパイ、大山センパイ。ありがとうございました」
「はーい。また来ていいからね」
男が苦手な奈々はドラムが付いていることで緩衝材になってくれることを祈るしかない。
「さて、こっから本題や。みくるちゃん、具合はどないや?」
「んゅ~、熱冷ましが効いてきたかな………なんとかなりそう」
むくりと伏した机から起き上がるみくるちゃん。
熱冷ましの効果か、汗がすごい。
錦糸のような細い金髪がみくるちゃんの顔に張り付く。
タオルを渡し、全身を拭いてもらうと、ようやくみられる姿になった。
顔に赤みは無く、見た目は健康そうだ。
「まだ咳止めのせいで痰が絡むことはあるけど、最初よりは幾分かマシかな」
「キュゥ♪」
「なんでお前はまだいるの、ホーンラビット」
奈々とドラムが一匹を二人で殺したため、ホーンラビットが一匹余った。
ぴょんこぴょんことみくるちゃんの周りを跳ねながら喜びをあらわにするホーンラビット。
みくるちゃんは全快したわけじゃないし、薬の効果が切れれば再びダウンするだろうが、今が踏ん張りどころだ。
いつものボランティア部だけの空間となったところで、みくるちゃんとおっちゃんが立ち上がる。
ホーンラビットの目の前に子猫を見せて
「ねえ、この子のおかーさんを見つけてあげて」
「キュッ♪」
「にゃあ」
「キュゥーッ!」
角兎はトッタラタッタッタ! と駆けだした。
「うーん。動物と話せるって便利! いい感じにパシリが作れる!」
「ええなぁ。さてっと。おっちゃんたちも行くか。フユルギたんは?」
「ここでだらってする」
「ほいさ。了解ちゃん」
フユルギはまだここですることがあるようだ。
修とみくるちゃんと、頭に乗せた子猫だけで購買部に向かう
「みくるちゃん、武器関係はどのくらい持っとる?」
「おっちゃんのアバター、サムソンが作った武器防具がいっぱい余ってるよ。僕はケモナーだから武器防具はいらないんだよね」
「防御力紙やな」
「支援系の性だね。まあ、大半の生徒には簡単な武器くらいはいきわたると思うよ」
テイマーはテイマー本人ではなく、召喚獣やテイムした魔物などを使って戦う職業。
当然、本体は弱い。
とはいえ、レベルカンストしたみくるちゃんを傷つけられる生物はそうそういないだろうが。
「おっし、到着」
「うーい」
高等部1階。購買部。
お昼時はパンの販売を行う激戦区。
今日は終業式だったため、購買部は開かないハズだった。
だが、ボランティア部にはなぜか購買部のカギがある。
鍵を開け、降りていたシャッターを開き、みくるちゃんはスマホから取り出した剣やナイフ、盾、兜、お鍋の蓋といった武器や防具を取り出して陳列し始める
ついでに初級ポーションも大量に取り出しておいた
「あ、フユルギたんからデータ送られてきた」
「なんや?」
「【異世界のしおり】だって。ふざけた題名だね」
さらに、プリンタをスマホから取り出し、【異世界のしおり】と書かれたこの世界での生き方をまとめた一枚の紙きれを印刷する
フユルギは部室でこれを作成していたらしい。
マメな男である。
しおりには
『STEP.1 魔物を倒してこの世界に馴染もう!』
『STEP.2 スマホを操作して天職と武器を手に入れよう!』
『STEP.3 これであなたもこの世界の仲間入り!』
『STEP.4 死なないようにサバイバルを生き残ろう! まずは食材探しから!』
とイラスト付きでアバウトかつ簡潔にこの世界の生き方をまとめてあった。
「一人一人に説明とかしんどいし、この紙渡すだけでいいよね」
「ええんとちゃう?」
「そんじゃ、購買部のセッティングはこんなもんかな。全校生徒に向けての放送とかしたいんだけど、どうしようか」
「めんどいし、ほっとけほっとけ。購買部に気付いた人から買わせればええんや」
「うーん。そっか。僕はあまり動きたくないし、おっちゃん、手伝ってくれてありがとね」
「親友の頼みや。どってことあらへん。そんじゃ、おっちゃんはボランティア部に戻るわ。人が足りなくてヘルプが必要になったら呼んでちょうだい」
修がこの場にみくるちゃんと一緒に購買部に居ても、事態をややこしくするだけだ。
ひらひらと手を振って、修はボランティア部に戻っていった。
……………
………
…
しばらく一人で誰も居ない購買部にて留守番をするみくるちゃん。
ハッとして、ポツリと呟く。
「宣伝もクソもないけど………、人、来るのかな………。怪しい少女がいきなり購買部に現れて商売を始めたら、最悪………僕が漂流教室の元凶だって思われるんじゃ………?」
一人になった途端、そんな可能性に気付くみくるちゃん
その問いに答えるのは「にゃあ」という猫の声だけであった。
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