第19話 ソルマル大陸ー瀬戸敦史【玄人の憂鬱】

 時刻は夕暮れ。


 修やフユルギのいるソルマル大陸には、もう一つの学校がこの異世界に転移していた。



 そこには、屋上でボウガンを構える一人の青年と、屋上のさらに上、つまり学校の旗の上に立ち、地平線までを双眼鏡で監視をしている少女が居た


「敦史!2時の方角にワイバーン接近!ゴーレムが4時の方向からきてるよ!」


「ワイバーンはなんとかできるけど俺のボウガンじゃゴーレムはムリ! 美羽ねぇ、そっちは任せた!」


「わかった!」


 しばらくすると、少年の視界にも飛竜の姿が視認できるようになった。


 バシュ! と射出音が響くと、射出された矢は空気を裂いて見事な放物線を描くと、ワイバーンの右眼に刺さった

 視界を奪われ、脳まで届いた矢。肉体は制御を失って墜落しそうになるが、ダメ押しにニ射目の矢が、ワイバーンの左眼に突き刺さり、ワイバーンは活動を完全に停止した。


 それが、150mほど先のことだ。


「っは! 余裕!」


 ボウガンを地に着けて次の矢を装填しながらワイバーンに向けて親指を下に向ける青年。

 名を瀬戸敦史せとあつし。高校1年

 背は高く、左目の下に泣きぼくろがある青年だ。勝気な瞳とその身体能力に心を奪われる女性も多い。


 彼は射撃の名手。弓道部に所属していたらつまんないという理由で、様々な運動部に所属しているスーパー超人だ。


 野球部の助っ人に入ればホームランを打ち、サッカー部に助っ人に入れば奇跡の19人抜きを披露する。


 彼はスポーツなどでいう所謂ゾーンというものを任意で発動することができた。


 極限の集中力。それを自分の意思で発揮出来る彼にとって、世界は実につまらなかった


「よっと」



 そして、学校の旗の上に立つ少女は、菅原美羽すがはらみう。高校2年

彼女は、旗を立てるための棒に足を掛けて、両手でバランスを取りながら、歩いて・・・降りてきた。


 まるで、平均台の上を歩くかのように。

 そう。彼女は壁を地面のように歩くことができる。そんな少女だった。


「とう!」


 さらに彼女は屋上に足をつけた彼女は今度は屋上から飛び降りる。

 もちろん、この高さから落ちたら人間などひとたまりもないだろう。

 しかし、彼女は重力の影響を受け付けないかのように、空中に静止していた。



 ふわふわと美羽がゴーレムの真上まで移動すると、今度は急降下してゴーレムの目の前で急停止。


「せーのっ!どーん!」


 ゴーレムが振りかぶった拳をヒラリと躱して懐に潜り込むと、ゴーレムの胸にタッチした


 すると



―――ベギョッ!!



 という、鋼鉄が捻じ曲がる不協和音を響かせた後、ゴーレムは動かなくなった。

 スクラップになったからだ。



「うーん。イマイチ。」


 パンパンと、手に付いた砂を払って再び浮き上がり、屋上まで戻ると敦史の隣に座る


「ほんっとその能力は化け物だな。」

「私もそうおもうよ。なんだっけ、ええっと」


 軽口を叩く敦史に、美羽はスマホを取り出して確認する。


「ああ、ユニークスキル。【重力法則無視 アンチグラビティ】」


 地球では壁歩きが精々であったが、こちらの世界に来てから目覚めたユニークスキルは、それを遥かに上回り、重力を捻じ曲げ、何倍も増加させるという、能力の制限の外れたものになってしまったようだ。


「メチャクチャじゃねーか、その能力。俺が欲しいくらいだ」


「敦史だって、その集中力のやつ。すごいじゃん」


「俺の【玄人の憂鬱ラッキープール】はデメリットあんだよ。美羽ねぇみたいに全力ブッパしたら俺にしっぺ返しが来るんだ。気軽に集中できるかってんだ」


「集中していなかったら幸運に見舞われるその能力の方が化け物だと私は思うな。」


 敦史の能力は、ゾーンに入っていない時間が一定時間を越えれば、自分にとって都合のいい幸運に見舞われるというものだ。


 ただし、ゾーンに入っている期間が一定時間を越えれば、死に至りかねない不幸に見舞われるという一面も孕んでいた。


「もう運気もほとんど使い切ったっつうの。このまま続けてたらこれから魔物の大群が押し寄せてくるかもな」

「うげげ、じゃあもう敦史は引っ込んでてよ」

「そうする。あと宜しくな」


 敦史はボウガンを肩に担いで立ち上がると


「本当に引っ込んじゃうんだ!」

「だってもう辺りの敵は一掃したんだろ。だったら見張るだけじゃねーか」

「男の子ならか弱い女の子を一人にしないで心配するもんなんじゃないのー!?」

「そんな能力持ってて何言ってやがる。確実に俺より強いじゃねーかよ。心配なんてするだけ無駄だっつの」

「むーん、そっか。しょーがない。じゃあ私が見張りをしておこっかな」


 心配をくれない敦史に寂しさを覚えながらも双眼鏡を片手に美羽も立ち上がる



「それよりも適任者がいるだろ。美羽ねえも、休める時に休んどけ。」

「あ、そういやいたねえ、そんなのが。」


 ぽんと手を打ってフェンスに振り返れば、両手足を縄で縛られて屋上のフェンスに磔にされている青年の姿があった。


「化け物共が………」


 吐き捨てるように呟くその姿は、何度も殴られ、蹴られて疲弊しているにもかかわらず、確かな覇気を感じさせた


「さえずるなよ。俺たちが化け物なら、てめぇはただの鬼畜だ。一丁前に人間アピールしてんじゃねーよ」


「刻んでワイバーンの餌にしてあげていないだけ感謝して欲しいな。この学校を完全崩壊させた張本人さん」


 磔にされているガタイの良い男の名は、明神浩介みょうじんこうすけ

 美羽たちが通う学園の不良を仕切る番長だった。


 彼の発言権はいきなり学校が異世界に転移しても健在だった。


 わけがわからまいまま異世界に転移して、蜥蜴頭リザードマンが学校の中に入り込んで来たのだ。


 ソレを持ち前の喧嘩殺法で駆除して見せたのが、明神浩介。得た天職は【勇者】


 ものの10分での天職の獲得と、身体能力の向上。

 スマホに現れたDCQアプリなど、いち早く世界の仕組みに気づいたのである。


 ソレを見ていた配下の者たちから素早く情報が拡散し、敵を倒せばスマホに妙な変化が起きることが確認された。


 そこから調子に乗ったのも明神浩介。


 学校ごと異世界に召喚されるというとんでもない現象で、学校の機能は当然麻痺。先生さえも手を焼く生徒が、さらなるチカラを手に入れたらどうなるだろうか。


 モラルの崩壊した漂流教室など、野生と何が違うというのか。


 女は犯し、男は尖兵に出した。自分は勇者だ。この学校の救世主だ。黙って全員俺の言うことを聞け


 そしたらもう、明神のやりたい放題だ。


 そんな時に現れたのが、1匹のワイバーン。

 そいつは、なりたて勇者の手に負えるような相手ではない。


 尖兵に出した生徒は食われ、防御を任されていた男子生徒たちも、なすすべなく殺された。

 当然、そんな殺人ワイバーンに挑むような危険を冒さない明神は、生徒達を守ることもなく、学園地下室に逃げ込んだ。


 地上でワイバーンが猛威を振るうのを、息を殺して去るのを待つ、ただの小物だ。


 そこでも、恐怖をごまかすために地下に隠れる人間を好きに犯そうとした。

 その魔の手が伸びそうになっていたのが、学校内の美少女ランキング1位に君臨する美少女、菅原美羽すがはらみう


 美羽のことは明神も目をつけていた少女だった。

 地下という閉鎖空間にいるならば、力ずくで犯してやっても逃げ場はないし、ここは地球ですらなさそうだった。


 だからこそ、明神は選択を誤った。


 地下に隠れる生徒まで襲われるなど、流石にそれを許すわけにはいかない。だから敦史と美羽が立ち上がった。

 他の生徒に紛れて普通の学生を演じていた異常者である2人が、あまり乗り気ではないが、新たな旗印として、自らが前に出よう、と。



 明神の手が美羽に触れた瞬間。明神は美羽の強烈な掌底を顎に喰らい、突然の反撃に目を丸くしている間に美羽は明神の胸倉をつかみあげると、異常により捻じ曲げられた引力で片手で振り回し、明神を地面にたたきつけた。


 素早く敦史も明神を縛り上げ、二人で地上に出てワイバーンを瞬殺した。


 覚醒した2人の異能を前に、ワイバーンなど無力。


 ワイバーンはもぎたての真っ赤なジュースとなった。

 同時に、学園を崩壊させた明神を吊るし上げるに至ったというわけだ


「別にてめえが逃げたことが悪いなんて言わねーが、やりたい放題やってきた報いは受けろ」

「なにか敵が接近してきたら、大声だしてね。私達しか学校を守れないもの。あ、別に死んでも構わないなら黙っててもいいよ? それでもどうせ、私と敦史は死なないし。」


「クソが」


 吐き捨てるように睨みつける。

 ソレを敦史は鼻で笑い飛ばす


「そんじゃ、俺は一旦ひっこむから。マズったら呼んでくれ。美羽ねえもしっかり休めよ。明神、てめぇも死にたくないなら敵がきたら無様に叫べ」



「………チッ」


 忌々しそうに明神は舌打ちし、顔を逸らす。この状況で、明神に出来ることは、言いなりになることだけだ。命令するだけだった明神が命令されるのは屈辱だろう。


 そんな彼のことは思考の彼方に追いやった美羽が双眼鏡を片手に浮かび上がる


「それにしても、ここはどこで、この山の先には何があるんだろうね。」


 山に囲まれた学校で、助けを待つことしかできない状況に少ない食料。外敵の襲来や明神による恐怖政治により疲弊している生徒達には、安心が全くできない状況だ。


 兵を出して山越えするには装備も食料も何もかもが足りない。


「明日は山越えしてみようかな」


 ぽつりと呟く美羽。それが出来るだけの異能を持っているのが、彼女だけなのだ。


「……そうだな美羽ねえばかりに負担かけて、すまん」


 それを察した敦史が自分の力が及ばないことに申し訳なくなり、謝るが、それでも美羽は気にすることはないと手を振った


「いいよ。チーちゃんを見つけるまで、私と敦史は一連托生。敦史の方が頭いいんだから、私を思ったように使ってよ」

「ああ、助かるよ。チィを見つけるまでは………。」


 2人が見つめる山の先にはある王国では、山中にある謎の建造物へと向けて、騎士団が出発していた。



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