第18話 ボランティア部ー智香・修・不動・みくる【異常者】





 風も収まり、智香がパンツを履き忘れていることが周知の事実となった頃



「………あなた達は」


 智香は顔色を全く変えることなく、冷静にフユルギ達を見回した


「パンツ履けよ」

「みくるちゃんがパンツ飛ばしてもうたんやないのん?」

「そんな馬鹿な! さすがに僕も器用にパンツだけを飛ばせるわけないよ!」


 せっかく顔色を変えずに無かったことにしたかったというのに、この三人はパンツパンツと連呼する


「………パンツのことは置いといて」

「いやパンツは履けよ」

「………眼福でしょう。サービスよ」

「なら仕方ねーな」



 しかし、それでも智香は顔色を変えることが無かった。

 それもそのはず、智香自身も、見られた事を本当に特に気にしていないのである。


 そんな様子を、風丸葵はタブレットカメラを構えてジッと撮影を続ける


「………ドラゴンを目掛けて飛んできたのだけど、あなた達が追い払ったってことでいいのかしら」

「追い払ったなんて言わないでよ、セルビアは僕の大事な友達だよ!人見知りで恥ずかしがり屋の可愛い女の子なんだから、邪魔者みたいにしないでよね!」



 智香の確認に反応して、みくるちゃんがぷんぷんと頬を膨らませて反論する


「………金髪エルフ、あなたのドラゴンなの。人を食べたりしてないわよね」

「僕のことはみくるちゃんって呼んでね。今までだってちょっかいをかけてきた勇者も殺さずに帰してるはずなんだから、そんなことしないよ。魔物に近い体だから、魔素があれば食べなくても生きていけるんだしさ」

「………そ。ならいいわ」


 学校にドラゴンの被害が無くてホッと息を吐く智香。

 と同時に、第六感が警鐘を鳴らす。


 バッと三人の姿を確認する。


 ドラゴンを見たときには感じなかった存在感の塊が、3人も目の前に居るからだ


 おそらく目の前に居るこの3人は、ドラゴンなど気にも留めないで殺すことが出来る実力の持ち主だと気付いたのだ


 それはつまり、自分と同じ、異常者であるということ


「なんやかんや、智香ちゃんがここに来たのはタイミングがええな。フユルギたん。ボランティア部に招待しましょ、」



「そうだな。怪力乱神が自分から来てくれたんだ。この機会を逃すわけには行かねえか」


「そういうわけだから、ちょっとお話をしようよ。能力の事とか、知りたいでしょ? そっちの鴉天狗の子も一緒でいいからさ」


「………(こくり)」


 この人たちは、この状況を詳しく知っているし、自分の異能である怪力乱神も知っている。ならば、能力の秘密も、この世界のことも、教えてもらえるかもしれない。智香は一も二もなく頷いた。


「私もです?」


「キミもです。どういう経緯でかしらないけど、智香ちゃんの友達なんでしょ?」


 首を捻る葵に対し、みくるちゃんが頷いて智香の方に視線を向ける


「………そうね。葵、一緒に来て」


「ええっと、拒否権は」

「………取材」

「なくても構いませんです!」


 チョロすぎて葵の将来が心配になる、ちかポンであった。



               ☆



 さて、所変わって屋上である。


「あそこに居るのって、岡田よね」


「ああ?」



 ご当地アイドルの樋口ドラムと、真田煌輝は校庭を見下ろしていた



 どういうわけか、ドラゴンが去った後、校庭が盛大な爆発した。

 一時はドラゴンに対し、死を覚悟した。

 屋上も、屋内も、安全な場所なんてなかったのだ。


 だが、ドラゴンは何をするでもなく、去っていった。

 ホッとするのもつかの間。


 その次の瞬間に爆発である。


 何事かと身を乗り出して確認してもおかしくない



 砂塵が晴れて爆心地に居たのは、黒い翼を生やして兜巾ときんを被った女の子と、中等部の生徒であった。


 その周囲には、校内で最も敵に回したくない強面の生徒である大山不動。

 そして、その友人で自称霊媒師である岡田修。

 最後に、修の背に隠れるようにしている、見たこともない金髪の少女。


「なにしてるんだろ………」


 5人で集まって何かを話しているようだが声は当然聞こえない。

 見た感じ、兜巾の女の子と金髪の子はこの世界に初めから住んでいた人だということはなんとなくわかった。


 だが、なぜここにいるのか。それが理解できない。


「あ、校舎に入ってくるみたい」


 5人そろって移動を開始したようで、屋上からその様子を見送ったドラムは


「ちょっと様子を見てくる!」

「あ、おい! ドラム!!」



 屋上から降りるために、屋上入り口に向けて走り出した。



                ☆




 ボランティア部、部室。



 ここは旧生徒会室。応接セットなどがあり、設備が充実しており、依頼者との面談を行うための受付でもある。


 そこの長机を端に退けて、フユルギ達5人はふかふか椅子、教育椅子、パイプ椅子、人間がダメになるクッション、長机と思い思いの場所に座っていた。


「そんじゃ、自己紹介しましょ。おっちゃんは岡田修。天職は【呪術師ウィッチドクター】やで」


 校長室にあるようなふかふかの椅子に座って、おっちゃんは藁人形を取り出すと、人間がダメになるクッションにぐでーっと深く腰を落とした智香に向かって軽く放る


「………藁人形?」

「せや。おっちゃんの初期武器かつ、最強の装備。おっちゃんこの藁人形なかったらただの雑魚やもん」


 ぽふっと膝の上に落ちた藁人形。

 なんの変哲もない藁を編んであるだけだ。少しだけ腹を裂いてみると、すでに短い髪の毛が入っている。

 どうやら修はじめから自分自身の髪の毛を藁人形に入れているようだ。


 一通り確認を終えた智香は、ヒュッと藁人形を投げて返す。


「僕はみくるちゃん。ひらがなでみくるちゃん」


 そして、今度はパイプ椅子に座って子猫を撫でていたみくるちゃんが手を上げる


「………本名?」

「本名だよ。『ちゃん』まで入れて名前だからね。天職は【調教師テイマー】だよっ!」


 そのおかしな名前に首を捻りながらも、どこかちぐはぐな少女を見て頷く。

 見た目でいえば12歳前後。身長で言えば、智香のほうが少しだけ小さいくらいだろうか。

 胸は控えめだが、スタイルは整っている。金髪碧眼の美少女と言ったところだった。


「………ドラゴンをテイムしていたっていう。伝説の人?」

「そうそう。そんなことになってるね。といっても、能力に胡坐をかいて成り行きに任せてたらいつのまにか伝説になってたってだけなんだけどね。能力以外はいたって普通の高校生くらいの女の子だよ」

「………。」

「うへへへー、もふもふだぁ」



 話は終わったとばかりに子猫を愛でるみくるちゃん。

 ひくひくと鼻を動かす子猫に顔をスリスリとこすりつけて満足げな表情を浮かべている。

 そんなみくるちゃんから視線を逸らして、この部屋の主に視線を向ける


 そこにいたのは、長机に腰かける、オレンジ色の髪の青年。

 部活動をしているようには見えないが、夏服から出た腕には、程よくついた筋肉が見える。


 普段から鍛えている者の肉体だ。


「俺ぁ大山不動。天職は【情報屋オブザーバー】 ここのボランティア部の部長だ」

「………ボランティアってガラじゃなさそうなのに」


 智香は視線をフユルギの頭に向ける。

 オレンジ色の髪は明るい茶髪。もちろん地毛だ。

 だが、フユルギの容姿とその髪を見れば、素行不良の生徒とみられてもおかしくない。


 それがボランティア部などという慈善活動をすると、誰が信じるだろうか。


「実際ボランティアじゃねーよ。有料でなんでもやる。なんでも屋だ」


 事実、ボランティア部ではなかったので問題ない。


「………そう。わたしは井上智香。天職は………ええと、【格闘家ファイター】?」


 あまり自分の天職とやらに興味を持っていなかった智香は、タブレット端末を確認しながら自分の天職を告げる



「………といっても、わたしは格闘術なんて何も知らないわ」

「そんなもんだろ。俺だって情報屋なんてしているが、本来はお絵描きの方が好きなくらいだ」

「僕は動物好きだから調教師で正しいね」

「おっちゃんも本来は呪術師よりも霊媒師よりなんやけどな。本質と天職がかみ合うことは少ないんよ。近いものにはなるやろうけどな」


 ふぅんと頷きながら、人間がダメになるクッションから身体を起こす


「あ、智香ちゃん。男ばっかりでむさくるしいだろうから、一応コレ履いといて。ロリコンとホモと動物好きなんておかしな空間だけど、一応智香ちゃんは女の子なんだから下着くらいはしっかりしてよ」


 そんな智香に、みくるちゃんはタブレット端末からパンツを具現化すると、智香に渡す


「………わたしもノーパンで居る趣味はないもの。ありがたくいただくわ」

「ロリコンちゃうわ! ちょっと子供が好きなだけや!」

「俺もホモじゃねえっつうの! バイセクシャルなだけだ!」

「どっちもアウトだね」

「獣に欲情する変態に言われたくねえな」

「よっ! 欲情はしないもん! 疲れ果てるまでモフモフしたいってだけなんだから!」


 ぎゃーぎゃーと口論を続ける3人と、それをしり目にパンツを履く智香。


「あの………私は天職【記者スクープキャスター】の鴉天狗なのですが………」


 そんなカオス空間に水を差す、唯一の部外者、鴉天狗の風丸葵


 彼女の言葉にピタッと口論をやめる面々。


「名前は?」

「あ、風丸葵です」

「記者ってなんやったっけ?」

「ジョブツリー調べたら最終的には俺と同じ【情報屋】に行きつくぞ」

「へぇ、それってユニークスキルは?」

「さすがに俺と同じにはならないだろ。ユニークスキルは自分自身の持つ特殊能力みたいなものだぞ。だから『ユニーク』なんだよ。記者から育てていった記者魂の溢れるこの娘だったら、おそらく千里眼を強化したやつかな? まあ、この世界のただの鴉天狗には最上位の天職に至れることはありえんだろうが」



 フユルギの【情報屋】みくるちゃんの【調教師】修の【呪術師】智香の【格闘家】などは、地球で異常を持って過ごしたからこその天職だ。


 この世界で下位天職から成り上がるには、並大抵の努力では足りないのだ。



「葵ちゃん。記者ってことは報道ができるよね。僕はキミの生放送を見てここに飛んでくることができたんだ。感謝しているよ」

「あ、その………ありがとう、ございます………」



 伝説の人に感謝されて、委縮しながらも嬉しそうに頬を染める葵。

 みくるちゃんの美貌は12歳くらいの容姿とは思えないほどに整っている。


 胸は控えめだが、10人中12人は振り返る美少女であることにかわりはない。


 ちなみにだが、ボランティア部に到着してからというもの、葵は撮影をしていない。

 ボランティア部の面々の個人的な部屋のため、プライベートを撮影するつもりはない葵は、自分の意思で自粛したのだ。


「………そういえば、伝説の邪神殺しの3銃士だったかしら。そんなあなたが、どうしてこの学校に?」

「ああそれね。僕はここの学校の生徒だからだよ」

「………ふむ? あなたみたいな金髪美少女が居たら、嫌でも目に付くと思うのだけど」


 そんな外国の女の子、しかもエルフを学校で見たことなど皆無。


 智香は首を捻りながらみくるちゃんに詰め寄る


「僕ね、今日、風邪を引いて学校休んでたんだ。そしたらいきなりこの学校を含めた全国の5つの学校跡地に巨大な大穴が出現しているんだよ? この世界に学校が来たってわかったから、心配してこっちの世界にやってきたんだよ」

「………ちょっと理解が追いつかないわね。もともと学校の生徒で、最初からこの世界のことを知っていた?」

「そんな感じだね。僕は本来ちっちゃい男の子だよ。こっちの世界では仮初の肉体として、このエルフの女の子のアバターなんだぁ」


 にへっと表情をゆるませるみくるちゃん。

 元が男の子だとは思えないほど、魅力的な笑みだ。

 一人称以外は完全に擬態しているようである。


「………原生生物ではないのね」

「うん。この世界の伝説の邪神殺しの3銃士ってのも、僕とフユルギたんとおっちゃんだもん。もともと異常を持って生きてきた僕たちが邪神を殺すのはお茶の子さいさいだったよ」


 ぱっぱと隣の修と長机に座るフユルギを指さすみくるちゃん。

 驚愕の事実を目の当たりにして、葵の方は目を丸くしていた。

 伝説の邪神殺しが、実は異世界人で、しかも目の前の強面と、冴えない眼鏡。

 そして極めつけに仮初の肉体だというエルフの少女で、元々男の子だというのだから。


「アホ抜かせみくるちゃん。邪神殺すのにおっちゃん両手足がなんかい捥げたとおもうとんのん。10回てきかんで!」

「おっちゃんは死んでも復活するじゃん。チート乙」

「死ぬ身にもなってーな!」


 ぎゃーぎゃーとわめく修を無視して、智香は黙考する


(………異常を持つこの三人が邪神殺しをお茶の子さいさいと言えるだけの能力を身に着けているから、同じ異常者であるわたしもドラゴンを相手に脅威を感じなかった?)


 なんとなく、現状を理解した智香は、ふむと一つ頷くと、人間がダメになるクッションに再び深くもたれかかる

 考えることをやめたのだ。


「他になにか質問とかある? 僕たちと同じ『異常者』である智香ちゃんの質問にはできるだけこたえようと思っているけど」


 これは都合がいいと、少しだけ体を起こして3人を見回す。


「………異世界と地球を行き来する方法があるの」

「ねーよ。行き来できるのは意識だけだ。俺たちの本体は地球で寝てることになる。だから今回みたいな大規模転移は予想外なんだ」


 質問に対して、フユルギがダルそうに返した。


「………ちなみにそれはどうするの」

「クッキーたべたら眠くなって、アバターの姿でこの世界に存在することになるんやで」

「………ふむ」



 どうやら地球にいたころからこの世界について知ることができる方法があったのだとわかった。


「………ちなみに、『異常』っていうのは、わたしの怪力の事でいいのかしら」

「そうなるね」

「………どうしてわたしには、こんな力があるのかしら」


 自分の手を見つめる智香。

 幼いころからある怪力の異常。日常生活にも支障が出る怪力。

 なぜ、そんなものを自分が持っているのか。それを知りたかったのだ。


「それは僕にもわかんないよ。突然変異としか答えられないな。ただ、僕の場合は生まれついて異常に動物に好かれる人間だったんだぁ」

「おっちゃんは後天的やけど、修行の末にガチ霊媒師になったからやんな」

「俺は、血筋だな。大山の家は化け物ぞろいだから」


 みなそれぞれ事情があって異常者になっているようだ。

 突然変異、後天的、血筋。


(………わたしは産まれつきだから、突然変異………なのかしら)


 タブレット端末をいじって自分のユニークスキルの【怪力乱神】をみつめる


「………あと、このユニークスキルっていうのは何」


 タブレット端末を取り出して、みくるちゃんに放ってみる。

 「わっ、たっ!」と慌てて受け取るみくるちゃん。受け取ったタブレット端末のユニークスキルを確認する

 確認を終えると、みくるちゃんは修にタブレットを渡し、最後にフユルギに回す。


「ユニークスキルは、『異常』である証だね。日本にいる時にあった『異常』をそのまま制限抜きに引き出したもの、かな?」


 不安になってフユルギに確認の視線を送るみくるちゃん。

 異常については本人でさえよくわかっていないところがあるのだ。


「まあ、そんな認識で大丈夫だ」

「【怪力乱神】………これはあれやな。おっちゃんたちみたいな捻くれた異能やなくて、完全なる物理依存のパワー馬鹿。道理も王道も規律もすべて無視して怪力のみで万事を解決する完全無欠の物理で殴るユニークスキルにゃ」


 ユニークスキルは、不完全だった異常が形になったもの、と智香は認識した。

 フユルギが長机から降りて智香にタブレットを手渡す。


 フユルギは投げ渡すような格好つけはしない。几帳面に降りて手渡す人間だった。

 すぐに長机に戻って座る。


「………あなたたちも似たようなものを持っているのでしょう」

「もってるよん。でも、あまりユニークスキルのことは人にばらさないようにしてね。僕たちだからいいけど、僕ね、昔それで奴隷落ちしたことがあるからさ」

「………っ!!?」



 その驚愕の事実に思わず目を見張る智香


「珍しいからね。騙されて裸にひん剝かれて、性奴隷にまでなりかけた。今思い出したら笑っちゃうよ。あのままフユルギ達がケラケラ笑いながら助けに来なかったら、伝説の3銃士が性奴隷なんだもん。童貞の癖に処女を先に失うことになるなんてひどいと思わない?」

「………そうね」



 とはいえ、語る本人がすでに笑い話にしているため、それ以上の詮索はしないことにした。

 ユニークスキルは簡単に話してはいけない。



「ちなみに僕のユニークスキルは【動物たちの茶会アニマルトーク】 これは僕の半径3mにいる動物の『言葉』がわかる能力。ボディランゲージしかない動物の言葉が判るのは、とんでもない異能力なんだ。動物が“言語を話せて理解する能力”を動物に与えているってことだもん。有効範囲が3mっていうのが狭すぎるけどね。これは意識しなくても常時発動しているユニークスキルで、デメリットはなし。すごいでしょ」


 動物と話せて何があるのかと思ったが、たしかにドラゴンをテイムしているし、能力の影響かは知らないけど、動物に好かれる彼女にはとても素晴らしい能力だったのだろう。


 先ほどから子猫に「おなかすいた? あとでクッキーあげるね」と話しかけているのも、その能力なのだとわかる。


「俺ぁ………一番わかりにくいな。【無限の手作りインフィニティ】 こいつは俺が作り出したものを無限に複製できるユニークスキルだ」

「………無限に複製」


 智香はなんとなく折り鶴を千羽まで増殖させるイメージを持つ

 理解が追いついていない智香に気付いてフユルギは頭をガシガシと掻くと


「説明しにくいんだよな。俺の能力は………。まあ、指ぱっちんで試すから、それだけで判断してくれ。説明は苦手だから一度しか見せないぞ」



―――パチン と、何の変哲もない指ぱっちん。


「耳ふさげ」

「え?」

「はいな」

「はいはーい」

「………。」


 突然耳をふさぐように言われて、みくるちゃんと修の二人は素早く耳をふさぎ、それを見た智香も習って耳をふさぐ。

 状況についていけなかった葵は呆然とした表情で固まった、その時


―――バゴォオオン!!!


 という、耳をふさいでも鼓膜を揺さぶる爆音。まるで太鼓の中にいるかのように腹部を突き抜ける圧倒的な振動破。

 なるほど、『作り出したものを無限に複製する』というのも理解した。


 『音』『振動』どころか、与えた『ダメージ』さえも無限に複製することができる、完全に破壊に特化した異能だとわかったからだ。

 指ぱっちんの音、衝撃などを何千何万、何億と複製したら、その巨大な爆音が産まれたことになる。


「複製できる範囲は、俺の手が届く距離まで。一時間に5回まで、連続使用にかかるインターバルは30秒必要だ」



 と、フユルギ自身も耳から手を離して答えてくれた

 つまり、増殖して与えたダメージを複製することはできないということだとも理解したところで、智香も耳から手を放す。


「――――――!!!!!?」



 だが、そこに対応の遅れていた葵が、耳から血を噴き出して声にならない声を上げているのが映る

 三半規管にまでダメージを受けたのか、フラッと倒れて地面に頭を打った。


「………葵!」


 慌てて葵に智香が駆け寄るが、フユルギに続くようにむしろ都合がいいとばかりに修は自分の能力の説明に映る。


「おっちゃんは、【藁にもすがるチェンジザストロー】 藁人形を介した『入れ替え』の異能やで。説明するよりも見るがやすし。みててや」



 修はふかふか椅子から立ち上がって藁人形を取り出すと、智香が抱えた葵の手に藁人形を握らせ、葵の手の甲に五寸釘を添えると、


「 【痛覚反転ダメージリバーサル】 」


 木槌を使い、五寸釘が手の甲ごと藁人形を打ち抜いた


「ああああああああっ!!!」


 その瞬間、絶叫を上げる葵。


「ほんで完治や」


 ズボッと五寸釘を引き抜くと、葵の耳から出ていた血は消え、藁人形の頭部が若干弾け、赤い血が滲み始める。


「あ、あれ………耳が聞こえる………何をしたのです?」


「………『入れ替え』………藁人形に傷を移し替えたのね」

「せやで。藁人形を介して、なんでも入れ替えることができるにゃ。だから、こんなこともできたり」


 視線を引くように修はふかふかの椅子に座りなおしてから新たな藁人形を懐から取り出すと、部室の隅に藁人形を放り投げた


 つるるーと滑る藁人形を目で追う智香


「………? なにも起きないわ」


 と思ったのもつかの間



「 【位置交換チェンジ】 」


 と声が聞こえた瞬間。修は部室の隅に立っていた


「………!」


 驚いた智香は、先ほどまで修が居た場所に視線を向けると、そこには先ほど部室の隅に転がっていった藁人形がちょこんとふかふかの椅子に鎮座していた


「………なるほど、藁人形と自分の位置を入れ替えられるのね」


「まあ、そんな感じやな。みくるちゃんみたいに単純な能力やなくて、もっと応用が利く柔軟な異能やで。この入れ替えは、おっちゃんの受けた傷も、それどころか死亡したことすら藁人形が引き受けてくれる。藁人形は消耗品で一個つくるのに相当時間がかかるのが難点やけど、とんでもない異能やで」


 傷、位置と入れ替えができるなら、他にもいろいろと応用が効きそうだ。さらに先ほどの藁人形には本人の髪の毛が入っているのを確認している。

 もしかしたら、中に入っている髪の毛を抜いたら他人の傷も藁人形に肩代わりすることができるのではないか、と智香は考えた。正解である。


 たしかにそれならほぼ無敵の異能ね。と納得の智香だ。


「………ありがとう。いろいろ納得したわ。わたしの能力のことも、異世界のことも」

「えへへ、よかったぁ」


 安堵するみくるちゃん。

 敵対するわけでもなく真剣に話を聞いてくれたのだ。こんな怪しい自分たちの話を、真剣に。

 だが、智香はプロの聞き上手。相手の話をきちんと聞くのは智香にとっての常識だ。


 故に、智香はその先を求める。


「………そのうえで、本題に入りましょう。この部屋にわたしを呼んだ理由ってのはなに」


 彼らは自分の疑問に答えてくれた。ただの親切だけではないはずだ。

 なぜなら、今までの質疑応答に彼らへのメリットがなかったのだから。


 すでに自分の情報は相手にはわかっている。智香自身は知らないことだらけ。

 親切に知らないことを教えてくれた。『異常者』のよしみで。


 だからこそ、その先の本題が気になるのだ。


「そーだな。異常者は確保しておきたいってのが本音だ。だから、ボランティア部に入ってくれ。今後は大体俺たちと共に行動してもらうことになると思う」


 なるほど。そういうことか。


 智香は納得した。異常者で無知のわたしは彼らにとっても爆弾だ。

 『異常者』とは、この世界で唯一、彼らにとっても脅威にもなりえる可能性があるのだ。


 だからこそ、自分たちの元で縛り付けておきたいのだと智香は考えた。



『僕ね、今日、風邪を引いて学校休んでたんだ。そしたらいきなりこの学校を含めた全国の5つの学校跡地に巨大な大穴が出現しているんだよ? この世界に学校が来たってわかったから、心配してこっちの世界にやってきたんだよ』



 みくるちゃんのセリフでは、5つの学校がこの世界に召喚されている。

 自分たちの学校だけですでに4人の異常者が居るのだ。

 別の学校にも似たような『異常者きょうい』が居る可能性がある。


 ならば、この高等部の彼らの部活に縛り付けられてしまうという状況は………


「………こちらからお願いするわ。これからよろしく」



 願ったりかなったりだ。



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