第17話 校庭―みくるちゃん【突風】


                  


 智香と葵は小川に立ち寄り、香ばしい匂いの漂う黄色に染みた制服を脱いで洗濯した後

 智香の濡れた制服とパンツ。

 そして鴉天狗である葵の濡れた服とパンツを木々に干して、小休止をしていた。


「………あなた、名前は?」

「はい、風丸葵、種族は鴉天狗です!」


 ビシッ! と手を挙げて宣言する葵に、智香はふむと考え込む。


「………天狗ってくらいなら、風を起こしたりできるの」

「風魔法は得意ですです!」

「………鼻が長かったり」

「お面をかぶれば。あ、大天狗様のお鼻は立派な長さです!」


 そんなことは聞いてないわよ、と智香は嘆息しつつも、頷いて見せる。

 智香はプロの聞き上手。人の話を途中で遮ることはないのだ。


「………まあ、なんだっていいわ。原生生物には何かと利用価値があるから、貴方、一緒に学校まで来てもらってもいいかしら」

「がっこう? あ、あの謎建物って教育施設だったのですか! 道理で大きいと思いましたです!」


 天狗の教育施設はそれほど大きくはない。だが、人間族の暮らす大きな町ではそのような大掛かりな教育施設があると聞いたことがあった。


 彼女はまだ15歳の少女。ゴゴッサ山から出たことはないのだ。


「………それで、返事は」

「ええっと、どうしましょう。私は【記者スクープキャスター】なので観察専門ですし、巻き込まれるのは御免こうむりたいのですが」


 彼女の戦闘力は鴉天狗では下の下。モンスター相手に後れを取るような種族ではないが、面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁であった。


「………言い方を変えるわ。あの謎建物の内部に潜入して、一歩先の情報を入手して、現地人をインタビューしてみない?」

「やるです! やりまくるです!」


 だが、彼女は何を差し置いても記者という生き様に誇りを持つ、そんな天職を持つ女だ。

 智香の魅力的なお誘いを断ることはできなかった。



(………ちょろい)


 智香はそんな葵の扱い方を、いち早く気付いたことに、葵はまだ気づいていない。

 彼女が学校に潜入することに了承し、眼下に見える学校に視線を向けたところ――


「ん、おや? なにやら謎建物の方に―――ひっ!? 伝説の古代竜セルビア!!?」



 文献に残る、邪神殺しの3銃士、『慈愛のミクル』の元テイムドラゴン。生きる伝説である古代竜セルビアだった。


 魔物図鑑に載っていた姿のままで、葵は腰を抜かしてしまった

 もちろん、股からちょろちょろと液体を流し出すのも忘れない。


 離れていても十分な威圧感を与えられる。世界最強の竜の姿。遠目に見ただけで震えあがってしまったのだ


「………あれは、学校がピンチなのかしら。あなた、あの竜を知っているの」

「で、伝説の竜です………邪神殺しと呼ばれる勇者たちの一人に、天才錬金術師が居たのですが、その方が従えていた竜だという………写真でしか見たことのないものが、まさかあんな近くに………」

「………危険?」

「いえ、性格は温厚という話ですが、何分とても珍しいので、数々の勇者が戦いを挑み、そして打ち破ってきた最強の竜なのです。こちらから危害を加えるようなことをしなければ何もしないはずなのですが………正直なところ、あの巨体を目の前にしてそれが本当なのか、よくわからないのです」


 葵はガタガタと震えながら巨大な竜を見下ろす


 それとは裏腹に、智香の方はその竜に脅威を感じてはいなかった。


 楽観しすぎなのかしら、と心の中で自問するが、この世界に来てから鋭敏になった感覚――智香の“第六感”が告げている。『脅威にはなりえない存在だ』と。


 それにはきっと、このバグったステータスと、もともとの怪力の異常を持って生まれたからこその感覚なのだろう。


「………葵。いくわよ」


 それゆえ、智香は素早く判断を下した。

 目標は目下ドラゴンの居る学校。


「い、い、行くって、あそこに、ですか!? 逝くの間違いですー!」

「………ドラゴンの取材を」

「いってやるですー!! 行って逝ってイキまくってやるですー!」


 ガクガクと震えながらも立ち上がる葵。


「その前に………もう一回パンツをあらわないとです………」

「………はよ」



 智香は木にかけてある渇きかけの制服を手に取って肩にかけ、肌着のまま学校を見据える。


 葵が小川でパンツを水洗いし、渇いていない状態でも構わず絞って履かせたところで


「………よいしょ」

「ひょわ!?」


 葵の腹を抱える

 智香の方が明らかに小柄だが、その方が早いと判断したからだ。


「ちょ、まってください! 何する気です!? う、う―――」

「………しっかり捕まってて」

「抱えられてるだけだから体勢的に捕まる場所なんて―――」

「………【怪力乱神】」

「あばばばばっばばば!!!」


 ドゥン!! と、地面に10m級のクレーターが出来上がり………その場にはもう、木に掛かったままの、渇きかけの智香のパンツしか残されなかった。




                   ☆



 一方、学校では


「「そら」」


 ドゲシッ!


「―――うひん!?」


 修とフユルギが金髪エルフの尻をつま先で蹴りつける。


「この挨拶の仕方は………」


 お尻を押さえながら、プルプルと怒りマークを額に浮かべて後ろを振り返ると


「やっぱり………」

「やほー、みくるちゃん」

「来てくれて正直助かったわ。あんがとさん」


 悪びれた様子もなく手を振る友人の姿があった。


「もう、乙女のお尻をなんだと思ってるのさ!」

「「サンドバック」」

「むきーっ!」


 あまりのセリフに両の拳を振り上げて怒りを顕にするが、しゅるしゅると怒りを収束させて、フユルギに向かってクロスチョップを繰り出すみくるちゃん


 身長差もあって、腹に向かって突進してくるみくるちゃんをよけることがかなわず、その衝撃を腹で受け止める


 本気ではないことが分かっているからだ。


 そんなみくるちゃんの脳天にチョップを繰り出すフユルギ。


 そんなフユルギの手に、なんとなく先ほど見つけた子猫を手渡すみくるちゃん。

 突然渡された子猫を、困惑することなくなんとなく受け取るフユルギ。そのまま自分のオレンジ色の頭の上に乗っけてみる。



「フユルギたん、おっちゃん。僕、来るの遅くなっちゃった?」

「んー? まあ、ええタイミングやったんやないかなー」

「むしろみくるちゃんが風邪ひいてたところを無理に呼んで悪いと思ってるよ」


 再開を果たしたみくるちゃんと修とフユルギは、みくるちゃんの風邪を案じながら現状報告を行うことになった



「な、なあ。大山。キミたちは彼女………みくるちゃん? と、知り合いなのか?」



 と、そこで空気を読まずに発言したのが、先ほどみくるちゃんに助けられた勇者。聖勇気だ。

 フユルギは勇気のことを完全に頭からすっぽ抜けていたようで、舌打ちをしてから苛立たしそうに勇気を見る。


「あー? 知るか。てめえに教えられることなんかこれ以上は全くねえ」

「別に隠さなあかんわけでもないし、この状況を見て知り合いではないなんて思えないやろけど、ここは引いてな、会長さん」

「む………」


 修とフユルギに拒絶されて言葉に詰まる勇気


「それよか、校舎の中を見てあげなくてええのん? まだゴブリンが残っとるかもしれへんねんで」

「そ、そうか。行ってくる!」



 未だに悲鳴の上がる校舎を見やり、駆けていく勇気。


「さて、邪魔者が消えたところで、状況報告といこうか」

「それなんだけどね、こっちに来る途中にいろいろと調べてみたんだけど、この世界に来た学校ってここだけじゃないみたいなんだよ」

「は? どういうこった」

「北のレーセン大陸、中央のソルマル大陸、東のクルッセリア大陸の三つの大陸で、計5つの学校がこの世界に転移してきているみたいなんだ」

「ほう………」



 みくるちゃんの情報にため息を漏らすフユルギ


「ん? フユルギたんならこのくらいの情報はすでに手に入ってそうなもんなんだけど」

「大山不動のレベルは天職以外リセットされてるし、学校内部のゴタゴタの方で忙しかったからな。みくるちゃんの登場が思ったよりも早かったってのもある。まだ連絡してから1時間もたってねえだろ」

「それもそっか。とりあえず、現在地くらいはわかる?」

「ゴゴッサ山の麓だろ」

「そうそう。たまたま近くの爆発の町に居たからすぐに来られたんだぁ」


 街を出てから旧友であるドラゴンを召喚し、街まで送ってもらうという傍から見たら仰天しすぎておしっこもらしそうなことを平然と行う。

 それがこのみくるちゃんという天然乙女だった。



「そんでフユルギたん。僕を呼び寄せたのってなんか理由あるの?」

「んー、外の情報が欲しいってのが一番だったけど、せっかくだ。この学校のための人柱になってくれ」

「おっけー」

「ってみくるちゃん! そげな残酷な頼みをやすやすとおっけーしなさんなって!」


 人柱になれというフユルギの頼みを一も二もなく即答でうなずくみくるちゃんに対し、修が焦ったように口を挟む


「でも、フユルギがやれって言ったこと、僕できなかったことないんだよね。『魔王サタン様の生贄になれ』とかもさ。否定したところでやらないといけないことなんだよ」

「うぐぐ、おっちゃんも身に覚えがある………。まあ、死なないんやったらこっちも言うことないわ。友達の供養とか、おっちゃんに念仏を唱えさせんといてな」

「だいじょーぶだって。心配性だなぁおっちゃんは」

「アホはするけど心配もするわ。ただでさえみくるちゃんは今も日本では高熱で寝とんねんで。やのに人柱とか、さすがにフユルギの神経疑うっちゅうねん」


 みくるちゃんを庇うように肩を掴んで背中に隠し、フユルギから距離をとる修

 他人が死んでも気にしない修だったが、さすがに友人が辛い目に合うのを黙ってみていられるほど冷徹漢になったつもりもなかった。


「別にみくるちゃんの自由を奪ったりはしねーよ。俺だってさすがにその辺の分別はついてるっつうの。ただ、異世界から来た俺たちと違って、現地人っぽいみくるちゃんが矢面に立ってこの世界の現状をこの学校の生徒に知らしめたほうがまとまるんじゃないかって思っただけだ」


 みくるちゃんを背中に隠した修を窘めるようにため息をついて説明をするフユルギ


「………」


 それでも納得しかねる修に、フユルギはガシガシと頭を掻いてから


「みくるちゃん、購買部あるだろ。あそこで防具と武器、そんで日用品。ついでに魔物なんかの素材の買取をしてくんね? こっちの世界の通貨を学校の生徒たちにも渡るようにしてさ、自主的にレベルを上げられるようにしたらいろいろ生存率も上がるだろ」

「ああ、人柱ってそういう………いいよ。おっちゃんも。そのくらいだったら許容範囲でしょ。ほらフユルギに殺気飛ばさないの。僕を守ってくれるのはいいけど、どうせフユルギには勝てないってば。おっちゃんでは力不足。」

「ホンマにそんだけやったらええんやけど………」


 煮え切らない様子の修も、どうやら納得してくれたようだ。


 話もまとまってきた、そんなとき。



「………ん? 伏せろ!!」



 突如フユルギが声を張り上げた



「んえ?」

「ふに?」



 言葉では呆然としつつも、反射的にフユルギの言葉に従ってしゃがむみくるちゃんと修。

 その次の瞬間―――



―――校庭が爆発した








 ドガァアアン!!!




 と、爆音とともに粉塵が巻き上がり、津波のように校庭に会った土砂を降らせる。



 ザザザアア! と体に渇いた砂と湿った土が降り注ぐ。

 払おうにもすぐに積るし、巻き上げられた粉塵で視界も遮られていた


「【魔力探知】」

「何が起こったんや」

「敵襲ではねえだろ。セルビアが居たのに敵が入るとは考えられないからな」


 みくるちゃんは素早く魔力を散布することで現状把握に努め、フユルギと修は砂塵を吸い込まないように口元に服の袖を当てがう。



「爆心地に人がふたりいるよ」

「砂塵が晴れるのを待つか」

「僕が砂塵を吹き飛ばすから、それでいい?」

「ええよー」


 しばらくその場で待機し砂塵が晴れるのを待つ面々。

 突然の事態に面食らうことはあっても、平静を失うことはなかった。

 待っている時間が無駄だとみくるちゃんが風を起こすために魔法を使うことにしたようだ


「なんでいきなりぶっ飛びやがるですー!」

「………しかたないわ。これが一番早そうだったのよ」

「しかも古代竜セルビアもどこかに行っているではないですかー!」

「………あなたがパンツを洗うのが遅いのがいけないの」

「それに、この砂塵ではなにも見えないですー!! せっかくカメラをオンにしているのに何も見えないなんてひどいではないですか!!」

「………それは………もうしわけないわ」


 砂塵の中心から漂うコミカルな雰囲気。


 そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、一陣の風が吹き荒れる


「【突風ブラスト】」


 ゴウッ! とうねりを上げて吹き抜けた風が砂塵を一気に吹き飛ばした!



「ひょわー! ですー!」

「………突風が」




 砂塵の晴れた先にあったのは


 無様に転がる鴉天狗の葵と

 突然の突風に、スカートの前を押さえている智香の――無防備なおしりだった。



「「 グッジョブ! 」」

「わああ!! ごめーん!!」



 フユルギと修が親指を立て、みくるちゃんが必死に謝る光景がそこにはあったとさ


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