第14話 校庭ーセルビア【古代竜】


「キリが無いな………」


 キュキュッとリノリウムの床とゴムが擦れる音を響かせて走り、ゴブリンの一匹を切り伏せながら勇気は呟く。


「………それにしても、この剣はすごい性能だな。ゴブリンが豆腐みたいに切れる」



 再び襲い掛かってきたゴブリンを『神剣・オートクレール』で薙ぎ払いながら廊下を走り玄関前まで躍り出た。


 今の勇気のステータスはこうだ




名前:【聖勇気ひじりゆうき

種族:異邦人ストレンジャー

性別:男

天職:【勇者】 Lv.8

HP: 190/190

MP: 190/190

攻撃:  58

防御:  58

素早さ: 60

知力:  55

器用:  53

ジョブスキル:‐‐

獲得可能職業スキル:【鑑定(1)】【居合切り(1)】【刺突(2)】【ジャンプ斬り(2)】【飛斬(ひざん)(4)】【魔力剣(6)】

獲得可能スキル:【投擲(1)】【踏込(1)】【瞬動(2)】【奇襲(3)】【気配察知(4)】【光属性初級魔法(10)】【火属性初級魔法(5)】【水属性初級魔法(5)】【風属性初級魔法(5)】【土属性初級魔法(5)】

ジョブスキルポイント:40





 しかし、未だにジョブポイントの使い方がよくわからず、レベルを上げて物理で叩く戦法を取っていた



 それでも、ゴブリン相手には十分な戦力になっているので申し分ないのだが



『ギギィ!! ブゴブゴ』



「むっ!?」


 上履きのまま、校庭の様子を見るために外に出てみると

 突然、振り下ろされる棍棒を神剣・オートクレールで受け止める

 地面に罅が入り、あまりの膂力に思わず膝をついた



「今度はなんだ………」


 棍棒を受けながら視線を上げると、

 目の前に現れたのは、醜悪な豚の化け物であった


「こんな化け物までいるのか………」


 押し返そうにも、その豚の化け物の方が膂力は上だった。

 次第に勇気は力で押され始めるが、律儀に力比べに付き合ってあげる義理はない。


 重心をズラして豚の化け物の棍棒を受け流し、そのまま流れるように豚の腹を神剣・オートクレールで薙いだ



 だが



『ブブー、ブヒィヒヒヒヒwwwwwww』



 神剣はその筋力と、固い皮膚と、熱い脂肪に遮られて決定打には至らなかった



「な! 効かないのか!?」


『ブヒャヒャヒャwwwwwww プヒャッハーwwwwww』



 豚の化け物――オークのレベルは平均で40を超える。

 さすがの天職『勇者』といえど、圧倒的なレベル差の前には無力であった。



 オークの方は、勇気の攻撃が効かないとわかるや、そのでっぷりとした腹を突き出し、ほれほれ打って来んかい、できるんならな。と嘲り笑いながら腹踊りをする。


「くそっ!」


 勇気がそれを見て苛立たし気に斬撃を繰り出すも


『プギャーwwwww ぷぐじゅべらwwwww』


 効かぬ攻撃とわかれば、もう豚の煽りたい放題であった。


 しかし勇気とてバカではない。

 攻撃が効かぬのなら、引くしかない。現状ではそれしかない。



 しかし、引けば籠城しか残された手段がなくなる。籠城は援軍が来る前提でなければ成功しない。死を待つだけだ。


 故に


「ぜああああああああ!!!!!」




 隙だらけの顔面。眼球をえぐるような角度で、神剣を突き出した



『ハン』


 しかし、豚は鼻息一つでそれを笑い飛ばし、突き出された神剣をつかみ取る


「な!!」


 さすがに無傷とはいかず、ぶ厚い脂肪に囲まれた手は血で汚れ、刺突の勢いがついた両刃の剣を止めるためには皮膚が裂けてしまったようだ。


 とはいえ、ゴブリンを何度も引き裂いた剣を、素手でつかみ取られたことに勇気は驚愕する。

 その呆然とする勇気の頭上から、棍棒が迫る



 棍棒の初撃は神剣で受けた。

 だが、今は神剣が掴まれている


 勇気には避ける思考も受け止める武器もなかった。



 ガン!! という軽快な音を響かせ、勇気は棍棒を頭に受け、うつぶせに倒れこむ



「かっ………」


 明滅する視界。

 希薄になる意識。



 目の前に迫る、死。



 もういっそ、眠ってしまった方が楽になれただろう。


 それでも、彼には後ろに守らねばならない者たちが居た


「まけ、られない………」


 朦朧とした意識の中、神剣さえ失った彼は、震える足を叱咤して立ち上がる。


 彼の頭からは止まることなく血が流れ、顔を紅く染め、視界も赤く染まる



「俺がみんなも守らないと、ダメなんだ!!」


 勝てる勝てないではない。

 理屈ではない。


 守らねばならぬ人が、後ろに大勢いる。


 勇気には戦う理由があった。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」


 彼は拳を握る。

 力のすべてを使い切る気概で。



 手元に剣はない。

 だが、拳ならある


 全身の力を込めた拳が、オークに迫った



『ブー』



 だが、それだけだった。


 ぶ厚い脂肪に阻まれたその拳は、ぶよんと弾かれる



 物語や漫画のように、ピンチになったら助けてくれるものが居るわけでもない。

 新たな能力チカラに覚醒するわけでもない。


 レベル差によって、攻撃が当たってもダメージを与えられず、興味を失ったオークは神剣を勇気の手が届かないその辺に放り捨てて鼻くそをほじっていた


「おおおおおおおおおお!!」



 それでも、何度も何度も、オークに向かって拳を突き出す。

 いつか倒せると信じて。


 だが、相手がそれを待っていてくれるわけでもない。オークは鬱陶しそうに棍棒の柄を握ると、その柄で勇気の頭をかち割るために振り下ろす!



 さすがの勇気も死を覚悟した。

 目をきつく閉じて衝撃に備えた



「………??」


 だが、いくら待っても自分の脳天をかち割る衝撃が襲ってこない



「なんだ、いったい、なに、が………?」



 恐る恐る、目を開けてみると、そこには首を失ったオークが居た



「は? うわっ!?」



 その光景を理解する前に

 崩れ落ちるように、オークが倒れる。

 倒れる方向が前方で、勇気に迫ると、態勢が悪かった彼はオークに潰される形で下敷きになった



 何事かと、重いオークの身体から身をよじって体を出そうとすると


 その瞬間。


 そいつ・・・が視界に映った



『…………』



 大斧を携えた、浅黒い緑色の怪物。


 将軍 《ジェネラル》ゴブリン



 そいつは、豚の頭を掴んで、その頭蓋をかみ砕き、脳髄を啜っていた。


 ぐじゅぐじゅと音を立てながら脳髄を啜るその姿に、本能的な恐怖を覚える勇気


 自分の剣が、全く歯が立たなかったオークとは違う、格の違う存在。さらに上の存在感。


 カチカチとかみ合う歯。

 ああ、俺は豚の下敷きになれてよかった。


 彼が次に思ったのは、安堵。

 守ると誓いながらも、圧倒的な力の差を見せつけられた彼の心は、折れていた



 頼むから、このまま俺を見つけずに去って行ってくれよ。


 そう願わずには居られなかった。



―――彼女が現れるまでは




                    ☆





「うっひゃー、ひっどい有様だねー」


 息を殺して将軍ゴブリンが去るのを待っていた勇気の数十メートル先には、いつの間にか、一人の金髪の少女が居た


 学校の割れた窓や、死んだゴブリン、無残にもゴブリンに殺されてしまった生徒たちを興味深そうにきょろきょろと見回している。


 年のころは12歳くらい。この殺伐とした状況に置いて、あまりにも幼い。中学生という体格でもない。この世界の人間だろうか。と勇気は首を捻る


「あ、子猫はっけーん、こっちおいでー。にゃー」



 見れば、その少女は花壇の方で怯えて震えている子猫に対して、視線を合わせるように四つん這いになって手をこまねき始めた。スカートから白いパンツが丸見えである。

 この状況が分からないのだろうか。


 この学校は、前代未聞の大災害に襲われ、化け物が跋扈しているんだぞ!


 勇気はそう、怒鳴りたかった。

 だが、怒鳴ってしまえば、将軍ゴブリンに自分の存在を知られてしまう。




「だ、めだ………はやく、逃げ………」



 勇気は実際に注意しようとした。

 だが、勇気の体力はもはやギリギリ。頭部からの出血もひどい。


 朦朧とした意識の中では、かすれた声を出すので精一杯であった


「みゃー………」

「そっかー。お母さんと離れちゃったんだね。だいじょーぶ! 僕が一緒に探してあげるから!」


 ドンと薄い胸を叩いて子猫を抱っこする少女

 将軍ゴブリンは自分に尻を向けるその少女がさぞおいしく見えたことだろう。



 オークの頭を投げ捨てると、舌なめずりをして、その少女の方に大斧を振り上げながら愉悦の表情でのっしのっしと歩き始める


「だ、ダメだ………」


 霞む視界の中、その少女が振り下ろされる大斧で無残な肉塊に変えられるのを幻視する


「そんなのは、ダメだ!」


 勇気は力の限りオークの身体を押しのけ、オークがその辺に放り捨てた神剣・オートクレールを再び手元に戻すためにふらつく足で走り出した


 折れた心をつなぎ留め、霞む視界の中、神剣に向かって全力で飛びつく


 将軍ゴブリンはそんな勇気を横目に見て、すぐに興味を無くしたように視線を少女に移す


(………眼中になしかよ!)


 まるで路傍の石でも見るかのようなその視線に、悔しさが募る。


 だが、それでも少女が無残な死体に代わる様を、黙ってみているわけにはいかなかった


(あの子が逃げられるくらいの時間は、死んでも稼いでやる!!)


 勇気の中にあるのは正義感。

 一度は豚を相手に心が折れた。


 だが、目の前で殺されそうになっている少女を見捨てて自分だけが助かってみろ。

 よかった、助かったと素直に喜べるだろうか。

 それで明日喰う飯がうまいだろうか。


 否!


 その光景は一生脳裏に焼き付き、自分の人生を縛り付けることになるだろう。



「こっち向け! 化け物ぉおおおおおおおおお!!!!!!」



 自分に注目させようと、絶叫しながら将軍ゴブリンに向かって走る勇気。

 その顔は恐怖にゆがみ、顔面を涙と血で汚しながらも、決してその手に掴んだ神剣を手放すことはなかった


 その気迫に神剣が応え、その刀身が魔力を纏い、力強く輝く!


「うおりやああああああああああああああああああ!!!!」



 深くは考えなかった。


 少女の背に大斧をたたきつけるために振り上げた将軍ゴブリンに対し、

 勇気は背後から、ただ、全力で神剣を振り下ろした。



 後ろを振り向いた将軍ゴブリンはほんの少しだけ目を見開き、大斧を盾にするように頭上に掲げると


 ガギン!!


 と、大斧の刃を半分ほど裂いた


「はあああああああああああああ!!!!」


 その後、神剣から白い斬撃と衝撃破が放たれ、その大斧を切断する


 将軍ゴブリンはニッと残酷な笑みを浮かべ、その白い斬撃を額で受ける


 衝撃のすべてを大斧で殺し、将軍ゴブリンは全くと言っていいほどの無傷であった。


「くっ、そぉ………」


 すべての力を使い果たしたのか、勇気は将軍ゴブリンの前でベチャリと倒れこんだ。


 結局、彼は何もできなかった。

 倒すことも、時間を稼ぐことも。もやは指一本動かすことも。


 嘲り笑うように、将軍ゴブリンが鼻をならして、未だに背を向ける少女に向きなおる。


 悔しさに唇を噛みしめる勇気。



………

……




 いや、おかしいぞ。

 なぜ、この少女はこの状況で警戒もなしに背を向けていられるのだ。


 周囲にあるゴブリンの死体が見えていないはずがない

 この惨劇が見えていないハズがない。

 自分や生徒たちの絶叫が聞こえていないハズがない。

 なにより、後ろから迫る化け物の足音が聞こえていないはずがないのだ


 むしろ聞こえているはずだ。

 なのに、どうして、こちらに注意を払いもしないのだ?




 そもそも、なぜこの少女はこんなところに居るのだ?


 ふと少女の存在に疑問に思った、次の瞬間の出来事である。




―――ぱっくんちょ☆




「………は?」


 少女に手を伸ばしていた将軍ゴブリンの身体が、浮いた・・・



「ゴァ! ガァアアア!!!」



 もがくように、将軍ゴブリンが足をバタつかせる


「は、はは、は………」



 その光景を見て、もはや笑うしかなかった。



 勇気がソレ・・を見上げると、そこには大きな、それはそれは大きな竜が居た。

 それが校庭のど真ん中に、チョコンと丸まってこちらを見下ろしているのだ。



「どうなてんだよ………こんなの、どうしろってんだ………」



 将軍ゴブリンを生きたまま、ゴクリと飲み込むドラゴン。

 自分より3回りほど大きな将軍ゴブリンを丸のみできるその体躯。


 人間にどうこうできる相手ではない。

 束になったところで、勝てる見込みはない。

 ここにいる自分も、ゴブリンも、オークも。等しく餌だった。


 勇気は自分が、人間という種族が、“餌”に成り下がる瞬間を自覚した。


 オークに遊ばれるように負け、それを片手で捻り潰せる将軍ゴブリンに心を折られ、果てはその将軍ゴブリンをいともたやすく丸のみにできる巨大な竜。



 未来には絶望だけが広がっていた。



「セルビアー」

『グルル』


 のんきにも少女は子猫を相手に独り言を呟く。

 竜は少女のことも食べるつもりなのか、勇気の上を通って、少女の背中まで鼻先を近づけていた



「この子の母親がどこにいるか、わかる?」

『グルア?』

「そっかー………まぁ、そうだよね。匂いもわかんない?」

『グルゥ』

「しょうがないねー………よっと」


 少女はおもむろに子猫を金色の頭の上に乗せて立ち上がると、まるで当然のように振り返り、竜の顎をくすぐるように撫でた。


「セルビア、送ってくれてありがとう。またよろしくね」

『ガァゥ!』


 竜の方も、少女に甘えるように目を細めて顔をすり寄せる



 その光景に、勇気は自分の眼を疑った


 自分でも歯が立たない相手を一口で飲み込むような凶悪なドラゴンが、あの少女に懐いているのだ。



 そもそもだ。



 この巨体は屋上を超える高さを持つ。



 ならば、屋上に避難していた他の学生たちが目に入らないはずがない。


 今ならわかる。学校の屋上の方から竜を恐れる絶叫が聞こえてくることが。


 しかし、この竜は動かない。

 あろうことか、極上のえさを前に、敵だけを食べてくれたらしい


 もしかして、味方なのだろうか。


 そんな疑念が勇気の頭をよぎる



「子育て中なんでしょ。つき合わせちゃってごめんね」

『グルルゥ』

「あはっ、いつまでたっても甘えんぼさんめ! また呼ぶから、その時はよろしくね!」

『ガァウ!』



 その巨大な竜は名残惜しそうに少女をペロリと舐めると、校庭から離れ、草原へと出てから翼を広げ、ドシンドシンと地響きを響かせながら助走し、そして、去っていった。


「………口臭い」


 結局、あの巨大な竜はなんだったのか。

 敵だけを食べて行った。


 そして、目の前に残るこの少女はいったい。


 疑問が残るまま、勇気は動けない体を叱咤して動こうとする



「んー、あ、この人魔力切れ起こしてる。すごいなー。自分で魔力の動かし方を理解しちゃったんだ。それにすごい怪我。おーい、生きてるー?」


 竜の唾液で汚れた頬をハンカチで拭い、ツンツンと勇気をつつくその少女。


「ぅ………」


「意識はあるね。はい、がんばってこれ飲んで。魔力と体力を回復できるすごい丸薬!!」


 少女は勇気の頭を己の柔らかな太ももの上にのせて勇気の口の中に白い錠剤を放り込み、なにやら柑橘系の香りがする水筒を取り出し、勇気の口に含ませた


 何を飲まされているのかも理解していないが、血を失った体が、水分を欲してその丸薬ごと柑橘系の飲み物を飲み込む。


「即効性があります」

「あ、あれ? 体が動く、体が動くようになってる!」



 勇気は右手を動かし、先ほどまでの霞んだ視界も、意識もクリアになり、自由に体が動くようになったことを喜んだ


「あんっ! ちょっとあまり動かないで! というか元気になったならもうどいて!」


 少女の太もも上で!


「あ、ごっごめんッ!!」


 顔を赤くして慌てて飛び起きる勇気。


「助けるつもりが、助けられちゃったね………ありがとう。キミの名前は?」


 助けられた礼を言い、謎の少女の名前を聞くと




「えっへへ、僕の名前は『みくるちゃん』」

「は?」

「僕の名前は『みくるちゃん』」

「え?」

「『みくるちゃん』」


 えーーと………。


「『ミクル・チャン』? ミクルが名前でちゃんが家名?」

「ううん。単体で『みくるちゃん』 ひらがな。」

「みくるちゃん?」

「『みくるちゃん』」



「………。」








 少女は、おかしな名前の子だった。





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