第13話 屋上ー樋口銅鑼夢【九州娘】



「はぁ………はぁ………」

「はぁ………ぅ………」



 荒い息を吐く生徒たち。

 彼らは血で真っ赤に染まった床の上に立ち、制服を赤色に染め上げ、モノにつかまって倒れないように気を張っていたが、今しがたすべての力が抜けてしまったようで、べちゃっ………と血に染まった床にへたり込んだ



 散乱した机

 壊れた椅子

 折れた金属バット

 砕けた竹刀

 割れた花瓶

 壁に刺さった矢



 そして、2mほどの緑色の生物



「さ、さすがに、死ぬかと思った………」

「同感だ。生きてるのが不思議なくらいだよ」



 紅く染まった服の袖で顎から滴り落ちる汗を拭うと、拭った場所を紅く染めた。

 彼は剣道部主将でクラスの委員長。月野守

 守に答えたのは、野球部のエースで4番。山中鉄人てつひと。彼も満身創痍といったていで床に倒れこんだ


「ええ、本当によく倒せたわね………」

「ははっ、ワイのアッパーカットのおかげやな!」


 制服の上に胸当てをつけているのが、クラスのムードメイカー、朝比奈光。

 そして場違いな返答をしているのがボクシング部のホープ、鬼人の異名を持つ村上信彦


 そんな彼らの目の前にあるのは、ホブゴブリンの死体だ。


 ゴブリンを倒してDCQアプリをインストールできたものはこのクラスでは6人だけだ。

 この教室に入ってきたゴブリンの数は6匹だったためだ。


 インストールが完了した生徒は


 クラスのリーダーである月島守

 そして山中鉄人、朝比奈光、村上信彦


 そのほかにも血気盛んな男子生徒二人。



 当然ながら、全員のレベルは1であった。


 そんな彼らの前に、突如現れたのは、残虐を形にしたかのような緑色の悪魔であった。

 ドアに寄せていた机ごと吹き飛ばし、教室に侵入してきたのだ。


 戦闘員以外はすぐに距離を取り、戦闘可能な生徒だけが他の生徒を守るように立ちはだかった。


 だが、彼らが必死で相手にしたのは、ホブゴブリン。推定レベルは13である。


 DCQアプリのインストールを完了した6人で必死に相手を押さえつけ、あとは数の暴力で机や椅子をクラスメイト全員で背後から叩き付け続けるという所業を30分以上続け、隙を見つけた朝比奈光の放った矢が頭を貫いたことが決定打であったようだ



 ステータスで言えば、全ての項目が5倍以上も上回る相手をクラスメイト全員で倒したのだ。そして、それが集団レイド戦という扱いになったのか、その経験値はクラスメイト全員に分配され、一斉にスマートフォンが鳴り始め、中等部2年5組のみんなは無事に天職を得ることができた。


 しかし、その天職を得るまでの30分は、一瞬たりとも気を抜いたらいけないため、ホブゴブリンの攻撃を喰らい自らの死に直結するという状況により、永遠にも等しいほど長く感じたことだろうことは言うまでもない。


「………よし、体が前よりも早く動く、強く刀を振れる!」

「いきなりこんな世界に飛ばされて、いきなり敵に襲い掛かられて、へんな職業ジョブを手に入れて………」

「せやけど、その職業のおかげで生き残ることができたんや、それに他の連中もスマホが鳴っとるみたいやし、無事にこの世界に順応できたと思うてもいいんやろ?」

「そうね………。私もいきなり弓の腕が上がった気がするわ」



 レベル0とレベル1とでは天と地ほどの差があるのか、インストールが完了した連中は自身の身体の変化を敏感に感じ取っていた。


「よし、この調子ならみんなで生き残ることができそうだ。俺はさっきのあいつを倒したらレベルが3になった。今までにないくらい剣の調子もいいし、もうゴブリン程度に負けるとは思えない。無茶はしないつもりだけど、これなら他の生徒たちも助けられるかもしれない! みんな、協力してくれないか!」


 剣士の職業ジョブを得て、初期武器の日本刀てつのけんを肩に担いだ守がクラスメイトにそう進言する


「ふん。ワイはもともとそのつもりや。」

「私もよ。一緒に行かせてもらうわ。」

「おいおい、俺だってうかうかしてらんねぇな!」



 村上信彦、朝比奈光、山中鉄人の三人が己の武器を掲げて宣言した。

 村上信彦はバンテージ

 朝比奈光は長弓と木の矢

 山中鉄人は金属バットと硬球(あとグローブ)


 一人だけ場違いなものを持っているが、立派な初期武器である。



 それに合わせて、クラスメイトたちも声をあげてタブレット端末から出現させた武器を上に掲げて「おおっ!」と声をあげる



 強大な敵を全員で倒して結束力が産まれたからか、彼らは誰一人掛けることは無く、その後さらにもう一匹ホブゴブリンを狩ることができたのだ。


 彼らはのちに生徒たちの間でその血に染まった姿から“朱き騎士団”と呼ばれ、一種の英雄的扱いをされることになるのであった。



……………

………



 ゴブリンがうろつく廊下にて、一人の女教諭が脇目も振らず走っていた



「はぁ、はぁ、はぁ………みんな無事で居ろよ!! おい、てめーらも急いで高等部の屋上に上がれ!」


「は、はいっ!」


 短めの明るい茶髪のポニーテールを揺らしながら廊下の生徒に声を掛ける

 彼女の名前は【寿しのぶ】

 通称しのぶちゃん。男勝りな部分もあるが、生徒たちは愛称を込めて『しのぶちゃん』と呼ぶことになっている。


「ん? ………ぅおらああ!!」

「ギキィ!!?」


 そのすぐそばにいたゴブリンらしき生物を渾身の蹴りの一撃でゴブリンの首の骨をへし折った

 普通の神経の持ち主にはそういうことは出来るはずもないのだが、しのぶは頭のネジが外れている人種のようで、常にそう状態によりゴブリンに行った殺しに対しての忌避感はもはや存在していなかった


「っは! 男子バレー部顧問の脚力なめんなよ!」


 もはや意味の解らないことを叫びながら、さらにゴブリンの一匹を無力化した。

 なぜか体が軽くなったような気がし、ポケットの中ではなぜかスマホが振動しているが、それよりも自身の生徒たちの安否確認が最優先であった


「てめーら無事かぁあああああああ!?」


 2年5組の教室のドアをドロップキックでぶち破る轟音が響き渡る


 ひしゃげて吹き飛んだドアが教卓にぶち当たり、ガランガランと揺れながら床に落ちた



「………ん? なんじゃこりゃ!?」



 しのぶが見た光景は、自分の担当する2年5組の中は、もぬけの殻になっていたということだ。


 机は散乱し、床は血で真っ赤に染まっている


「まさか………っ!」


 この血は生徒たちの血ではないか


 そんな悪い予想ばかりが頭の中をグルグルとかき回してくる


 真っ赤に染め上げられた床の血だまりの中心では、2mくらいの緑色の生物が息絶えていた


 しのぶはゴブリン達の上位のものだろうと予想をつけ、ゴブリンの死体をよく見てみることにする。

 教室の中は、吐瀉物の匂いや、ゴブリンの臓物の匂いなど、とても呼吸をできる環境ではなかったが、ハンカチを口元に当ててゆっくりと血だまりを踏みしめてゴブリンの死体に近づく。

 ひざを折ってゴブリンの頭に顔を近づけると………


「矢………? 矢が、刺さってんのか? ってーことは、朝比奈か?」


 いち早く正解にたどり着いたしのぶは、すぐに思考を巡らせる。


(頭に矢が刺さっていることからこれは弓道部の朝比奈の仕業だと思っていいだろう。それに、全身に打撲跡、散乱した机にも打撃痕が残っている。ウチのクラスの連中だけでこれをやったとしたら、たいしたもんね)



「よかった、もうみんな高等部の屋上に向かってくれたみたいだ」



 大きなゴブリンをクラスメイトたちでぼこったのは間違いない。

 その後に、自分の放送を聞いて高等部の屋上に向かったのだという考えに至った


「よしっ! そんじゃ、あたしは一階に降りて一年生たちを守ってやろうかしらね」



 気合を入れて立ち上がり、生徒たちを守るために一年生の教室に向かうことにした



…………………



 1階に到着すると、生徒たちはほとんどいなかった。


 居るのは、すでに事が切れてしまっていた生徒たち。


 一年生たちは1階ということもあり、逃げ遅れてしまったのだろう。

 警察を交えて会議なんかをしているよりも、生徒たちを安心させるために教員を教室に付けておくべきだとあれほど言ったのに………と唇を強く噛みしめる。


 生徒たちを守ると大言を吐いたにもかかわらず、全く守れていないことに自分自身のセリフにヘドが出そうになった



 ことが切れている生徒の目を閉じさせ、前を向く。


「誰か! 生きている奴は居るか!? 返事をしてくれ!!」


 いま、あたしにできることはなにか。それだけを考えてしのぶは各教室を回った。



 その途中、前方から声が聞こえてきた



「一階にはもう誰もいないな!」

「うん! もう一年生たちは高等部の方にレイピアてつのけんの北村たちを付き添いに連れて走って行ったよ!」

「よしよし! じゃあおれたちも高等部の屋上に向かって急ぐぞ!」

「ワイはそろそろしんどくなってきたわ。せやけど泣き言を言ってもしゃーないな。」




 それは、しのぶの生徒たちであった

 生きていた喜びと、なぜここにいるのかという戸惑いを覚えつつ、少しだけ涙を溜めながら声を張り上げて生徒たちを呼んだ


「おいてめーら!! 高等部の屋上に行けって言ってるだろうが!!」



 油断していたのであろう。その声にビクリと反応して己の武器を構えてこちらを振り向く面々。



「し、しのぶちゃん?!」

「しのぶ先生!! 放送を聞きました! 私たちは一年生たちを保護しながら高等部の屋上に向かうところです! もう一階には誰も居ませんよ!」


 そのセリフを聞いて、ほんの少しだけ安堵した。

 ことが切れている者はいるものの、この子達の働きによって被害は最小限に抑えられたのではないか、という思いだ。


 生徒たちは構えを解くと、ワラワラとしのぶを囲みだした


 なんだなんだと困惑しながら生徒たちが何をしようとしているのかを見守ると



「よし、今度はしのぶちゃんを護衛しながら俺たちも屋上に行くぞ!」

「おお!!」



「あ、ちょっ! てめーら! あたしは大丈夫だから! あたしにてめーらを守らせろよ! 馬鹿!」



 なんとも頼もしくなった姿に安堵し、眼尻からしたたる涙を、悪態をつきながら拭うしのぶなのであった。




                ☆




 オレの名は真田煌輝さなだきらめき


 サッカー部キャプテン、ポジションはFW


 DQNな名前だとは自分でも思うが

 足が速く、スポーツのできるオレは顔も整っていることもあり、非常にモテた。

 歩いていれば女の方から寄って来るほどである。


 そこそこかわいい女となら何回もヤったこともある。女性経験は豊富だ。


 しかし、オレには好きな女が居た


「ねえ、さっきしのぶちゃんから高等部の屋上に向かえって放送があったけど………。この屋上に全校生徒なんか入りきるかしら………」



 彼女の名前は樋口銅鑼夢ひぐちどらむ

 通称ドラム


 ご当地アイドルグループ【九州娘くすこ】に所属する薩摩美人だ。

 幼稚園時代からの幼馴染であるドラムの事が、オレはいつの間にか好きになっていた。


「ムリだろうな。半分くらいは三階の廊下や高3の教室で待機だろう。となると、端の奴から化け物たちに殺されていくだけだろうな。」


 だが、彼女にも気になっている男が居た。


「うーん………岡田………大丈夫かしら………」



 ドラムが呟いた名前は、同じクラスの陰気な男子生徒。岡田修。


 話しかければひょうきんに冗談を飛ばす男だが、話しかけられなければただのオタクのぼっちだ。

 奴も一応幼馴染と言っていい間柄ではあるが、悪友ですらなく、ただただ嫌いな奴だった。幼稚園時代から俺はあいつのことがなんか嫌いだった。


 運動能力も中の上か上の下程度。勉強も中の下か下の上程度。


「修はむしろ死んだ方がいいだろ。なんであんな陰気な奴を気にするんだ」

「なによ、同じ学校の生徒を心配するのはいけないことなわけ?」

「そうは言ってねェよ。なんで修個人をって言ってんだ」

「煌輝には関係ないじゃない!」


 ドラムは眉をしかめて俺を睨みつけた後、足早に離れて行った。


「ちっ」



 俺は舌打ちをしつつドラムの後を追うと、屋上の端の方に着いた

 ドラムの横顔を確認すると、間抜けそうにポカンと口を開けて中等部の屋上を眺めていた。

 周りの人間も確認してみると、同じように中等部の屋上を見ていることが判った


「な、なによ、あれ………さっきの大きな音って、あれを壊した音だったの………?」


 俺もそれにつられて中等部の屋上に目を向けると


「な、なんだよ、あれ………貯水タンクが、ぶっ壊れてやがる………」




 風穴の空いた貯水タンクが目に映った。


 い、一体だれが………いや、なにがどうしてあんなことなってんだ………?



 校舎の中や学校の敷地だけじゃなく、屋上にも危険は潜んでいるのか………?


 じゃあ俺たちは一体どこに逃げればいいんだよ!



 俺たちの状況は非常に危なっかしい。

 いきなり異世界みたいな場所に飛ばされて、ゴブリンみたいな化け物が校舎に現れてみっともなく逃げ惑って


 屋上まで来たと思ったら、屋上にも危険があるかもしれなくて


「結局、どこにも逃げ場所はないのかよ………」

「そんな………」



 絶望が一気に押し寄せてきた。

 体育館では変な男のせいで何人もの生徒が焼け死んだ。



 今度はいきなり異世界に飛ばされて、化け物に何人もの生徒が食い殺された。


 何の希望も持てないで項垂れる。



「お、おい、あれ見ろよ! 生徒会長じゃねえか!?」


 絶望にさいなまれていると、生徒の一人が2階の渡り廊下を指差して声をあげていた


「生徒会長………勇気か!」


 オレも身を乗り出して渡り廊下を見ると、


『―――!! ――――! 』


 渡り廊下で逃げ遅れている中等部の生徒たちに何事かを叫びながら、光り輝く剣を振り回して化け物を切り伏せていた



「―――っ!!」



 正直、見入ってしまった。

 ああ、英雄っていうのは、ああいう奴の事を言うんだろうな。と、自然と受け入れてしまった



「さっきも修のやつが殺られそうになってた時も、急に剣を振り出したよな、あいつ」

「ええ………。それに、会長さんは『魔物を倒したらスマートフォンが鳴るらしい。そしたらその後は指示に従えば武器が手に入る』って言ってた。」


 ああ。現に今も勇気が光を帯びた剣を振るってゴブリンらしき生物を切り伏せているのだから、勇気が言っていることは正しいのだろう。



「くそっ!」



 苛立たしい感情ばかりが腹の内をグルグルと撫でまわす

 なんでオレは、こんなところで怯えながら殺されるのを待っているんだ


 さらに、自分の矮小さをあざ笑うかのような出来事が起きる



「おい、あっちは中等部の奴らがでかいゴブリンと戦っているぞ!」



 中等部の校舎を見ると、1階で他の奴らとは一線を画すような大きさの魔物を相手に、武器を持った生徒たちが取り囲んで総攻撃を行っていた


 化け物たちは中等部の方から攻めて来ているらしく、高等部までは大きな被害は出ていないようだが、中等部の被害は多そうだ。

 そんななかで、立ち上がった生徒たちだったのだろう。


 あるものは刀を持ち、あるものは弓矢を使い、あるものはバットを振るい、またあるものは拳で魔物を殴りつけていた。


 彼らの学生服は返り血で真っ赤に染まり、しかしながらそれでも生を諦めない執念というモノがこちらに伝わってきた。



 はは、なんだよ。

 高等部の屋上でガタガタ震えながら化け物に襲われるのを待っている俺らは、生を諦めた家畜も同然じゃないか

 殺されることを待つ家畜だ。


 オレは中坊にも劣るのかよ………くそが………



 それに引き替え、修の奴は、あの化け物の一体に立ち向かった。

 その姿は情けなく、頼りになりそうにはなかったが

 それを対象にオレはどうだ。


 あいつが殺されることを願いながらも、魔物や修からは一定の距離を開けて安全を確保しつつ、傍観していた。

 勇気の奴が魔物を切り捨てたことで我に帰れば我先にと屋上へと逃げた。


 オレは、ただの腰抜けだ。



 立ち向かうこともできないで逃げ出した、腰抜けだ。

 腰抜けの自分を棚上げして、修を馬鹿にして。


 そのくせ、自分ではなにも行動を起こすことができなくて………。






 くそ、ちくしょう………






 悔しさを胸にうつむくと


「ね、ねえ、あっちから何か近づいてきてない?」



 ドラムの声に従ってそちらを見てみる



「はぁあ!!? あんなのありかよ!!?」



 巨大生物が、音もなく接近していた。

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