第12話 竜の背ーみくるちゃん【動物たちの茶会】
ハイエルフの少女はタブレット端末を見ていた。
そこに映し出されている映像は、鴉天狗の“風丸葵”という女の子が学園を撮影しているというモノであった。
しかし、動画の閲覧数がとんでもないことになっていた。
最初は、なにを言いたいのかわからない、テンションに任せてびゅんびゅんとジェットコースターみたいに空を飛びまわっていたため、画面を見ただけで酔ってしまいそうになっていた。
もともと体調が良くなかったこともあり、ハイエルフの少女はすぐに目を回していた。
それでも、そこに重要な情報があるかもしれないとその動画を食い入るように見ていたのだが
意味不明の撮影も、一気に急展開を迎えることになった
映像が一気に乱れ、風丸葵の失禁シーンを大々的に生放送しているシーンで再生数とコメントがえらいことになってしまい、コメント非表示を選択せねばならなかったほどだ。
さらに、掲示板サイトでは『鴉天狗“風丸葵”の失禁について語るスレ』などというタイトルが複数個あり、固定ファンも増加中である
映像はさらに進み、乱れた映像から切り替わり、墜落しそうになったところを小柄な少女が救出した映像が映し出された。
「でええええ!? この子、井上智香ちゃんじゃん!」
ハイエルフの少女。名を『みくるちゃん』
彼女は井上智香が画面に映し出されていることに動揺していた
「えっと、つまり、道中で映されていたオークを倒していたのは智香ちゃんってことかな?」
みくるちゃんは智香のことを知っていた。
自分と同じ異常者であるからである。
みくるちゃんは、自分が動物に異常に好かれ、なんとなく動物の気持ちを察することができる異端児であった。
そんな彼女だからこそ、同じく異常者である岡田修、大山不動といった異常者と行動を共にすることとなり、学園内で同じような異常者をチェックするのは当然のことであった。
「が、学校の方では何が起こっているのやら………セルビア、ゴゴッサ山に急いで!」
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
そうして、ハイエルフの少女、みくるちゃんは
☆
一方その頃、学校では
「ほな、フユルギたん。おっちゃんたちは今から学校の防衛の為にうごきましょうか」
「ああ。」
ボランティア部、部室。
ここは旧生徒会室であり、奥の部屋にはタタミと応接セットが置いてある。
学校ごと異世界に放り込まれた影響で、非常電源によりなんとか照明はついているものの電気を無駄に浪費してはいけないため、棚の中からコンロを取り出し、やかんに水を入れて煮沸し、お茶を淹れ、フユルギはそれを片手で持ち口に含みながら反対の手ではタブレット端末をいじっている。
「学校の戦況はどないや?」
「チート性能の
「はいな。天職【結界師】ほどやないけど、雑魚程度やったらおっちゃんにまかせときぃ」
フユルギはタブレット端末に表示された校内の
修の天職は【呪術師】である。
霊媒師として結界を張る必要もあるため、本職の結界師ほどではなくても結界を張ることのできる職業である。
しかし、修の【
しかも、【呪術師】は最上位職につき、初期職であるはずの【霊媒師】から換算すると、レベル750に相当する。
そんな彼が行う簡易的な結界でも、この世界のほぼすべてのモンスターに突破されないだけの防御力を兼ね備えた最強の盾になる
「ほなこっからここまで通行止めやで! 【簡易結界】!」
目に見えない力の塊が修の掌を中心に広がり、それを上に向けると、力の塊は天井をすり抜けて真上に打ち上げられた
「いくでー! 展開!!」
その掛け声とともに、上空に打ち上げられたそれは、学校全体を包み込むようなドーム状に変形する。
これにて、学校の内部に新たなモンスターが現れることは無いだろう。
しかし―――
「内部にすでに入り込んでるぶんにはどうしようもないにゃー」
「そこはしゃーねーだろ。殺されるなり殺すなりして、自分の身は自分で守れってんだ。」
「殺されたら守れてないやん」
その簡易結界は校舎の中に入り込んでいる魔物に対しての効果は無い。
なので聖勇気の奮闘に期待するしかないのである
「あとは………みくるちゃんが来たら考えるか。」
「せやな。おっちゃんたちはどうせ死なんし、ぶっちゃけ他人がどうなろうと知ったこっちゃねーもん」
「一応、他の人一般生徒が死なないように助言と援助くらいはしてやるか。おっちゃん。俺たちもログインするぞ。」
「はいな。部室に冷蔵庫があるからクッキーが腐らなくて助かるよ」
DCQログインクッキー。地球では食うことにより意識のみをこの世界に召喚し、
この世界で食してどうなるかはまだ実証していないが、タブレット端末に表示されたDCQアプリに突如表示された別アカウントを見ればおそらく大丈夫であろうということは解る。
部室に備え付けられた冷蔵庫からクッキーを取り出してから意識を手放しても問題ないように椅子に深く座って転んでけがをしないようにすると
「そんじゃ、学校の外ではどうなっているのか、調べてみますかい。いただきまー」
『てめーらよく聞きやがれぇえええあああああああああああああ!!!』
修がクッキーを口に放り込む前にスピーカーからの大音量にびっくり仰天して椅子から転げ落ちてしまった
「なんやなんや!! 耳がキーンてなったで!」
「っせーな、しのぶちゃんか?」
フユルギはお茶を机に置き、片耳に指を突っ込みながら鬱陶しそうに眉をしかめた
しのぶちゃん、とは。
フユルギ達が通う学園の中等部の女教諭である。
本名は【
24歳独身の英語教師であり、男子バレー部顧問の熱血教師(変態)だ。
いつでもどこでもハイテンションで生徒を率いる、学校のアイドル的な存在であった。
(ちなみにアイドル的存在は結構いっぱいいる。)
『さっき消防や警察関係者と話し合ってる最中になんか化け物が校舎内に侵入してきた!! あたしはゴブリンだと思う! ゲームみたいだよな!』
生徒たちは必死で逃げ惑っているというのに、それでも普段のテンションを崩さないあたり、図太い性格をしているようだ。
『ポリ公の連中はなんか保守的で生徒たちの事を守れそうにないっぽい! ダメな大人の典型だからマネすんなよ! なんか警察の偉いひとは学校の敷地の外に居たみたいでこっちには来てないんだと! だから警察の中でも下っ端ばかり集まってて正直学校に責任をなすりつけようと必死みたいだからあたしが独断で動くことにした!!』
「え? 意味わかんない。」
「しのぶちゃんが意味わかんないのはいつもの事だろ? それより警察が役に立たなかったのが意味わかんない」
「それもせやな」
大人の事情に首を突っ込む気にもなれないし、警察だっていきなりこんな異世界に放り込まれて錯乱しているのだろう。
残してきた家族が居るはずだ。
恋人がいるはずだ。
ハードディスクにはいかがわしい画像が入っているはずだ。
元の世界に残して来たものは沢山あるだろう。
なのに、学校の敷地に入ってしまったばっかりにこんな変な事件に巻き込まれることになったのだ。
平常心を失って学校関係者に八つ当たりをしたくなっても仕方がない事なのかもしれない
『今からてめーらは高等部の屋上へ向かえ! その間に先生たちが死ぬ気で時間を稼ぐから、死なない程度に死ぬ気で生きろ! あたしが絶対に守ってやるから、てめーらも死ぬんじゃねぇぞ!!』
こういうことを大真面目で言っているのだから、生徒からの人望も厚いのだろう。
テンションだけは高く、普段はふざけてばっかりの教諭ではあるが、ここぞという場面でこれ以上に頼りになる先生はいないだろう。
スピーカーの奥の方で『寿先生を止めろ!』だの『うっせー腰抜け共! 生徒の窮地にのうのうと殻にこもって会議なんてしてられるか! てめーらが不甲斐ないからあたしがやるって言ってんだろうが!』だの、言いたい放題言った後、ブツリと放送が切れた
「………しのぶちゃんが高等部の屋上に全校生徒を集めようとしているのは、体育館に集めようと思ってもすでに渡り廊下はゴブリンだらけだからなのと、おかしな闖入者がいた場所だからだろう。
それに、会議室から見れば、中等部屋上の貯水タンク破壊の異常にも気づけるから中等部は危険と判断した。んだと思う。
だからといって、全校生徒が高等部の屋上に入りきるとは思えない。このふきんの見取り図を確認した限りでも、およそ300人の生徒は校舎の中は不利と見て学校から遠ざかっているみたいだぞ。」
「さすがにそいつらの面倒は見きれんよね。せやかて逃げながらでも屋上という“目的地”を与えることで一応生徒たちを統率しようとしている。この一瞬ではいい判断と言えるんやろうけど………」
「………その場しのぎだろうな。人口密度が多くなればなるほど、人間の醜い諍いが顕著に表れるってもんだろう。しのぶちゃんも、それをわかったうえで、こういう指示を出すしかなかったんだと思う。」
クッキーを食べることを止めた修は、頭を掻いて椅子に座り直す
「はぁ………。学校の敷地内に侵入してきたゴブリンの数は?」
「まてまて………ゴブリン58匹。ホブゴブリン5匹。
タブレット端末に目を通したフユルギが校内に侵入した敵の数を知らせる
本来であればホブゴブリンも担当した方がいいのだろうが、学校の連中を無償で守ってやる必要性がそもそも存在しないのだ。
急に表れた人間の匂いに連れられて草原から集まった魔物たちを相手するのも面倒くさい。その中でボス級のジェネラル、そしてレベル的にまだ他の生徒では敵わないであろうオークを討伐しておいた方がいいだろうと思い、こっそりと生徒たちを助けてやることにしたのだ
「行くか」
「うん」
フユルギと修は椅子から立ち上がってボランティア部を後にする。
そこには決して善意は存在しない。
あるのは生き残った生徒たちに対する利用価値だけであった。
ボランティア部は、そういう部だった。
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