第11話 上空ー風丸葵【鴉天狗】



 井上智香はオークの進行を一人で食い止めていた


「………なんまんだぶ」


 ひょいと石を拾って投げつける


「………なんまんだぶ」


 ひょいと石を拾って投げつける


「………なんまんだぶ」


 ひょいと石を拾って投げつけるのが億劫になってきたので石を蹴っ飛ばす


「………多い。」



 そう、多いのだ。

 智香が10分の間に仕留めたオークの数はおよそ30匹。豚も歩けば智香に当たる。

 10歩も進めばオークと出会うのだ。

 それを出会うたびにぷちぷちとぶち殺している。そのおかげで智香は図らずも学園にオークを侵入させることを防いでいた


(………飽きたな。)



 智香は服が乾くまで目的もなくふらふらと山頂を目指していた。

 好奇心が刺激されるままに草木生い茂る山道を歩く。


 醜悪な化け物であるが、オークは人型の生物である。

 普通の神経の持ち主ならば殺すことができても一時精神が不安定になるであろう。


 しかし、智香は全く意に介さず我が道をゆく。


(………ん?)



 そんな中、ふと空を見上げると、おかしなものが見えた



「―――。――――!」


 遠すぎて何を言っているのか聞き取ることは出来ないが、人が空を飛んでいた

 時速は100kmくらいだろうか。びゅんびゅんと空を飛びまわって何かを騒いでいる


「………原生生物?」


 この世界の原生生物だろうか。

 見た限り、翼が生えているだけで他は人間とそんなに変わらないように見える


 知的生命体には違いない。

 形のいいちいさな顎に手を当てて少しだけ考えた智香は―――



「………なんまんだぶ」



 空飛ぶ生物を手に持った石ころを使いワインドアップで撃ち落とした!



 空気をさく『ヒュィィィィン!』という風切り音と空気摩擦により燃焼して赤い線を後に残しながら、空飛ぶ人型の知的生命体の黒い羽を打ち抜き、空飛ぶ知的生命体は奇声をあげながら墜落した


(………ん。コントロールもタイミングもばっちり。)



 野球選手も真っ青なレーザービームである。

 遥か上空を時速100kmで動く生物の翼をピンポイントで打ち抜くという神業に自分でもほれぼれするほどであった。


 智香はその生物の不時着地点に【縮地】を使って素早く先回りをする。


「―――――ぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」



「………。」



 悲鳴をあげながら迫ってくるのは15歳くらいの黒髪の少女だ。

 突然空中での風の制御権を失って地面までまっさかさまに向かって来る。


 その顔は涙と苦痛と鼻水でぐしゃぐしゃになり、オークの時と違って智香の中では少なくない罪悪感が胸をちくちくと刺激した



「助けてくださぁあああああああああああああああああああああああああい!!!!!」



 智香の姿を視認したのか、少女は助けを求めて声を張り上げる



(………わかってる。わたしは自分の行動の責任はもつもの。)



 智香は高速で迫ってくる少女に向かって高くジャンプする。

 その跳躍のちょうど頂点になったところで、少女を抱きしめてその重力に逆らわず勢いよく智香も勢いよく降下する。


「モガァ!?」



 頭が下を向いている状態の少女を無理やり抱きしめたことにより、互いの頭が股に押し付けられ合うという珍妙な状態になるのも一瞬の事。


「ひゃん!」


 智香は素早く筋力を総動員して少女の尻を掴んで位置を調整し自分の肩に少女を担いだ。

 瞬間、智香は自分の顔と少女の下半身に違和感を感じた。


(………濡れてる)


 さらに、ツンと漂うアンモニア臭。

 智香の中で罪悪感が爆発した。


 少女は涙とよだれと鼻水にまみれた顔で自分の尻を掴んだ人物をいぶかしげに睨みつけようと顔をあげた


―――次の瞬間


「ぶぐぅ!」

「………っと」



 反動を殺して華麗に着地。ただし、肩に担がれた少女は、智香の小柄な体格のせいで小さい肩の鋭利な圧力に鳩尾を圧迫され、奇妙なうめき声を残してぐったりと気を失った。

 その間、少女の股の間からちょろちょろと流れ出した水が、乾きかけていた智香の制服の背中を濡らした。



「………ん。完璧な救出作戦。」



 原因を作ったのは自分だという事実を棚に上げ、一度制服を洗濯せねばと頭の片隅で考えながら、智香は満足げにうなずくのであった。





―――ザクッ!



「………ん?」




 直後、智香の背後には一台のタブレット端末が落ちてきた挙句に地面に突き刺さった。

 そのタブレット端末に内蔵されたカメラは、少女二人の姿をしっかりと捕えていた





               ☆ 風丸葵SIDE ☆




「スクープですスクープですぅ! ゴゴッサ山の麓に謎の建造物が出現ですぅ!」



 一人の少女がタブレット端末につないだマイクで中継を行っていた。

 彼女の名前は“風丸かぜまる あおい”【記者スクープキャスター】の天職を持つ鴉天狗の少女だ。


 タブレット端末に内蔵されたカメラ機能を使い、謎の建造物を全方位から撮影放映し、情報をいち早く全国の人間亜人魔人の皆さんに向けて開示していた。


「あの建物はいったいなんなのでしょうか! ぉおっとぉ! あのドーム状の建物からたくさんの人間族ヒューマンらしき人物が現れてしまいましたぁ! 彼らは一体どこの誰でなにものなのです? 彼らは一体何が目的でこの地に足を踏み入れたのでしょう! まったくもってなにもかもわかりませんです!」



 彼女は流行病によって絶滅がほのめかされている鴉天狗の落ちこぼれであった。


 天職がものを言う世界で、戦闘職でも生産職でもない彼女は自分の職業を生かすこともできずにいた

 しかし、それも今日までだ。


 同族にまで蔑まれてふてくされて空中遊泳していたところ、突然眼下に謎の建造物の出現である。


 これをスクープと言わずになんという。

 こんなおいしい状況を逃してはならない。



「おや? なんか謎の建造物の頂上がいきなりぶっ壊れました! 大量の水があふれてきます! おそらく貯水タンクでしょう。あそこの方たち、生活できるのでしょうか!」



 きゃーきゃーとテンション高く報道を続ける葵。

 少し速度を落として冷静になることができれば、彼女は智香の存在に気付くことができたであろう。


 しかし、彼女も突如湧いて出たスクープの出現に興奮し、我を忘れていた



「おや? あの建物と一緒に出現した人間族が………

 なんとウサギに殺されましたwwwwwwwwwwww

 結構いい年しているのに弱すぎでテラワロスですぅ!

 よくわかりませんが、彼らはレベルが圧倒的に低いみたいですです!」



 しまいにはタブレット端末を殺された男子生徒に向けながらズームするという仕打ち。

 彼女の職業レベルは40 防御力は130ほどでHPは4100である。攻撃力が5~10程度のウサギにはかすり傷一つ負う要素がないため、腹を抱えて空中で笑った



「おっと、ゴブリンはさすがにしかたありませんね。意外と力強いですし。

 なにやらゴツゴツした服を着た人たちの検討もむなしく、ホブゴブリンに頭をかち割られてあえなくお陀仏ですぅ!

 それを境にゴブリンたちが謎の建造物に殺到している模様ですぅ! 頑張れ謎の建造物の原生生物! 私は応援するですぅ!」



 さらに状況は進み、彼女が報道する生放送動画の視聴率が跳ねあがってくる。

 調子に乗ってびゅんびゅんと山の麓と謎の建造物の境にカメラを向けると、オークの死体が転がっていた


「………んん? あんなところにオークの死体が転がっていますです!

 ここのオークはレベルが思いのほか高いはずです。私“風丸葵”はオークとの接触は避けます! Cランク相当の結構強い魔物です! レベルは40~50くらいだったはずです! それを倒せる人間族があの謎の建造物の中にいるみたいですね! すごいですぅ!」



 カメラを山道に向ければオークの死体はその辺にいっぱい転がっていた

 皆一様に腹に風穴を開けている。


「おそらく同一の人物の仕業でしょう! すごい、すごいですぅ! しかしなぜ解体や収納をしないのでしょう。謎ですね!」



 葵はさらに興奮し、山道と謎の建造物をびゅんびゅんと行ったり来たり。

 そんな彼女に不幸な出来事が唐突に起きた



―――ヒィィィイイン、 パキャアン!



「へ? 何の音ですか?」



 初めは、それが何の音かわからなかった。

 それが、自分の翼の骨を砕かれる音だと気付いたのは、しばらくたってからのことであった。


 突如現れた流れ星に鴉天狗の命である黒い翼を貫かれ、なぞの流星が過ぎ去った衝撃波によって風が乱され、空中で体勢を保つことができなくなってしまった



「はわ、はわわわわ!! いたい………え? つ、翼が! きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」




 その一瞬だけは痛みを感じなかった。左翼が皮一枚ほどで繋がってはいたのだが、半分ほどごっそりともげた



 流星はそれほどの威力だったのだ

 あまりの威力に、痛覚を知覚するよりも早く翼がもげていたのだ


 いきなり翼をもがれた喪失感と激痛、そして今まさに墜落中という恐怖。ないまぜになった彼女は無様に鼻水を垂らして涙を流し、泣きわめきながらも全身の筋肉が弛緩し、失禁。


 このままでは墜落して死んでしまう!!



 そう思った葵は、墜落地点には何があるか首を巡らせる。


 時速100kmに重力加速が加わり、飛んでいる時よりも確実に速いスピードで地面が近づいてくる

 葵は、その黒曜石ような瞳で、人影を捕えた

 すでに葵はこのスピードでぶつかってその人も死んでしまうということは頭から抜けていた


 藁にもすがる思いで腹の底から声を絞り出す


「助けてくださああああああああああああああああああああああああああああい!!!」



 その人影は幼き少女。

 葵の声を聞き届けたのか、無表情ながらも口角を少しだけ上げたように見えた。



 瞬間、少女は一気に跳んだ。



 そこからの記憶はない。




 だが、彼女が手放さなかったタブレット端末には、己の痴態がすべて記録されて放映されており、瞬間、彼女の動画閲覧数が跳ねあがり固定ファンが結成されるなど散々な目に遭ったとか遭わなかったとか。




                 ☆


 白濁した意識の中、透き通るような川のせせらぎが聞こえた。

 それは朦朧とする意識をゆっくりと海底からすくい上げてくれる優しい音色


 その音に導かれるように、葵は目を覚ました


「ここは………」



「………ん。起きた。」



 葵が目を覚ますと、そこには少女がいた。



「あの………」

「………うごかないで。止血してるけど、ごめん。ちょっと血が止まらない。」


 そう言われて、自分の翼が半分ほどもげていることを思い出した



「いたっ! っ~~~~~~~!!!!」



 背中で熱を帯びている翼は謎の流星に貫かれて骨は砕け、漆黒の翼に赤い液体が継続的にしたたる。

 半ばまでもげてしまっているためその喪失感にさいなまれ、その先っぽには白っぽい骨が見えていた


 言葉にならない絶叫を、くちびるを噛んで押し殺す


 智香はその様子を見て自らの軽率な行動で少女に大けがを負わせてしまったことをかなり後悔していた


 飛行できる生物の翼をもいだのだ。人生をメチャクチャにしたに等しい所業だ。



「ふぅ………いっ!たぁ………くぅ………。あの、あなたが私を助けてくれたんですよね?

 はぁ、はぁ…………ありがとう、ございます」


 息も絶え絶え。そんな状態でも葵は自らの命を助けてくれた少女に礼を言わねばと

 体を起こして智香に向き直って頭を下げた。


 その姿を見て、オークを殺しても何の感情も湧き上がらなかった智香の罪悪感をチクチクと刺激した。



「………ごめんなさい。」

「つうぅぅ………どうして、謝るのです?」

「………あなたの翼を奪ったのは、わたしだから。」


 智香は自分の罪をごまかすことも隠すこともなく、全てを告白した


 自分の好奇心に任せ軽率な行動を取り、それがこんな大けがになるとは。

 ちょっとは思っていたけど、智香が思っていたよりも自分に降りかかる精神的なダメージは大きかったのだ



 頭を下げる智香に対し、目を丸くした葵。

 翼をもがれた彼女にも思うところはあった。しかし、少女は心の底から反省しているように見えるし、なにより、墜落する自分の命を助けてくれたというのもまた事実。

 だが、もはや翼を奪われた鴉天狗は地を這うヒヨコと同列。


 激痛に支配された頭でそこまで考えた葵は


「うーん、まぁ細かいことはいいんじゃないですか? ポーション飲めば大抵は治りますしね。」

「………へ?」


 そう言う結論に至った。


 葵はタブレット端末を操作してポーションを出現させると、一気に煽った



「ううう、貴重なレベル5ポーションを消費してしまいました………。まぁしかたないです。」



 すると、半ばまでもげていた羽がじわじわと再生し始めていた

 レベル5ポーションとは、たとえ部位欠損を起こしても欠損した部位さえ残っていればくっつくことのできるポーションである。

 皮一枚のところでもげ掛けていた翼は、幸いにもなんとか再生可能な状態であったらしい


 言うまでもなく、かなり高価なものだ。

 その上のポーションともなると、たとえ部位欠損し、部位が破損してしまっても再生することが可能なものも存在するが、そういったポーションはすでに製法が失われているため、今では貴族の隠し財産と言われるほど貴重なものである。



「完全回復とまでは生きませんが、生活に支障をきたすほどではないようでよかったですぅ。羽が全部もげていたらどうなっていた事やらです………」



 自身の翼を撫でながら調子を確かめる葵。

 目の前で傷が治っていく様を見せつけられた智香は、口元をパクパクさせていた


「………わたしの罪悪感を返せっ!」

「いたいです!」


 ぺちこん と葵の額にデコピンをする、智香なのであった。

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