第8話 爆発の町ーエルフの少女【後編】
エルフの少女が宿屋“暴発のしかなべ亭”の店主ロックマンに肩を借りて階下に降りると、そこは冒険者たちであふれていた
料理を部屋に持ってこようとしたロックマンに、さすがにそこまでしてもらうのはと遠慮したエルフの少女は、ロックマンの肩を借りて宿屋の食堂へと向かったのだ
「お? ロックマンの旦那! 奥さん居るのに別の女に手ぇ出したのか!?」
「阿呆。そんなわけあるか。俺は奥さん一筋だ。座れるか………?」
「うん………ありがとね、ロックマン。」
宿屋の裏口から店に入ってきた冒険者たちのやっかみを適当にスルーしたロックマンは、椅子に座らせたエルフの少女に声を掛け、厨房へと消えた
ロックマンが厨房へ向かうと同時に、エルフの少女はテーブルに突っ伏した
「おいおい、大丈夫かい、お嬢ちゃん?」
「あはは………おきににゃさらず。ちょっと風邪を引いてるだけれすから。テーブルちめたくてきもちいぃ」
紅く上気した頬で、テーブルに突っ伏したまま儚げに、にこりとはにかむエルフの少女。
その姿だけを切り取って絵にすればさぞ大金で売れることは請け合いだ。
ガタッ! と多くのテーブルが揺れた
その美しさに、皆心を奪われたのだ
彼女持ちの冒険者は女性にワンパンされてすぐに正気を取り戻したが、他の冒険者といえば、ポワーンと自身の周囲にシャボン玉を浮かせてトリップしていた
「か、かわいい………」
「なんだ、この生き物………」
「見ろ、よく見たらエルフだぞ!」
「たしかエルフはほとんど絶滅寸前じゃなかったか!?」
テーブルに突っ伏して二度寝を始めた幼いエルフの少女の耳を見ると、確かに長くとがった耳をしていた
「お嬢ちゃん、そんなところで寝ちまったら人攫いに掻っ攫われちまうぞ。」
比較的早くトリップから戻ってきた冒険者の青年が、エルフの少女に注意を促すと
「ふへへへ、みなさんの頑張ってる姿を見たかったから、がんばって部屋から出てきたんですよぅ」
もはや熱で思考がまともになっておらず、会話が繋がっていないにもかかわらず、そのセリフに冒険者たちはズキュゥーン! と胸を押さえてうずくまった
「やばい、ストライクだ」
「おお神よ、わたしは病に罹りました。そう、恋の病に!」
「衛生兵(メディック)! 僧侶を、いや、神官を呼べぇ!!」
「ここに教会を設置しろォーーー!! 治癒術師を呼べー!!」
食堂はまさに阿鼻叫喚。
その状況を一人のエルフが作り出したというのだから、傑作だ。
「テメーら! 飯ができたぞ!! ってなんだぁこの状況は………」
それは、店主のロックマンがメシを持ってやってくるまで続いたという
――――
朦朧とする意識で、なんとかおじやを二、三口ほど口に含んだあたりで、胃の許容量を超えた。
それほどまでに、エルフの病状が良くなかったのだ
「ごめいわくをおかけしました、ろっくまん」
「呂律回ってねェじゃねえか。休んでけよ、な?」
「いえいえ、そういうわけにもいきません。ぼくはいかないといけないばしょがあるゅんだから………」
今にも死んでしまいそうなほど衰弱しているエルフの少女を、ロックマンの御人好しの部分が刺激され、放っておくことはできなかった
「行かなければならない所って、どこなんだ? 連れて行ってやるから」
「いえ、さすがにそれではめいわくがかかっちゃう」
「お前さんが何者かも頭の悪い俺にはわからないが推測くらいはできるさ。ついさっき起きた地震の調査、だろ? 草原や山のふもとに、謎の建造物が出現した怪事件。それが起きるとほぼ同時にお前さんが開かずの間から姿を現した。それが到底無関係とは思えねェんだ。」
エルフの少女は480年も音沙汰なしだったにもかかわらず、大きな地震が大地を襲った後に出現した謎の建造物と時を同じくしてエルフの少女が開かずの間から姿を現した。
これを偶然と断ずるにはいささか無理がありすぎる
「じしん、ちょーさ? ………建造物? 学校、かな………。うぅ………気持ち悪い………お世話になっちゃおうかな………。たぶん、そこに………いると………思、う………」
ふらりと座ったまま体が傾き、食堂の床にとさり、と軽い音を出して倒れた
同時にガタタッ! という音と共に、他の冒険者たちが立ち上がった
「おい、ムリはするな! 親父の命の恩人に再開して早々死んでもらっては寝ざめが悪い!」
ロックマンはエルフの少女を抱える。
羽のように軽いその体は、重さを感じさせることなくロックマンの腕の中に納まった
「おいおい大将! その子はみんなのもんだ! 独り占めはズルいぜ!」
「黙れ冒険者共! 邪推すんじゃねェぞ! 俺は奥さん一筋だ!」
「エーリナさんに言いつけてやる!」
「好きにしろ! ………熱っ! おい、解熱剤は持っていないのか!?」
美少女エルフをお姫様抱っこしたロックマンに嫉妬と羨望の眼差しを向ける冒険者を適当に一喝し黙らせるロックマン。
その腕に抱かれる荒く細い息を吐くエルフの少女。額に手を触れると、やけどをするのではないかというほどの熱を感じた
「うぅ………引き出しの奥………動物(もふり)用………」
「いや、動物用とかいいから。そうだ、以前親父を救ってくれた薬があっただろ、それは無いのか!?」
エルフの少女は朦朧とした意識の中でタブレット端末を操作すると
テーブルの上に、コロンと一つの丸薬が転がった
「万能、薬………まえ、お父さんをたすけたのと、おなじ」
「わかった、口を開けろ」
「ん………」
「大将! そりゃないぜ! お嬢ちゃん、そんなむさいのじゃなくて俺が口移しで飲ませてあげるぞ!」
「馬鹿野郎! それは俺の役目だ!」
「抜け駆けはさせん! 俺の役目だ!」
「何を言う! 俺がガンダムだ!」
未だに馬鹿やっている冒険者に呆れながらエルフの少女を椅子に座らせ、少女の口に丸薬を入れてすぐに水を飲ませてあげるロックマン。
その後ろでは、ロックマンの奥さんであるエーリナが憤怒の表情でいることに、彼は気付いていない
今の彼は、後で奥さんにどやされる運命にあることを知らない。
「どうだ、楽になったか………?」
「んく、んく………ぷっはぁあ! 死ぬかと思った!」
水を飲みほしたエルフの少女は、先ほどまでの死にそうな表情はどこへやら。
真っ赤を通り越して土気色に染まっていた頬も、元通りの肌色に戻っていた
「いやー、本当に助かったよ、ロックマン。視界も思考もぐちゃぐちゃでまとまらなくてさ。冒険者さんたちにも、お騒がせしました。てへぺろ☆」
ぺこり、とエルフの少女が頭を下げると、冒険者のみなさんはどんちゃん騒ぎしていたことを恥ずかしそうにして席に着いた
その様子に首を傾げつつ、エルフの少女はロックマンに向き直った
「まぁ、なんにせよ、元気になってよかったよ。………あるなら最初から丸薬出せよ。」
「そこまで思考できる身体状態じゃなかったんだもん。」
ぷーっと頬を膨らませるエルフの少女を横目で見る冒険者たちは、すでに心を奪われていた。
彼女は大切なものを盗んでいったのだ。
それは、彼らの心だ。
「それに、丸薬だって貴重なんだよ? あれはもう製法が失われているから僕しか作れないし、白金貨20枚積まれても渡すかどうか渋るくらいだもん」
「おま! そんなのを親父に使ってくれたのか! ますます頭があがらねェよ………」
ガシガシと頭をかいたロックマンは改めてエルフの少女に礼を言った。
エルフの少女は気にしなくていいよ、とロックマンの顔をあげさせる
「それで、聞きたいことがあるんだけど、謎の建造物ってなに? 地震って?」
「そこは一応聞いていたんだな。」
ロックマンはエルフの少女の対面に座る。
テーブルに肘をついて、長い髭を一撫でする
「あんたが目覚める30分くらい前に、地震が起きたんだよ。そして、情報によればレーセン大陸、ソルマル大陸、クルッセリア大陸に謎の建造物が出現した。」
「ふむふむ。やっぱり。」
「………知ってんのかよ。」
「まぁ、そこに行くために僕は“こっち”に来たからね。一番近いのは?」
「ここから馬車で2週間くらいの所にある、ゴゴッサ山の麓だな。」
エルフの少女はゴゴッサ山かぁ、とタブレットをいじって場所を確認する
「あれ? そこって鴉天狗の住処じゃなかったっけ?」
「ああ。480年前は確かにそうだったが、伝染病で大半が死滅してしまってな。もう鴉天狗は絶滅寸前だ」
「ありゃま。あの子たち、結構強かったのにぃ。」
と懐かしそうに語るエルフの少女
「一応、その鴉天狗とやらが情報をリークしてくれたらしいぞ。麓だからか、情報は早かったな。今動画の再生数が跳ねあがっているところだ。」
「ふーん」
と頬杖を突きながら生返事。タブレットを操作して情報収集を行う
「………なぁ、あんた何歳なんだ? 480年前から変わらずに未だに12、3歳のエルフなんて、そうそう聞かないぞ」
「あはは、女の子に年を聞いたらだめだよー。まぁ、僕はエルフじゃなくて、純長耳族(ハイエルフ)だからね。普通のエルフよりはかなり長寿だよ。ま、常識には疎いけどね」
さらりと爆弾を投下するエルフの……いや、ハイエルフの少女に、ロックマンは開いた口がふさがらなかった
「ハイエルフだって!? 一万年以上前に滅亡したエルフの王族だろう?」
「設定しただけだからそんなのよくわかんないよ。腕力は普通のエルフよりもないからちょっとみんなの体力に合わせるのが大変だけどね。それに、権力とか貴族とか面倒くさいし嫌いだから、そんなに畏まらなくてもいいよ。僕は自由気ままな冒険者だからさ」
ぐいっとロックマンの用意してくれた水を飲み干すと、ハイエルフの少女はごちそうさん、といって白金貨を一枚ロックマンに手渡した
「は………? おい!」
「チップだよ。介抱してくれたお礼と情報量。安心したまえ。キミはそれだけ価値のあることを僕にくれたのだ。せっかくつくってくれたおじや残しちゃってごめんね。またこの町に寄ることがあったらここにくるよ。」
そう言ってひらひらと手を振って、“暴発のしかなべ亭”の出口へと向かうハイエルフの少女
「ま、まって!」
それを呼びとめたのは、“暴発のしかなべ亭”店主の息子、ガイズである。
彼はヒシッと彼女の腹部に抱き着いて行動を阻害した
幼い彼にとって、この極上に美しい少女を目にした瞬間、恋の華が咲いたのだ。
初恋の相手を黙って出口に向かわせることは、彼にはできなかった。
「ん? ああ、ガイズ君だね。ロックマンを呼んでくれてありがとう。」
ハイエルフの少女はにっこりと微笑んでガイズの頭を撫でる
すると、赤く染まった顔と、うるんだ瞳で少女を見上げた
「おねーちゃん、いっちゃうの?」
「うん。せわになったね。でももう大丈夫。体調も万全だしね!」
「………いっちゃだめ」
「………うーん、ごめんね。おねーちゃんは行かないといけない場所があるんだ。」
そう言って、ガイズ少年の手をゆっくりと放した。
そのまま、宿屋の出口へと向かった
「またね」
「いっちゃだめ!!」
ハイエルフの少女も、わかりやすいこの少年の反応を見れば、大体の予想が付いた。
ハイエルフの少女は、別れを惜しんでくれてかわいい子だなぁ、と少々にやけながら、出口のドアを開け―――
―――ドガン!!
ドアが爆発した
「「「 あー……… 」」」
冒険者たちの呆れ声が聞こえてきた
「ケホッ………」
全身を煤で黒く染めた美しかったハイエルフの少女がギギギとこちらを振り返る。
その視線は、先ほどまで自分を押さえていた少年へと向けられた。
「どあのそばに、キバクダケが生えてたから、そこからいっちゃだめだったのに………」
冒険者の一人が、少年の肩にポンと手を置いた
「少年、そういうのは、先に言っておくもんだぜ。」
後から聞いた話だと、他の冒険者たちはキバクダケを避けるために裏口から入ってくるそうだ。
「480年ぶりの目覚めなのに、こんな世界キライだっ!」
半べそかいて宿屋を走り去る金髪アフロになった少女を、一同は見送ることしかできなかった
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