第7話 爆発の町ーエルフの少女【前編】
爆発の町。
それは、町のあるものすべてが爆発してしまうことからついた二つ名だ。
あるときは、缶詰が爆発した。
シュールストレミングのように中で発酵したせいでガスが発生し、缶詰が圧力に耐えかねて300個ほどが連鎖爆発した。
町はヒドイ臭いに襲われ、缶詰の撤去が完了してからも3ヶ月ほど町に誰も寄りつけなくなるというとんでもない事態を引き起こしたこともある。
ある時はスイカが爆発した。
町に訪れたある男が道端でスイカを売る露天商を見かけた。その男はスイカを買うつもりになり、「しっかり熟れているかな」と、スイカを指先で叩いた。とたんに「ボン!」――。スイカは中味を飛び散らせて、「爆発」した。
買った男は「スイカを買うときは、叩いてみるものだろう」と、あきれる。決して力を入れたわけではなかった。軽くトントンと叩いただけだ。それだけで「爆発」。男は結局、バラバラになったスイカを買わされて、持ちかえることになった。
男以外にもスイカを爆発させてしまったという旅人は語る。「この町のスイカはちょっと叩いただけで、あっと言う間に地雷だよ。おおっぴらにはできない事情があるんだろ。火薬でも混ぜているのではないか?」と、疑心暗鬼だ。
一方、町のスイカ農家は「熟れすぎれば、スイカは『爆発』するもんだ」と説明。「特にこの町の品種は皮が薄いからね。ちょっと叩いただけで、『爆発』しておかしくないよ」という。
火薬の混入については、「馬鹿言わないでくれ。この町はいろんなものが『爆発』するが、なぜか“爆弾”だけは不発なんだ。スイカそのものは正常さ」と主張する。
スイカの販売業者も「『爆発』するぐらいのスイカが、甘くておいしい」と説明。農業の専門家は「この町の土にはそう言う成分が含まれているんじゃないかな。人体への影響はなぜか全くと言っていいほどないよ。」と説明。「『爆発』しても、結局おいしいからいいんじゃない?」という。
天職【記者】が、旅人からの情報をもとに、スイカを『爆発』させてしまったという露天商を訪れてみたところ、「スイカを叩かないでください。『爆発』に注意」と、顧客に注意を促す貼り紙があった。
滑稽である。
そんな爆発の町。【チェイコフ】には、480年前より開かずの部屋が存在する宿屋があった。
宿屋の名前は“暴発のしかなべ亭”
代々ドワーフが【店主】の天職を持つ由緒正しき宿である
「なーなーとうちゃん。」
子供のドワーフが父親の手を引っ張った
「ん? なんだ、ガイズ。どうかしたのか? お前の友達のお父さんが爆発して死んでしまったことか? 酒を飲み過ぎて引火したあいつが悪い。笑ってやんな。」
白いひげを撫でながら返事をしたのが、現店主であるロックマンである
「爆発なんてどーでもいいんだよー。この町は何でも爆発することは知ってる! ぼくが知りたいのは、この宿の開かずの間についてだよ」
「ああ? 開かずの間だぁ………204号室に興味本位で近づいたら、痛い目を見ることになるぞ。480年前から、俺の親父とそう決めてんだ。俺だって極力近寄らないようにしているくらいだ」
いつもなら温厚で優しいはずのロックマンが、いつになくいかつい顔で息子のガイズに対して厳しく当たった。
「う………でも、なんで近づいちゃだめなんだよ。ぼくは理由がしりたい! 近づいたらどうなるの? 爆発するの?」
しかし、子供というのは好奇心旺盛な生き物である。
開かずの間である204号室は、ロックマンはベッドメイキングの為にたびたび入ることはあるが、それが終わると鍵をかけ、空き部屋のはずなのに、他の部屋が満室である時ですら、204号室を客に使わせるようなことは一度もなかった
父親であるロックマンは入っているのに、なぜ自分はダメなのか。ガイズにはまったくわからなかった
「いや………爆発よりも、もっと恐ろしいことになる。いいか、絶対に204号室を開けたらダメだ。近づいたらダメだからな! 絶対だぞ! 絶対に近づいてはならん!」
父親に、そこまで言われてしまえば、子供としては気になって気になって仕方がないのである
そこにはいったい何があるのだろう。
爆薬だろうか。お宝だろうか。それとも……‥
―――――
気になってしまったドワーフの子供であるガイズは、好奇心に抗いきれず、開かずの間、204号室の部屋の前に来てしまった
(とーちゃんは近づいちゃだめって言ってたけど………ちょっとだけなら)
宿屋のマスターキーを持ち出し、204号室の扉に鍵を差し込み、鍵を開けた
キィ………
という油の刺さっていない扉が音を立てる
ドアの隙間から中を覗くと、ガイズは息をのむことになった
そこに居たのは、可憐な少女だった。
「ん………あふぅ」
金糸のようなキメの細かく、光輝くような長い金髪
伸びをして目元を眠そうに擦る瞳は、濡れた宝石のような美しいエメラルド色の碧眼
さらに、鋭くとがった長い耳。
そしてなにより、そのどこかの姫君を連想させるような幼くも美しい顔立ち。
(………エルフだ)
ガイズはそう直感した。
ドワーフとエルフは過去に因縁があるらしく互いに嫌っている節がある。
ガイズも正直なところを言えば、エルフがそれほど好きなわけではなかった。
美意識の強い潔癖なエルフはドワーフを一目見た瞬間、その醜悪な出で立ちから魔物の一種だと勘違いしてしまったそうだ。
確執はそこから生まれたらしい。
エルフはその美しい容姿ゆえに、人さらいに狙われやすく、排他的で生殖活動もあまり行わないため、種族の絶対数が圧倒的に少ない種族だ。
人間族に比べるとその美しい顔立ちはたしかにドワーフのガイズも惹かれるものはあった。
しかし、この誤って触れてしまえば消え入りそうなほど美しいエルフが存在するなど、ガイズは考えたこともなかった
思考の停止したガイズはその美しい容姿にしばらく見とれてしまっていた
「………ケホケホッ」
その華奢な身体で、エルフの少女が咳き込んだ。
瞬間、ガイズの体は動いていた
「だ、だいじょうぶ? 寝てなくてへいき?」
すぐさまエルフの少女の元へと向かい、少女の体を支えてあげた
視界がぼやけているのか、焦点の合わないぼんやりとした視線をガイズに向けるエルフの少女。
「ん………? ああ、ロックマンですか? ありがとうございます。ちょっと風邪をこじらせてしまって………」
「ま、まってて! いま暖かいスープを持ってくるから!」
ガッタン! とバッタのように跳ね起き、ガイズの体は一直線に厨房へと向かった
『ゴラァアアア! ガイズ! 厨房で遊んでんじゃねェ! 薪割りしてこい!! 今日は地震が多い日だ! なにが爆発するかわからん! 遊んでいる暇はないぞ! 爆発させないように薪を割ってこい!』
『そ、それどころじゃないよ! エルフが、風邪で! 美人なんだ!!』
『はぁ!? お前、何言って………まさか、開かずの間に入ったのか!?』
『ご、ごめんなさい!』
『いや、いい。中にはエルフの嬢ちゃんがいたんだな!?』
『え? う、うん』
『わかった、後は俺に任せろ。お前は飯の準備をやっておけ! くれぐれも爆発させるなよ!』
「ケホッ………?」
ボンッ! と爆発する厨房の音と、慌ただしそうに騒ぐ店主と子供にの声に対し、風邪気味のエルフの少女は首を捻るばかりであった
―――ガタッ!
「無事か!?」
「ひゃう!?」
ロックマンが仕事をほっぽりだして開かずの間に飛び込んでくる
エルフの少女は突然の出来事にビクリと体を震わせて布団を体に巻いた
「あー、いや、すまんな。」
「い、いえ………ちょっとびっくりしちゃっただけで………あれ? ロックマン、身長伸びた?」
「そりゃあ480年も経ってりゃ身長も伸びるだろう。………久しぶりだな」
「まぁ、僕にとっては20日ぶりって程度なんだけどね。ひさしぶり。あんな小さな子供だったのに、ここまでおっさんになるなんてね」
「ほっとけ。その容姿も、『僕』って口調も、相変わらずだな。せっかく美人なんだ。もうちょっと女の子らしくしたらどうだ?」
旧友の再会に、ロックマンとエルフの少女の頬は緩んだ
「と、とーちゃん………?」
扉の陰からこっそりとこちらを見つめる少年の姿を、エルフの少女は確認した
「あ、さっきの子! ロックマンにそっくりだね。僕、最初間違えちゃったよ!」
「ああ。あれは俺の息子だ。紹介してやる。息子のガイズだ」
「ふふっ、よろしく。ガイズくん」
エルフの少女が微笑みながら手を振ると、ガイズ少年はボッと音を立てて顔を真っ赤にし
「っ!!」
そのまま、開かずの間から離れて行ってしまった
「あれ………。僕、嫌われちゃった?」
「そんなわけねぇよ。照れてんだ。」
「そっか………まさかロックマンに子供ができているなんてねー。時が経つのははやいものだわ」
楽しげに会話をする二人。
480年ぶりの再会に、ロックマンは眼尻に涙を溜めた
「お前、今までどこに行ってたんだよ。部屋に入っても居ないし、部屋の中には“まだこの部屋チェックアウトしてないよ”って張り紙が貼ってあるし」
「まぁ、ずっとこの部屋にいたよ。今さっきログインしたところなんだけどね。
言っても分かんないでしょ。それより、ずっとこの部屋を取っておいてくれてありがとう。宿代払うよ。いくら?一拍300ギル×365日×480年? 5256万ギル?」
「いいよ。ずっとあんたは居ないものだとして生活してきたし、あんたには俺の親父の病気を救ってもらった恩がある。宿代なんか気にすんな。ま、いつ戻ってきても良いようにベッドメイキングと清掃だけは毎日欠かさずにやって来たんだがな」
自慢げにロックマンが語ると、エルフの少女は目を見開いた
「そんなの悪いよ。僕は結構稼いでいるし、ずっとこの宿屋を使っていたことになるんだから、白金貨5枚と金貨256枚、これでいいでしょ。」
エルフの少女はこの世界では誰でも持っているタブレット端末を操作し、目の前に白金貨と金貨を出現させる。
お財布のいらないこの世界では、タブレットに少量のアイテムやお金を収納できるのだ。
「いや、俺も親父の命を救ってもらった恩を返したい。金貨一枚だけもらっておこう。
あとは、自分で使いな。俺に恥をかかせないでくれよ」
ロックマンは、大金に目がくらむような男ではなかった。
白金貨一枚あれば、一等地にちょっとした豪邸を建てることができるのだ。
それを、この少女は気にした風もなく、5枚も出して見せた。
総資産はいくらなのか、想像もつかない。
差し出されたお金から金貨一枚だけを抜いて、他を全部エルフの少女に返したのだ。
「そっか。わかった、ありがとね。」
はにかむように礼を言うと、ロックマンの顔が真っ赤に染まった。それほどまでに、エルフの少女は美しかったのだ
「さてと………ケホッ」
エルフの少女がのっそりと立ち上がると、控えめに咳をした
「なんだ、風邪か?」
「まぁ、そうなんだけど、今から行かないといけないところがあるから、時間ないんだ。」
「風邪薬くらい、お前さんなら作れるだろう? 時間がなくても、飯を食っていけ。体調が悪い時にこそ、飯を食わなければならんぞ」
「………そうしよっかな。ここの料理は、爆発しない?」
「今日の爆発確率は3割と言ったところか」
「そっか。意外と低いね。ハズレを引かなければいいだけだ♪」
そう、この町には天気予報と同じように、爆発予報というものがある。
その日、どれだけ爆発するものがあるかを、科学的に測定した爆発予報である。
この町の科学の力はすごいのだ。ただし爆弾は不発だが。
この町のほとんどの物が爆発してしまうため、3割を多いと思うか少ないと思うかは、爆発するまで誰にもわからないだろう。
「それにしても、変わらないな。この町は、何でも爆発するよね。」
「そりゃそうだ。ここは、爆発の町だからな。この間なんて、ついに椅子が爆発したぞ。」
「椅子って………なんでまたそんな………この町は全部中国製なの?」
「チューゴクってのがなにかは知らねェが、空気圧で膨らませた座り心地のいい椅子を開発したみたいなんだが、空気圧に耐えかねた椅子がボンってなったらしい。座ってた奴のケツが吹き飛んだってよ」
「おしりが………。」
なにやらトラウマでもあるのか、自らのおしりを押さえて震えるエルフの少女
少女はすぐに顔をあげると、にこっと笑って一言。
「痔になっちゃうね!」
「がっはっは! エルフの癖に、下ネタを言うのも、変わってねーな!」
なまじ容姿が華麗な分、その下ネタの破壊力は高かった
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