第6話 保健室ー岡田修【藁にもすがる】


「フユルギたん、具合どないや?」

「おー、おっちゃん。右手と右足がアボーンてなった」

「ほな、手ぇ出してや」

「ん」



 保健室。

 異世界に来ても怪我をしたままではひとたまりもない。

 それに、アバターではなく生身の体で異世界を旅するなどもってのほかだ。


 そういうわけで、修を呼びつけたフユルギは“治療”を行うために動く左手を差し出した


「ちょっとコレ握っててな」



 そういって、修は藁人形をフユルギに握らせる。五寸釘と小槌を取り出してフユルギの手の甲に五寸釘を添えると―――


「 【痛覚反転ダメージリバーサル】 」


―――カンッ という軽い音と共に、五寸釘がフユルギの手の甲ごと藁人形を貫いた



「っつぁ~~!」

「我慢やで」

「わぁってるよ」



 ズルリと五寸釘を引き抜くと、フユルギの手の甲にはあとは残っておらず



「お、手足が元に戻った。ありがとう、おっちゃん」

「はいな。こんくらいならお安い御用やで」



 完全に折れていた右手と右足すら、異常なく動かすことができるようになっていた


 逆に、手の甲と同時に貫かれた藁人形は、右手と右足の藁が少し弾けていた。


 ユニークスキル【藁にもすがるチェンジザストロー


 これは、藁人形を媒介にした“入れ替え”の能力である

 これによって、修はフユルギのダメージを藁人形に入れ替えたのだ。


 ゆえに、藁人形の右手と右足が弾け、フユルギの右手と右足が再生したのである。


「よっと」


 とフユルギは保健室のベッドから飛び降りる

 骨を固定していた添え木とタオルを取り払い、体の調子を確かめる


「………ん?」


 違和感がない事を確かめたら、ちょっとした違和感を感じた


「どないしたん?」

「いや、やけに体が軽い」

「はぁ? 生身やん。んなわけあるかいな」

「いや………たしかに軽いんだが………もしかして」


 そう言ってフユルギはスマホを取り出し、【DCQアプリ】を起動する



 そこには、本来【DCQ】で使用してきたアバターの情報と、【大山不動(おおやまふゆるぎ)】の情報が二分されて乗っていた


「おいおい、おっちゃん、【DCQアプリ】を起動してみろ。みくるちゃんに念話した時はちょっと激痛でよく見てなかったが二個目のアカウントがあるぞ」

「マジか!」

「しかも、【大山不動】のスキル以外のステータスは俺が最初にログインした時と同じだ」

「ほな、おっちゃんもそれなりのチートステータスってことやんな。ゲームの世界に巻き込まれた系の物語としてはありきたりやな」

「だな。サブ職業はリセットされちまっているし、【DCQ】で貯めこんだスキルやステータスが消滅してしまったのは痛いな。ジョブポイントをもう一回振り直せるならしかたないか。」




 修は、そのチートステータスでありながら、大野紗枝に怯えていたのかとおもうと、少々げんなりした


 権力や力に負けた頃の自分は存在しない

 ゲームの世界ではレベルがすべて。


 なのにそれに気づかずに怯えていたとか、間抜けすぎる



 修は慌てて自分のステータスを確認した



名前:【サムソン】

種族:純人間族ハイヒューマン

性別:男

天職:【呪術師ウィッチドクター】 Lv.250MAX

サブ職業:【最上位鍛冶屋】Lv.80

HP: 20050/20050

MP: 20050/20050

攻撃:  4633

防御:  4580

素早さ: 3010

知力:  4505

器用:  4460

ジョブスキル:【霊媒師】【祓魔師】【死霊召喚】【浄化】【呪い付加】【呪い支援】【憑依】【鍛冶】【錬成】【付加魔法】【隠密】【夜目】【鍛冶の卵】【見習い鍛冶屋】【メガトンハンマー】【毒耐性】etc…

獲得可能職業スキル:【怪力(1)】【防御指令(1)】【召喚(4)】【悪魔召喚(2)】【降霊術(5)】【退魔結界(5)】【鉱石鑑定(3)】etc...

獲得可能スキル:【奇襲(3)】【弓術(4)】【ステップ(2)】【根性(1)】etc…

ユニークスキル:【藁にもすがるチェンジザストロー

ジョブスキルポイント:80(100ポイント消費で転職可※スキル・ユニークスキルは残留します)




 これがアバターの情報

 そして、つぎが現在の岡田修の情報



名前:【岡田修おかだおさむ】(ログイン中)

種族:純人間族ハイヒューマン

性別:男

天職:【呪術師】 Lv.250MAX

サブ職業:【  】Lv.‐‐

HP: 11350/11350

MP: 11350/11350

攻撃:  3010

防御:  3010

素早さ: 2250

知力:  3010

器用:  2540

ジョブスキル:【霊媒師】【祓魔師】

獲得可能職業スキル:【召喚(1)】【簡易結界(2)】【死霊召喚(15)】【浄化(20)】【呪い付加(10)】【呪い支援(10)】【憑依(35)】【悪魔召喚(2)】【降霊術(5)】【退魔結界(5)】etc...

獲得可能スキル:【奇襲(3)】【気配察知(4)】【弓術(4)】【ステップ(2)】【根性(1)】【偽装(50)】etc…

ユニークスキル:【藁にもすがるチェンジザストロー

ジョブスキルポイント:3750(※150ポイント消費でサブ職業取得可能)




 ステータスは最初にフユルギのクッキーを食って異世界に無理やり召喚させられた時と同じだ

 ざんねんながらサムソンで取っていたスキルは消滅しているが、それでも十分である。

 別アカウントならば、それも仕方ないと諦めるしかない

 現時点ではアバターの方が強いが、新たな自分の職業レベルを、長い年月をかけて育てれば、【サムソン】を超えることも可能かもしれない。


 しかも、【サムソン】は別アカウントで存在している。

 つまり、例のクッキーを食えば、再び【サムソン】として行動することも可能かもしれない、ということ。


「うわぁ、ほんまや………全盛期と比べると“580レベル”くらい差があるけど、この身体でも相当強いやん。ホーンラビットのステータスってどんなもんやったっけ?」


「たしか………レベルが2~5で、大体HP50 攻撃力10 防御力10 素早さ25 くらいだったような気がする」


「なんやそれ、いくらホーンラビットが頑張ってもおっちゃんたちに傷一つつけられへんやんレベル2対レベル750カンストやで。勝負にすらならんよ」


「ちょっと蹴っ飛ばしたらバラバラにはじけ飛ぶな。ウサギの肉は意外と美味だし、毛皮が取れないのは金を稼げない。逆に綺麗に仕留めるのが大変そうだ。」



 以前、この世界で世界を救った知識をフル動員し、取らぬウサギの皮算用を始める二人

 価値は低いがたくさんいるため、肉には需要があったはずだ。



「まぁ、そんなことは置いといてだ。とりあえず、この状態からログアウトできるか、試してみるか。」

「せやな。」



 教えてもらったログアウト方法。討伐モンスター一覧を確認しようとして―――二人は、まだこの世界で“ミミックオクトパス”と“キートレント”を討伐していないことに気付き、項垂れた



「ムリですやん。ミミックオクトパスとキートレント討伐せんと、確かめることすらできへん。なんでフユルギたんはそんな魔改造しちゃったのん」

「もともとそう言う仕様だったんだよ。俺がログアウト方法に気付いたのだって“世界”に対して【看破】したからだし………。そうだな………。一応、付属機能の【念話】が使えたから、みくるちゃんにはすでにDCQにログインしてもらうように頼んでいるよ。みくるちゃんに外から頑張ってもらうしかないかもな。」

「さよか………。みくるちゃんにがんばってもらうしかないんやな。」

「俺も、【情報屋】としていろんな情報を当たってみるわ。」

「頼んだで。」


 二人は、この世界でしばらく生きていくための覚悟を決めた

 後のことは、たまたま異世界召喚に巻き込まれなかったみくるちゃんに、外から頑張ってもらおう、という他力本願でことを進めることにしたのだ



 その時である


『バガァアアアアアアアアン!!! ―――ザッパァアアアアアアアアアアアン!!』



「うわっ! なんやなんや!?」

「あ? 水!?」



 中等部の校舎屋上の、貯水タンクが何者かに破壊されたのだ

 実際は、中等科二年、井上智香がデタラメなステータスで貯水タンクを軽く叩いてしまったことにより、中等部の屋上に設置された貯水タンクがアボーンってなったのだが、それを知る者はいない。



 これによって、中等部の1年6組、2年6組、3年6組の教室が水浸しになったことは言うまでもない



「なんやったんや、今の………」

「さぁ………。まぁ、俺は情報屋だから、なんとなく察しは付くんだけどな。俺たちと同じようなのが居るってことだよ」

「ああ、異常者?」

「そそ。おっちゃんが霊能力者で、みくるちゃんが動物に無条件で好かれるのと同じように、中等部にも【怪力】が居るからな。そいつだろ。」

「なるほ、井上智香ちゃんやんね。」

「おそらく、そいつはこの世界でユニークスキルが覚醒しちゃってるはず。早いとこ俺たちの仲間に引き込みたいところだな。おそらく、もうこの世界の仕組みに気付いているだろう。」


 そういってフユルギはスマホを揺らす。

 フユルギと修は、貯水タンクが破壊されたことについてあたりをつけた。

 フユルギが【情報屋】として取得した【千里眼】にて、屋上の様子を確認した結果だ。

 情報に間違いはない。



「このパターンから行くと、異常者は無条件で最上位職のレベルMAXやしな。目立たせるわけにもいかんし、迎えに行く?」

「いや、放っておこう。どうせ異常者はこの世界では簡単には死なないから、放っておいても生きて戻ってくる。今は情報を集めるのが先だし、この世界の生き方について、この学校の連中にそれとなく教えておかなければならない。」

「………了解や。」

「それについては、生徒会長のハゲの行動に期待ってことだな。そういやあいつ、お前を呼びに行ったのに一緒にこなかったんだな」

「すれ違ったけど、呼ばれた記憶はないわ。」


 フユルギは修を呼びに行かせるために聖勇気をパシリにしたのだが、聖勇気は廊下ですれ違った修のことをフユルギが呼んでくれと頼んだ人物だということに気付くことなく、通り過ぎてしまったのだ


「使えね―ハゲだな。」

「まぁまぁ、その辺で女侍らせとるんやないのん?」

「さもありなん」


 適当に勇気についてはスルーするとして、今後の予定について考える


「とりあえずや、サブ職業の取得と、ポイント50でキツイけど【偽装】を取得しといた方がええんとちゃう?」

「………そうだな。状況が状況だ。偽造で天職は二段階下げるとして、サブ職業は生産職にしておく必要があると思う。まぁ、俺の場合は天職が【情報屋オブザーバー】だから【偽装】は5ポイントで取れるんだけどな。」



 【偽造】、とは自分のステータスを、相手に見られても都合が良いように改変するスキルである。

 異常者の証である最上位職レベル250というのを隠すためのスキルであり、最上位職、もしくは盗賊系統の職種でなくてはこのスキルを取得することは出来ない。



「せやろなぁ。一応おっちゃんかて【サムソン】では鍛冶屋をやっとったし、魔物討伐の為にグイグイ戦闘職をとってもおもんないしな。ほなおっちゃんは【料理人】にしとくわ。絶対必要やろ、これ。」

「そうだな。なんてったって、この世界は【料理人】系統以外が飯を作ったら、なぜか料理が失敗しやすいからな」




 そう。この世界では【料理人】という職業は重宝される。

 みんな、うまい飯を食いたいのだ。


 料理人でなくとも料理を作ることは可能だが、【料理】スキルが必要であり、【料理人】が作る料理には、ステータスにプラス補正が付く。

 しかし、料理人のレベルが上がっても、料理の腕が少々上がるくらいでステータスが大きく上昇するわけでもないため、戦闘面では少々不遇職となっている。


 また、職業によって所持できる武具が決まっていて、職業に合った武具、もしくは専用武器スキルがある場合以外は戦闘中に身に着けることができない。

 料理人は、戦闘の際、ナイフや包丁以外の刃物を持つこともできないため、戦闘に関していえば、あまりいい選択とは言えないのだ


「まあ、これでおっちゃんも一応刃物を所持することができるっちゅうわけや」



 しかし、修の天職は【呪術師ウィッチドクター】である

 戦闘に置いて、数珠や御札、藁人形に槌といった変則的な霊媒装備以外の所持は許されていないため、刃物を所持できるのは行幸であった


「俺は………まあなんでもいいか。いっそ【農夫】でもいいかと思っている」

「【農夫】て………武器はクワか? 鎌か? いろんな武器を持てるのはいいけど、一番ステータス低い職業選んでどないすんねん 天職が【農夫】の人の末路を知っとるやろ。やめとけやめとけ」


 農夫、とは言わば村人Aの職業である。


 畑を耕すことに特化した職業で、この職業が無ければ畑は肥えない。故に米もパンも食えないのだが、世の中はこの職業が天職の人が3割ほどいる始末である。

 天職がものを言うこの世界で、そんなありふれた職業では戦闘奴隷として売りに出されることもある始末である。


 この世界の常識は、天職がすべての物を決めるのだ。

 その天職に合った武器をもつと、ある程度ステータスに補正がかかるし、特殊な効果を発揮することがある。


 フユルギに至っては天職が【情報屋】という戦闘でも生産でもない異端の職業であるため、武器を手にしても特殊効果を発揮できないことが多い。そのため、サブ職業は迷いどころなのである


 ただし、サブ職業を取得するにあたって、ジョブスキルポイントを150ポイント支払わなければならない。

 ポイントの代償は大きい。

 さらに、一定の条件を満たさなければサブ職業欄の出現すらしない始末である。

 それゆえ、サブ職業の存在にすら気づきもしない人間も少なくない。


 気づいていてもサブ職業を取得できないものも居るだろう。


 1レベルに付き5ポイント増加するジョブスキルポイントでは、30レベルほど上昇させなければサブ職業を取得することも不可能であり、その間にスキルを取得してしまえばズルズルとサブ職業を取得することができなくなって行く。

 レベルが上がるにつれて、取得できるジョブスキルが増えていくためである。

 ポイントを使ってしまえばサブ職業の取得が困難になるのは自明の理である。


 さらに、サブ職業を取得してしまえば経験値の入りも分割されてしまうため、結局は天職を地道に伸ばした方がステータスは高くなることの方が多いようだ。


「まぁ、俺に至っては適当でもいいし、生産職じゃないけど無難に【盗賊】にしとくわ。」


 しかし、彼らはすでに天職のレベルがMAXであり、余りあるポイントを有していたため、そこで躓くことは無かった。


「盗賊か………まぁ、迷宮とかじゃ重宝されるし、ええんとちゃう? いろんな武器を扱えるし、【罠発見】とか【罠設置】便利やしな。最上位職が【暗殺者アサシン】やったけ? 攻撃力も高いし、ええ判断やと思うよ?」


「ああいや、しかしなぁ。攻撃力の不足は【無限の手作りインフィニティ】があるから問題ないし、罠発見とか、情報屋からしたら【看破】スキルで一発どころか【解析】で迷宮のマップすらわかるから盗賊は別にいいや。【旅芸人】にしとくわ。」


「最終は【道化師ピエロ】。上昇ステータスは低いし多くのポイントを消費するけど、あらゆる武器、スキルを使うことができるんやったっけ? それなら【伝説の毒塗果物ナイフ・ファイアボルト】も使えるし。それでもええか。」


「まー………。あれネタ武器だけど“この俺”が持ってる武器の中でも最強クラスだからな。【神剣・オートクレール】にも引けを取らない。でも毒なのか炎なのか電気なのかハッキリしろっての。しかも伝説なのに果物ナイフってのがまた………」


 苦笑しながらスマホを操作するフユルギ。操作を終えると、保健室で苦しそうにうめいている生徒たちを跨いで歩き出す。


 この世界で生きていくための準備を整えたフユルギと修は、今度は聖勇気を探すために、保健室を後にするのであった




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