第3話 自宅ー大山不動【消滅】


 超能力を手に入れたからどうした。

 そんなことは全く関係ない日々が2年過ぎた。


 僕は高校三年生!



 現在の状況を教えよう。



 僕は今、風邪をひいて寝込んでいる。



 そんなこたぁどうでもいいとか硬い事言うなよ。

 結構重要なことだぜ? アンダスタン?



 なにせ、携帯でワンセグをつけたら、僕の学校がテロリストに占拠されていたんだから。

 ほら、僕の風邪程度なんてどうでもいいだろう?


 あれ? やっぱりどうでもいいんじゃん。



『7月19日、午前10時25分、仮装したテロリストが終業式の最中である高城学園の体育館に侵入した模様で、体育館の出入口に放火をしたのち籠城している模様です。犯人の動機は不明の模様。警察の説得にも応じていない模様です。』



「ズズッ………なんてこったい」


 鼻をすすりながら感想を述べる。

 これといった感想がでてこなかったのは、熱が出ているおかげで思考能力が低下しているからだろう。武装じゃなくて仮装って聞こえた。


 仮装したテロリストってどういうことさ。

 マントでもかぶって魔法使いみたいな格好でもしているってか? んなアホな。


 重い瞼を片目だけ半目で開き、情報を少しでも頭に入れようと奮起する

 だが、頭が怠く重いため、やはりせいぜい片目を半目だけ開けるのが精一杯であった


『また、同様の事件が同時刻に長野、香川、東京、北海道で起こっている模様で、犯人は同様の黒いローブを羽織っていて顔の判別はつかない模様。警察はなにかしらの犯罪組織か、新興宗教の類を疑っている模様です。』



 模様模様うるさいねーちゃんだね。

 しましま模様のパンツでも履いているのかい?

 美人の金髪アナウンサーが模様模様言いながら事件を伝えてくれる。


「ゲホッゴホッ! あー、さむいよぉ。」

「おねえちゃんさむいの? ありすがあっためる?」


 ブルブルと震えていると、僕の布団の中に違和感。

 布団の中がもぞもぞと動き、甲高い幼女の声が風邪で重い頭の中に響く。


 布団から小さな頭がひょっこりと顔をのぞかせた

 見事な茶色と黒色の頭が特徴的だ。顔の造形から耳の形まで、日本人の顔つきではない。


 凶悪なまでの愛らしさを孕んだつぶらな瞳に見つめられ、危うく抱きしめそうになるが、体がダルおもなので自重する


「うー………アリス。布団から出なさい。風邪が伝染ったらどうするつもりだよ」

「やー! おねえちゃんあったかい! おねえちゃんのかぜだったら、ありすにうつす! むちゅー!」



 幼女の声の主、僕の妹である“牛ノ浜アリス”が僕の唇を奪った

 まだ5歳なのに、おませさんだ。



「あー! ズルいぞ! ねえちゃんはぼくとちゅーするんだぞ!」

「きゃっ!」


 続いてショタの声。


 トテチテトテチテと側により、ぬっと目の前に現れては僕の腹の上を歩き、アリスを体当たりでどかした。


 ショタの声の主、弟の“牛ノ浜ブチ丸”が次いで僕の唇を奪ってぺろぺろと舐める

 まだ2歳なのに、おませさんだ。


「みぅ………」


 遠慮がちに僕の顔を踏みつけながら移動するかわいらしい鳴き声。

 そのまま僕の目垢を擦り取るようにぺろぺろと舐めるのは、

 最年少、一番下の妹、牛ノ浜蘭丸。生後3週間。


「おかあ、さん。」


 そして、僕を母親だと盛大な勘違いしていらっしゃる。

 おませさんになるにちがいない。



 ここで言っておくが、僕は別に倒錯的ローリングな性癖を持っているわけでもシスやショタでロリなコンでもないと言っておく。


 キミタチが何を勘違いしているのかはわからんが


 僕の顔を舐めたりチューしたりして来るやつらは、全員、動物アニマルだ。



 アリスはメスの『リス』


 ブチ丸はオスの『三毛猫』


 蘭丸はメスの『キツネ』だ。



 そう、僕は半径3m以内の動物の言葉がわかる超能力を持っている。


 僕の超能力は、【動物たちの茶会アニマルトーク】である。



 そんなことはわりかしどうでもいい。

 トモダチのいないさびしい僕は動物としかお話しできないのだから。



 いま大事なのはニュースである。

 母校がテロリストに乗っ取られているのに、じっとしているわけにはいくまい。



「ゲホ! オエエエ!! しかぁし! 風邪を引いてしまってはどうすることもできない! クソ! シット! メルダ!」


「みゃっ!」


 クラクラする頭を叱咤し絶叫すると、僕の顔を踏んづけて鼻頭をペロペロちゅーちゅーしていた赤子キツネの蘭丸が僕の顔から転げ落ちた


 幸い、下はクッションだったので大事には至らない。

 お腹がすいているのだろう。すぐにミルクを温めなければ………


 あぁ、体が重い


「ごめんよ蘭丸。おっかさんはもう死にそうですたい」


「おかーさん、ちなないでー!」



 ミラクルキュートなこの子たちのご飯を作ってやらねばならない。コレは僕の義務であり趣味であり生き甲斐である


 一流のモフリストたるもの、動物たちに好かれモフるためには自らの血肉をそぎ落としてしまっても構わないのだっ!


 ワンセグを片手によっこらどっこいポンポコリンと布団から重い身体を引きずって這い出ると、アリスとブチ丸が僕の肩まで駆け上がってきた

 人差し指で喉をくすぐってやると、ゴロゴロと喉を鳴らした


 ああ、肩が重い。

 ブチ丸に顔を押し付けてから深呼吸。

 もふもふ。『つかってみんしゃいよか石鹸』の香り。


 やっぱり人間の三大欲求は動物欲モフよく入浴にゅうよく排泄欲はいせつよくの三つに限る。

 これだけあれば彼女もご飯もいらない。

 え? 食欲がないのになにが排泄されるかって? そんなのもちろん、毛玉だよ!


 清潔な哺乳瓶に赤ちゃん用ミルクを溶かして人肌に温める

 熱すぎてはダメなのだ。



『あ! 現場から新たな情報が入った模様です!』


「へ~」



 どんな情報だろうか。

 僕の友人であるフユルギがテロリストを倒してくれたのだろうか。

 あいつなら宇宙人だろうと撃退できるだろうし、実際三人で邪神を倒したしね。


 それにフユルギの【無限の手作りインフィニティ】があればなんだって解決するから、特に心配はしていなかったり。


 模様キャスターの言葉に耳を傾ける。


『情報によりますと、各地の占拠された学校が、消滅した模様です!!!』



「へ~………消滅ね、うん。しょうめ………はぁ!!? 消滅!!?」




 この日




 僕以外の



 学校関係者が



 学校ごと



 行方不明になった。



「なんでや!!?」



 おっちゃんではないのに、おっちゃんのような口調でのツッコミを余儀なくされてしまう

 なんだっていきなり学校にテロリストが現れて学校ごと消滅せにゃあかんのや!


 おっちゃんは!? フユルギは!?

 他の人の名前は覚えてないけど、いろいろ無事なの!?

 いや、無事じゃないな、消滅してるんだし


『なお、学校跡地には大きく紋様が記されている模様です。その中心には………《DCQ》………? と記してある模様です!! 意味が解りません!!』




 その瞬間。



 僕はすべてを把握した。


 僕はワンセグを終了して、スマホのアプリ一覧を見る。

 そこには、僕のアプリの中でも特に異彩を放っている【DCQアプリ】が爛々と色を輝かせていた。



 あー………。



 畜生! 僕だけ異世界転移に巻き込まれ損ねたっ!




                  ☆



 夏休みが始まる終業式。


 全校生徒と先生は体育館に集まり、校長先生のながったるい話を聞いていた。



「zzz」


 立ったまま寝ているこの青年を除いて。


 青年のなまえは大山不動(おおやまフユルギ)

 高校三年生、ボランティア部部長である。


 ボランティア部とは名ばかりで、情報屋兼何でも屋だった。


 喧嘩の依頼を受ければ隣町まで喧嘩をしに行き、ゴミ拾いの依頼を受ければ、ゴミ拾いをする。


 誰が誰を好いているか、誰が誰を嫌っているか、いついつどこで誰が何をしているか。そう言った学校内の情報の売買も行っている。


 ただ、慈善活動ではない。

 しっかり情報量や依頼料をとるため、慈善活動ボランティアではないのだ。

 同時に、情報をくれた者に報酬を渡すことは忘れない。


 彼の顔つきは不良のようで、鋭い眼光は狙った獲物は逃がさない狼のような目つき。オレンジ色の瞳

 髪の色も、それに合うような明るいオレンジ色の茶髪。

 喧嘩も強く、素行も人当たりもいい。


 実に社交的な青年なのだが、やはりというか、その明るい天然茶髪と鋭い眼光のせいでよく不良と勘違いされてしまうのだ。

 ゆえに、ある事ない事濡れ衣や冤罪を着せられてしまうというちょっとしたトラブル体質を持ち合わせていた。



 そんな彼は今、寝ながらにして、とあるゲームをしていた。



 DCQ


 ドリームクッキークエスト。


 ある特殊なクッキーを食べることにより、魂を異世界にとばし、アバターを操作する。


 次世代のVRMMOのようなものだ。


 ただし、リアリティは断然DCQの方が勝る。

 0と1で作られた世界ではなく、実際に魂を異世界に飛ばしているから当然である


 彼は今まさに、異世界で大冒険をしていた。





 ようやく校長の長話が終わり、校長が壇上から降りた時、かわりにフードを被った男が壇上に立った

 知らない男だ。新しい先生なのだろうか



 にわかにざわつく体育館。


 もちろんフユルギは気付かない。


 男は杖を持っていた。

 杖は黒くあやしい光を放つ。


 この世のものとは思えない禍々しい黒い光を。


「――――。」


 男は杖を振った。

 それだけで、教師の一人が吹き飛んだ



「なんだ!?」

「あいつ、なにしやがった!」

「先生! 大丈夫ですか!?」


 側に駆け寄る教師や生徒。


「………なんやねん、誰やあの人。」


 体育館の中はパニック状態。

 その中で、冷静な生徒が一人だけいた。


 生徒の名は岡田修。またの名をおっちゃん。

 彼もまた、やや頼りないヘタレ顔の青年である。

 黒縁メガネをかけたボランティア部副部長。


 そのヘタレそうな顔つきのせいで女子に人気は無い。女子たちは罰ゲームで無理やり彼に告白する、などと狂ったことを平然と行ったり、彼が落ちているハンカチを拾えば彼が盗んだことにされたり、呼び出された挙句に馬鹿にされたり、冤罪を着せられることがままあった。

 それゆえに、やや女性不信気味であった。

 それに、不良生徒からも目を付けられており、持ち前のヘタレ力によりたびたび不良を引き寄せてしまい、オタク趣味を馬鹿にされる始末である。

 女性に対してもそうだが、彼は人間に対して強い不信感を持っていた。


 さらに、彼は元々霊能力があった。

 幽霊を見ることができるという彼の存在は異端そのものであり、気味悪がられ、親しい友人もいない。


 喧嘩も大して強くは無く、オタク系の趣味があることも相まって、たびたびイジメの対象にされることが多かった。


 そんな彼は超常現象には慣れたもので、少々の驚きはあったものの、『またフユルギたんがなんかやらかしたんやろか』とメガネを押し上げながら嘆息するだけであった。



「し、死んでる!?」

先崎まつざき先生!! しっかりしてください!!」

「………脈がないぞ!」



 そんなことは修にはわかっていた。


 彼の視線の先には、霊体となった先崎先生の姿が移っている

 眼鏡越しにその滑稽な姿を拝んで鼻で笑った。


 いい気味やんな。と。


 先崎先生はセクハラ体育教師だった。

 手取り足取り教えるついでに胸を揉む尻を揉むのは当たり前。


 この間は修の数少ない友人である“みくるちゃん”の尻を撫でていた。

 それにはさすがに腹と鳥肌が立った。


 数少ない友人がセクハラにあっているのに面白いわけがない。

 ボケツッコミの最中ならともかく、動物が大好きなあの子は、人間が怖いのだ。


 友人を怯えさせるあの教師など、死んでも構わない。

 人の死後をよく知る修は、人の死を特に何も感じることは無かった。

 伊達に地獄に叩き落とされて生還していない。


『騒ぐな。この体育館から出るな。以上を守れば、さっきの教師のように殺したりはしない』


 男は設置されたマイクを使い、動くと殺す、そう言った。

 正体不明の男が、意味不明なことをほざいた瞬間。



「「「 うわああああああああああああああああ!!!! 」」」



 体育館の中は大パニックを起こす。

 中等科や高等科の生徒が一斉に出口に駆け寄り、窓に駆け寄り、体育館から出ようとする。

 そのあおりを受けて、立ったまま寝ていたフユルギは地面に倒され、踏まれ、蹴飛ばされた


 しかし、フユルギは気づかない。

 魂が異世界を旅しているから当然である。



 男は再び杖を振り上げた。

 朱く燃え上がるような光を帯びたその杖から、火球が飛び、体育館の出口付近にいる生徒を何人か燃やし、焼き殺した。


 その炎はさらに広がり、出入口を塞ぐ形で茫々ぼうぼうと奥の渡り廊下まで続いていた

 不思議なことに、熱は感じるが建物に燃え移り燃え広がるようなことは無かった。


『動くなと言っただろう。死にたくなかったら体育館から動くな』


 その言葉に、生徒たちは震えあがり、かといってあの危ない人物に立ち向かう勇気もなく、さらには退路も断たれているため、その場で悲鳴を上げることしかできずにいた




「おい! お前の目的はなんだ! なんでこんなことをする!!」


 生徒の一人が声を荒げてローブの男に問う。


 その生徒の名前は聖勇気ひじりゆうき。高城学園高等部の生徒会長である。


 人望厚く、人当たりもよく、生徒にも先生にも人気があるイケメンである。

 生徒会長である彼には、生徒を守る義務がある。そう、本人は妄信している


 そのためか、多少臆しながらも二本の足でしっかりと地を踏みしめ、悠然とその怪しげな男に食って掛かった


『………。』



 しかし、男は答えない。


 大切な学友が殺されているのに、先生の命を奪われたのに、喚くことしかできない無力な自分を呪った

 なんだってこんな目に。

 なぜ、目の前で人が死なないといけないのか。


 答えはでない。

 男の目的も語られないままでは、答えが出ようはずもない



「くそ、なんだってんだよ!!! 人の命をなんだと思ってるんだァ――――!!」


 聖勇気は笑う膝を叱咤して壇上へ向かって駆けた

 生徒を守るために。


 しかし―――


『動くなと言ったはずだ、馬鹿め。』


 ローブの男が杖を振るうと、立ち向かう聖勇気の身体は弾かれるように軌道を変え、体育館の壁に激突して、彼は気を失った



 生徒教師の誰もかれもが思った。



 “このローブの男には敵対してはいけない”、と。



 しばらくすると、誰かのすすり泣く声が聞こえる。

 恋人が焼き殺されたのか、女性が声を殺して泣いていた

 誰もが生をあきらめた時、彼らに一筋の光が差し込んだ


――――ウーウーウー!


 という音、それに赤い光。

 誰かが通報したのであろう、警察と消防の到着である


 水を放射させられるも、火が消えることもなく、体育館は蒸し暑さが増してしまった程度であった


―――無駄な抵抗はやめておとなしく―――



 警察が投降を呼びかける拡声器の声が聞こえるが、やはりローブの男は動じた様子もない。



 体育館の上ではバタバタバタと、ヘリコプターが飛ぶ音が聞こえる

 報道陣のヘリコプターの音だ。



『10時30分。時間だ』


 ローブの男がそう呟いた、つぎの瞬間。

 足元に幾何学模様の魔法陣がひろがり、学校全体を光で埋め尽くされた

 同時に、世界を揺さぶるような大地震。

 生徒のみなが立っていられなくなり、転倒する。


 パニックになる体育館。


 しかし、フユルギは気付かない。寝ているから。

 聖勇気は気づけない。気絶しているから。

 おっちゃんは動じない。慣れているから。

 みくるちゃんはその場に居ない。風邪を引いているから。



 光は学校全体を覆いつくし、校庭に止まった消防車も、パトカーも報道陣のヘリコプターをも巻き込んで、神々しく光を解き放つ。




 光と地震が収まった時、学校の敷地を丸ごと異世界に飛ばされていた。



 後日、日本列島の5か所の学校が消滅したこの大事件を

 人々は『学校消滅ハーメルン事件』と、そう呼んだ。



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